76話 花と棘 その終わり
白と黒の風が舞う。
無数とも言えるほどの斬撃とともに、白と黒の風が押し寄せてくる。
対抗するように、炎が爆ぜた。
白と黒の風をただひと振りにて相殺しながら、猛々しく燃え盛っていた。
風と炎がぶつかり合う度に、甲高い音が鳴り響く。
衝撃波が舞台どころか、観客席にまで及んでいた。
ビリビリと大気が震える。
大気が震えるたびに、観客席からは声援が飛び交う。
その声援も渦中のふたりの耳には届いていない。
声援よりも速く強く、相手に一撃を届かせようとしている。
ふたりの目には、ただ相手を圧倒せしめんとする意思だけが宿っていた。
怒りも憎悪もない。
ただ、目の前の相手に勝ちたい。
そんな意思をそれぞれの得物に込めながら、ふたりは交錯する。
一合、二合、三合と両腕を振るう。
風を操るのは、「紅き旋風」と謳われるローズ。
ローズに対抗するのは、まだ異名なしのタマモ。
プレイヤースキルと速度に関してはローズが勝り、それ以外の要素においてはタマモがローズの上を行っていた。
技で戦うローズと力で戦うタマモ。
それを象徴するように、風を舞わせ、炎を爆ぜさせる。
お互いの口からはもうまともな言葉は出ていない。
裂帛の気合いとともに発せられる短い音だけ。
そんな音とともに、お互いの得物が交錯する。
だが、ふたりの手は止まらない。
足を止めているものの、得物を繰る手は止まることなく、虚空を駆け抜ける。
その度に、甲高い音が鳴り響く。
風と炎の音にもかき消されないほどに、強く高く鳴り響いた。
舞台上手側でも戦闘は行われている。
しかし、その戦いが見えなくなってしまうほどに、タマモとローズの撃ち合いは壮絶だった。
片やベータテスターとしての矜持と姉貴分としての意地を見せるために。
片や喪った人を取り戻すために、大切な人との再会するという決意のために。
それぞれの意思はまるで異なるのに、その意思の強さはほぼ変わらないほど。
その意思の強さを以て、ふたりは対峙を続けていた。
ただ、お互いに無傷とはいかない。
対峙を行うたびに、徐々にだが、お互いに手傷を負い始めていた。
その手傷は若干タマモの方が多い。
どれほど一撃に優れていようと、やはり技量差があるからなのか、その一撃を少しずつだがローズがいなしているのだ。
もっとも、すべての一撃をいなせるわけではない。
わずかに甘くなった一撃を狙い澄まして、ローズはいなしてカウンターを放っていた。
そのカウンターも「五尾」のうちの1本によって、タマモもいなしているのだが、手数にも差がありすぎるため、いくらかは浅くもらってしまっている。
とはいえ、それ以上のダメージをタマモは一撃でローズに与えていた。浅く入ったとしても、タマモの一撃はローズの攻撃数回分の威力がある。ダメージレースとして見れば、ローズが先行するも、すぐに拮抗に戻させられるというところ。
正しく一進一退の攻防だった。
一切の横やりもない一対一の戦い。
そんな戦いは、時間が経過するにつれて、徐々に変容を見せていた。
相変わらず、ダメージレースで見れば、ローズが少し先行していたが、わずかだがローズの攻撃する回数が増えていた。
とはいえ、それはローズが攻め込んでいるわけではない。
その逆だ。
タマモがローズに攻め込むように仕向けていたのだ。
というのも、タマモもローズも足を止めて撃ち合っているものの、常に同じ体勢でいるというわけではなかった。
タマモはその場からは一切動いていないのはたしかだが、ローズは攻撃の際に、時折体勢を変えて攻撃を仕掛けていた。
上下左右からの攻撃をその時々によって使い分ける。その際にわずかにだが、立ち位置を変えて攻撃を仕掛けていた。
その攻撃をタマモはその場から一切動かずに対応していた。
動きながら攻撃する余裕がないというわけではない。
ただローズが攻撃しやすいようにしていたのだ。
ローズが攻撃を放ちやすいように、合間合間で隙を見せていた。
接戦であるからかして、ローズもそこまで考えていたわけではない。
隙のある部位に怒濤の連撃を放っていた。
だからこそ、タマモの行動にローズは気付いていなかった。
そもそもからして、接戦でありながら、タマモは一撃一撃をきちんと放っているものの、その手数自体は少なかった。多くても、ローズの半分、いや、それ以下だった。
対してローズは、タマモの倍以上の手数を放ちながら、わずかにだが動いていた。いや、動かされていたのだ。
タマモの一撃に対抗するには、手数で勝るしかなかったからだ。それがよりタマモの狙いの餌食になってしまった。
どれほどプレイヤースキルに優れていようと、技量という面ではタマモを圧倒していたとしても、延々とそれを繰り返せばどうなるのか。その答えは実に簡単で、はっきりとしたものだった。
「ローズ選手、攻め込みますが、徐々に肩が上気し始めています! 対してタマモ選手は手傷を負っていますが、その様子は変わりません! 対照的な様相を示しています!」
実況がすかさずふたりの状況を察していた。
その声に合わせて観客も、ようやくふたりの変化に気付いたようだった。
そして当然当事者たちはそれよりも早く、状況の変化に気付いていた。
ただ、それでもローズは手を緩めることはしなかった。
いや、緩められなかった。
緩めてしまえば、今度はローズがタマモの猛攻に晒されるのだ。
そしてローズはタマモほど防御が上手というわけではない。
基本的にローズの防御は、回避行動がメインである。
その回避もスタミナを削られた状況で行える自信がローズにはなかった。
つまり守勢に回った段階で、自身が詰むことをローズは理解していた。
