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79話 涙の過去

「──さぁ、激戦続きの四回戦もついに最終試合です」


 実況の声とともに、観客席から歓声が沸いた。


 第7試合はすでに終了していた。なお、もっとも第7試合に関しては試合らしい試合は行ってはいない。


 なぜなら第7試合は両クランが揃っていなかった。


 具体的に言えば、片方のクランのみが姿を現していた。


 そのクランの名前は「三空」──。


 銀髪の魔王とみずから称するアオイが率いるPKクラン「蒼天」のトップチームだった。


 対戦しても無駄と対戦相手も察したからなのか、対戦クランは姿を現すことなく、「三空」は不戦敗で勝ち進んだ。


 とはいえ、相手クランの気持ちもわからないわけではない。


 どう考えても負ける相手に、わざわざ戦いを挑もうとする者はいない。


 それだけ「三空」の戦力は凄まじい。


 ゆえに、対戦クランが逃げ出すというのは、前大会から変わらない。


 もっとも、マスターであるアオイは対戦相手が現れないことに、つまらなさそうにしているのだが、アオイがどれほど退屈にしているとしても、対戦相手にしては知ったことではないという具合に対戦を避けられてしまっていた。


 ある意味、予定調和と言える展開に、観客側も無理もないと言わんばかりに対戦を避けた相手クランに同情する始末だ。


 そんな第7試合が終わり、ついに4回戦最後の試合が、4つのリーグにおける単独開催日の最後の試合が始まりを告げる。



「この第8試合をもちまして、個人部門とクラン部門の両クラスの単独開催は終わり、明日よりビギナークラスとエキスパートクラスに分かれての試合となります」


 

 実況が口にするのは、今後の試合の流れだった。


 いままでは個人とクランの2つの部門をビギナーとエキスパートの両クラスに分けての試合だった。つまりは4つのリーグがあった。


 しかし、準々決勝からは4つを2つにまで減らす。


 つまりは個人部門とクラン部門の垣根をなくし、ビギナークラスとエキスパートクラスに分けての試合となり、同日のうちに交互に個人部門の試合とクラン部門の試合が行われ、翌日に、別のクラスの個人部門とクラン部門の試合を交互に行うという流れになる。


 最終的に決勝戦はすべて同日にて行う。


 つまりは長かった武闘大会もついに佳境に突入するという証左だった。


 そんな特別な第8試合。


 その試合を飾るのは、もはや恒例であった。



「東門より出でしは、一撃必殺という言葉を体現したクラン。かつてレイドボスを単独撃破するという、前人未踏の輝かしい功績を持ちしクラン。その名は「ガルキーパー」ぁぁぁぁぁ!」


 

 実況が名指ししながら叫ぶと東門がゆっくりと開き、中からはガルド率いる「ガルキーパー」の面々が現れる。


 その足取りは軽い。


 だが、足取りは軽くも、その立ち振る舞いには他者にはない重厚感がある。


「歴戦の勇士」──。


「ガルキーパー」の登場する姿を見て、誰もが同じ感想を抱いたことであろう。


「三空」のように「最強」とまでは言わないが、歴戦の強者の姿とはどんなものなのか。それを誰の目にも明らかにしているのが「ガルキーパー」というクランなのだ、と誰もが共感していた。


 そんな「ガルキーパー」が舞台にあがると同時に、西門がゆっくりと開いた。そこにはいたのは全員が重装備を纏った、まるで「フルメタルボディズ」を思わせるクランだった。「フルメタルボディズ」と異なるのは、彼らの装備はすべてきらびやかなものということ。


 それも単純にきらびやかなのではなく、全員の装備の細部にまできめ細やかな装飾が施されているということ。


 はっきりと言うと、これから戦いに赴くという風にはまるで見えない。


 もっと言えば、戦場には場違いとしか思えないほどに明媚な姿だった。



「西門より出でしは、金銀煌めく、きらびやかなクラン。マネーイズパワーをその身に宿し者たち。見よ、その美しき荘厳さを! その名は「素封家」!」



 実況の紹介を受けて、「素封家」たちはみな手を挙げながら、舞台へと向かっていく。


 その顔は満面の笑みである。


 笑っているのだが、どうにも場違い感は拭えない。


 そんな「素封家」たちを見て、ガルドは「げぇ」と顔を顰めてしまう。


「よりにもってシーマたちかよ」


 ガルドが肩を落とすと、「素封家」のマスターにして、一番目立つ白金の鎧を身につけたプレイヤーことシーマがその笑みを曇らせ、顔を顰める。それと同時に「素封家」たちは舞台にあがった。


