46話 花と正義 その1
昨日更新できなかったお詫びです
門を開けると、すでに舞台上には相手クランがいた。
PKKの一大クラン「ザ・ジャスティス」の最高幹部にしてマスターであるナデシコが率いるクラン名と同じ名を冠するチーム「ザ・ジャスティス」の5人がじっとこちらを見つめていた。
(……普段とは違いますね)
こちらを見据える目は鋭い。
だが、その中でもとびきり鋭い視線をタマモは感じていた。
5人のちょうど中央にいるナデシコ。その視線が誰よりも鋭かったのだ。
普段の「お姉様ぁぁぁぁぁ!」然としたものとは、まるで別人のようだ。普段からアレではPKとの戦いで本当に指揮なんて取れるのだろうかと思っていたのだが、どうやら杞憂でしかなかったようだ。
いや、杞憂するべきはナデシコの指揮下に入る他のメンバーではない。今回ばかりは杞憂するべきは自分たちの方かとタマモは思い直す。
「……別人みたいだね、ナデシコさん」
「そうだな。いつもとは全然違う。まぁ、いつももある意味獣みたいな目をしているけれど、同じ獣でも全然違う。歴戦の獣って目をしているって言うべき、なのかな?」
ヒナギクとレンもナデシコの変化に気づいたようだった。
レンが口にした「歴戦の獣みたい」という言葉に、タマモは内心で「なるほど」と納得する。
ナデシコと遭遇するたびに、タマモはある意味恐怖を感じていた。いつもの恐怖は貞操の危機を感じるという意味合いだが、今回は同じ刈り取られるでも貞操ではなく命を刈り取られそうな気がしてならないのだ。
それだけの気迫をナデシコは放っている。
それもまだ舞台にも上がっていないにも関わらずである。
(元から相手は強敵だとわかっていましたけど、さすがに格上ですね)
チーム「ザ・ジャスティス」と「フィオーレ」の二組を総合的に判断すれば、「ザ・ジャスティス」の方が格上だとタマモは考えていた。
人数の差、経験の差、レベルの差。その3つの点で「ザ・ジャスティス」の面々は「フィオーレ」を超えている。
「フィオーレ」の優位性は全員が特殊職へとクラスチェンジしていることとEKのランクがSSR以上であるということ。
だが、それでも先に挙げた3点を凌駕しえるとはタマモには思えなかった。
なによりも、ナデシコたちは常日頃からPKとの暗闘を繰り返しているのだ。
普段のプレイスタイルからして大きな違いがある。この差がなによりも大きく、その差を軽んじることはできなかった。
「──続きまして、東門より出でしは、わずか3名とはいえ、快進撃を続けるクラン! その活躍に数多の後追いプレイヤーを輩出し続ける大人気クラン! その名は「フィオーレ」!」
実況の紹介とともに、大歓声がタマモたちを包み込む。
いつも通りの黄色い歓声の他に、観客席の一番奥で応援旗を振る4人が見えた。
「あれって」
「ユキナちゃん、だよね? あとの3人って、ユキナちゃんの親友とか言う子たちだっけ?」
「はい。2日前のビギナー級で活躍していた「一滴」の子たちですね」
応援旗を振るのは、ユキナと「一滴」の3人だった。それぞれに体はそこまで大きくないというのに、4人が振る応援旗はかなりの大きさである。その応援旗を4人は小さな体で精一杯に振っていた。振りながら「頑張ってください」と叫んでいるようだった。
さすがに大歓声の前では4人がどれだけ喉を酷使したところで、タマモでさえもその声を聞くことは敵わない。
だが、その有り様はとても愛らしく、そして力を貰えるものだった。
いつのまにか強ばっていた体から、力が抜けていくのがわかった。
それはタマモだけではなく、ヒナギクとレンも同じようだった。
タマモは礼とばかりに人差し指と中指を4人に向ける。ヒナギクとレンも苦笑しながら倣うようにして4人に向けると、4人はそれに気づいたようで、輝かんばかりの笑顔でそれまで以上の勢いで応援旗を振っていく。試合終了まで保たないのではないかと少々心配になる勢いだった。
「おおーっと、「フィオーレ」のセクシーサンキューだぁ! その向かう先にはなんとも愛らしい応援団の姿が! 皆様、どうか彼女たちにも声援をお願いします!」
実況が目ざとくユキナたちに気づき、ユキナたちの姿が大型モニターに映し出される。まさか自分たちが写し出されるとは思っていなかったユキナたちは一瞬戸惑っていたが、やけくそにでもなったのか、それまで通りの勢いで応援旗を降り続けていく。4人全員の顔にそれまでとは違う朱色に染まっているが。
その様子に観客席からは「フィオーレ」へと向けるものとは違う歓声が上がっていく。「かわいい」だったり、「頑張れ」だったり、「一緒に応援しよう」だったりと好意的なものばかりである。
即席の応援団ではあるものの、その存在を公に認められていた。その様子にタマモたちは穏やかに笑った。
ナデシコの視線から始まった萎縮はもうない。
タマモたちは自然体のままで、舞台へと向かった。
