67話 四竜の寵児
英雄を求めている。
聖風王が何気ない口調で放った一言に、タマモは少し唖然となっていた。
英雄。
それは様々な分野において、他を圧倒するほどの偉大な功績を築き上げた人物に送られる称号。
現代社会においても、「英雄」と呼ばれる存在はいる。
たとえば、極貧の家に産まれて、ひとつのオリンピックの大舞台で金メダルを獲得した者や、格闘技の世界で己の体ひとつで成り上がった者。
そういった「英雄」は、出身国において、国家元首は誰なのかは知らないが、誰もが「英雄」は知っているという現象を起こすほどである。
肉体面的な意味合いだけではなく、知力的な意味合い。たとえば、聖風王が話題にした世界で初めて有人飛行機を発明したライト兄弟も「英雄」と呼んで差し支えないの人物たちと言える。
肉体的や知力面、それぞれの分野において偉大な功績を残した者。それが現代社会における「英雄」の条件であろう。
だが、現代社会の「英雄」というのは、たしかに「英雄」と呼ばれるに足る功績を残しているのだが、聖風王、いや、主神エルドが求めている「英雄」とは異なっていた。聖風王の言葉を借りれば、現代社会の「英雄」はあくまでも局地的な意味合いであり、エルドが求める「英雄」には、その身ひとつで世界を救う英雄ではない。
その「英雄」に、エルドの求める英雄像にもっとも近しいのが、他ならぬタマモだと聖風王は言い切ったのだ。
その言葉の衝撃たるや、タマモの声を失わせるには十分すぎるものだった。
だが、いつまでもなにも言わないわけにはいかない。
まだいくらか衝撃の名残に浸りつつも、タマモは神妙な面持ちで聖風王に尋ねた。
「……あの、なんでボクなんですか?」
「うむ? 不満かの?」
「そういうわけではないですけど、どうしてなのかなって思いまして」
「婿殿の口振りからして、自分以外にも相応しい存在はいるというところかな?」
「……その通りです。ボクなんかよりも強い人はいますから」
「ふむ。たしかに「英雄」と呼べる存在は、強くあることにこしたことはない。だがな。それではダメなのだよ。強いだけでは、強さだけでは我が君が求める「英雄」ではないのだ」
緩やかに首を振る聖風王。
タマモが頭の中で思い浮かべた面々。ローズやガルド、それにバルドたちであれば、「英雄」と呼ばれる存在になりうると思っていたのだが、聖風王は彼らを否定した。どうしてガルドたちではダメなのか。タマモにはよくわからなかった。
「どうして、ですか?」
「我が君が求めるのは、強さだけではないのだ。己が弱さを知る者。己が弱さを知るが故に、他者を受け入れし者。最後まで人を信じ続けようとする者。そして誰よりも優しき者。それが我が君が求める「英雄」に足る存在であるのだ。そのすべてを婿殿は誰よりも持っている。ゆえにそなたこそが、「英雄」に近しいと言えるのだよ」
あごひげを撫でつけながら、聖風王は笑っていた。
その笑みにどう返事をすればいいのか、タマモにはすぐにわからなかった。
「……ボクは、そんな大それた人物じゃないんですけど」
「ふふふ。そう言うがのぅ、婿殿よ。得てして、自分の価値というものは自らではわからぬものよ。そなたにとっては、そなた自身は大したことはないと思うても、他者から見れば、その評価は変わる物よ」
「絶対評価と相対評価の違いってところですか」
「そういうことじゃ。そなたの中でのボーダーラインと他者から見たそなたのラインはまるで別物じゃ。ゆえに、そなたがそなた自身を認めておらんかったとしても、いや、認めることができなくなっているとしても、他者はそなたを認めておる。仰ぎ見る存在であるとな」
言葉をタマモは失わされてしまった。
一度だけではなく、二度続けてだ。
いままでにない経験で、タマモはなんて言えばいいのかわからなくなってしまう。
まるで心を読まれているのではないかと思うほどにだ。
「……やはり、か。婿殿は大切な人を喪ったことがあるようじゃな?」
「カマを掛けていたんですか?」
「いいや。ただ、我が友と同じ目をしていたがゆえにのぅ。おそらくは、目の前で大切な人を喪ったことがあるのであろうなと思ったのよ」
「聖風王様のご友人ですか?」
「うむ。そなたもよく知っている者じゃ。まぁ、あやつの場合は同じ大切な人と言っても、意味合いがそなたとは異なっておるがのぅ」
目を細めながら聖風王が語る友人。それもタマモもよく知る人物。タマモが思いついたのはひとりだけだった。
「……氷結王様、ですか?」
「うむ。あやつもまたそなたと同じ目をしている。そなたと同じ、悲しくも厳しい現実に心折れ、それでも前を見つめて歩み続けておる。……そなたと同じで守ることも止めることもできなかった。その悔恨があやつの目に宿り続けている。もう千年は経ったというのにな」
