54話 一筋縄ではいかない
「紅華」対「トップ・オブ・スター」の試合は、「紅華」の圧勝で終わった。
その試合を観客席でタマモたちは眺めていた。
「なんというか、ここまで来ると、相手がかわいそうなくらいだよねぇ」
「一滴」のマドレーヌが顔を引きつらせながら言うと、同じく「一滴」のクッキーが同意を返した。
「レベルの差が開きすぎているって思うよね。でも、実際は違うんだろうけど」
クッキーはマドレーヌに同意しつつも、実際はそこまでの差があったわけでもないだろうと言う。その言葉にマドレーヌが首を傾げていると──。
「そうね、クッキーちゃんの言うとおり、そこまでの差はなかったでしょうねぇ」
──現実世界でもマドレーヌたちの担任であるエリシアが、クッキーの言葉に頷いたのである。それはエリシアだけではなく、「ブレイズソウル」の面々や「ザ・ジャスティス」の面々も同じだった。
「たしかに、エリシアさんの言う通りですね。「紅華」と「トップ・オブ・スター」の間にはそこまでの差は感じられませんでした。まぁ、結果だけを見れば、「紅華」が圧勝しておりましたから、レベルの差を感じるというのも無理もないことでしょうが」
エリシアに続いたのは、ナデシコだった。試合が終わってもなお、凛とした佇まいを崩しておらず、その表情はどこまでも冷静である。以前までであれば、とっくにアレな姿を見せていたのだが、試合が終わってもなお、アレな姿を見せていない。
アレな姿を見せていないが、ナデシコは常にタマモの後ろにいようとはしている。決してタマモの前には出ず、常にタマモの後ろに控えて、フォローを心がけているようである。
それはある意味では以前よりも悪化しているとも言える。だが、以前ほどタマモの精神をゴリゴリと削るようなことをしないという点においては、改善されていると言えなくもない。
当のタマモは常にナデシコが後ろに控えていることに、若干落ちつかさなさを感じているようではあるが、身の危険を感じることがないため、「まぁいいか」と受け入れていた。
だが、フィナンとユキナのタマモガチ勢の目から見れば、到底「まぁいいか」と受けいれられることではなかったが、口にするとかえって危険であることを認識しているため、あえてなにも言わないでいるが、その目はかなり剣呑である。
剣呑な視線の狐っ娘ふたりを認識しつつも、タマモ以外の面々はあえて見ないふりをしつつ、会話を交わしていた。なお、当のタマモは剣呑なふたりの視線にまるで気づいていないというお約束な姿を見せて、ナデシコたち3人以外を絶句させていた。
その場にいるほぼ全員を絶句させているというのに、そのことに気づかぬまま、タマモは「紅華」の試合を見た感想を口にした。
「ボクも同じ感想ですね。ローズさんたちとステラさんたちの間には、そこまで大きな差はないと思いますよ。あるとすれば、ローズさんとステラさんのクラスチェンジ先の違いとスキル系の違いですかね?」
タマモは淡々とした口調で言う。その言葉にマドレーヌが首を傾げた。
「クラスチェンジ先の違いとスキルですか? スキルはまだわかりますけど、クラスチェンジしたことは同じなんだし、そこまで違いって出るんですか?」
マドレーヌの疑問はある意味もっともなものである。
相対的に見れば、クラスチェンジを経たという点においては、ローズとステラは同じなのだ。違いは特殊職と一般職ということだけである。それで大きく違うというのは、いささか頷けないというのも無理からぬことである。
その疑問に答えたのは、ナデシコだった。
「ええ。大きく差があります。まず、クラスチェンジした際に得られるスキルに差がありまして、特殊職はその職に関係するものを最低でも3つ以上得られるのですが、一般職は関係するものの中から多くても2つほど。大抵はランダムで1つのスキルを追加するだけです。たとえばですが、私がなった「小神箭」と「弓闘士」だと、「弓闘士」であれば、「弓術強化」、「射程延長」、「各属性矢」、「各状態矢」のどれかがランダムで取得されます。対して「小神箭」となったとき、私は運良くそのすべてを取得できましたね。加えて、「偽装効果」というスキルも得られました」
