6話 踏みにじられた希望
本日三話目となります。
サブタイが不穏ですが、まぁ、うん←
アオイに教えられた宿屋はすぐに見つかった。
アオイと過ごした噴水広場の真逆にあった。
アオイが言うにはこの街──「始まりの街アルト」は時計塔を中心にして作られたようで、噴水広場は時計塔を中心にした場合、ちょうど六時の方向で、アオイが教えてくれた宿屋はその真逆である十二時の方向にある。
ただし時計塔はだいぶ規模が大きいため、真逆の方向に行くためには区画をひとつ抜けて大回りをする必要があり、直接は向かえないようだ。それはどの方向でも真逆の方向に行くためにはかなり大回りをしないといけないようだ。
実際タマモも六時の方向にある噴水広場から十二時の方向にある宿屋にはかなり大回りをさせられてしまった。それほどに時計塔の規模は大きく、そして敷地は広くされているようだ。
(むぅ。ますますこの地形を利用したイベントとかありそうなのです)
たとえば何組かに別れての陣地の取り合いなどはできそうだ。
勝利条件は真逆の方向にあるチームの陣地を奪うこととか。
隣接するチームと同盟を組んだり、もしくは同盟を組むふりをして同盟を持ちかけてきたチームの真逆のチームに取り入ったり、などかなり自由度の高い戦術合戦を繰り広げることは可能だろう。
(それはそれで面白そうですけどねぇ。かなり面倒ですけども)
そう、なにかと面倒事に陥りそうである。
たとえば利用したチームのメンバーに逆恨みされそうとか。
実際の戦争でもそういう戦術を取った場合、恨まれることは容易に想像できる。
しかもこれはゲームなのだから報復に出るプレイヤーも出てきそうだ。
……さすがに粘着するようなプレイヤーは出ないだろうが、実際の顏を露わにしないネットゲームという特性上、そういうことをしでかすプレイヤーが絶対に出ないとは言いきれない。
(ゲームだから、ってなんでもしていいと考えるプレイヤーとか絶対にいそうですよねぇ)
どんなことにも言えることではあるが、全員が全員マナーを守るわけではない。中にはこういう場だからこそマナーを守る気のない者はどうしても出てきてしまうものだ。
もっとも悪質な場合はアカウントを凍結される可能性はあるし、下手したら除外されることもありえる。
自由度の高いゲームだからと言って、なんでもしていいわけではない。運営が認める範囲を逸脱してしまえば、それで終わりだ。
とはいえ、プレイヤー側もお金を払っている以上、一方的に制裁を受けるわけでもない。
もっともひとりやふたりプレイヤーがいなくなったところで、大多数が残っているのであれば運営自体は続行できる。
……さすがに重なりすぎてしまうのも問題ではあるが、そのあたりは運営側のさじ加減になるだろう。
「まぁ、いまのところボクには関係ないのですよ」
宿屋に着くまでの暇つぶしのようなものだった。その暇つぶしの甲斐あってかアオイに教えられた宿屋はすぐにみつけることができた。
レンガ作りではあるが、こじんまりとだが小奇麗な外観の宿屋であり、RPGにありそうな「INN」という看板が掲げられていた。
タマモは迷うことなくドアを開いた。「いらっしゃい」としわがれた声が聞こえてくる。
見れば黒っぽいローブを身に着けた老婆がカウンターに立っていた。魔女だと言われても頷けるような外見であるが、タマモは臆することなく、一部屋用意してほしいと頼んだ。
「一晩で150シル。もう50シル出してくれれば、朝と夕で二食つけられるよ」
素泊まりであれば150シルだが、食事を付ければ200シル。初期資金の五分の一を消費するが悪くはない値段である。
「じゃあ、二食付きでお願いします」
「あいよ。じゃあ、これが鍵になるからね。なくさないでおくれ」
