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75話 花と棘 その6

 上手側の戦いがレンたちが攻めきれないまま、平行線を辿っているのと同時刻。


 舞台中央の戦いは、対極的とも言えるものになっていた。


「貫けぇぇぇぇぇ!」


 タマモめがけて、ローズは奥の手である「流華双螺旋」──双剣を突き出して、螺旋状に突撃する特別スキル──を放っていた。


「五尾!」


 対して、タマモは2本の尻尾を楔代わりに地面に打ち込むと、残りの3本の尻尾を絡み合わせて、やはり螺旋状に回転させる一撃──「尻尾破砕突き」を放った。


 奇しくも前回の武闘大会において、勝敗を事実上決した撃ち合いの再現だった。


 その再現に観客たちのボルテージはおのずとあがっていった。


 中には「決めろぉぉぉぉぉ!」と叫びながら、札のようなものを握りしめるプレイヤーもいれば、「堪えてぇぇぇぇぇぇ!」と絶叫して、どうやって作り出したのかサイリウムを握りしめている者もいる。


 そんな観客たちの様子を見ることもなく、ふたつの螺旋は半年の時を経て、再び交錯した。

 およそ金属と生身がぶつかり合うとは思えない音が、金属同士が削り合うような「ギャリィィィィ」という重くも甲高い音が鳴り響く。


 前回であれば、一瞬の膠着はあったものの、次第にローズが押していった。


 だが、今回はローズが押すことはなかった。


 とはいえ、タマモが押し返すわけでもない。


 ふたつの螺旋はお互いの中間距離で鎬を削り合う形で、膠着していた。


 それが意味することはひとつ。


 ふたりの実力は互角となったということである。


 総合力で言えば、すでにタマモはローズを超えている。


 だが、AGIに関しては圧倒的な差があるし、プレイヤースキルにしてもローズに分がある。そして今回の撃ち合いも、「流華双螺旋」は特別スキルなのに対して、「尻尾破砕突き」は見た目は派手でも、あくまでも通常スキルから生えた武術のひとつにしかすぎない。


 通常スキルと特別スキル。このふたつは埋めようもないほどの差があり、それはどれほど能力に秀でたプレイヤーであっても変わらない。


 もっともヒナギクが行ったように発動前に潰すという超越方法もあるため、必ずしも特別スキルが勝るとは言えないが、ヒナギクのそれは特殊例としか言いようのないものであるため、参考にすることはできない。というか、ヒナギク以外には無理なことである。


 対して今回の場合は、通常スキルから生えた武術と特別スキルそのものの撃ち合いだった


 本来ならいまのタマモであっても「流華双螺旋」と撃ち合いをすれば、押し込まれてしまう。


 だが、現在のタマモは「五尾」の力を──圧倒的なステータスを誇る、どちらが本体なのかわからない存在の力を借りている。


 それでようやく撃ち合いでは五分である。


 逆に言えば、そこまでしないといまのタマモであっても、特別スキルという奥の手を持つプレイヤーに立ち向かうことはできないという証左である。


 それはタマモ自身が一番理解していた。それでもあえて、タマモは真っ向勝負を挑んだ。


 真っ向勝負を挑んだのはひとえに、前回の敗北を乗り越えるため。


 結果的にはギリギリまでローズを追い込めたものの、当時の「三尾」を用いなければ、最後の勝負まで持っていくことはできなかった。


 もっと言えば、ローズの油断を逆手にとった、不意討ちを行ったのだ。


 不意討ちが悪いわけじゃない。不意討ちもきちんとした戦術のひとつであり、勝ちに徹するというのであれば、使わない手はない。


 ただ、それでも拭いきれないものはどうしても存在してしまう。


 その拭いきれないものを拭うために、あえて真っ向勝負での撃ち合いをタマモは行った。


 そしてその真っ向勝負は──。


「……やるじゃん、タマモちゃん」


「相変わらず強烈でしたよ、ローズさん」


 ──引き分けに終わる。


 お互いの発動時間を超過し、ほぼ同時に引いた。


 その際のふたりの表情は対照的だった。


 ローズは少なくない衝撃を受けていた。ただ、「さすがタマモちゃんだ」と言わんばかりに、その表情は満面の笑みになっている。


 対して、タマモは前回の敗戦の原因となった一撃を、いわばトラウマのようになっていた一撃を乗り越えたことで、その顔はいままで以上に強気なものになっていた。乗り越えたことで自信を得たというのは間違いない。