ため息を小さく吐きながら、聖風王は言う。普段飄々としている聖風王らしからぬ姿だった。
なんて言えばいいのか、なにを言えばいいのか、タマモにはわからなかった。
「……氷結王様もボクと同じ」
「うむ。なんなら話を聞きに行くとよい。以前、あやつが言うておったが、あやつにとってそなたは血の繋がらぬ孫娘同然の存在なのじゃろう? であれば孫娘が爺様に会いに行ってなんの問題がある? ついでにエリセも連れて行けばよかろう」
「エリセも、ですか?」
「うむ。自慢の嫁であると報告してくればいい。そして改めて戦う理由を見つめ直せばよい。あれの元にそなたの戦う理由があるのであろう?」
「……はい」
「なら、いまがちょうどいいのではないかな? まだ戦いは続くが、より激しさを増すのであろう? ならば、その戦いを最後まで勝ち抜くために、根底を見つめ直すのもまた必要なことじゃ。その有無が最後の最後で踏ん張りを与えてくれるものよ」
「……最後の踏ん張り」
「うむ。そしてそれを成せたとき、そなたは名実ともに「英雄」と呼ぶに相応しい存在になるであろう」
「……つまり試験、ということですか?」
「有り体に言えばじゃのぅ。まぁ、そこまで畏まることもない。見込み違いということもありえるし、そうなったらなったで、また新しい誰かを見つければいい。だから気負わず、ありのままであればよい。いままで通りでよいからのぅ」
あごひげを撫でつけながら聖風王は笑った。
英雄願望なんてものは、もうとっくになくなっていた。
だから「英雄」になれると言われても、特に思うことはなにもない。
ただ、言われたとおり、エリセを連れて氷結王に会いに行くのもいいかもしれないと思った。武闘大会も残りわずか。ここからはいままで以上の激戦が待っていることは明かだ。その激戦を勝ち抜くための最後のピースとなる「戦う理由」を見直すというのは悪いことではなかった。
「いろいろとご助言ありがとうございます」
「いいや。気にせんでよいぞ」
ひらひらと手を振りつつ、聖風王はタマモになぜか近づき、そしてぽんとタマモの頭に手を置いた。
「おめでとうございます。条件を満たしたことにより「聖風の寵児」の称号を得ました。これにより古武術「風聖道」と禁術「聖風魔法」を無条件で取得いたしました。これにより「風土の寵児」の称号を得ました。ならびに四大流派と四大禁術のすべてを獲得いたしましたことにより、四竜王から得た称号は、それぞれ「寵児」の称号に上書き更新されます。すべての四竜王の寵児の称号を得たことにより、「四竜の寵児」を獲得いたしました。「四竜の寵児」の称号効果により、特殊クエスト「主神への謁見」が開始可能となりました。特殊クエストの開始場所は最初の四竜王関連の称号を得た四竜王の居城となります」
いままでで最長のアナウンスが流れた。
ログを見ないとタマモでさえも把握しきれないほどの怒濤の勢いであった。
いままではゲームだからとスルーしていたが、現実であれば、このアナウンスはいったいどういうことなのだろうとタマモは思ったが、いまはあえて考えないことにした。
「……聖風王様?」
「ほっほっほ、餞別じゃよ。手解きは氷結王の居城で行うでな」
「ということは、聖風王様も一緒に?」
「いや? 我は我で向かうのでな。エリセとともに向かうがよかろう。現地で待っておるぞ、婿殿よ」
いつも通りに笑いながら、聖風王の姿はふっと掻き消えた。
残ったのは残滓のような、肌を撫でるような爽やかな風だけだった。
その爽やかな風を浴びながら、タマモはいまだ眠り続けるエリセを見やる。
健やかな寝息を立てるエリセを見て、心の奥が温かくなるのを感じながら、タマモはその身をそっと抱きしめると、ゆっくりとまぶたを閉じた。
ゲームと現実。
その区別がなくなった事実を改めて実感しながら、意識を手放すのだった。
「聖風の寵児」……四竜王の長たる聖風王の寵愛を受けるに値する者に贈られる特別な称号。効果は古武術「風聖道」と禁術「聖風魔法」を無条件で取得可能となる。
古武術「風聖道」……かつて隆盛を誇るも、時の流れとともに失伝した古の体術。その一撃は悉くを薙ぎ倒す。本来取得にはボーナスポイントが25点必要。
禁術「聖風魔法」……ありとあらゆるものを滅ぼしたことにより、禁忌とされた魔法。その調べはすべてを風塵とする。本来取得にはボーナスポイント40点必要。
「風土の寵児」……詳細不明。
「四竜の寵児」……「主神の謁見」に必要となる称号。それ以外は詳細不明。