「「偽装効果」ですか?」
ナデシコの説明の最中に、聞いたことのないスキルを耳にして、クッキーが尋ねると、ナデシコは「ええ」と頷きながら答えた。
「その名の通り、自身のステータスの一部を偽装するというスキルですね。常時発動するパッシブスキルであり、自身が偽装を解くか、看破されない限りはスタータスを偽装してくれます。私の場合は、職業と数値、そしてスキルを偽装していました」
「なるほど。道理で、事前に聞いていた話と食い違うわけですね」
ナデシコが堂々と自身のステータスの一部を偽装していたと口にすると、タマモはなるほどと頷いた。
タマモが聞き及んだ話では、ナデシコを含めたクラン「ザ・ジャスティス」の最高幹部の面々は全員がクラスチェンジしているが、特殊職ではなく一般職だということだった。
だが、蓋を開けてみれば、ナデシコは一般職ではなく「特殊職」の「小神箭」だったのだ。
加えて、密かに「鑑定」をしていたが、そのときの結果もナデシコは「弓闘士」であり、「小神箭」ではなかったのだ。
それがいまではどう見ても「小神箭」としか表示されていない。スキルもナデシコが挙げた4つのほかに「偽装効果」も加わっている。試合前日までには「弓術強化」しかなかったはずだったのにだ。
その疑問にナデシコは苦笑いしながら答えた。
「言うではありませんか、敵を騙すのであれば、まずは味方からと。私は「小神箭」となってからは誰にも事実を話しませんでした。もし、特殊職に就いているとわかれば、誰もが私を頼りにしてしまうだろうと思いましたのでね。いざというときまでは隠していようと思い、誰にも話さなかったのです」
「でも、ボクらの試合のときには」
「ええ。あのときが私の思う「いざというとき」でしたから。「フィオーレ」戦を最大の山場と見なし、私は私のすべてを懸けて挑んだのです。結果は敗北となりましたが、いまはなにひとつとて、後悔しておりません。なにせ」
「なにせ?」
ナデシコが含むような言い方をする。その言葉に首を傾げるタマモ。その仕草にナデシコの頬が朱色に染まった。そしていくらか躊躇しつつも、ナデシコは身を乗り出した。当然その先にはタマモがいたのだが、ナデシコは構うこともせずに、その背中に抱きついたのである。
いきなりのハグに困惑するタマモ。ナデシコは頬を赤らめつつも、実に幸せそうに顔を綻ばせた。が、とある狐っ子ふたりの表情が同時に凍り付く。凍り付くと同時になんとも言えない圧迫感が場を包み込んでいく。
だが、その圧迫感にタマモはもちろん、原因であるナデシコも気づかない。気づかないまま、ナデシコは続けた。
「……ようやく私は最愛の人を見つけられましたので。私は祖父や父から「結婚相手はおまえよりも強い者だけだ」と言われ続けておりました。ゆえに私の結婚相手はあなた様以外におりませぬ」
「……えっと、あの、ナデシコ、さん?」
「さんはいりませぬ。ナデシコはもうあなたのものでございます」
「いや、あの、ちょっと、待ってくださいませんか? いきなりすぎて、情報過多でして」
「ええ、もちろん。いくらでもお待ちいたします」
そう言って、すっと体を離すナデシコ。
いままで通りであれば、押しに押すというのがナデシコのスキンシップであった。
それがいきなり引いたのだ。
あまりのギャップに止めに掛かったタマモが唖然とする。
だが、ナデシコはニコニコと笑いながら、「どうされましたか?」と尋ねるだけ。
あまりにも普段とは違う姿に、かえって困惑を隠せないタマモ。それは以前からナデシコのアレな姿を見慣れていたタマモ以外の「フィオーレ」の面々とタマモたちと戦ったエスパーダ他の「ザ・ジャスティス」の面々にとっては蒼天の霹靂と言えることだった。
しかし、当のナデシコは涼しい顔をしつつ、はっきりと告げる。
「ひとつだけお聞きしてほしいことがございます」
「なんでしょうか?」