老婆が渡してくれたのは古めかしくあるが、「103」という紋様が入った鍵だった。103号室ということだろう。
「では一晩お願いします」
老婆に一礼をしてからタマモは、案内板を頼りに取った部屋へと向かった。103号室はカウンターからすぐの場所にあった。老婆を見やると頷いている。もう一度頭を下げ、タマモは鍵穴に鍵を差し込んだ。
「へぇ~。結構立派な部屋ですね」
部屋の中は宿の外観同様にこじんまりとしていたが、清潔感のある部屋だった。
ベッドの大きさはタマモにはちょうどいいサイズだが、ほかのプレイヤーにはちょっと小さいのではないかと思えるほどだ。
「まぁ、人のことはいいですね」
いまは人のことよりも部屋の散策だ。もっとも散策するほどの広さはない。
六畳くらいの大きさの部屋で、ベッドとテーブルくらいしかないが、一泊するだけの宿屋なので別に広さは関係なかった。
「ふむふむ、ベッドに近づくといくつか選択肢が出るのですね」
ベッドに近づくと「ログアウト」と「ごろ寝」、「腰掛ける」の選択肢が現れた。
タマモはノータイムで「ごろ寝」を選んだ。
安宿のベッドなどたかが知れていると思ったが、意外なことにベッドはほどよい反発のあるふかふかなものだった。
自室にあるベッドと甲乙つけがたしと言ってもいいくらいだ。
「う~ん、最高なのですよぉ~」
枕を抱え込んで文字通りゴロゴロと転がりながらベッドの感触をタマモは味わっていった。
「ふぅ、エクセレントでした」
たっぷりとごろ寝を堪能してから、タマモはメインイベントである引換券をイベントリから取り出した。
宿屋に来たのは決してごろ寝をするためではない。引換券から専用のURランクのEKを、勝利を約束された武器と引き換えるためである。
「ふふふ、さぁ、出ろぉぉぉ! ボクのエターナルカイザーぁぁぁーっ!」
指をパチンと鳴らしながら引換券を使用すると、タマモのテンションに合わせたかのように虹色の光が部屋中を覆い、そしてどこからともなく大音量のファンファーレが鳴り響いた。
「……たしかに派手なのですよ」
アオイの言う通り、これを目の前でやられたら目立って仕方がない。アオイが辞退するのも当然のことだった。
「ふふふ、さぁさぁ、ボクのEKちゃんはどういう見た目になるんでしょうね?」
虹色の光の光量があまりにも強すぎて、タマモはまともにEKの形状を確認できなかった。
ただすでに左右の手にはずしりとした重みを感じていた。これが自身のEKであることは間違いなさそうだ。
「二刀流ですかぁ。運営さんはわかっていますねぇ~」
一刀流もカッコいいが、やはり二刀流の方がカッコいい。二刀流の勇者なんて呼ばれたらどうしよう。
光が治まるのを待ちながら、まだ見ぬEKの形状に夢を膨らませていたタマモだった。
やがて光が徐々に収まっていく。タマモはうっすらとまぶたを開き、左右の手を見やる。
右手にあるのは先端が丸い形状をした細長い武器。左手にあるのはやはり先端は丸い形状をしているが、右手のものよりもだいぶ大きい武器だった。
(……なんかどこかで、というか現実世界で見憶えがあるような)
妙な胸騒ぎはするが、最高ランクのEKがへんてこな外見のわけがない。それこそ勇者が持つに相応しい伝説の武具的なカッコいい見た目であるに決まっている。
押し寄せる不安を一蹴しながらタマモは目を徐々に大きく見開いて行き、そして──。
「……なにこれ?」
両手にある武器を見て絶句した。右手はおたま、左手はフライパンを握っていた。誰がどう見ても武器ではない。ただの調理器具だった。
その瞬間、タマモの絶叫が部屋の中に響いたのは言うまでもない。
最高ランクのはずが、見た目が調理器具だったら相当なショックですよね。
続きは十八時になります。