63話 衝動
誰もが手を合わせていた。
色の濃淡という違いはあれど、参席する全員の髪や毛並みはみな青系の色をしていた。
染めているわけではなく、生まれつきの色。それぞれの隠れ里で産まれた妖狐たちは、それぞれの属性の色にあった色をしている。
水の妖狐の里では、水の力を強く持って産まれたがゆえに、その髪も毛並みも青系のものになる。
そんな妖狐たちが一堂に会して、目を瞑り祈りを捧げていた。
祈りを捧げる先にいるのは、先代里長の妻にして、エリセとシオンの姉弟の母であるエリス──の亡骸だった。
里長の一族である老人連中によって、棺ごと燃やされ掛かっていた遺体は、どうにか回収できたものの、体の半分以上は焼けただれてしまっていた。
エリセと同じ、エリセの大元である美貌はそれでも損なわれてはいなかったが、かつての姿を知っているとあまりにも惨い姿になっていた。
そのエリスの亡骸は、新しい棺に納められていた。
棺から見える部分、エリスの顔を見る限りは、火傷の痕などはわからない。
しかし、棺によって隠されている部分は、焼けただれたままだ。
それでも新しい死装束によって見えないように工夫されてはいた。
エリスの亡骸の治療を行った聖風王でも、それ以上の治療はできなかった。
曰く、「生命活動が止まっている者にどれだけ癒やしの力を注いだところで、変化は微々たるものでしかない」ということだった。
むしろ、聖風王だからこそ、顔の火傷を治せたということらしい。
「どれほど高位の治療師であっても、死者の体を治療することはできぬ。我がしたのは、魔力による力業で無理矢理押し通しただけ。それでもここまでが限界じゃがのぅ。……すまぬな」
聖風王は申し訳なさそうに謝っていた。
聖風王が謝ることではなかった。
むしろ、道理だった。
RPGではよくあることではあるが、戦闘中に死亡したキャラクターは、通常の回復手段を用いても意味はない。一度ゼロになったHPは通常の薬や回復魔法では復帰させられない。専用の薬ないし蘇生魔法でないと復帰させることはできない。
それを専用の薬もなく、蘇生魔法でもなく、魔力による力業で癒やすなんて大それたまねは聖風王くらいでしかできないだろう。
そんな道理を無視して、無償で力を尽くしてくれた聖風王。たとえ、思った通りの結果にならなかったとしても、それでも聖風王は力を尽くしてくれたのだ。そのことを責める気にはタマモはもちろん、エリセもなかった。
エリセは聖風王が謝ることではないと伝えていた。それどころか、かえって申し訳なさそうに謝っていたほどだった。聖風王の力をわざわざ死者の体を治すためだけに使ってもらって申し訳ないとエリセは謝っていた。
その姿はとても気丈なものだった。
気丈ではあるが、タマモの腕の中でエリセは小さく体を震わせていた。
そんなエリセをタマモは抱きしめることしかできなかった。
抱きしめることでしか、エリセを慰めることができない自身を、タマモは恥じた。
だが、どれほど自身を責め立てたところで、なにも変わらない。
エリセの涙をどれほど拭おうと、その悲しみを癒やすことはできない。そんな自分にタマモは腹を立てた。
しかし、どれほどに腹を立てても意味はなかった。なんの意味もなかった。それがタマモには悔しくて堪らなかった。
その悔しさはいまもなお、タマモの胸の中に宿っている。
だが、その悔しさをタマモはどうすることもできないまま、隣の部屋でエリセを慰めていた。
本来ならエリセは立場上、葬式に出席しないといけない。
今回の式では喪主はシオンになっている。
本来ならエリセが喪主となるところなのだが、今後のことを見据えてシオンを喪主にしたようだ。
だが、あくまでもそれは名目上であり、実質はエリセが喪主としての職務をこなし、シオンはその補佐をしている。
ゆえに、エリセは本来式に出席するべきなのだが、老人連中の被害にあったエリスの亡骸を見てから涙が止まらなくなってしまったのだ。
現にいまもエリセはタマモの腕の中で泣き続けていた。
タマモの来訪によるあれこれの衝撃から復活したシオンも、最愛の姉の見たことのない姿を見て動揺していた。動揺していたが、シオンはやるべきことをやってくれた。
それがタマモにエリセを任せるということ。
喪主という大役を、まだ幼いと言っていい時分でこなすと言い切ったのである。
「僕には、これくらしかできしまへんさかい。その代わり、姉様をよろしゅうおたのもうします」
普段は残念な子であるシオンだったが、そのときのシオンは普段の残念さとは無縁であった。
そんなシオンの好意をタマモは受け取り、隣の部屋にエリセとともに引っ込んだのだ。
本来なら離れた部屋に向かうべきなのだろうが、エリセが離れたがらなかったため、あいなく隣の部屋で済ませたのだ。
