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60話 四竜の長

 孤児となった妖狐の少女フブキを連れて、タマモはエリセの実家である里長の屋敷に辿り着いた。


 里長の屋敷は、相変わらずの成金趣味と言うか、農耕民族である妖狐族の里長の屋敷というには立派すぎる武家屋敷だった。


 その武家屋敷の壁は白黒の鯨幕に覆われていたし、弔問客であろう里の住人である妖狐たちが列をなしている。


 その列は左右に別れており、その二列の先頭では家人である妖狐たちに案内を受けながら、芳名帳を書いていた。


 誰もが喪服を身につけ、痛ましい顔をしながら香典を家人に渡していた。その香典を受け取ると、お返しに家人たちは白菊を模した飾りを渡している。弔問客の証なのだろうが、それをひとりひとりに手渡していることにタマモは驚いていた。


「……あれ、ひとりひとりに渡すんですね」


「……ええ」


「あとで回収するんですか?」


「一応は」


「一応?」


「……あまり派手にするな言われてるさかい、本来ならあれも無用なんどすけどなぁ」


 小さなため息を吐くエリセ。返事にしてはいささかおかしなものではあるが、エリセの家の事情を踏まえれば、どういうことなのかは窺い知れた。


「まぁた、騒いだわけですか?」


「ええ。まぁた」


 呆れながら尋ねるタマモに、エリセも同じようにして呆れて答えていた。


 いろいろとうるさい連中がまたもや騒ぎ立てた結果というのが、そのやり取りではっきりとわかった。


 だが、ふたりに連れられているフブキにとってみれば、ふたりの会話は理解できないものであった。だが、事情があることは察したようでふたりの言葉にしきりに頷いている。なお、ふたりはフブキがしきりに頷いているのはわかっているが、どう言えばいいのか迷っているため、あえてなにも言わないでいた。


 端から見れば、なんとも言えない3人組という風に見えたことは間違いない。弔問客の列に並ぶわけでもなく、その列を眺めているだけの3人組は、本来なら家人に追い払われるところだろうが、元里長と神獣の眷属であるため、いかに里長の家人といえど、追い払うことなどできるわけもない。


 その事情は居並ぶ弔問客たちも理解しているため、若干不躾な視線を浴びてもタマモたちを見ることもなく、静かに並んで待っているだけだった。


「姉様!」


 そうしてタマモたち3人が弔問客の列を眺め始めてしばらくして、屋敷の中からシオンが現れた。どうやら家人たちに呼ばれたようで、シオンの後ろにはほっとしたような雰囲気の家人たちがいた。


 だが、そのことにシオンは気づくことなく、まっすぐにエリセのもとへと向かうも、その隣にタマモと見慣れぬ妖狐の少女がいることに気づいたのか、その勢いを一気に緩めて、それまでの笑みからおすまし顔に変えてゆっくりと近寄ってくる。


「……あの子、ボクとフブキちゃんに気づかなかったら、エリセに抱きついてくる勢いでしたね」


「……旦那様、わかってるなら言わへんどぉくれやす。あの子なりに気ぃ張ってるんどすさかい」


「ええ、わざとですから。エリセはボクのものだということを理解して貰うためにあえて言いましたから」


「……旦那様はほんまにいけずさんどすなぁ」


 おすまし顔で近寄ってくるシオンに聞こえるくらいの声量で言い切るタマモ。その言葉に苦笑いしつつも、やはりシオンに聞こえる声量で返事をするエリセ。そのやりとりは、なんともお熱いものだった。


 その熱量にシオンがいきなり膝を突いてしまう。見れば、唇の端からはいつのまにか一筋の血が滴っている。おそらくはタマモの先制パンチに意識を飛ばすほどのダメージを受けたが、唇を噛み切ることでそれを回避したのだろう。


 その証拠にシオンは「僕だってやられ放題と違うんどすえ」と口ずさみながら、ニヒルな笑みを浮かべるシオンだが、顔同様に彼の膝は笑っており、いまなおぷるぷると震えている。

 いきなり始まった寸劇じみた光景ではあったが、その光景に居並ぶ弔問客と家人たちは、心の底からシオンへの声なき応援を始める。その応援のまなざしを受けたがゆえか、シオンはみずからの足を叩き、力を振り絞るかのようにして空を仰ぎながら起ち上がる。


 その瞬間、家人と弔問客たちから惜しみない拍手がシオンへと送られる。その拍手の中、シオンはゆっくりとタマモたちの元へと向かっていったのだが──。


「あの、奥様」


「うん?」


「なんで、奥様の弟君はあないにダメージを負うてるんどすか? 奥様が眷属様の奥方なのは、この里の住民はみんな知ってるのに。なんで、あないないまさらな様子なんどすか?」


 ──フブキからの想定外の無垢な一言の前に、その膝は再び地面に突くことになった。いや、膝どころか、その体は地面に丸まるようにして伏してしまう。いわゆる「無茶しやがって」ポーズであった。


 それでも、シオンにはまだ意識を手放しておらず、震える手で地面を掴み、ゆっくりと近付いてくる。その姿を見て、ついに弔問客のひとりが声を出して応援を始める。その声につられてタマモたち3人以外が声を出して応援をし、その応援に応えるべくシオンは前進しつつ、どうにか立ち上がった──。


