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61話 飄々とした王

 突然として現れた聖風王。


 その見目は、氷結王同様に老人だったが、同じ老人であってもまるでタイプが異なっていた。


 氷結王は老人は老人でも、まだ老境に入ったばかりという見目であり、背筋はぴんと伸びていて比較的若々しい。例えるなら、スポーツなど体を動かすことを趣味としているタイプ。


 対して聖風王は、腰が曲がった、いわゆるクラシカルなタイプの、「「老人」と言えば」という問いかけに対して誰もが想像するタイプ。縁側でお茶を飲んでいるのが非常に似合いそうだ。


 一口に老人といっても、まるで様相の異なる氷結王と聖風王。しかし、ともに他を圧倒するような雰囲気をかもち出していた。


 その点は聖風王と氷結王だけではなく、ほかのふたりの竜王たちも同じである。ゆえに目の前にいる老人が「四竜王」のひとりというのも理解できるとタマモは思っていた。


 もっとも、理解はできても、納得できるかどうかはまた別問題であるのだが。その問題が現在タマモの目の前では繰り広げられていた。


 現在、タマモたちは長の屋敷内の一室に詰めていた。


 相変わらずの成金趣味な廊下を進み、幾度かの角を曲がった先にあるその部屋は、貴賓室と言えばいいのだろうか。置物や机などは高価なものではあるものの、色合いは黒などのシックなもので纏められており、廊下等と比べると地味目ではあるものの、非常に落ち着きのある部屋だった。


 部屋の外には小さめではあるものの池があり、錦鯉が優雅に泳ぎ、時折鹿威しの音が聞こえてくるという、なんとも風流な庭を備えている。その庭は生け垣と松らしき針葉樹で姿を隠されており、長の一族か家人以外が目にすることもない。


 それらを含めると、いまいる部屋は、非常に格式のある部屋と言ってもいいのかもしれないとタマモは思いながらも、目の前の光景をどう受け止めればいいのかを悩んでいた。


「む? むぅ。ふむふむ。ん~?」


「……鬱陶しおすけど、なんでっしゃろか?」


 聖風王はしきりに首を傾げながら、エリセの周囲をちょこまかと移動していた。当然のよに宙を浮きながらだ。


 それだけであれば、タマモも特に問題とは思っていない。


 だが、どういうわけか、聖風王は角度を変えながらエリセの周囲を飛び回っているのだ。その角度にはかなりきわどいローアングルもあった。


 エリセの服はいつもどおりの巫女服ではなく、いつもの巫女服と似たデザインの喪服であった。エリセの普段着はアンリや年若い妖狐の女性とは異なり袴の丈は長く、素足が露出することはない。


 だが、下はそうでも上は若干の遊び心と言えばいいのだろうか。肩から肘までの上腕部は露出しており、腕をあげれば脇は完全に露出してしまう。その脇からはエリセの豊かな胸がかすかに見えてしまうのだ。


 かすかに見えてしまうも、それはあくまでも腕をあげればの話だ。腕をあげない限りは、上腕部という鉄壁のガードによって見えることはない。


 しかし、現在エリセはお茶の湯の支度をしているため、両腕によるガードが発動していない。だが、そのくらいであれば、本来は問題ない。だが、相手は空中を自由自在に動き回れる存在であるため、鉄壁のガードのわずかなほころびを、見事なほどに突いていた。


 だが、それも「なにかしらの意味があるはず」と思い直して、タマモはただ見守っていた。……若干「五尾」の毛が逆立っているが、条件反射のようなものであるので、致し方がないことだった。


 そんな若干の殺気だった雰囲気の中でも、エリセの補佐役となったフブキは、エリセの手伝いとしてお湯を再度沸かしている。お湯自体は狐火を用いれば沸かすことはたやすい。問題はどこで沸かすのかということなのだが、この部屋の一角にはなぜか囲炉裏があり、フブキはその囲炉裏で鉄瓶を使ってお湯を沸かしていた。


 なぜ貴賓室とも言うべき部屋に囲炉裏があるのかというと、エリセ曰く、客人を囲炉裏焼きでもてなすためのものということだった。


 そのために、この部屋の天井は囲炉裏の煙を吸収するように造られているようで、部屋の中で調理をしてもなんの問題もないということらしい。どこまでも至れり尽くせりの部屋だった。


 ただ、エリセ曰く、造ったはいいが、使用したことはほとんどなく、無用の長物同然の部屋だったという、なんとも業深き部屋でもあるようだ。


 無用の長物であっても、掃除は定期的かつ欠かさず行われているため、埃っぽさはない非常に清潔感溢れる部屋でもあった。


 そんな部屋がとびっきりの貴人のおもてなしに使われる。何代前の里長が造ったのかはわからないそうだが、誕生以来でこれ以上とない出番を迎えていると、エリセは鼻白むように言っていた。その様子にタマモは本当にエリセは実家が嫌いだなぁと思ったのは言うまでもない。


