34話 世界が変わるとき
「はぁ、ようやくこの兜ともおさらばなのですよ」
「うん、一週間お疲れ様」
「頑張ったねぇ、タマちゃん」
兜を装備したままで生活を始めてようやく一週間が経った。「武闘大会」までは残り一週間を切っていた。
いまごろ他の参加者たちもより激しい特訓に明け暮れていたり、レベル上げに勤しんでいたりしているだろう。
なのにも関わらず、タマモは依然としてレベルは3のまま。当日にはレベルの差はどれほど広がっていることだろうか。考えるのも億劫になるほどだ。
それでも現状ではヒナギクとレンによる特訓を受ける以外に「武闘大会」で勝ち残れる方法はない。
少なくともタマモだけではいくらクラン同士の戦いであったとしても勝てる要素はないのだ。となればヒナギクたちに方法は一任するしかなかった。
それでも兜を付けたまま、一週間生活するというへんてこすぎる特訓はいまいち効果がわからない。
というよりも不安しかない。兜を付けたまま、生活したくらいで強くなれるというのであれば、そんな破格すぎる方法など誰もが試していることだろう。
しかしそんな方法で強くなったなんて話は聞かないし、掲示板で聞いてみたところ、揃って首を傾げられてしまった。
ヒナギクとレンの意図することがタマモには理解できなかった。理解できないまま、一週間を過ごすことになった。
「兜を外してもいいんですよね?」
「うん、もちろん」
「本当は大会前日まで我慢してほしいところだけど、まぁ、一週間でもかなり成果があるはずだし」
「成果なんてあるわけないですよ」
ふたりを疑っているわけではないが、こんなへんてこな方法で強くなれるわけがない。
実際ステータスは変わっていないし、新しくスキルが生えてきたわけでもない。
むしろ耳が痛いことくらいが成果だろう。
もっともその痛みも兜を装備したことに慣れたことで若干和らいでいる気もするが、それでも痛いものは痛い。
(こんなことをしてなんの意味があるんでしょうね)
今回ばかりはヒナギクとレンの意図がわからない。だからこそはっきりと成果なんてあるわけがないと言いきるタマモ。そんなタマモにヒナギクとレンがにやりと笑っていた。
「さぁて、それはどうかなぁ?」
「結構変わっていると思うよ?」
ニヤニヤと笑うヒナギクとレン。
ふたりには成果があると自信を持っているようだが、タマモにはそれが無駄な自信だと言える自信がある。
それこそなにかしらの賭けをしてもいいくらいには自信がある。
なにせタマモ自身のことだ。自分自身のことをわからないわけがない。
ゆえに賭けをしたところで圧勝する自信がタマモにはあった。
「変わっていませんよ。それこそ賭けをしてもいいくらいにボクは変わっていないのです」
ふふんと鼻で笑いつつ、兜を外していくタマモ。そんなタマモに「へぇ?」と笑っているヒナギクとレン。
ヒナギクとレンも自信があるようだが、今回ばかりは負けるわけがないと思うタマモ。そんなタマモにヒナギクたちはにやりと笑いつつ言った。
「じゃあ、賭けでもしようか?」
「負けない自信があるんでしょう? ならできるよね?」
「ええ。いいですよ? その代りボクが勝ったら言うことを聞いてもらうのですよ?」
「いいよ。じゃあ私たちが買ったら、タマちゃんは私たちの言うことをふたつ聞いてね?」
「ふたつ?」
「うん、私とレンから一回ずつ」
「じゃあ、ボクはおふたりに一回ずつ聞いてもらっても?」
「それでもいいよ?」
「どうする、タマちゃん?」
冗談のつもりで言った賭けだったが、ヒナギクもレンも乗り気のようだった。
相当に自信があるのだろうが、その割にはタマモ自身には自覚がない。
おそらくは勘違いかなにかだと思うが、ほんのわずかに嫌な予感がするタマモ。
しかしそんなタマモの様子を理解しつつも追撃をふたりは仕掛けてきた。
「あれぇ? なんか怖気づいていない、タマちゃん?」
「自信あるんじゃなかったのぉ?」
「あ、ありますよ。自信ありまくりです!」
「ならいいよねぇ?」
「なら受けるよねぇ?」
にやにやと笑うふたり。先日はヒナギクを悪魔と思ったが、どうやらレンの中にも悪魔は存在しているようだった。
(悪魔どもに負けてたまるものですか)
タマモは怖気づく心に鞭を打ち、ふたりとの賭けに乗ることにした。
「いいですよ、勝負です!」
気合を入れながらタマモは兜に手を掛け、そして一気に兜を外し──。
「え?」
──世界が変わったことに気付いたのだった。