「あくまでも、私の結婚相手というのは、私が勝手に決めたことでしかありませぬ。ゆえに必ずしも娶ってほしいということではないのです。むろん、娶っていただけるのであれば、それが一番ではありますが、いますぐにとは申しませんし、正妻としてそばに置いて欲しいとも言いませぬ。それこそ都合のいい女として扱ってもらっても構いませぬ。私の望みはあなたのおそばに置いていただくことのみですので」
「……えっと、あの、それ本当に都合のいい相手と扱ってもいいってことになっちゃいますよ? それこそ下手な相手だったら、骨の髄までしゃぶられることになることですけど」
「ええ。それでも構いません。もっとも、あなたはそんな外道ではないと思っているからこそ、あえて申しましたから」
にっこりと笑うナデシコ。
その言葉にあんぐりと大きく口を開けるタマモ。
それはタマモだけではなく、幼年組のユキナたち4人以外全員が同じ反応を示した。
逆に言えば、それほどにタマモはナデシコに惚れぬかれているということでもある。
ある意味戦慄するような一言でもあったのだが、裏を返せば、それだけナデシコは本気だということである。
そんな本気の好意を受けて、タマモはどう返せばいいのかを迷ってしまう。そんなタマモにナデシコは口元に手を当てて穏やかに笑った。その仕草は以前までのアレな姿とはまるで違い、貞淑な妻という風にしか見えないものだった。
まさかのナデシコの姿に、幼年組を除く全員がつい二度見する中、ナデシコは咳払いをひとつした。
「さて、脱線してしまいましたが、特殊職と一般職では、スキルの時点で大きく差が生じます。ステータスに関しては「小神箭」の方が「弓闘士」よりも3点ほどは高かったので、おそらくはほかの特殊職と一般職でも同じだとは思います。もっとも、さすがに3点ほどではそこまでの差にはなりませぬ。やはり大きな差が生じるのはスキルです。それもローズさんたちはおそらくなにかしらの特殊な武術を得られたのだと思いますよ」
「特殊な武術ですか?」
武術と聞いて、クッキーが真っ先に食いついた。
その食いつきっぷりを見ても、ナデシコは笑みを崩さぬまま頷いた。
「さすがに、その武術がなんであるのかまでは私もわかりませぬ。ただ、「トップ・オブ・スター」のステラさん以外が全滅したのを見る限り、速度に関係する武術ないし詠唱を短縮するもしくは、詠唱自体を秘匿するようなものであることは間違いないかと」
「たしかにね。「トップ・オブ・スター」の様子を見る限り、いきなり魔法が発動して、対処しきれなくなったって感じだったし」
ナデシコの考察にティアナが同意を示す。ティアナ自身は、魔法の遅延発動を得意とするプレイヤーであるため、「トップ・オブ・スター」を事実上仕留めた3連続魔法に関して思うことがあるようだった。
「あれって、ティアちゃん先生お得意の遅延発動じゃないの?」
そう言ったのは、マドレーヌだ。マジックユーザーでないマドレーヌはあの3連続魔法は「紅華」の3人がティアナお得意の遅延発動をしたという風に見えたのだが、当の遅延発動の使い手であるティアナはそれをはっきりと否定した。
「ティアちゃん言うな。まぁ、それはさておき。あれは遅延発動じゃない。まるで別種のスキルね。似たように見えるけれど、実態は別物よ。他のゲームで言えば、詠唱破棄とかそういうことだと思うのだけど」
情報が少なすぎるため、当のティアナもリップたちがなにをしたのかはさっぱりとわからない。特にローズの姿を捉えられなくなるのはもはや理解不能の領域だ。
戦士系であるアントニオたちも、ローズがなにを行ったのかもわからないでいる。
ただ、ひとり。
タマモだけはなんとなく察するものがあった。
というよりも、ローズの行った姿が見えなくなる移動術を見て、そのありえなさを見て感じ得るものがあったのだ。
「……たぶんですけど、ローズさんたちは、ボクのお師匠様たちと同等の存在に師事されているのかもです」