「なにが「げぇ」だ。それはこっちのセリフだっつーの。なんでよりにもよっておまえが相手なんだよ、ガルド」


 マスターのシーマはフルフェイスの兜を小脇に抱えながら、ガルドを指差す。そんなシーマにガルドは「うるせえよ」と返事をする。


「そもそも、指を差すな指を。人を指で差しちゃいけねえって習わなかったんかい」


「んなもん、ガキの頃に習ったっつーの。おまえだからやってんだよ」


「は! なぁに、馴れ馴れしくしてくれやがるかねぇ。とっととんずらこいたくせによぉ」


「それについては、散々謝っただろうが」


「謝って済む問題じゃねえだろうに。そもそも発案者はおまえだっただろうが」


「だから、それに関しても謝ったっての。本当にガキの頃から、おまえは細かいことでいちいち揚げ足取るよなぁ」


「おまえこそ、ガキの頃のことをいつまでも憶えていやがるんだよ? 本当にそういうところは変わらねえよなぁ」


「おまえが言うなよ、おまえが!」


「それこそ、おまえもだろうが!」


 ガルドとシーマが互いに噛みつくようにして叫び合う。


 そのやり取りを聞いて、「ガルキーパー」の他の面々と「素封家」たちの他の面々が「またか」という顔を浮かべつつ、それぞれに「うちのマスターがすまん」や「うちこそ」と謝り合うというやり取りが行われていく。


 そんな他のメンバーを無視して、両マスターはいまにも取っ組み合いの喧嘩を行いそうなほどに険悪さを見せていた。


 そんな両クランを見て、観客席の一角に詰めているタマモたちは唖然としていた。


「ガルドさんが、あんな風になるなんて珍しいですね」


「ガルドさんって、口は悪いけれど、いつも冷静なんだけどねぇ」


「あんな風に感情をむき出しにするのって、前回の大会のあの変な人たちを相手にしたときくらい? いや、あのときよりも感情むき出しじゃないか?」


 あまりにも普段とはかけ離れたガルドの姿に、タマモたちは唖然としていた。だが、ユキナは「……お酒を飲みすぎたお客さんみたい」と呟いた。


 実家が食堂を営むユキナにしてみれば、アルコールの有無によってスイッチが入ってしまう困った客をいまよりも幼い頃から見ていたため、ガルドの変わり様を見ても唖然とすることはない。


 しかし、それはあくまでもユキナであるからだ。「一滴」のフィナンたちにとっても、ガルドの変化は唖然とするほどである。


 ただ、それ以外の面々、ステラと合流した「紅華」や準々決勝でタマモたちと対戦予定の「フルメタルボディズ」も時折「ガルキーパー」と協力して教導を行う「ブレイズソウル」たちもガルドの変化に誰もが苦笑いを浮かべていた。


「あー、たしかにいままで登場していなかったから、まさかとは思っていたけれどねぇ」


「シーマの兄さん方のところとぶつかるとはなぁ」


「まぁ、喧嘩するほどって奴ではあるんだがねぇ」


 ローズやバルド、アントニオがそれぞれに笑みを浮かべる。


 3人とそれぞれのクランのメンバーたちも同じように笑っていた。


「あのふたりってなにか因縁でもあるんですか?」


 タマモが3人に向かって尋ねると、3人はそれぞれに顔を見合わせると──。


「あのふたりが言っていたけど、あのふたりって子供の頃からの仲なんだよ」


「まぁ、簡単に言えば、幼なじみって奴さ」


「それも腐れ縁のついたね」


 ローズたちの言葉を証明するように、ガルドとシーマの言いあいは、小学生の頃のお互いの失敗について言及していた。それも、同じクラスメイトの女の子を好きになったものの、告白する前にクラス一のイケメンかつ幼なじみの親友にかっ攫われて、ふたりで肩を組んで泣き合ったという、なんとも悲しい思い出を口にし合っていた。


 その内容にアントニオとエリシアが「……うん?」と反応を示す。そこにふたりの実妹であるティアナと実弟のアルスが「あれ、もしかして」と言い出す。


「……もしかして、なんだけど、ガルドさんって、吼助兄じゃない?」


「となると、シーマ殿は、もしや完治の兄さんでは?」


 ティアナとアルスが思い思いの名前を口にする。その名前効いて、アントニオとエリシアが「……かもしれない」と言い出した。


 なお、ティアナとアルスが言うふたりは、アントニオとエリシアの友人であり、高校からは別々の進路を辿ったため、疎遠になった、かつての幼なじみのことである。


 アントニオもエリシアもガルドやシーマとも交友はあったが、ふたりからかつての幼なじみの面影を感じていたものの「まさかなぁ」と思っていたため、あえて言及していなかったのだ。


 だが、現在進行形で当時のことを言い募るふたりの姿を見て、「あぁ、間違いない」と確信を抱いていた。


 なお、ティアナとアルスは、アントニオとエリシアの幼なじみふたりにそれぞれよくしてもらって懐いていたこともあり、いまでもふたりのことを「兄」や「兄さん」と呼び慕っている。


 だが、そんな身バレが行われているとは露とも知らず、ガルドとシーマの言いあいはヒートアップしていく。


 ついにはふたり揃って涙目になりながらの言いあいという珍事にまで発展していた。その内容は、「つくづく女性に縁ががない」としか言えない内容である。


 そんなふたりのやり取りに観客の一部は涙ながら聞いていた。


 それは同じ穴の狢とまでは言わないものの、ふたり同様の男性プレイヤーはそれなりにいるということを言い表していた。


 しかし、やはりそのことに気付かないまま、ふたりは涙ながらに自身たちの過去についてを涙ながらに語り続けるのだった。 

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