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53話 あたしの獲物

「紅華」対「トップ・オブ・スター」の試合は、試合前のやり取りとは違い、かなり一方的なものと化していた。


 その理由は「紅華」のマスターでありエースのローズにあった。



「ローズ選手、止まらない! 止まらない! 止まらないぃぃぃ! 俯瞰的に見ている我々の目にも止まらない速度で駆け巡るぅぅぅ!」



 実況の声が、興奮した声が響く。


 その声に合わせるようにして、観客席からの歓声が続いていた。


 その歓声を一身に浴びているのが、ローズだった。


 実況が言った通り、ローズは現在、誰の目にも止まらない速度で舞台上を駆け回っていた。

 最初は、ローズがいきなり舞台から消えたように思われた。


 予想外の光景に、元クランメンバーであったステラたちも愕然としたほどである。


 だが、それはあまりにも致命的な隙であった。


 その隙をローズは逃すことなく利用した。


 その一瞬で、ステラの隣の、同じく中衛として構えていた弓使いのマートが倒れ伏した。その首筋から血を流しながら倒れるマート。すでにそのHPバーは消し飛んでいた。


「ダメだよ? ぼーっとしていたら。そうやって狙い打ちにされるから」


 ニコニコと笑いながら、ステラたちの対角線上で、「紅華」の面々からも離れた場所でローズは笑っていたのだ。ローズは双剣を宙に舞わせながら笑っていた。


 その姿からマートを倒したのがローズであることは間違いなかった。


 同じクランであった頃よりも、圧倒的な速度を見せるローズに、ステラたちは再び愕然となった。


 だが、その隙を逃さないローズではなかった。


「ダメだよ、いま言ったじゃん? 隙だらけなのはダメってさ」


 ローズはステラの背後からその頬を撫でながら言う。


 たった一瞬での移動に、ステラは動くことはできなかった。それは残ったステラ派の3人も同じだった。


「まぁ、幼なじみの誼でステラには一度だけ許してあげる」


 そう言って、ローズは再び姿を消したのだ。


 それが冒頭の実況の内容である。


 ローズの姿はそれっきり誰も捉えることができなかった。


 ただ、移動の際の音が時折聞こえてくるため、舞台上にいるということはわかるものの、具体的にどのあたりにいるのかまでは誰にもわからないでいた。


 誰にも姿を捉えさせないまま、ローズは駆け続けていた。


 その際のわずかな音だけを頼りに、ステラたちは周囲に目を配っている。


 もっとも、音が聞こえたということは、すでにローズが移動し終えた後ということでもある。


 それでも、その音はローズの居場所を知る唯一の手段だった。


 音を頼りにステラたちは視線を巡らせる。


 ローズの掌の上で踊らされているという自覚はあれど、そうする以外に方法がなかった。


 そんなステラたちを追い込むように、ローズが発する音は徐々にステラたちに近付いていた。


 いや、近付くというよりかは、ステラたちを中心にして、円形にローズは移動していた。


 ならば、と逆手を取って音の聞こえた方の反対を見やるも、かえって逆手に取られて、もともと向いていた方から音が聞こえるという始末。


「紅き古塔」を最初に制覇したという実績がある「トップ・オブ・スター」が、元クランメンバーであるローズに完全に手玉に取られてしまっていた。


 そのうえ、メンバーであるマートが落とされたため、数的優位性もなくなり、ステラを含めた4人の顔からは余裕の色は消えていた。


 そんな中でもマスターであるステラは、比較的に冷静さを保っていた。


「スリーエ、気を付けて! 狙われているだろうから来るよ!」


 ステラが叫ぶ。


 中衛であるマートを倒し、その次に同じく中衛であるステラに接触したことを踏まえると、ローズが前衛を無視して、戦闘の要となる中衛ないし後衛を真っ先に潰そうとしているのは明かだった。


 そしてそれは、ローズのお得意の戦法でもある。


 真っ先に相手の最大火力ないしその護衛戦力を潰すこと。


 もしくは相手の司令塔を無力化させる。


 ローズは徹底的にそのふたつを重視する。


 最大火力ないし護衛戦力を潰せば、その火力を発揮することはできなくなる。司令塔を無力化させれば、相手を一時的に混乱させることができる。


 短期戦、長期戦関係なく、相手の武器を奪うことは、こと戦闘においてなによりも重要である。


 ゆえに、ローズは初手で後衛の護衛戦力である中衛のマートを狙い打ちした。いや、マートではなくステラを狙えば、それだけで勝負は決していた。


 だが、ローズはあえてステラではなく、マートを選んだ。その理由がなんであるのかをステラは理解しながらも、戦線を立て直すべく最大火力であるスリーエに注意を促した。


 その叫びに後衛の魔術師であるスリーエが頷いた。


 護衛戦力がひとり欠けてしまったものの、まだまだスリーエは健在である。


 ただ、周囲を姿を見せることなく駆け巡られているため、詠唱を始めることはできなかっった。


 詠唱を行えば、その瞬間に狙い打ちされるのは目に見えており、スリーエは詠唱を行うことができなくなってしまっていた。


 その時点でスリーエを封じられたも同然であったが、それでもステラは諦めることなく指揮をする。


 そんなステラの努力を嘲笑うようにして、スリーエの背後から、音が聞こえた。


「スリーエ!」


 ステラが叫びながら、スリーエの背後を見やった。当のスリーエも慌てて、自身の得物である魔術師用の杖を握りしめながら振り返った、そのとき。


「あは、残念でしたー」


 その声はステラたちの背後──もともと向いていた正面から聞こえてきた。


 同時に、前衛の剣士のポプラの胸を剣が貫いた。見ようによっては胸から剣が生えてきたようにも見える光景だった。


 ポプラは膝を突き、そのまま地面に倒れ込んだ。ポプラのHPバーは消し飛んでおり、すでにその意識はなかった。



「ローズ選手お得意のバックスタップ炸裂ぅ! 今宵のバックスタップは何度発動するのでしょうかぁぁぁ!?」


 

