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77話 新生

 質のいい調度品がほどよく置かれていた。


 中央にはテーブルが置かれ、そのテーブルの上には湯気があがるティーカップが4つとティーポット、そしてクッキーなどの焼き菓子やサンドイッチなどが乗ったケーキスタンドが用意されていた。


 特にティーカップからは湯気があがっているため、用意したばかりだというのは明白だった。


 そんな明らかにお茶会の準備をしていましたという風情が漂う中、「紅華」たちは控え室にと戻ってきていた。


 そしてそのテーブルにはすでに先客が腰を下ろしていた。


「や、お疲れ様」


 上品にお茶を啜りながら、ローズたちを出迎えたのは、元「トップ・オブ・スター」のマスターであるステラだった。


 3回戦にて「紅華」に敗北を喫し、「紅華」のサブマスターとしてスカウトされたプレイヤーである。


 もっともステラも、ステラが率いていた「トップ・オブ・スター」の面々も、元を正せば「紅華」の所属メンバーだったのだが、ステラ派とローズ派という対立が起きてしまったことで分裂し、その分裂したメンバーをステラは手を焼きながら率いていた。


 しかし、3回戦の敗北にて、ステラは元の鞘に収まることになった。ただ、元の鞘に収まったのはステラだけであり、他の「トップ・オブ・スター」の面々は放流されることになった。


 というのも、「トップ・オブ・スター」と合併したところで、また分裂するのが目に見えていたためである。


 そもそも、「トップ・オブ・スター」の面々はマスターであるステラを旗頭にという名目で、ステラに事実上寄生する厄介なファンの集まりだったため、ステラ以外はどうでもいいという態度を崩さなかった。


 それは分裂する前の「紅華」時代からであり、「紅華」を分裂させる切っ掛けを作ったのは、「トップ・オブ・スター」の残りの4人のせいだった。


 分裂したのも厄介すぎる性質の持った4人を離脱させるため。つまりはステラは人柱となったということ。


 もっとも、その人柱の役目も3回戦の敗北を以て終わり、こうして再び「紅華」のサブマスターとして返り咲くことができたわけである。


 そのためか、ステラはかなりのんびりと構えながら、激戦を終えたメンバーを受け容れた。そんなステラの姿を見てローズやリップは苦笑いしていた。


「負けちゃったよ、ステラぁ」


 ローズは席のひとつを陣取ると、そのままテーブルに突っ伏した。そんなローズを「よしよし、頑張った頑張った」と頭をぽんぽんと撫でるステラ。このあたりはさすがに幼なじみなだけはある気軽さだった。


「ステラ先輩、お茶どうもです」


「気にしなくていいよ、リップ。私が飲みたくなったから淹れただけだし」


「それでもですよ。喉渇いていたんで」


「まぁ、激戦だったもんねぇ」


 しみじみと頷きつつ、リップたちにも席を勧めるステラ。ステラに勧められるまま、席に着くとリップはそっとティーカップに口を付けて、ステラの淹れた紅茶を啜る。渋みはあるものの、それ以上のまろやかな甘さと香りが口内に広がっていく。


「先輩、また腕をあげました?」


「まぁ、そりゃねぇ。なにせ、喫茶店の跡取り娘ですもの」


 ずずっと静かに紅茶を啜りながらステラは笑う。


 リップとステラのやり取りを聞いて、それまで会話に参加していなかったサクラが恐る恐ると紅茶を啜ると、サクラの目は驚きで見開かれてしまう。


「うわぁ、本当に美味しい! ステラ姉! これ、なんてお茶なの!?」


「ん? そうだねぇ。時価で300シルの100パック入りの徳用品だよ」


「え? パック?」


「そう、100パックの徳用品」


 はっきりと言い切るステラに、サクラはまたもや目を見開きつつ、ステラと紅茶を交互に眺めると、再び紅茶を啜り、一言告げた。


「うっそだぁ! だって、これ、里奈がと行った喫茶店で飲んだ紅茶よりも美味しいよ!?」


「ん~。里奈ちゃんはどこの喫茶店に連れて行ってくれたの?」


「え? ステラ姉の家の近くにできたところ」


「うちの近くって言うと、あー、あそこかぁ。最近できたところでしょう?」


「そう、そこ。人気があるみたいで、結構並んだよ」


「あー、なるほどねぇ。じゃあ、無理ないわぁ」


 ずずっと紅茶を再び啜るステラに、サクラは怪訝とした顔で「なんで?」と尋ねる。


 なお、サクラとステラが言う「里奈」というのは、サクラの幼なじみであり、某掲示板で「キマシタワー」を建てた「通りすがりの真面目」の本名であった。


 その里奈と、つい最近オープンした喫茶店でサクラはアフタヌーンティーを楽しんだのだが、楽しかったのはあくまでも里奈とのやり取りだったわけであり、その喫茶店で飲み食いしたことではなかった。


