78話 レコード勝利
タマモたち「フィオーレ」とローズ率いる「紅華」の試合が終わるも、観客席はまだ興奮冷めやらぬほどに盛り上がっていた。
そんな中、4回戦は次々試合が行われていき、第4試合──バルドの「フルメタルボディズ」の試合が訪れた。
「さぁさぁ、続きますは西門より「頑強なる」バルド選手の「フルメタルボディズ」が登場です!」
対戦相手のクランはすでに東門から入場していた。
相手は攻略組「疾風怒濤」だった。
その名の通り、スピードファイターたちが集ったクランであり、前衛のみの後衛が存在しないという、攻略組では珍しいクランである。
もっとも後衛は存在しないものの、メンバー全員が魔法を駆使するという、いわば魔法戦士が集うクランである。全員が魔法戦士ということは、誰もがメイン火力になれるという、総合力が非常に高く、いままでの試合は順当勝ちを重ねてきたクランであった。
すべて順当に勝ち進んできていた「疾風怒濤」と激戦を勝ち抜いてきた「フルメタルボディズ」はその構成も試合の内容もまるで対照的なクランである。
試合前のオッズでは五分五分。
速さの「疾風怒濤」と防御の「フルメタルボディズ」は、その試合内容もかなり濃密かつ長いものになるだろうと誰もが考えていた。
だが、その予想は大いに裏切られることになる。
実況に促される形で入場したバルドたち。
その足取りはいつも通りに重低音を響かせるものだった。
まるで戦捷を知らせる鐘のよう。
自分たちの勝利を一分も疑っていないかのような、そんな自信に溢れたものだった。
やがて、バルドたちは舞台に上がる。
すでに「疾風怒濤」は準備を整え終え、バルドたちを見つめていた。
その視線は鋭いも、怨嗟はない。
打倒するべき強敵としてバルドたちと相対する。
対してバルドたちは、勝利を疑っていないものの、相手を軽んじているわけではない。むしろ、警戒をしつつも「疾風怒濤」の一挙手一投足を見ていた。
空気は自然と震えていく。
それぞれの視線がぶつかり合い、重苦しい空気が流れていく。
戦力差はない。
拮抗した相手同士の戦い。
誰もが長期戦になると思っていた。
そんな戦いの火蓋は──。
「「フルメタルボディズ」対「疾風怒濤」──試合開始!」
──切って落とされると、早々にバルドたちは行動を開始した。
「疾風怒濤」の面々が一斉に駆け出すのと、それは同時だった。
「「「「「震脚!」」」」」
フルメタルボディズの全員が一斉に地面を踏み締めたのだ。
すると、舞台が、いや、闘技場全体が震動したのだ。
さしもの「疾風怒濤」も、その震動の前では、自慢の速度を活かすことはできなかった。脚を止めてその場で踏み留まることしかできずにいた。
そんな一気に無防備になった「疾風怒濤」へと、バルドたちは追撃を放った。
「「「「「シールドバッシュ!」」」」」
鉄の塊と言うべき「フルメタルボディズ」による「シールドバッシュ」が、震動によって動くに動けない「疾風怒濤」へと一斉に襲いかかった。
軽装の魔法戦士の集いである「疾風怒濤」は、その身軽さゆえに回避行動が防御の主である。その回避行動は闘技場全体を震わせる震動によって封じられてしまっていた。そこに重装備の「フルメタルボディズ」による一撃が放たれれば、その結果は考えるまでもない。
その場で踏み留まることしかできない「疾風怒濤」に、「フルメタルボディズ」の「シールドバッシュ」を受けきることはできなかった。
たったの一撃により「疾風怒濤」は、ふたりが場外落ちし、残りの3人は場外に落ちなかったが、「朦朧」状態に陥るという壊滅状態においやられてしまった。
ここからの逆転は誰がどう考えても不可能だった。
もし、「フルメタルボディズ」と「疾風怒濤」の人数比が逆であれば、仮に「朦朧」状態にあろうとも、その効果時間中逃げ回るという選択肢を取ることはできた。
だが、一切の損傷なしの「フルメタルボディズ」に対して、人数が欠けて満身創痍に追いやられた「疾風怒濤」では、「朦朧」中の間逃げ切るなんて選択肢など取れるわけもない。
