43話 天空制し一刀
「──さぁさぁ、ついに始まります。個人部門エキスパート級3回戦! その第1試合から早速、あの選手の登場です!」
クラン部門のビギナー級の3回戦が無事に終わった翌日、個人部門のエキスパート級の3回戦が始まりを告げる。
その第1試合から闘技場は白熱した様子を見せていた。
その理由は、実況が口にした通り、出場選手にあった。
「西門より出でしは、PKクラン「蒼天」代表として今大会唯一の個人部門出場選手! レア種族である有翼人PKとして名高き「天空王」の異名を取りし、エアリアル選手!」
実況の名指しとともに、西門が開き、偉丈夫が現れた。顔はフルフェイスの兜に覆われて見ることは叶わない。
その体は重厚なスケイルメイルに覆われており、やはり見ることは叶わない。
唯一露わになっているのが背中の漆黒の翼だけ。その翼からこぼれ落ちる羽が歩むたびに、宙を鮮やかに舞っていく。
もし、舞い踊る羽が純白であれば、重装備の天使のように見えたであろう。
だが、ここにいるのは漆黒の翼を携えている。その様は誰がどう見ても天使ではなく、堕天使にしか見えないことであろう。
その堕天使然としているのが、PKクラン「蒼天」の、今大会個人部門で唯一出場を表明した「天空王」の字を持つエアリアル。
その背にある翼を利用して、上空という圧倒的な有利な場所から高速の攻撃を放つ戦闘スタイルでもって、いつしか「天空王」の字を戴冠するまでに至ったPKにして、クラン部門の出場選手であった「赤髪」のカーマインと双璧を為すとまで謳われる「蒼天」内の五指に入るほどの実力者である。
その実力者であるエアリアルが第1試合に登場した。
しかし、実況が指し示すのはエアリアルではない。
ただ、対抗選手としての歓声が上がっていた。特に歓声が上がっているのが、同じ「蒼天」所属のPKたちからである。
「師範! 頑張ってください!」
「天空殺法で勝ちぬけぇ!」
「あんたに全額賭けてているんですぅ! お願いします!」
歓声の内容は様々であるが、時折漏れ聞こえる「師範」という呼び名は、エアリアルが「蒼天」内で新人PKの教導役として、「師範」として親しまれているからである。いわば、PK版「ブレイズソウル」という立ち位置にいるのがエアリアルだった。
もっとも師範と呼び親しまれているエアリアルだが、その声を聞いたものは誰もいない。
師範として教導するときも、基本的にエアリアルはなにも言わないのだ。ただ、指導するべき者を見かけたら、その前に立ち、得物である槍を携え、その者の前で構える。
それで指導対象は自身が指導されることを理解し、「お願いします」という声とともに斬りかかる。その後は声なき指導という具合で、隙がある場所にエアリアルの攻撃が叩き込まれるというのがエアリアルの教導内容だった。
声なき指導であるため、わかりづらい部分はたしかにある。たしかにあるのだが、それでも痛みを伴う指導は一定の効果を発揮していく。
結果、「蒼天」内の新人たちは一定以上の腕前を誇るまでに至り、エアリアルへの思慕を募らせていくという環境ができあがっていた。
そんな師範であるエアリアルへの声援は多い。中には声援というよりも自身の欲望のためのものもあるといえばある。だが、それはほんの一部だけだった。
そのエアリアルは、舞台の中央に達したところで、突如として跪いた。その視線の先には「蒼天」のマスターであるアオイがいた。エアリアルはアオイへの忠誠を示すように、得物であるBTランクの「歴戦の長槍」を地面に置いていた。
「「天空王」よ、その名に相応しき戦いを見せておくれ」
エアリアルが跪く様を眺めて、上機嫌に呟くアオイ。その姿は大型モニターに大きく映し出されていた。その声もまた闘技場内で響き渡る。その声に応えるようにして、エアリアルは立ち上がると、「歴戦の長槍」を上空に突き立てる。
その様子に観客が大いに沸いていく。まるで物語にあるような王女と騎士のやり取りのようであり、その手のヒロイックファンタジー好きなプレイヤーにしてみれば、ふたりのやり取りは格好の的なのである。
そんなアオイとエアリアルのやり取りに観客席が沸く中、東門がゆっくりと開き、そして彼女が姿を現した。
「さぁ、続きましては、東門! 前大会個人部門優勝者にして一撃必殺の猛者! 今大会でもその一撃必殺は輝きを見せる! この試合も出るか、閃光の一撃! その閃光を繰りしは、誰もが認める一対一での最強プレイヤー! その名はテンゼン選手!」
実況の声とともに東門から姿を現したのは、フードで顔を隠した小柄なプレイヤー。その手にあるのは店売りのCランクの刀だけ。その刀一本でゆっくりと舞台へと向かっていくのはテンゼン。
一対一であれば、誰もが最強と認めるプレイヤーであり、「フィオーレ」のレンの実兄の、いわゆるネカマプレイヤーである。
もっとも、レンの実兄ということも、ネカマであることもほぼ知られてはいない。フードからわずかに覗く素顔が可憐であることも踏まえて、かなり男女から相応の人気を持っていた。
そのテンゼンが現れるとともに、エアリアル以上の大歓声がテンゼンを包み込む。当のテンゼンは泰然自若を体現したように、大歓声に対してなんのリアクションを示さぬまま、舞台の中央へと向かっていく。