タマモが感じ得たこと。それはタマモが取得した三流派とローズの移動術には、使用者以外にとっては「でたらめ」のようにしか思えないという、不思議な共通点があった。……それを共通点と言っていいのかどうかはさておき、タマモにとってはそのありえなさがどうにも共通しているように思えてならないのだ。
「タマモさんのお師匠さんっていうと、土轟王様たちのことですか?」
「土轟王?」
「誰、それ?」
タマモの言葉にユキナがつい口にしてしまった名前を聞いて、アントニオたちがそれぞれに顔を見合わせて首を傾げる。その様子に「しまった」ととたんに慌ててしまうユキナ。その姿にタマモは苦笑いしつつ、「まぁ、この人たちならいいか」と教えることにした。
「ボクが師事する人たちのことで、正体はこの世界における絶対の存在である「四竜王」という言われる古代竜さんたちですね。ボクはそのうち、氷結王様、焦炎王様、土轟王様に教えを受けているのですよ」
「ちょっと待ってくれ、タマモさん」
「情報量がまた多すぎるんだけど」
タマモの発言にアントニオとエリシアが頭を抱える。
頭を抱えたのはふたりだけではなく、この場にいるほぼ全員が同じ反応を示す中、タマモは「まぁ、そうですよね」と目を泳がせつつ、あえてふたりからの「待ってくれ」の言葉を無視して続けた。
「とりあえず、そういうものだと思っていまは流してください。それでボクは3人の竜王様たちからそれぞれの流派と禁術を継承しているんです。ボクが1回戦で使った氷の竜巻や炎の双剣、あとティアナさんと魔法合戦したときのあれこれは全部竜王様たちからの手解きを受けたものです」
「……そう、なのか?」
「ええ。まぁ、威力が絶大すぎて使いどころが難しいんですけど、それでも切り札に相応しいものばかりです。それで、ボクがまだ取得していない、というか、お会いしていない竜王様がいらっしゃるんです。それが「四竜王」の長と言う聖風王様という方なんですけど」
「なんか、響きはあまり強そうじゃないね」
「そうでありますなぁ。なんというか、響き的にはそこまでって感じでありますな」
ゴードンとアルスが「聖風王」という名を聞き、素直な感想を抱く。やはり、この場にいるほぼ全員が同じ感想を抱く。その感想を聞きつつ、タマモは笑いながら頷いた。
「ええ、ボクも同じ意見でした。「あまり強そうではないなぁ」と思っていました。ですが、それは大きな誤りだと焦炎王様に言われたことがあったんです。そのとき、焦炎王様は聖風王様はご自身よりもはるかに強大だと言われました。それこそ焦炎王様では足下に及ばないほどにと。比肩できるのは氷結王様だけだとも仰っていました」
「同じ竜王という存在なのにも関わらずかい?」
「ええ。そして当の氷結王様は本気を出されると、空さえも凍えさせていました」
「……は?」
「えっと、どういうこと?」
「そのままの意味です。文字通りに、その場のすべてが、空を含めたすべてが凍り付いていたんです。それを氷結王様は流派の深奥と仰っておりました。悉くを凍てつかせるこそが深奥だと。それを事実と受け止めるのであれば、氷結王様と比肩する実力者である聖風王様であれば、その流派をもしローズさんたちが受け継いでいるとあれば」
「……姿を見せなくしたり、詠唱を瞬く間に終わらせることなんて、たやすい、と?」
「少なくとも、ボクはそう思っています」
タマモははっきりと断言した。
その言葉にアントニオたちは困惑を隠せないでいるようだった。
アントニオたちの様子を横目にタマモはいまだ舞台上にいるローズたちを見やる。
「……大変な相手になっちゃいましたねぇ」
武闘大会は佳境に入っている。
つまり、いつローズたちとぶつかってもおかしくない。
そんな中、得体の知れない能力を披露されたのだ。
タマモが口にしたのはあくまでも考察だ。
だが、その考察は事実だろうとも思っていた。
考察通りであろうと、なかろうとローズたちが大変な相手であることには変わりない。
「一筋縄には行きませんか」
誰に言うでもなく、タマモは呟く。
舞台上からまっすぐに射貫いてくる視線を浴びながら、楽には勝てないなぁとしみじみと感じ入るのだった。




