44話 決起集会
「──第16試合の勝者は「神槍」のオルタ選手ぅ!」
個人部門の3回戦第16試合は、順当と言ってもいい内容で終わりを告げる。
その日の大トリの試合は、「ザ・ジャスティス」の最高幹部である「神槍」のオルタとベータテスターだった攻略組の剣闘士の試合となった。
最初からオルタが有利と思われていた試合は、戦前の予想通りに危なげなくオルタの勝利で終わりを告げた。
オルタはまるで弾幕を思わせるほどの圧倒的な手数で始めから相手の剣闘士を圧倒した。結果、オルタは相手の剣闘士になにもさせないまま押し切った。試合時間は10分ほどだったが、オルタの猛攻を10分間も耐え抜いた剣闘士には惜しみない拍手が送られることになった。
ただ、その一方で「あそこまで猛攻を続ける必要があっただろうか?」と各掲示板で語られてもいた。
剣道三倍段など言わずとも、オルタと対戦相手の実力差には大きな開きがあった。仮に対戦相手が実際にいまよりも三倍強かったとしても、オルタに敵うビジョンは見えない。
それは実際に対峙していたオルタ自身も理解していたことだろう。
それでも、あえて猛攻を続けた理由がなんなのか。
その答えのひとつとして上がったのが、「テンゼンを意識したのではないか」というもの。
奇しくも第1試合にて、テンゼンは「天空王」と謳われたエアリアルの猛攻を残り時間5分を切るまでいなし続けていた。同じ猛攻でも、エアリアルとオルタではまるで趣は違う。
エアリアルは圧倒的優位である上空からの連続突撃であり、オルタは地面に足を付けて弾幕のような連続突き。同じ猛攻であっても、まるで内容は異なる。
オルタの対戦相手は10分ほどはどうにか耐えられていたが、一撃必殺の一撃を放てるほどの余裕を残した状態でいられるわけもなく、10分耐えたところで力尽きた。
対してテンゼンは、上空を完全に制圧され、圧倒的な不利な状態でありながらも、余裕でいなし続けて、最終的にはエアリアルの意識を一撃で刈り取った。
最初の試合と最終試合と対極的な順番であったが、その試合内容は奇しくも似通っていた。もっとも結果もまた対極的なものになってしまったが、問題があるとすれば、最終試合となったオルタがまるで第1試合を連想させるような猛攻を見せたということ。
オルタがテンゼンを意識したからこそ、第1試合と似通った内容になったという意見は、その意見があがっても不思議ではない土台ができあがっていたからこそのものだろう。
そして、その意見はわりと妥当ではないかと言われるものでもある。
前大会の個人部門の優勝者であるテンゼン。
その対抗筆頭がオルタ。
となれば、オルタがテンゼンを意識するような試合展開を選ぶというのは、妥当と言ってもいいことであった。
もっともオルタに意識されているであろうテンゼンは、泰然自若を崩すことはないだろうが。
それを理解したうえで、オルタはテンゼンに挑戦状を叩きつけたのではないかと掲示板では盛り上がりを見せることになる。
もっとも本当のところはオルタ本人にしかわからないことである。
剣闘士の実力が想像よりも強かったため、確実に勝つために猛攻を続けたという可能性もある。
実際のところは、オルタ本人が語らない限りはわからない。
そのオルタは沈黙を貫いていた。
だが、第1試合でテンゼンを見ていた目はとても鋭く、その内心がどうであるのかは想像に難くないという話もあがっていた。
どちらにしろ、テンゼンとオルタがいつぶつかり合うか。
個人部門のエキスパート級において、最大の話題こそがテンゼンとオルタの試合であった。
その話題の中心にいるオルタとテンゼンを置き去りにして、個人部門のエキスパート級もまた盛り上がりを見せながら、その日の試合はすべて終了した。
「本日の試合はすべて終了致しました。明日はクラン部門のエキスパート級となります」
運営からのアナウンスが響く。
そのアナウンスとともに、民族大移動とも言わんばかりに、観戦していたプレイヤーたちが一斉に動き出す。
中には慌ててログアウトするプレイヤーもいるが、大抵はその日の試合の感想を口にしながら、闘技場を後にしていく。もっとも闘技場を後にすると言っても、そのまま闘技場がある北の第三都市にと散っていく。
闘技場があるのは北の第三都市「ガノス」──北の第二都市である「ベノス」をより工業に特化させた都市であり、その一区画すべてを使って闘技場が設立されていた。
工業都市であるがゆえにか、「ガノス」の住民はドワーフなどの職人が大半を占める。そのため、「ガノス」には大規模な飲み屋街が存在しており、その飲み屋街は闘技場から離れていないため、観戦が終わってまだログイン時間があるプレイヤーは、飲み屋街での打ち上げとしてその日の試合内容を語り合うのである。
中にはそれを踏まえて、料理人プレイヤーが屋台を構えてもいた。
その中には「もつ煮込み屋」の屋台も当然のようにある。
その「もつ煮込み屋」の屋台に、タマモたちは現在いた。