エリセは声なく泣いている。声を押し殺して泣きじゃくるエリセを、腕の中に閉じ込めながらタマモはわずかに開いていた襖をそっと閉じた。
「……エリセ」
襖を閉じてから、タマモはエリセに声を掛けた。声を掛けたが、どう言えばいいのかがわからず、ただ呼ぶだけになってしまった。
こういうときはどうすればいいのか。タマモにはわからなかった。
できたのは、隣で行われる葬式の邪魔をしないように、できる限り声を潜めながらエリセに声を掛けることだけ。
「なにが旦那様だ」とタマモは心の底から思った。
どれほどエリセを想っていようと、なにもしてあげられない。それどころか、気の利いたセリフのひとつさえも掛けてあげられない。
そんな自身をタマモは苛立ちと失望を抱きながらも、エリセを強く抱きしめた。それ以外にタマモはできることが思い浮かばなかった。
思い浮かばないまま、ただ泣き続けるエリセを抱きしめていると、エリセが不意に顔をあげた。
「……堪忍え。こないな情けないところを見して。ほんまにかんにんえ、旦那様」
エリセは泣きながら謝ったのだ。
エリセが謝ることなどなにもないのに。
それでもエリセは謝ったのだ。ただ抱きしめているだけのタマモにと。
タマモは感情が爆発しそうになりながらも、謝らないでとだけ告げた。
それ以外になにも言えなかった。
エリセは「……ほんまにかんにんえ」とまた告げた。
普段とはまるで違うエリセ。
タマモがイメージするエリセは、女傑とまでは言わないものの、おっとりとしながらも、凜とした強い女性である。
だが、いまのエリセはどこまでも儚い。
タマモの小さな腕の中で震えて泣く姿は、どうひいき目に見ても「強い」と言い切ることはできなかった。
涙に濡れる青い瞳とくしゃくしゃに歪みつつも、それでも損なわれない美貌、そして普段とは真逆とも言える弱々しい雰囲気。
普段のエリセらしからぬ姿に、タマモはなんとも言えない衝動に駆られてしまった。その衝動はとてもとても強いものだった。
ごくりと喉が鳴る音が聞こえた。
それが誰によるものなのかは、すぐにわからなかった。
気づいたとき、タマモはエリセをゆっくりと立ち上がらせていた。
「……旦那様?」
エリセは涙目でタマモを見つめていた。タマモはなにも返すことなく、エリセを連れて対面側の襖を開き、その部屋に入るが足を止めず、やはり対面側の襖まで移動して、という具合でいくつかの部屋を経由しながら大広間から遠ざかっていく。
エリセはタマモに連れられるがままになっていたものの、その顔には困惑の色を見せていた。
だが、困惑しているのはタマモも同じだった。
なんでこんなことをしているのだろうかとタマモ自身思いつつも、大広間から5つほど部屋を経由して移動した部屋でタマモは足を止めた。
「……どうされたんどすか、旦那様?」
エリセは不思議そうに首を傾げる。涙はもう止まってしまっているが、その目はまだ濡れたままだった。
さきほどよりかは近付いているものの、それでも普段とは違うエリセ。そんなエリセをタマモはその場に組み伏した。
「……え?」
エリセは唖然とした様子でタマモを見上げていた。タマモは自身の行動に驚きつつも、エリセの後頭部へと回していた腕をそっと引き抜き、注意を払いながら、エリセを完全に寝かせた。
「……だんな、さま?」
エリセは困惑していた。
困惑するエリセを見やりながら、タマモは顔を近づけた。
エリセはとっさに「……あきまへん」とタマモとの間に手を差し込む。が、その手をタマモは五尾を用いて封じ、それどころか、エリセの頭上で交差するようにして抑え込む。
「……あかん」
エリセが力なく首を振る。だが、タマモは止まなかった。止まることができなかった。気づいたときには、エリセの距離はなくなっていた。エリセは目を見開いていた。見開いていたが、徐々に躊躇しながらもまぶたを閉じていく。
まずい、とわかっていた。
してはならないことだとわかっていた。
それでも、タマモは自分を抑えられず、エリセを求めてしまった。
遠くからはお経が聞こえてくる。
状況が状況であることは理解している。
それでも、タマモは自分を止めることができず、エリセを求めた。
部屋の中で特有の音がこだまする。
その音をエリセとともに奏でた。
「……手ぇ放させとぉくれやす」
息継ぎのために離れると、エリセが言った。頬を紅く染めながら、タマモを見上げている。
「……うん」
タマモは素直に頷き、エリセの手を解放する。
手を解放すると、エリセはその手をタマモの背に回してくれた。
「……経験あらへんさかい」
それだけ言って、エリセは顔を背ける。
タマモは「うん」とだけ頷いて、エリセとの距離を再び詰めた。
軽やかな音が響き、水音がこだまする。
その音を奏でながら、タマモはただ衝動に身を任せていった。




