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49話 花と正義その4

 両翼の戦いが終わりを告げたのと同時刻──。


「ちぇぁぁぁぁぁ!」


「せいっ!」


 ──マスター同士の一騎討ちを行っている中央では、一進一退の攻防が行われていた。


 メインウェポンである弓ではなく、ナデシコは刀を手に取り、その刀を大上段から振り下ろしていた。


 対して、タマモはその刀に向けて右手のおたまを振り上げることで対処した。


 刀とおたまがぶつかり合い、鎬を削る。


 現実世界ではありえない光景。


 現実世界であれば、おたまがあっさりと切り裂かれて終わりになるが、この世界ではおたまは切り裂かれることなく、刀と鎬を削っていた。いや、削るどころか、いくらか優勢気味でもある。


 現実ではありえない光景に、ナデシコは舌打ちしつつ、跳び下がる。タマモからの追撃はない。左手のフライパンで攻撃を仕掛けようとしていたのだが、ナデシコが跳び下がったことで攻撃をやめていた。


 ナデシコがタマモの攻撃の予兆を感じ取り、とっさに跳び下がったというのが正確だろうか。


 素のステータスで言えば、ナデシコはタマモを上回っている。しかし、スキルや称号の効果を加味すると、タマモのスタータスはナデシコのそれを上回る。そこに五尾の馬鹿げたスタータスも加わると、スタータス面でタマモはナデシコを圧倒している。


 だが、ナデシコは歴戦のPKKだ。常日頃から戦いに明け暮れている彼女の戦闘経験はタマモとは比べようもない。もっとも、調理器具を両手に持った相手との戦闘なんてさしものナデシコにもない。


 前々から調理器具を武器にしているということは知っていたが、実際に目の当たりにしていると面食らってしまう部分もあった。


 だが、ナデシコはすでにタマモの異様さには慣れてしまっていた。タマモのフライパンもおたまもリーチの長さで言えば、双剣とそこまで大差ない。つまり見た目の異様さに囚われなければ、双剣士を相手取るのと変わらないのだ。


 そのことに戦闘開始してすぐにナデシコは気づき、サブウェポンである刀を手に取ったのだ。


 メインウェポンである弓は、一対一の戦いには向かない。遠距離武器同士での戦いであれば、一対一でもなんとかなるが、基本的に一対一で弓ひとつで戦うなんてことはありえない。矢を番えている間に懐に飛び込まれるだけだった。


 ゆえに、弓使いでありつつも、ナデシコはサブウェポンとして刀の使い方も習熟している。

 ただ、それは現実での彼女の私生活に大きな影響を受けた結果でもあるわけだが。


「ふぅ。なかなか攻めさせてくれませんね、ナデシコさん。防御しかできないですよ」


 ナデシコが跳び下がったことで、再び距離ができてしまい、若干困ったように言うタマモ。そんなタマモに対して、ナデシコは息を整えつつ、笑みを浮かべた。


「それはこちらのセリフですよ、タマモさん。まさか、我が流派の技が悉く受けられてしまうとは。これでも免許の位までは至っていませんが、中伝とは認められているのですがね」


 タマモが困っているように、ナデシコも少々困り気味である。現実世界では弓も嗜んでいるが、基本は刀の使い手であるナデシコにとって、その自慢の技がまったく通用していないのだから、苦笑することしかできない。


「ナデシコさんは、実際に武術をなさっているのですね?」


「ええ。物心ついたときには、すでに木刀を握らされておりましたよ。まぁ、木刀と言っても軽いものではありましたが、当時の私にとってはそれでも非常に重たいものでした。それを日夜問わず振り続けたものです」


「道理で、攻撃がレンさんと同じ、いや、それ以上に鋭いわけですよ。まるでテンゼンさんと対峙しているみたいだなと何度も思いました」


「これはこれは。彼の最強プレイヤーと比べられるとは思ってもおりませんでした。光栄なことです」


 素直に礼を述べるナデシコ。


 傍から見れば、実にわざとらしいものであるが、実際には心の底から礼を述べていた。


 というのも、ナデシコはテンゼンほどの使い手をいままで見たことがなかったのだ。


 見目はあの深いローブのせいでよく見えないものの、その剣術はゲームシステムによるものではなく、テンゼンのプレイヤースキルによるものであることはあきらかである。それも現実世界でのナデシコの力量をはるかに超越していることもまた。


