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47話 花と正義 その2

 間合いの異なる剣に、同時に襲われた。


 大剣と長剣。


 間合いは大剣が広いが、その重量の分、手数は少なくなってしまうものの、一撃の威力は非常に高い。


 長剣は大剣に比べて間合いは狭くも、威力もそこまでではない。だが、大剣に比べて取り回しやすいため、自然と手数は増える。


 そんな2種類の剣が、ときに左右、ときに上下、場合によっては前後からもレンへと牙を剥いていた。


 2種類の斬撃は、息がぴったりと合っており、普段からプレイの一環としてタッグで行動しているのだろうというのが覗える。


 それほどまでに、大剣士のスコットと剣士のシオンの同時攻撃は高いレベルにあった。


 だが、それでも──。



「当たらない、当たらない、当たらなぁぁぁぁぁぁぁい! レン選手、スコット選手とシオン選手の同時攻撃をいなし続けるぅぅぅぅぅ!」



 ──レンにとっては、脅威にはなりえなかった。


「なぜ、当たらん!?」


 大剣士のスコットが肩を上気させながら叫ぶ。叫んではいないものの、剣士のシオンもまた同じように肩を上気させながら、信じられないものを見るような目をレンに向けていた。


 だが、どれほど叫ばれようとも、どれほど異質な目で見られようとも、レンにとってはふたりは脅威たり得ないのである。


「当たらんと言われてもねぇ」


 ぼそりと呟きながら、レンはミカヅチを構えたまま、スコットたちを見やる。


 いまは左右に分かれてレンの前方を塞ぐ形になっているが、少し前までは前後に分かれてレンを囲んでいた。


 もっとも、その囲みは早々に崩して、あわや相打ちというところまでふたりを追いやったが、さすがに相打ちするほどにふたりの連携は甘くはなかった。


 そこからはさすがに前後攻撃はやめたようだった。


 レンにしてみれば、いくらでもふたりを相打ちにおいやることはできた。


 前後攻撃が一番たやすいが、左右からでも上下からでもやろうと思えばやれる。単純に相打ちにおいやれるまでの手順が少し増えるため、多少手間が掛かるというだけのことだ。


(このふたりの連携は同時攻撃を主軸にしているからっていうのもあるけれど)


 スコットとシオンの連携が、主に2方向からの同時攻撃であることは試合開始してすぐに理解できた。


 さすがに同時攻撃だけしかないわけではないが、他のものは、せいぜい軸の臭い消し程度であり、そこまでパターンが多いわけでもない。もっとも、まだ底が知れたわけではないが、ある程度の全容は見て取れたとレンは判断していた。


 試合開始して、間もなく10分くらいだろうか。


 レンは攻撃をまだ一太刀も放っていない。


 いままでの攻撃はすべてスコットたちからのものであり、レン自身が攻勢に出てはない。それは現状の把握に費やしていたからだ。


 正確に言えば、戦場のすべてを俯瞰するための時間だった。


 現在戦線は3つに分かれている。右翼側にいるのがレンとスコットたち。左翼側で戦闘しているのがヒナギクと槍士のエスパーダと双剣士のグラン、そして中央では一対一でタマモとナデシコがやり合っていた。


(いまのところ、右翼と左翼は問題ないか。このまま押し切れそうだけど、中央は一進一退ってところか?)


 中央以外は「フィオーレ」が押していると言える状況だった。


 その中央にしても、タマモとナデシコは鎬を削り合っていた。


 弓使いでありながら、ナデシコは接近戦をタマモに仕掛けていた。本職ではないはずなのに、その攻撃は非常に豊かなバリエーションがある。少なくとも、目の前にいるふたりよりもナデシコの方が圧倒的に強者であることは間違いない。


 そんなナデシコと互角の勝負をタマモは演じている。そう、PKKのトップと互角にやりあっているのだ。


(……なんか感慨深いよなぁ)


 タマモと知り合ってまだ半年ほど。半年前まではズブの素人だったタマモが、ベータテスターであり、常日頃から戦闘を繰り返しているトッププレイヤーと互角の戦いをする。


 一時期タマモの戦闘の手解きのまねごとをしていたレンにとって、中央の戦いは感慨を抱かずにはいられないものだった。


「強くなったなぁ」としみじみと感じるレン。視線がつい目の前のふたりから外れて、タマモとナデシコの戦いに向いてしまうほどに、募る想いがあった。


 だが、その想いはあくまでもレン本人のものであり、スコットたちには関係ない。それどころか、戦闘中にあからさまに視線を外しているレンにスコットたちは憤慨した。


「どこを見ている!?」


 シオンが叫んだ。その叫び声にレンはようやくスコットたちを見やる。そのときにはもうスコットたちは攻撃を仕掛けてきていた。水平に大剣をぶん回すようにしてスコットが薙ぎ払い、そのスコットの背中を駆け上がってシオンが上空から大上段に振り下ろしてきていた。


「レン選手の隙を衝いて、スコット選手とシオン選手の同時攻撃だぁぁぁぁ! これはさしものレン選手も危うしかぁぁぁぁ!?」



 実況の声が響く。


 聞き慣れた声だと思っていたが、どうやら実況はGMのソラが行っているようだった。


 つまりはソラに見られているわけだ。


(……不格好なところは見せられないよな)


 ソラに見られている。


 そう思っただけなのに、なぜか無様なところを見せたくないという気持ちがレンを突き動かした。


 2方向からの斬撃が迫っていた。


 それでもレンには一切の焦りはない。


(兄ちゃんよりも圧倒的に遅い)