 値段はリアル高校生であるサクラと里奈の懐具合には多少厳しいが、払えないというほどではなかった。


 ただ、その値段にしては、どうにも安っぽさをサクラは感じていたのだ。ただ、周りの客はみな満足げに頷いていたので、「そんなものかなぁ」と思ったのだ。


 その感想は里奈も同じだったようで、店からの帰り道で「人気店にしては、いまひとつだったねぇ」と話すほどだった。それどころか、「口直ししようか」と言って、ステラの実家である喫茶店に寄り、お手伝い込みでケーキセットを堪能したのだ。


 ステラの実家は、ステラの曾祖父の代から続くそれなりの老舗の喫茶店であるが、高校生の懐でも問題なく通えるほどの価格設定だった。


 だが、さすがに高校生の懐事情でははしごが余裕でできるわけではないため、時折数時間のお手伝いをしてその報酬を受け取ってお茶会をするというのがサクラと里奈の日常である。

 ちなみに、その手伝いをした報酬でのお茶会というのはローズたちが現役高校生だった頃も行っていた、ある意味風習とも呼べるものであった。


 そんな風習を行ったことを告げるサクラに、ステラは納得したように頷くと──。


「だって、あそこの喫茶店はぼったくり店だからねぇ。紅茶もコーヒーもインスタントだし、フード系も缶詰や業務用のスーパーで買ったものばかりだもん。しかも紅茶もコーヒーも適当に淹れたものばっかりだよ」


 ──件の喫茶店の実情を語ったのである。


 そのまさかの一言に、サクラはあんぐりと口を大きく開いた。


「え、でも、お客さんいっぱい入っていたよ?」


「ん? それはそうだよ。だって、あれサクラだもん」


「サクラって」


「自作自演。要はお客さんを騙す係のエキストラだよ」


「はぁ!?」


 あまりにもなステラの言葉に大きな声を出すサクラ。


 そんなサクラを見て、ステラはもちろん、ローズやリップも苦笑いを浮かべていた。


「え、なんで、そんな」


「だから騙すためだよ。「こんなに並んでいるってことは人気店なんだなぁ」と思うじゃん? そして大抵の人が満足そうに頷いていたら、「私の方がおかしいのかな」って思うでしょう? そうしたら、もう全部インスタントやその手のスーパーのものだったとしても、「美味しいかも」って思わせられちゃうのさ」


「……そういえば、そうだったかも」


 大抵の人は満足そうに頷いていたが、首を傾げたり、周囲を見回す客もたしかにいたことをサクラは思い出す。そんなサクラにステラはトドメとばかりに告げる。


「あと、あの店はそんなしないうちに畳むと思うよ?」


「え? まぁ、それはそうだね。だって、詐欺しているようなもんだし」


「いやいや、そういうことじゃないの。だって、あの店のある場所、ちょうど再開発地域の区画だし」


「え?」


「つまり、地上げ目的の店ってこと。価格が強気設定な割に、インスタント中心なのも、値段を抑えつつ利益が出るようにしているってわけ。人権費も利益が出る程度に抑えているだろうねぇ。まぁ、それでも多少足が出たところで、地上げの代金でおつりが来るようにしていると思うよ」


 あまりにも真っ黒な内容に、サクラは再び大きく口を開けて驚いていた。


「そうでもなきゃ、あんな味で人が並ぶことないでしょう? まだ格安ならわかるけれど、あの強気設定価格で、あの味だよ? 普通並ばないよ。それでも並ぶってことは、なにかしらの理由があるってことさ。……そこは今回の試合と同じかなぁ」


 紅茶を啜りながら、ステラは最後にそう付け加えた。


 その言葉にサクラだけではなく、まだ一言も発していないヒガンも反応を示した。


「ステラ、その言葉の意味は?」


「ん? そのままの意味だよ。正確に言うと、うちとの試合だけじゃないね。いままでの「フィオーレ」の試合を見ていて思ったんだけどね。基本どの試合も真っ向勝負というか、真っ正面からぶつかるなぁって思っていたんだけど、なんとなくわかったんだ。あの子たち、たぶん負けられない理由があるんだろうなぁって」