「してやられたなぁ!」と汗まみれの顔で叫びながら、ローズは攻撃を続ける。
対してタマモは涼しい顔で、ローズの攻撃を捌いていた、というわけではない。
タマモも少しずつだが、ローズの猛攻を捌ききれなくなっていた。
想定外の一撃を受けているのか、その防御にほころびが生じ始めている。
だが、それは文字通りの蟻の一穴という程度。
しかし、放置すれば文字通りという意味合いではなくなってしまう。
ゆえにタマモはそこから攻撃を捨てた。
全身全霊の防御を始めた。
「っ! 「急所突き」ぃ!」
「「絶対防御」!」
タマモの狙いに気付いたローズは、とっさにベータテスト時の最強の矛と謳われた「急所突き」を放つも、その対処手段として実装された無敵の盾である「絶対防御」にてその一撃を阻まれた。
最強の矛と無敵の盾。
それは中国古典「韓非子」の一説を、最強の矛と無敵の盾を扱う商人の話になぞらうような展開だった。
もっとも、その一説においては、最終的に商人は「最強の矛で無敵の盾を突いたらどうなるのか」という質問に答えることができず、途方に暮れることになるが、今回の場合においては、最強の矛である「急所突き」は無敵の盾である「絶対防御」を上回ることはできなかった。
それはまるで、最強、いや最速の矛であるローズは、小さき無敵の盾たるタマモを上回ることができないという暗示のようでもあった。
それは当事者であるローズはより顕著に感じ取ったのか、頭を振って遮二無二の猛攻を始める。
対してタマモはその猛攻を限られたスペースで受け続ける。徹底的に動きを小さくしてロスを極限まで減らそうと躍起になっていた。
ローズの猛攻はともかく、タマモの防御はタマモ自身が思いついたものではない。その防御はとある古武術の流れを汲むもの。
かつて隆盛を誇るも、時の流れとともに失伝された流派。悉くを粉砕せしめた、その流派にはある特徴があった。
その流派の流れを汲むものは、小さい円の中で戦うということ。
小円の中であらゆる攻撃を捌き、必殺の一撃を以て相手を文字通りに粉砕する。
その教えをタマモは受けていた。
そしてこうも教わった。
「君が継承者の器を得たとき、この一連の防御と攻撃の名を口にすることになるだろう。そのときのために、その名を君に伝えておこう。この一連の防御と必殺の一撃。それは我が流派における深奥。その名は」
その教えを思い出したわけではない。
だが、タマモの口は自然とその名を口にしていた。
「轟土流深奥──金剛不壊!」
金剛不壊。
その意味は非常に堅固で、決して壊れることがないということ。
その名を座す深奥。その効果は瞬く間に現れた。
タマモの体は突如黄金色の光によって包み込まれたのだ。
突然の変化に、ローズがわずかに緩まった。
その隙を突くようにして、タマモはそれまで一歩たりとも動かなかった足を一歩踏み込んだ。
その踏み込みによって、地震を思わせるような震動が会場内を襲う。その震動にはさしものローズも体のバランスを崩してしまう。
だが、タマモだけはバランスを崩すことなく、構えを維持していた。
「炎焦剣」の深奥たる炎の剣を纏わせたおたまを腰だめに構えながら。
「っ!?」
ローズが焦った顔を浮かべるも、時すでに遅し。
「てぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
タマモは腹の底から雄叫びを上げながら、がら空きになったローズの胴体に向けておたまをまっすぐに、最速最短で撃ち放った。
その一撃をローズは避けることも、防ぐこともできず、まともに喰らってしまう。
ローズの体はくの字に曲がったまま、後方へと吹き飛び、そして舞台の上を超えたところで、その身は地面に叩きつけられた。
小さく苦痛の声を漏らすローズ。だが、その表情は苦痛に染まってはいない。満足げに笑っていた。笑いながらローズは言う。
「あーあ、負けちゃったなぁ」
ローズはため息交じりに言った。
その言葉を待っていたかのようにアナウンスが鳴り響く。
「ローズ選手の場外落下を確認しました。及び「紅華」のマスターの戦線離脱を確認。これにより「紅華」対「フィオーレ」の試合は、「フィオーレ」の勝利といたします」
無機質なアナウンスが流れる。
一拍の間を置いて歓声が、それまで以上の歓声が沸き起こった。
その歓声を受けながら、タマモは天に向かって腕を突き上げた。
高々に、誇らしくその腕を掲げた。
その姿に最初はまばらに拍手が送られていた。
だが、最初はまばらだった拍手は次第に、とても大きなものへと変化した。歓声すらも打ち消すほどの大きな拍手がタマモにと注がれていった。
こうして「フィオーレ」と「紅華」の試合は、前回とは真逆の結果に、「フィオーレ」の勝利という形で終わりを告げたのだった。
古武術「轟土流」……かつて隆盛を誇るも、時の流れの中で失伝された古の体術。我が一撃すべてを悉く粉砕する。使用者の能力で威力は増減する。取得には本来ならボーナスナポイントを25点消費する。
禁術「土轟魔法」……ありとあらゆるものを地の底へ追いやったことで、禁忌とされた古の魔法。その調べはその有り様さえも掌握する。使用者の能力で威力は増減する。取得には本来ならボーナスナポイント40消費する。
深奥「金剛不壊」……轟土流における深奥のひとつ。無敵の守りから必殺の一撃へと繋げる無形の深奥。その様はまさに無形なる大地の如く。取得方法は強敵との戦いの最中で「円の守り」を繰り返し使用すること。
円の守り……轟土流における基本にして奥義。小さき円の中でその身を活かす御技。円の守りを極めし者こそ継承者たる資格を得る。