 倒れ伏すポプラの背後には、笑みを浮かべたローズがいた。


「徐々に削られているけど、大丈夫、ステラ?」


「お生憎様。まだまだこっちは」


「あぁ、そういうことじゃないよ? リップたちを放置して大丈夫? って聞いているんだけど?」


 皮肉めいたローズの言葉に、ステラが返事をした。だが、その返事に被せるようにしてローズが告げた一言に、ステラの表情は凍り付いた。


 それと同時に、3つの詠唱がいきなり聞こえてきたのだ。


「──果てよ、風の刃の渦で。暴風刃!」


「──顕現せよ、荒々しき風の槍よ。嵐槍破!」


「──風よ、刃となってすべてを断て! 疾風剣!」


 ステラの耳に届いたのは、3つの風魔法だった。


 ひとつは緑色の刃を、風の刃によって複数の対象を囲い切り刻む暴風刃。


 ひとつは目にも止まらぬ速度で放たれる風の槍である嵐槍破。


 最後のひとつが巨大な風の剣を顕現させて、その剣で範囲のすべてを断ち切る疾風剣。


 その3つの詠唱が同時に終わりを告げた。


 それは3つの魔法が同時にステラたちに牙を剥いたということ。


 暴風刃によってステラたちは視界をほぼ塞がれてしまい、その中を嵐槍破が駆け抜け、そして最後に疾風剣がすべてをたたき切った。


 風系統の魔法のバーゲンセールとも言うべき、とんでもない状況だった。


 その3つの魔法の効果が終わったとき、舞台上にいたのは、「トップ・オブ・スター」側で立っていられたのは、ステラだけだった。


 スリーエは嵐槍破の直撃を受け、もうひとりの前衛であり、見習い騎士のココは暴風刃で視界を奪われたうえに、少なくないダメージを負っていたところに疾風剣の直撃をそれぞれに受けて、HPバーを消し飛ばしていた。


 残ったのは、嵐槍破と疾風剣の直撃は避け、暴風刃によってHPバーをそれなりに消耗させているステラだけだった。


「……ほんの少し見なかった間でここまで差ができちゃっていたか」


 ステラはダメージを負いながらも、まだその目には闘志を宿らせていた。


 絶体絶命ではあるものの、まだ負けではない。


 そうステラが自身を鼓舞していたが、それはあっさりと終わりを告げた。


「そうだね。といっても、ここまで強くなれたのも最近なんだけど」


 という日常的な会話をするような、とても軽い口調のローズの声がステラの耳朶を打った。その声はステラの背後からのものであり、ステラは恐る恐ると振り返ると、そこには背後からステラの首筋に剣を突き立てるローズがいた。


「どうする? ステラ」


 ローズの言葉には主語がなかった。


 だが、痛いほどに意味を理解したステラはため息を吐くと、手に持っていた剣を投げ捨てた。


「降参するよ。というか、マートが倒れた後で試合は終わっていたし」


 マートが倒れた後に再び隙を見せたときで、すでに試合は終わっていたのだとステラは言った。


 ローズはステラの背後から頬を撫でるだけだったが、その気になればマート同様に、ステラの首筋を切ることはたやすくできた。その時点でステラたちの負けは決まっていた。


 だが、それをローズはあえて引き延ばしたのだ。


 すべてはステラ派の4人に実力の差を見せるためだけに。


「……なんだか、前よりも悪辣になっていない?」


「褒め言葉として受け取っておくよ。本当はもっと早くこうしていればよかったんだけど、なかなかタイミングが合わなかったからねぇ」


「どうしてそこまで私にご執心しますかねぇ?」


「今回は間に合わなかったけど、あんたの力が欲しいのさ。あたしの獲物ちゃんに打ち勝つっためにはさ」


 ローズは視線を観客席に向けていた。その視線を追うとある一団をステラは捉えた。その一団を見て「なるほど」と頷くステラ。


「あんたに獲物扱いされるって、あの狐ちゃんは相当大変だねぇ」


「あははは、とびっきりの獲物だよ。あんたもやり合えばわかるさ」


「ふぅん?」


 ローズが執着する。それ自体を珍しいと思いつつも、ステラは改めて告げた。


「運営さん。降参します」


 ステラははっきりと降参すると伝えると、すぐにアナウンスが流れた。



「マスターであるステラ選手の降参を受理いたしました。これにより、「紅華」の勝利といたします」



 ステラの降参を受け、「トップ・オブ・スター」と「紅華」の試合は、「紅華」の勝利という形で終わった。


 こうして「紅華」もまた4回戦へと駒を進めることになったのだった。

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