「はい、お待ち。もつ焼きの盛り合わせともつ煮込みと煮込み丼だ」
どんと勢いよくテーブルに置かれたのは、「もつ煮込み屋」が誇るもつシリーズ、すなわち、もつ焼きにもつ煮込み、そして煮込みを白飯に豪快にぶっかけた煮込み丼である。なお、今日のもつは仕入れの関係で鳥系モンスターのクルッポッポのものとなっている。
クルッポッポとは鶏を思わせるクルッポが進化したモンスターであるが、大して強くなくレベル10もあれば、簡単に狩れるモンスターだが、採取できるのはすべて食材だけと徹底しているモンスターだ。
だが、その強さの割りに食材としてはそれなりに上位に位置しているため、初心者を卒業するくらいのプレイヤーの金策として愛されているモンスターである。
そのクルッポッポのもつが、今日の「もつ煮込み屋」のメイン食材となっている。牛系や豚系のそれとはまるで違う味わいのクルッポッポのもつに、本来なら「もつ煮込み屋」に集うプレイヤーはそれなりにいたことであろう。
だが、今日に限っては「もつ煮込み屋」に集うプレイヤーは少ない。というのも、本日の「もつ煮込み屋」は貸し切りの看板が掲げられており、タマモたち以外のプレイヤーの姿はなく、現在「もつ煮込み屋」はタマモたちが独占している。
組み分けとしては、ガルドを筆頭とした大人組がテーブル席を囲み、「フィオーレ」に加えてサクラの5人の未成年組がカウンター席に腰掛けていた。
「おー、こいつは美味そうだ。さすがはおやっさん」
おやっさんが提供してくれたもつシリーズを見て、おやっさんの大ファンであるガルドが舌なめずりをする。それはガルドだけには収まらず、「ガルキーパー」の面々に加え、アントニオたち「ブレイズソウル」、そして「紅華」のサクラ以外の面々が大いに反応を見せる。
なお、ガルドたち大人組が反応を見せているのは、もつ煮込みともつ焼きだった。煮込み丼に関しては、ガルドたち大人組の前にはない。煮込み丼があるのは、未成年組の前にだけである。その煮込み丼をレンとサクラは豪快に食べ進めていた。
なお、もつ焼きの盛り合わせに関しては、未成年組と大人組のそれぞれのテーブルにおかれている。そのもつ焼きをヒナギクとユキナ、そしてタマモは驚いた顔をして食べていた。
「すごいね、このもつ焼き。全然臭みがないよ」
「内臓系は処理が難しいって話ですもんね」
「うちのお父さんたちも、内臓系は処理を間違えるとひどいことになるって言っていました」
未成年組でも、調理組の3人の反応はもつ焼きの臭みのなさについてであった。内臓系は基本的に臭みがつきものであり、その臭みを処理することが命題と言ってもいい。
ユキナの言う通り、処理の仕方を間違えただけで大惨事に繋がることもあるため、内臓系の調理は他大変難しいうえに気を遣うものである。
その処理を完璧に施した上で、さらなる旨味へと昇華されている。「もつ煮込み屋」の屋号は伊達ではないというなによりもの証拠であろう。
「煮込み丼、マジウマ! おやっさん、おかわりちょうだい!」
「俺もお願いします! これは何杯でもいけます!」
「あいよ。ちょっと待っていてくんな」
サクラとレンがそれぞれにお茶碗をおやっさんへと差し出す。おやっさんは差し出されたお茶碗を受け取ると調理場へと戻ると、すぐにおかわり分を持ってきてくれた。明らかに1杯目よりも多く盛られたうえでである。
「気持ちのいい食いっぷりだからな。サービスで大盛りにしておいたぜ」
「ありがとう、おやっさん」
「ありがとうざいます」
「いいってことよ」
おやっさんは口元をわずかに歪ませて笑った。その笑みはニヒルという言葉が非常に似合うものであり、その渋い外見と見事にマッチしている。
その外見を眺めつつ、未成年組の中でも唯一もつ煮込みを啜りながら、タマモはおやっさんを上から下まで眺めると、しみじみとしたように言う。
「しかし、いまでも信じられないのですよ」
「うん? あぁ、俺が流れ板だってことかい?」
「ええ。だって全然イメージと違いすぎるのですよ」
レンとサクラに煮込み丼を手渡し終えたおやっさんに向かって、タマモが言う。その言葉におやっさんは苦笑いしていた。
「釣りキチの奴にも言われたんだが、そんなにイメージと違うかい? 俺としてはありのままでいたつもりだったんだがなぁ」
はてと首を傾げるおやっさんに、タマモは絶句しそうになりつつも、「ええ」とだけ答えた。
武闘大会の初日に挨拶をしたときは、タマモは冗談と受け取っていたが、その後予選最終日に再び挨拶をした際に、おやっさんは自身が流れ板であることを改めて伝えたのだ。
最初は信じられなかったタマモだったが、その後おやっさんが直接掲示板に書き込むのを見て、ようやく流れ板と同一人物であることを信じたのだ。
なお、その場には当然のようにガルドたちもいて、おやっさんのまさかの正体に凍り付いていた。