むしろ、それは自殺行為のようなもの。もっと言えば、公開処刑を受けると宣言するようなものだった。
「疾風怒濤」はもちろんのこと、バルドたちもそれを理解しているがゆえに、さらなる追撃を仕掛けることはなかった。
ただ、視線で「どうする?」と問いかけるのみである。
公開処刑を受けるか否か。
突き付けられた無慈悲な選択肢を前に、「疾風怒濤」が出した答えはひとつだった。
「……降参だ。俺たちの負けだよ、バルド」
「まぁ、そうなるわな」
「……瞬殺されるとは思わなかった。いままでのフィールドボスの気持ちがなんとなくわかった気分だ」
「気落ちすんなよ。ただ運が悪かっただけさ」
「……あんまり慰めになってねえんだがなぁ」
重い口を開いたのは「疾風怒濤」のマスターだった。
そのマスターとバルドは軽口を叩き合いながら、試合の勝敗をそれぞれに受けいれた。
「「疾風怒濤」の降参を受理いたしました。これにより「フルメタルボディズ」の勝利といたします」
無機質なアナウンスが流れ、バルドたちはそれぞれの武器を頭上に掲げる。
それから一拍遅れて声援と拍手が送られた。
まさかの秒殺、いや、瞬殺劇とも言える展開だった。
誰もがこの展開になるとは思っていなかっただろう。
試合終了までの時間は、30秒を切っていた。
それはいままでの最短勝利のレコードを大幅に塗り替えるという途轍もない結果だった。
だが、レコード勝利を果たしても、バルドたちの表情は緩まない。
それどころか、より一層引き締めながら、観客席の一角へと向けて、それぞれの武器を振り下ろして笑いかけた。
一糸乱れぬ行動に、観客席からはまた声援が沸くも、その声援は次第に熱を孕んでいく。
バルドたちが得物を向けた先。そこには、第一試合の勝利者である「フィオーレ」がいたのだ。
つまりは事実上の宣戦布告。
戦歴等を踏まえれば、「フルメタルボディズ」が「フィオーレ」よりも上位である。
だが、「フルメタルボディズ」の振る舞いは、まるで格上に挑まんとする態度だった。
前回大会において、「フルメタルボディズ」は「フィオーレ」に敗北を喫した。
それで完全に立場が変わったというわけではない。
それでも、「フルメタルボディズ」はまるで王者に挑む挑戦者のように振る舞っていた。
そんな「フルメタルボディズ」に対して、「フィオーレ」の面々は座っていた席からすっと立ち上がると、同じようにそれぞれの得物を「フルメタルボディズ」へと振り下ろした。
まるでいま干戈を交えているようなやり取りを目にして、観客席のボルテージは一瞬で最高潮へと至っていた。
そこにまさかの追撃が訪れた。
「ご観覧の皆様に大事なお知らせです。次の準々決勝において、第1試合の勝者である「フィオーレ」と第4試合の勝者「フルメタルボディズ」の試合が正式に決定致しました」
それはまさかの発表だった。
狙ったとしか思えないサプライズである。
運営側もこの熱気を無視するべきではないと考えたのだろう。
そのサプライズにますます観客席は盛り上がっていく。
「なお、試合は第1試合を予定しております。詳しい時間につきましては、公式HPないし「運営からのお知らせメール」にてご確認ください」
無機質なアナウンスが終わるも、すでに誰もその内容を聞いていなかった。
ただ誰もが次の準々決勝に想いを馳せていた。
それは観客のみならず、当事者たちも同じだった。
「さぁ、ついに来たぜぇ、タマモちゃん。中ボスとして立ちはだかってやんよ」
にやりと口角をあげて笑うバルド。そんなバルドに対してタマモは──。
「今回も勝たせてもらいますよ、バルドさん」
──金色の瞳を爛々と輝かせながら不敵に笑っていた。
お互いに笑っている。
しかし、その笑みは血に飢えた獣のように獰猛だった。
獰猛さを見せ合いながら、タマモとバルドは次なる試合へと想いを馳せていく。
そんなふたりを奮い立たせるように、会場は歓声に沸き続けた。
こうして4回戦第4試合は「フルメタルボディズ」がレコード勝利を果たし、同時に準々決勝において「フィオーレ」と「フルメタルボディズ」の試合が決定したのだった。