 兄テンゼンとは比べようもないほどに、遅い一撃だった。


 もし、この場にいるのがこのふたりではなく、テンゼンであれば、レンは戦場を俯瞰して見るという余裕はなかった。


 というか、そんな余裕を見せつけた瞬間、レンは地面に倒れることになる。


 テンゼンの一撃はまさに閃光だ。


 それでいて、一撃の重さは目の前の大剣士以上である。


 そんな攻撃が誘いも含めて無数に放たれるのだ。


 虚実を見切るどころか、一撃一撃を見ることさえ敵わない。


 そんな相手と1ヶ月間、模擬戦を繰り返してきたのだ。


 その当時と比べれば、目の前のふたりと対峙することなど、大した問題ではない。いや、問題たりえない。


 レンはスコットの水平の薙ぎ払いを跳躍して避けた。同時に、大剣の腹を足場にして上空に飛び上がる。


 スコットの表情が驚愕の色に染まっていた。それは上空にいたシオンも同じ。まさかの回避方法に思考が完全に止まっているようだった。


「呆けていたら、ダメだよ?」


 レンはシオンとすれ違いながら、その腹部にミカヅチの一撃を叩き込む。飛び上がる勢いと落下の勢いと自重が加わったカウンターを直撃したシオンのHPバーは大きく減少する。そこにレンはダメ押しとして、くの字に折れ曲がった背中にと鞘での振り下ろしを放った。


 くの字に折れ曲がった体勢から水平に戻ったシオンは、そのまま舞台に体を強かにぶつけた。シオンのHPバーは完全に消し飛んでいた。



「レン選手の閃光の攻撃炸裂ぅぅぅ! シオン選手が戦闘不能になりましたぁぁぁぁぁ!」


 

 それまで攻撃を仕掛けなかったレンの狙い澄ました一撃に会場は黄色い声援で染まり上がる。


 特に大きかったのは、観客席の最奥からである。


「き、き、きぃやぁぁぁぁぁぁ! レンしゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 それは魂の咆哮と言わんばかりの大絶叫であった。その大絶叫にたまたま大型モニターに映し出されたのは観客席の最奥で応援旗を振り回すユキナたち4人。そのうちのひとりであり、レンの大ファンである剣士のマドレーヌは目にハートマークを浮かべながら、これでもかと旗を振り回す。


 その勢いに他の3人が巻き込まれて、3つの悲鳴が沸き上がるも、マドレーヌにはその悲鳴は聞こえない。彼女の目に映っているのはレンだけであった。


 そんなマドレーヌの魂の咆哮はレンの耳にも届いていた。


(……えっと、マドレーヌちゃんだっけ? ユキナちゃんの親友って話だったけど、なんであんなに叫んでいるんだろう?)


 レンにはなぜマドレーヌがあんなに叫んでいるのかがわからない。


 ただ、悪い気はしていないので、レンはヒラヒラとマドレーヌにと応援の感謝代わりに手を振って答えた。


 すると、マドレーヌが突如胸を押さえたのだ。


「どうしたんだろう?」と若干不安になるレン。


 だが、そんなレンの心配をよそに試合は続いている。


「シオンの仇ぃぃぃ!」


 スコットが上空にいるレンめがけて大剣を振り上げたのだ。


 レンはまだ上空におり、ここから足場もなしに方向転換はできないことを踏まえて、スコットが起死回生を狙った一撃だった。



「スコット選手、起死回生を狙っての一撃ぃぃぃ! レン選手、為す術なしでしょうかぁぁぁぁ!?」


 

 実況が荒ぶるように叫ぶ。


 その叫びに合わせて悲鳴が会場内を包み込むと同時に、大型モニターにレンが映し出される。


 モニターに映るレンの表情は変わらない。だが、一点を見つめて不意に表情が綻び、穏やかな笑みを浮かべた。その笑みに悲鳴は一斉にやんで、代わりに感嘆の息の合唱となる。


 そんな合唱の指揮を執るレンが見つめるのは、観客席の上部、それもプレイヤーではどうあっても行けない、運営専用フロアの一角にある実況席だった。その実況席に向かってレンは微笑んだのだ。


(安心してください。俺は──)


 レンの意識が向かうのは実況をしているソラに対して。


 どうしてここまでソラに意識が向くのかはレンにもわからない。


 だが、それでもレンはソラに心配を掛けたくない。それ以上にレンはソラに無様な姿を見せたくない。見せたいのは、レン自身が想う最高の自分の姿だけだった。


 レンは迫りくるスコットの大剣めがけて突きを放った。ミカヅチの切っ先がスコットの大剣を貫くと、スコットの大剣の勢いが失われる。その上にレンは着地した。


「ば、バカな!?」


 スコットが目を見開いた。ありえないとその顔には書いてある。そんなスコットを無視してレンは告げる。


「──俺は、いや、俺たちはこんなところで負けちゃいられないんだよ!」


 レンは叫びながら、ミカヅチを引き抜くと雷電を発動させた。


 スコットの大剣の上を黒い雷となったレンが滑走し──。


「雷電一閃!」


 ──レンお得意の雷電一閃がスコットに直撃。黒い雷が円柱状となって上空へと迸る。


 黒い雷がやんだとき、そこにはHPバーを消し飛ばされたスコットと帯電するミカヅチを構えて立つレンの姿があった。



「レン選手、瞬く間に「ザ・ジャスティス」の2名を圧倒! これで数的有利はなくなったぞぉぉぉぉ!」



 実況が叫ぶも、その叫びを打ち消すほどの黄色い歓声に会場が沸く。


「なんで俺こんな人気なん?」と状況を理解できぬまま、「まぁいいか」とあえて気にしないことにしたレンは、中央を通り過ぎて左翼で戦うヒナギクのもとへと向かったのだった。

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