「早速のド派手な撃ち合いは、引き分けに終わったぁぁぁぁ! ですが、まだ戦いは序盤! ここからの両マスターの戦いから目を離せません!」



 実況が興奮した様子で叫ぶ。


 その声に観客もまたより一層興奮しているようだった。


 焼き直しとも言える撃ち合いが、前回とは異なる結果になった。


 それが序盤に行われたのだ。


 白熱するのも当然と言えるだろう。


 ただ、白熱するのは蚊帳の外とも言うべき、観客と実況のみ。


 当人たちは至って冷静だった。


 ローズは奥の手が通じなかったという衝撃を受けてはいるものの、笑みを浮かべている。むしろ、奥の手が通じなかったという事実が楽しくて堪らないと言わんばかりに、牙を剥くようにして口角をあげて笑っている。


 対してタマモはローズの奥の手を受けきったという自信を得たものの、「五尾を用いてようやく互角」という事実に震撼していた。震撼しつつも、「だからこそ乗り超えるんだ」とその瞳をより強く輝かせている。


 ベータテスターと初期組。


 対照的な存在だったふたり。


 しかし、その垣根はもうふたりの間には存在しえない。


 対照的から対等へとふたりの関係が変わった瞬間とも言えた。


「ごめんね、タマモちゃん。手加減なんて必要なかったね」


 ローズはそう謝りながら、手にしていた双剣──BTランクの歴戦の双剣を手放し、もうひとつの奥の手であるSSRランクの双剣「天狼」を、まるで対極図を現すような白と黒の双剣を取り出した。


「いえいえ、ボクこそ。格上とわかっているのに、手札を温存するなんて失礼なことをしました」


 楔として打ち込んでいた2本の尻尾を左右それぞれの腕に纏わせ、タマモは「炎焦剣」を発動させる。普段とは異なり素手ではなく、おたまとフライパンを装備したまま、馬上槍を思わせる炎の刃を両腕に纏わせていく。


「ははは、それ、1回戦から見せた奴だね? すごいね。炎の槍の二刀流。いや、二槍流と言うべきかな? 董平みたい」


「天立星「双槍将」ですか。ずいぶんとまぁ買ってくださいますね」


「お? タマモちゃんも結構イケる口かな?」


「まぁ、それなりにですよ。まぁ、ボクが読んだのは、ハードボイルド系の作家さんの書かれたシリーズですが」


「気が合うねぇ。私も同じだよ。面白いんだけど、なかなか皆読んでくれないんだよねぇ。やっぱり20巻近くもあるからなのかなぁ?」


「やっぱりネックはそこですかねぇ。大抵の人は20巻と聞くと、尻込みしちゃいますし」


「だよねぇ」


 参ったものだと言わんばかりに、ため息を吐き合うふたり。趣味の合う読書家ならではの悩みを吐露しつつ、ふたりの姿勢は徐々に姿勢を変えていく。


 タマモはクラウチングスタートの寸前とも言うべきほどに屈み、ローズは双剣を強く握りしめながら半身に構えていく。


 互いの視線は自然と絡み合う。


 それからほぼ同時にふたりは踏み込んだ。


 速度は圧倒的にローズが勝っていた。


 それでもタマモは全力で駆け抜けていく。


 そんなタマモを見て、ローズは嬉しそうに頬を綻ばせると、雄叫びのように叫ぶ。


 タマモもまた負けじと叫んだ。


 ふたりの絶叫が絡み合い、そしてそれぞれの得物がぶつかり合う。


 衝撃波が舞台上どころか、観客席にまで及んだ。


 びりびりと大気が震える中、ふたりは無言で切り結ぶ。


 一合、二合、三合と瞬く間に打ち込まれていく双剣と炎の剣。


 その有り様に観客席からは歓声が沸くも、ふたりの耳には届くことはない。


 ただただ目の前の相手を打ち倒さんとばかりに、それぞれの得物がきらめきを放つ。


 互いの口からは呼気の代わりに裂帛の気合いが発された。


 こうして舞台中央のマスター同士の一騎討ちも、佳境にと突入していくのだった。

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