すると、ナデシコから飛来していた鋭い視線が不意になくなったのだ。
(……なるほど。すでに戦いは始まっていたわけですか)
ナデシコの鋭い視線。
やけに鋭かったのは、タマモたちを萎縮させるため。すなわちナデシコたちの勝利のための布石のひとつだったのだろうとタマモは理解した。
(……たしか、「威嚇」でしたっけ? レベルが下の相手にはほぼファンブルしないスキルだったはず)
「威嚇」とは、戦闘時におけるレベルが下の相手にのみ通用するスキル。ただ、効果はそこまで大きくなく、VITとMENの数値が若干下がる程度である。
だが、若干下がる程度であっても、有利になることには間違いない。勝利のための布石において、それも試合開始前に相手へと干渉しえる数少ない有効な手段であった。
だが、その「威嚇」の効果は、ユキナたちの応援によって霧散したようだ。システム的に言えばユキナたちの応援によって、バフが入ったということ。
(「鱗翅鳥王の微笑み」でしたっけ。たしか永続効果のバフが入るんですよね)
ユキナがいま身につけている「鱗翅鳥王」シリーズには、専用スキルである「鱗翅鳥王の微笑み」は、パーティーメンバーに各種バフを永続付与の効果がある。加えて一度だけの即死キャンセルの効果もある。
それらの効果が合わさってナデシコの「威嚇」を打ち消してくれたのだろう。
戦闘には参加しなくても、システム上はパーティーメンバーと数えられているのだろう。
ヒナギクとレンもそれぞれに現状を察したようだった。
「ユキナちゃんには後でお礼を言わないとね」
「そうだな。最高の支援だったからな」
「ええ。本当にありがたいことです」
各々に感謝を口にしつつ、3人はついに舞台に上がった。
同時に、ナデシコが小さくため息を吐いた。
「……参りましたね。少しでも有利になるための策だったのですが、それさえも通用しないとは」
困ったものだと言わんばかりのナデシコ。
だが、言葉とは裏腹にその表情に変化はない。
タマモたちを見やる目は、「ザ・ジャスティス」の5人の中でも最も鋭いままだ。
だが、その視線にタマモたちが怖じ気づくことはなく、タマモたちはそれぞれに構えを取る。ナデシコたちもそれに応じて構えを取った。
「レンさんは右、ヒナギクさんは左。ボクは正面です」
「了解」
「任せて」
タマモが短く指示を出すとふたりもまた短く返事をする。
「みな、打ち合わせ通りに行きますよ」
「「「「了解」」」」」
対するナデシコたちも短いナデシコの指示に一言で応じていた。
その雰囲気は一触即発。
舞台上の8人はそれぞれに鋭い視線を向け合っていた。
その雰囲気の中で、実況の声が上がる。
「クラン部門エキスパート級3回戦第1試合「ザ・ジャスティス」対「フィオーレ」──試合開始です!」
その声にそれぞれのクランは一斉に動いた。
レンとヒナギクはタマモの指示通りに左右に別れて、ナデシコを中央で布陣していた「ザ・ジャスティス」の右翼と左翼に突撃していった。
だが、それは「ザ・ジャスティス」もまた同じだった。
ナデシコ以外の4人が、大剣士のスコットと剣士のシオンがレンに、槍士のエスパーダと双剣士のグランがヒナギクに向かって突撃していった。
両クランとともにマスター以外の面々がマスター以外を相手取るという、まさかの同じ作戦を選択したのだ。
そのまさかの行動に、タマモとナデシコ以外の6人の目が大きく見開かれたが、すぐに交戦が始まった。2対1での戦いが2つ行われる中、残るタマモとナデシコは中央に位置取り、睨み合っていた。
「……まさか、同じ作戦を選ぶとは思っていませんでしたよ、ナデシコさん」
「……それはこちらも同じことです。人数不利である以上、一塊になって私たちを各個撃破するかと思っておりましたよ、タマモさん」
「……「タマモ姉様」ではないのですね?」
「それは普段のことです。いまは普段に非ず。この場は戦場。「常在戦場」とは言いませんが、私は戦場においてのみは、普段を忘れることにしております」
「なるほど。さすがですね」
「ふふふ、お褒め戴き光栄です」
ナデシコが薄く笑う。普段が普段でなければ、つい見惚れてしまいそうなほどにきれいな笑顔だが、それでいてどこか恐ろしさを感じる笑顔でもある。
「さぁ、参りましょうか。見合いをしているわけではありませんから」
「ええ。さっさと勝たせてもらいますよ」
「ふふふ、その減らず口がいつまで聞けるか、見物ですね」
ナデシコが再び笑うが、その笑顔はすぐに消えて、真剣なものになり、そして──。
「弓士改め、「小神箭」ナデシコ。いざ参る!」
──ナデシコはまさかの突撃を仕掛けてきた。
そんなナデシコに唖然としつつも、タマモはその手にあるフライパンとおたまを強く握りながら──。
「「白金の狐」タマモ。行きます!」
──ナデシコ同様にタマモもまたナデシコにと突貫をするのだった。
こうして「ザ・ジャスティス」対「フィオーレ」の戦いは始まりを告げた。