そんなテンゼンを見て、エアリアルはその手の槍をゆっくりと構えた。まだテンゼンが舞台に上がってもいないが、すでに臨戦態勢になっている。だが、それでもテンゼンの様子は変わらない。
誰が相手でも同じだと言わんばかりに、テンゼンは気負うことなく舞台へと上がった。と同時にエアリアルが動いた。地面を蹴り、上空高くへと舞い上がるやいなや、いきなり突撃したのだ。
「エアリアル選手の強襲! まだ試合開始宣言は出ていないぞぉぉぉ!」
実況が叫ぶ。いきなりの凶行に観客席から悲鳴のような叫びが上がるも、テンゼンは特に気にした様子も見せずに、エアリアルの突撃をいなす。
突撃をいなしながら、テンゼンは叫んだ。
「運営さん! 試合を始めてくれ!」
本来であれば、試合開始宣言を待たずの強襲は、立派なルール違反である。それこそ一発で失格確定である。
だが、それでもテンゼンは気にすることなく、このまま試合を開始するように促したのだ。
エアリアルは最初の突撃をいなされても、続けて2回、3回と突撃を続けている。そのすべてをテンゼンはいなしていた。
失格を申しつけてもエアリアルはおそらくは止まらない。
であれば、もう試合をこのまま始めるしかない。
まさかの蛮行から始まった3回戦の第1試合だったが、その内容は一方的な様相を見せていく。
「エアリアル選手の再度の突撃! ですが、当たらない! 当たりません! テンゼン選手、余裕の回避ぃぃぃ!」
肩を大きく動かしながら、エアリアルは突撃をするも、テンゼンは余裕の表情でその突撃をいなしていく。
実況の言うとおり、エアリアルは幾度目かの突撃を敢行するものの、テンゼンへの直撃はない。エアリアルの突撃はすべてテンゼンはいなしているのだ。
ただ、いなしはするものの、テンゼンは攻撃を仕掛ける様子はない。だが、それは仕掛けられないわけではなく、仕掛けるつもりがないのだ。
何度目かの突撃の際、エアリアルは目測を誤ったのか、地面を転がってしまったのだ。それはどう考えても攻撃のチャンスであった。
だが、その攻撃のチャンスであってもテンゼンは攻撃を仕掛けなかったのだ。それどころか、エアリアルが立ち上がるのをずっと見ていただけだった。
その様子からテンゼンとの実力に開きがあるのは明白であった。
それでも、エアリアルは駆り立てられたかのような突撃を続ける。
だが、どれほどに突撃を仕掛けたところで、エアリアルの一撃はテンゼンには届かなかった。
テンゼンにしては間延びした試合。
だが、対峙するエアリアルにとってみれば、途方もなく長い時間がゆっくりと過ぎ去り、やがて試合終了まで5分を切った頃、試合が開始されて初めて、テンゼンが刀を構えたのだ。
「……そろそろ終わらそうか。イメージに近かったから、観察していたけれど、もういいだろう」
テンゼンが正眼に構える。エアリアルは肩を大きく上気させて上空に留まっている。そんなエアリアルにテンゼンは構えをわずかに崩して、手招きをする。
「来い。次で終わらせる」
テンゼンが告げる。その言葉にエアリアルは触発されたかのように、いままで一度も発することのなかった声をあげた。
その声はエアリアルの装備とは裏腹にやけに甲高いものである。
その声にエアリアルの教導を受けていたPKたちも怪訝そうに顔を顰める。
だが、その様子に気にすることなく、エアリアルは叫んだ。
「我が姫に仇なしし者よ! 成敗する!」
「御託はいいって。ほら、来いよ」
テンゼンはより構えを崩して手招きをする。その様子にエアリアルが「貴様ぁ!」と叫びながら、それまでの以上の速度でもって、エアリアルの最速の突撃を敢行した。
あまりの速さに誰もが反応できないでいた。テンゼンを除いて。
テンゼンはエアリアルの渾身の突撃を見ても、涼しい顔で崩していた構えを整え、再び正眼に構え直すと──。
「……愚妹よりも遅いな。スタイルが似ていたから参考になるかと思ったんだが、まぁ、それなりに楽しめたよ」
──そう告げた。
その一瞬の後、エアリアルとテンゼンは交錯する。同時にエアリアルのフルフェイスの兜が上空高く舞い上がった。同時に、花が咲き誇るようにして、水色の長い髪がこぼれ落ち、整った美しい顔が苦悶の色に染まっていく。
「……む、無念」
エアリアルが声を漏らしながら、ゆっくりと倒れ伏した。
同時に、実況がテンゼンの勝利を告げた。
だが、テンゼンの勝利を告げる声よりも、驚きの声が観客席から上がっていく。
というのも、エアリアルの性別はいままで男性と思われていたのだ。
それも筋骨隆々の男性という風に見られていた。
それが蓋を開ければ、まさかの見目麗しい女性だったのだ。
その衝撃に観客席からどよめきがあがる。
そのどよめきは「蒼天」側のプレイヤーがもっとも多かった。
だが、それは決して悲嘆的な意味合いではなく──。
「師範って、女性だったのか」
「でも、すげえ美人だよな」
「うん」
「じゃあ」
「ああ」
「「「「「ますます推せる」」」」」
──アイドルの追っかけ的な意味でより白熱した思慕を募らせるのだった。
とはいえ、そんなことになるとは当のエアリアルは思ってもいない。
なお、余談だが、エアリアルが普段寡黙なのは、自身の見目と装備があまりにもミスマッチなため、寡黙になるしかなかったのだった。
そんなエアリアルも、テンゼンの前に散った。
こうしてテンゼンは無事かつ圧倒的に3回戦突破を決めたのであった。