 ただ、あまりにも差がありすぎるため、どれほどの差があるのかもナデシコには見当もつかない。わかるのは圧倒的にテンゼンが強者であるということくらいだ。


 そのテンゼンと対峙しているみたいだと、テンゼンと交流があるタマモに言われたのである。光栄と思うのは当然のことだとナデシコは思った。だからこその礼であった。


 そして礼ついでに、前々から抱いていた疑問をナデシコはぶつけることにした。


「ときに、タマモさん」


「なんでしょう?」


 タマモが再び構えを取る。構えを取りながら、ナデシコの言葉に返事をするタマモ。律儀なものだと思いつつ、ナデシコは疑問を口にする。


「テンゼン殿、いえ、テンゼン殿だけではありませんね。レンさんやヒナギクさん、そして練度に関してはまだまだですが、タマモさんも同じ足捌きをしています。皆さんの流派は共通していると見ているのですが、いかがか?」


「……3人は同じ流派ですが、ボクは3人それぞれに手解きを受けたってだけです」


「なるほど。手解きを受けただけですか」


 テンゼン、レン、ヒナギクの3人は練度の差はあれど、同じ足捌きをしている。タマモも同じ足捌きではあるものの、3人に比べるとかなり稚拙ではある。その理由が3人からの手解きを受けたからであれば頷けるものはある。


 もっとも、手解きを受けたのがいつからなのかが問題ではある。いままでのやり取りを踏まえると、3人との出会いはゲームを開始してからということだったから、ようやく半年を超えたくらい。


 ということは、タマモが手解きを受けたのも約半年ということになる。つまり、たった半年程度触れただけの、ようやく素人から脱したくらいなのがタマモということになる。


 その程度の使い手相手に互角に打ち合ってしまっているという事実は納得以前の問題である。だが、4人の流派を考えればある意味当然と言えるかもしれないともナデシコは思っていた。


「もうひとつ、よろしいですか?」


「なんでしょう?」


「お三方の流派は同じということでしたが、その流派名は「神威流」で合っておりますか?」


「名前までは、ボクも存じません」


「左様ですか。ですが、お三方やタマモさんの足捌きは明らかに「神威流」のものです。そしてそれは──」


 息を整え終えると、ナデシコは再び刀を構えた。だが、それまでのように上段に構えることはなかった。ナデシコは刀を鞘に納めると、タマモがとっさにおたまとフライパンを交差した、その瞬間。


「──私も同じです。まぁ、私は宗家ではなく、分派の分派の「神威流」ですがね」


 ナデシコはそれまで以上の速度でタマモに斬りかかっていた。タマモの体は弾かれたように空を舞い、数メートルほど後退していく。


 交差したおたまとフライパン越しに見える顔は、驚愕の色に染まっていた。


「……いまの剣は」


「見覚えがあるでしょう? テンゼン殿とレンさんと同じ抜刀術ですから」


 にこやかに笑いかけるナデシコ。その笑みにタマモは全身の毛を逆立てているようだった。

「ですが、これだけではありませんよ?」


 もう一度ナデシコは笑いかけると、刀を手放すやいなや、そのままタマモに襲いかかった。タマモは依然としておたまとフライパンを交差したまま。その上から拳と蹴りの連撃を見舞った。


 その動きにタマモが再び驚愕とする。


 だが、それはタマモだけではなく、タマモとの戦いを観戦しているヒナギクとレンも同じようで、視界の端に映るふたりの表情が明らかに変わっていた。


 ふたりに視線を向けてナデシコは笑いかけてすぐに、風を感じてナデシコはとっさに跳び下がり、手放していた刀を再び手にする。


 それまで立っていた場所では、タマモがフライパンを振り抜いた体勢で固まっている。その顔は色濃い焦りに染まっている。


「……いまのはヒナギクさんと同じ」


「そうですよ。なにせ、同じ流派ですもの。もっとも、先ほども申しましたが、私のそれは宗家のお三方とは違い、分派の分派のものですので、正確には同じではありません。ただ、似通った部分はあるでしょう?」


「……えぇ。たしかにね」


 タマモの頬を汗が伝っていく。どんなことを考えているかまではナデシコには測りきれないが、おそらくはいまのタマモの頭の中では、目の前のナデシコを必要以上に大きくしているはず。


 そこに隙を見出す。


 ナデシコは余裕のある様子を見せるために、あえて笑みを浮かべた。相手を、タマモをより心理的に追い込むためだけに。


「さぁ、まだ時間はたっぷりとございます。楽しみましょう、タマモさん」


 再び笑いかけながら、ナデシコはタマモにと斬りかかっていった。

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