 もっとも、タマモとしてはエリセがここまで実家を嫌うのも当然だと思ってもいる。その半生のほぼすべてで自身と弟のシオン以外の一族への怨嗟に塗れていたのだ。当然、その一族の長が住まう屋敷に対して一物を抱えているのも無理からぬことである。


 フブキにはまだそのことは伝えていないが、エリセの反応からして快く思っていないことを理解しているようで、「用事を早う済ませまひょ」と早く屋敷から出ようと進言していた。


 が、現在タマモたちは貴賓室に詰めており、用事はいまだ済ますことができていないでいる。


 その理由は例の老人連中が、聖風王の出現に対して大いに慌てふためき、出迎えるための準備をさせてほしいと言い出したからである。


 聖風王は「そんなもんいらんわ」とはっきりと言い切ったのだが、老人連中が一斉に土下座をして「どうかお時間を」と口々に言い放ったため、面倒になった聖風王が「手短に済ませよ」と言って頷いたのだ。


 その返事をこれ幸いと受け取り、老人たちは嬉々としてもてなしの準備を始めたのである。


 タマモとしてはそろそろログイン限界が迫ってきているため、一度ログアウトを行いたいのだが、老人連中がどんなもてなしの準備をしているのかがわからないため、下手にログアウトが行えないのだ。


 正直なことを言うと、タマモはエリセの一族の老人たちを信用していないどころか、敵視さえしている。


 そしてそれは聖風王も同じのようで、「あのような愚者共からのもてなしなどされたくもないのだがなぁ」と漏らしていた。


 妖狐族の隠れ里は、「四竜王」の居城の膝元にある。つまりは「四竜王」の庇護下にある。水の妖狐の里は聖風王の庇護下にあるわけだが、その聖風王から完全に見限られているということに老人たちは気づいていないようだった。


 いや、気づいているかも知れないが、まだ取り返しがつく段階と思っているのだろう。それゆえに少しでも印象をよくしようともてなしの準備を始めた。老人どもの慌てながらも、虎視眈々とした目つきを見て、その心情を理解してしまったタマモは密かにため息を吐いた。


 そのため息はやや大きめなものだったが、老人たちはそのため息さえも耳に入らないほどに、かつての威光を取り戻すことに必死のようだった。


 斜陽を迎えた一族が、最盛期を取り戻そうとあがく。


 それだけを見れば、同情くらいは沸き起こるものだが、老人連中の普段の振る舞いを踏まえると、その同情さえも霧散してしまう。


 エリセを世話役として迎えなければ、関わり合うことのなかったタマモでさえもそうなるのだ。


 永い時をそばで見守ってきた聖風王にしてみれば、連中の動向からなにを考えているのかくらいは開いた本のようにわかるだろう。それもただ開いているだけではなく、概略を記した覚え書きがそばに置かれているような状況だろう。もはや見聞きするまでもなく、老人たちの動向の意図を聖風王は察しているはずだ。


 老人たちはそのことに気づくこともなく、聖風王からの印象をよくしようと必死なのが、なんとも愚かしいことだった。


 聖風王が水の妖狐の里に関わっているのも、すべてはエリセがいるからだ。そのエリセもシオンに跡目を譲ってしまっているが、エリセ曰くシオンにも目を掛けてくれているようだが、エリセほどではないのは、気絶していたシオンを見て「まだまだじゃのう」とあきれ顔だったのが物語っていた。


 つまりは、水の妖狐の里の長の一族は、ギリギリなところで踏み止まっているということ。だが、そのことを寵児以外は気づいていないというのが、より愚かしくある。


 それを含めて聖風王は「愚者」と言い切ったのだろう。老人たちを見やる聖封王の目はとても冷め切っていたのが、なによりもの証拠であろう。


 その聖風王だが、いまだにエリセの周囲を飛び回っていた。さすがのタマモも、いったいなにをしているんだろうとか、そろそろいい加減にしてくれないかなぁとか思い出すのも無理からぬことだった。


 そんなタマモの心情を察したのか、それともマイペースなのかはわからないが、聖風王は自身の所業、つまりは現在なにをしているのかを、難しい顔で告げたのだ。


「……エリセよ」


「なんでっしゃろか? けったいなことを言わんとおくれやっしゃ」


 難しい顔を浮かべた聖風王に対して、エリセはひどく冷たい目を向ける。そんなエリセに対して聖風王が告げたのは──。


「嫁入りしたというのに、乳がまるで変わっておらぬぞ? 婿殿に抱かれてより成長したかと思って、どれほどになったのかと楽しみにしておったのに。なぜなのだ?」


 ──特級のセクハラ発言であった。


 あまりにもあんまりな発言に、タマモは言葉を失った。エリセは大きくため息を吐きながら、「エロジジイ」と吐き捨てた。


 だが、聖風王は気にするどころか、かんらかんらと笑うだけである。


 その姿に「これが本当に「四竜王」の長なのか?」と疑いのまなざしを向けてしまうタマモだった。


 だが、その疑いはすぐに晴れることになった。


「失礼いたします。準備ができましたゆえ、お呼びに参りました」


 それはその声が切っ掛けだった。

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