「……どういう意味ですか、パイセン」


 ヒガンが恐る恐るとステラに尋ねる。ステラはヒガンをじっと見つめながら言う。


「いまも言ったけど、そのままの意味。「紅華」が、というか、ローズがあの子たちに勝つことをこだわっていたみたいに、あの子たちは勝ち抜くことにこだわっているって。もっと言うと最後まで勝たなきゃいけない理由があの子たちにはあるんだろうなって思ったんだ」


「その理由って?」


「そこまではわからない。だけど、ああも真っ正面から挑むってことは、それだけ自信があるのか、もしくはいまから搦め手なんて使ってられないってことなんだろうなぁって思うんだよね。前者はともかく、後者の場合はその理由もわかるよね」


「……「三空」だね」


「うん。いまのところ、絶対的な優勝候補がいる。あのクラン相手でもないのに、搦め手は使えないってことじゃないかな? もっと言うと、「三空」相手じゃないのに、手の内すべてを見せるわけにはいかないってことじゃないかなぁと思うんだよね。そうでもなければ、あんなにも愚直に真っ向勝負なんて普通しないよ。その証拠にさ、1回戦のあれもあるから、どう考えてもあの子たちの目的は「三空」に勝つこと。つまりは優勝するってこと。でも、それが目的ではなく、目的は優勝することだって思うんだよね。そこはまぁ勘ですけど」


 すらすらと自身の考察を口にするステラ。その内容にヒガンは「……そこまで読んだんですか?」と呆気に取られていた。そんなヒガンに「そうだよ」と頷くステラ。その言葉にヒガンは肩を落としてしまう。


「やっぱり、ステラパイセンには敵わないなぁ」


「当たり前でしょう? 私のこれは長年実家の手伝いをして鍛えてきたものだし。お客様の動向を読みつつ、オーダーの用意をする。うちの父さん曰く必須スキルって話だったからね」


「……それでも、あたしが同じことをしても、パイセンみたくはできそうにないです」


「だから、それは当たり前だってば。私には私しかなれないんだ。同じようにヒガンにはヒガンしかなれない。なら、ヒガンなりのやり方で分析して作戦を立てればいいだけでしょう? まぁ、その作戦が今回は完全に裏目に出てしまったのは、あんたのミスだけど」


「……あぅ」


「でも、それもいい経験だよ。今回が最後ってわけじゃないんだから。次はもっとうまく立ち回ればいいってだけ」


 ステラは呆れ半分励まし半分という具合でヒガンに語りかける。その言葉にヒガンはなにも言えずに黙りこくるだけであった。


「まぁ、ステラの言う通りかな。今回は負けちゃったけれど、次に勝てればいいわけだからね。それに次からは作戦参謀が参加してくれるんだからさ」


「……あんたも考えなよ、ローズ」


「あははは、そこはステラにお任せってね」


「……本当にあんたはさぁ」


 はぁと大きなため息を吐くステラとあっけらかんと笑うローズ。


 かつての「紅華」も、ステラが作戦を考え、ローズが実行するという役割をもって連携されていた。


 だが、件の4人の反発により、その連携は途絶えてしまった。


 しかし、逆を言えば、件の4人がいない現状こそが真の「紅華」の姿と言えるのだ。


 つまりは、今回の試合では本気ではあったものの、全力にはほど遠かったと言える。


 もっとも、それは「フィオーレ」も同じと言えば同じだ。


 どちらも全力ではなかったが、勝敗はついた。


 またひとつ勝ち越されてしまった。


 だが、これが最後というわけではない。


 ならば、次こそは負けを取り戻す。


 諦めない限りは、真の終わりはやってこないのだから。


「次こそは勝つよ」


「まぁ、勝てるようにいろいろと考えてみるよ」


 ステラはローズの言葉にウィンクをする。ウィンクをしながらも、「……まぁ、望み薄かもだけど」と苦笑いしていた。


「とにかく、次は勝つよ」


「はいはい、精一杯やってみますよ」


 ローズとステラのやり取りが続く。


 そのやり取りを聞きながら、やっと「紅華」が戻ってきたとヒガンとリップは思った。サクラは件の喫茶店の存在に衝撃を受けたまま、固まっている。


 息が合っているようで合っていない5人。

 

 だが、それでもこれがいまの、新生「紅華」だった。


 そのことを誰にも悟られることなく、5人は今回の武闘大会の総括を話し合っていく。


 穏やかに、だが、事細やかに反省点を5人は詰めていったのだった。

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