「そういえば、奥様」


「なぁに?」


「眷属様とのお子はいつの予定になられるんどすか? もうそろそろお子を授かってもおかしない思うんどすけど」


 ──どうにか立ち上がったが、フブキからの再び想定外の一言の前に、その動きを止める。シオンは指一本動かすことなく硬直していた。


 そんなシオンとは対照的に、エリセはフブキの質問に対して「あんたが言うたとおりに授かり物やさかい、いつになるさかいはわからへんなぁ」と頬を染めつつ、タマモをちらりと見やりながら言う。その視線にタマモは気まずそうに顔を背けてしまうも、エリセは口元に手を当てて笑っていた。


 やはり非常にお熱い光景である。そのお熱すぎる光景を前にして、フブキはとても嬉しそうに2本の尻尾をぶんぶんと振って、もともと繋いでいたふたりの手をより強く掴んだ。


 見た目だけで言えば、3人は母親と娘ふたりという風に見える。だが、その場に居合わせた妖狐たちの目には若夫婦とその間の娘にしか見えなかった。


 そのうえ、娘が弟妹が欲しいと両親にねだり、母は期待に満ちた顔をし、父が気まずそうに顔を逸らしているという光景に脳内変換をしてしまっていた。


 それまでのシオンへの声援は自然と途切れ、「あらあら」とか「まぁまぁ」という声が散見していく。それほどまでに微笑ましい光景がシオンの目の前で行われていた。その光景を前にして、シオンは、いや、シオンの体はゆっくりと仰向けに倒れた。


 シオンは「燃え尽きた」ように真っ白になりながら白目を剥いていた。その姿に弔問客の中で独身の男性妖狐たちは揃って手を合わせながら涙している。その男性妖狐には家人の者も含まれているあたり、なんとも業の深い光景と言えるであろう。


 そんな一種の騒ぎが起こる中、その声は突然聞こえてきた。


「……ふむ。訃報と聞いたがゆえ、訪れたのだが、これはどういう騒ぎなのかのぅ?」


 嗄れながらも、柔らかな口調の声。だが、柔らかな口調ではあるものの、その声には抗いようのない重圧のようなものが込められていた。たとえ声の主としてはそんなつもりがなかったとしても、この場にいたほぼ全員を圧する響きがその声にはあった。


 自然と誰もがその場に跪いた。逃れたのは気を失っているシオンとタマモたちの4人だけである。正確に言えば、フブキは声が聞こえたと同時にエリセに抱きついたことで難を逃れただけであるが。


「我が寵児とその弟に、知らぬ娘子、そして……ふむ。なるほどなぁ。そこの「白金の狐」が婿殿であるな?」


 声は空の上から聞こえてきていて、その空には老人がひとりぷかぷかと浮かんでいる。長いあごひげを蓄えたひとりの老人。その老人を見て、エリセは小さくため息を吐いた。


「越さはるんやったら、事前に連絡をと、お願いした思うけど?」


「ははは、よいではないか。それくらい些事であろう」


「あなた様がお越しになったら、こうなるのんは当然なんどすさかい、知らす必要があるんどす」


「ふむ。そのようだが、まぁ硬いことを言うでない、エリセよ。それよりも、だ」


 老人はかんらかんらと笑いながらも、タマモを見やり笑った。


「お初にお目にかかるな、婿殿よ」


「……なんとなく、どなたなのかはわかっていますけど、それでもあえてお聞きしますね」


「うむ。よいぞ」


「ありがとうございます。聖風王様──でよろしいですか?」


「うむ。相違ない。我が名は聖風王。「四竜王」が長であり、そなたの嫁のエリセの、まぁ、保護者のようなものであるな」


「誰が保護者どすか。いきなり現れては場を乱すような保護者なんていらしまへんよ」


「むぅ、厳しいのぅ。我としてはそなたの身辺警護をのぅ」


「水浴びしてるのを覗き見するのが、身辺警護なんて初耳どすえ」


「いやいや、それはあくまでもそなたが謂われない暴力に晒されていないかの確認ゆえよ」


 かんらかんらと再び笑い始める聖風王。そんな聖風王にエリセははっきりと「この色ボケジジイが」と毒づいた。


 だが、それさえも聖風王は笑い飛ばすだけである。


 仲がいいのか、悪いのか。


 タマモにはいまいちふたりの関係がわからなかったが、とりあえず一言言うとすれば──。

「──今後はエリセの水浴びを覗いちゃダメですからね?」


 ──今後はそんな羨ましけしからんことをするなということである。


 その釘差しに聖風王は「むぅ。ケチじゃのう」と唇を尖らせる。


 だが、タマモは聖風王の言葉を「当たり前です」と切り捨てた。


「エリセはボクの嫁なんですから。当然です」


 はっきりとエリセを嫁と宣言するタマモ。その言葉にエリセが頬を赤らめる。ふたりのやり取りにフブキは嬉しそうに笑い、そして聖風王はと言うと──。


「……ふふふ、思った以上によい婿殿であるのぅ。まさか、我にここまで言い切るとはなぁ」


 そう言って嬉しそうに笑ったのだった。


 だが、その笑みはすぐに引っ込み、「えー、少しくらいいいではないか」と不満げになった。


 その変化にタマモたちは気づくことはなく、不満を露わにする聖風王と対峙したのだった。

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