特にガルドの動揺ぶりは凄まじかったが、中身がどれほどアレであっても、おやっさんのもつ煮込みのファンであることには変わりはないという答えにたどり着いたことで、いまだに「もつ煮込み屋」の常連として通い詰めている。
それはガルドだけではなく、アントニオたち「ブレイズソウル」も同じだ。なんだかんだでアントニオたちも「もつ煮込み屋」のファンであったが、その店主であるおやっさんのまさかの正体に衝撃を隠せずにいた。
だが、彼らもまたガルドと同じ答えにたどり着き、常連として足繁く通っているのだ。
そんな「もつ煮込み屋」にタマモたちが全員集っているのは、決起集会のためだ。そのため「もつ煮込み屋」のテーブル席を占領させてもらっているのだ。
「しかし、明日から3回戦か。そろそろぶつかり合ってもおかしくないが、その辺どうだい?」
おやっさんが大人組のテーブルに新しいもつ煮込みを配りながら、その場にいる全員を見やる。
配られたもつ煮込みを受け取りながら、ガルドがにやりと笑みを浮かべる。
「まぁ、そんなもん決まっていますぜ。今回は勝たせてもらうってな」
ガルドはあえて主語を抜かして言った。その言葉にバルドもまた頷いた。
「そうっすね。うちなんかずっと負け通しですから、そろそろ勝たせてもらわねえとカッコが付かねえっすよ」
もつ煮込みを啜り、感嘆の息を付くバルド。そのバルドにローズが肩を組むやいなや、「そうだよねぇ」と続けた。
「お正月のときはうちも負けちゃったし。今回で勝ち越しさせてもらおうかなって思っていますよ」
そう言ってにやりと笑みを浮かべるローズ。三者三様の視線が未成年組のテーブルにと注がれていく。
その視線を浴びてタマモは笑っていた。
「申し訳ないのですけど、今回ばかりは優勝しないといけないのです。なので、みなさんには悪いですけど、負けてあげるわけにはいかないのですよ」
「はっ、言ってくれるじゃあねぇか」
「本当にねぇ。ますます高ぶってくるよ」
「あぁ。負けてらんねえわ」
タマモの言葉にガルドたちの目が鋭く細められる。その視線に背中に粟が生じそうになるも、タマモは不敵に笑い返す。一触即発というほどではないものの、それなりの緊張感が「もつ煮込み屋」に漂い始めた。そのとき、一通のメールがタマモの元へと届いた。
「ん? あぁ、組み合わせですか」
タマモの元に届いたメールは明日の3回戦についてのメールであった。それはタマモだけではなく、ガルドたちのもとにそれぞれ届いていく。
「えっと、今回も第1試合ですか」
「うちは第5試合ってなっているね」
「俺のところは第12試合か」
「げ、またうちは最終試合かよ」
それぞれの試合が書かれたメール。そのメールの内容を踏まえる限り、3回戦ではこの場にいるどのクランもぶつかり合うことはないようだった。
「4回戦以降のお楽しみかなぁ?」
「まぁ、そんなところじゃねえか?」
「だな。まぁ、うちとしては決勝戦でぶつかり合うっていうのも面白そうなんだがな」
ガルドたちは各々に残念がっていた。
だが、それは裏を返せば、3回戦で負けるつもりはないと言っているようなものだった。それは当然タマモたちも同じである。目標は優勝なのだ。こんなところで負けるわけにはいかない。
タマモは「次以降のお楽しみ」ですねと口にしようとした、そのとき。再びタマモの元へとメールが届く。その差出人の名前を見て、タマモはわずかにげんなりとした顔を浮かべる。
その表情を見て、その場にいた全員が差出人が誰なのかを察していた。それでもあえてとその場にいる全員を代表するようにしてユキナが口を開いた。
「だいたい予想できるんですけど、どなたからですか?」
「……ナデシコさんですよ。えっと──っ」
ナデシコからのメールと若干ぼやくように言ってからタマモはメールの内容に目を通し、そして身構えた。その様子にほぼ全員が理解を示す。それでもあえてなのか、タマモはメールの内容を口にした。
「──お姉様の試合はいつになりますか? 私のところは第1試合となっていますので、その後に応援させていただきます、ですって」
ぽつりとタマモが呟く。
その言葉に「フィオーレ」の面々だけではなく、その場にいた全員がそれぞれの反応を示した。
「次はナデシコさんたち、ですか」
「かなりアレな人だけど」
「あぁ、いまのところPKKのトップチームだもんな」
「強敵、ですね」
タマモたちの表情が緊張に変わる。
それでもタマモは返信を認め、そして送った。
「なんて送ったの?」
「……明日の相手となりますので、よろしくお願いしますとだけですよ」
タマモは笑う。
だが、その笑みはやはり緊張の色を隠していない。
だが、それでも、負けるわけにはいかない。
目指すは優勝。
そう心の中で呟きながら、タマモはガルドたちを見やると──。
「先に4回戦行きを決めてきますね」
──とみずからを鼓舞するように言ったのだ。
タマモの言葉にガルドたちは各々に頷いた。
こうしてタマモたち「フィオーレ」は3回戦で難関とぶつかることが決定したのだった。




