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42話 零れ落ちる一滴

 個人部門のビギナークラスの3回戦が無事に終わりを告げた翌日。


 クラン部門のビギナークラスの3回戦が始まった。


 個人部門同様に、ビギナークラスの3回戦と言えど、それなりの面々が鎬を削り合った。


 まだシステム的に不慣れなプレイヤーも散見する中、ひとつのクランが台頭していた。


 そのクランの名前は、「一滴」──剣士と治療師とリーダーの双剣士の3人組のクランである。


 奇しくもクランの構成が、「フィオーレ」と酷似している。


 だが、唯一の違いがあるとすれば、それは「一滴」は全員が妖狐の少女であるということだ。


 今大会において、唯一の獣人だけで構成されたクラン。それが「一滴」だった。


 仙狸よりはいるが、現在「EKO」内ではまだ数の少ない妖狐。3人組とはいえ、その妖狐だけで構成された「一滴」は、個人部門のダイタンやポンタッタのようなネタ方面に振り切ったプレイヤーが少ないクラン部門において、唯一無二の個性を持つクランでもある。


 その「一滴」だが、他のクランよりも人数の少ない3人組というハンディキャップを負いながらも、その戦闘は堅実そのものだった。


 というのも全員が妖狐であるため、獣人の中で例外的に魔法を得意としていることもあり、その時々で役割を交代しての戦闘を行っている。


 加えて獣人特有のフィジカルで以て全員が前衛を行えていた。それは後衛であるはずの治療師も同じだ。


 むしろ、治療師は前衛に出る前に、ありったけのバフを自身に懸けて特攻していくため、他のふたりよりも前衛に出たときの破壊力が凄まじい。ちなみに治療師の少女の所持EKはSRランクのグラブである。


 おかげで対戦するクランはみな「治療師って前衛職だったっけ?」という違和感を抱きながら、敗退していった。


 なお、「一滴」は全員がSRランクという高ランクのEK持ちでもあるため、フィジカルや武器の能力的にも他クランを蹂躙することはある意味当然ではあった。


 ただ、それでも治療師なのに殴ってくるという異常事態は当然と言い切ることはできないわけだが。


 そんな「一滴」はクラン部門の3回戦を無事に突破する。例のごとく、治療師がありたっけのバフを懸けてからの特攻というありえない戦法で、対戦相手を蹂躙していったのだ。


 しかも、そこに剣士と双剣士も自身にバフを懸けて同じく特攻したのだから、対戦相手としてはもう堪らない。


 瞬く間に対戦相手の前衛は瓦解し、あっという間に後衛までその牙が届いてしまっていた。

 結果、「一滴」は大して苦戦という苦戦を味わうこともなく、3回戦を終えた。


 試合時間は5分も掛かっておらず、それは予選から本戦までの試合すべてで同じである。トータルで言うと、30分も掛かっていないほど。そんな圧勝劇を「一滴」は繰り返している。

 それでいて、決して驕ることはせず、試合が終わるとすぐさまに反省会を行ううえ、他の試合をじっくりと観戦して、対戦候補の情報収集さえも行うという徹底ぶりだ。


 そんな「一滴」だが、実を言うと彼女たちには第3の共通点がある。全員が妖狐であり、全員がSRランクのEK持ちという共通点以外の、彼女たちが3人組のクランを組むことに至った理由があるのだ。それは──。


「あぁ~。やっぱりカッコいいよぉぉぉぉ~。レンしゃまぁ~」


「……うーん、やっぱりヒナギクさんみたいにできない。どうしたら、あんなにすごい動きができるんだろう。やっぱり、もっとSTRに振った方がいいのかなぁ?」


「えっと、こういうときは、「皆さん、頑張りましたね。ボクも鼻高々なのです」でいいのかなぁ?」


 ──3人とも「フィオーレ」の大ファンだということである。それもそれぞれに推しが違っている。


 剣士であるマドレーヌはレンの、格闘治療師のクッキーはヒナギク、そしてリーダーで双剣士のフィナンはタマモの、それぞれの大ファンである。加えて言うと、マドレーヌはレンの追っかけ3人組の妹分でもある。


 本来なら、マドレーヌは追っかけ3人組とクランを組むのが筋かもしれないが、そこはそれ「ブレイズソウル」の元で知り合い、意気投合したフィナンたちと組むことを選んだのだ。追っかけ3人組もマドレーヌの意思を尊重してくれた。


 それどころか、「なんだか「フィオーレ」っぽくていいじゃん」とフィナンたちと組むことを推奨してくれたのだ。


 実際、「一滴」の戦闘は、「フィオーレ」を意識したものになっている。あくまでも意識しているだけであり、完全コピーしているわけではない。


 最初はクランの名前を「フィオーレ」を意識したものにしようかとしたものの、あまりにも畏れ多すぎて断念し、結果「フィオーレ」から連想できる「一滴」となったという経緯がある。花からこぼれ落ちる朝露のひとつ、というなんとも詩的な命名である。


 そんな「一滴」だが、現在反省会を終え、次の試合までの隙間時間に各々でやるべきことをやっていた。


 そのやるべきことというのが、それぞれの趣味に没頭するということだった。


 マドレーヌは前大会のレンの活躍動画を鼻息荒くしながら視聴し、身もだえしていた。それこそ、いまにも地面のうえで転がりかねないほどに。妖狐であるため、その見目は可憐なのだが、その可憐さは現在のマドレーヌからは感じられない。可憐さんが家出してしまっているのではないかと思えるレベルである。


 対してクッキーは淡々とシャドーボクシングを行っている。現実ではキックボクシングを嗜むクッキーにとって、ヒナギクの動きはまさに理想のそのものなのだ。同じ徒手空拳の使い手としてクッキーはヒナギクをリスペクトしているが、当のヒナギクが知ればなんとも言えない顔をするのは間違いない。


 そしてリーダーのフィナンは、なにやらメモ帳のようなものを取り出し、後頭部を搔きながらなにやらぶつぶつと呟いていた。メモ帳には「タマモ語録」と書かれており、彼女なりに収拾したタマモの名言すべてが書かれている。なお、そのほとんどはタマモが口にしたことのないものばかりというおまけ付きである。


 そんな三者三様の隙間時間を過ごす「一滴」だったが、その時間も終わりを告げた。


「ん? あ、ユキちゃんからメール来た」


 それは一通のメールであった。


 差出人の名前はユキナ。奇しくも「フィオーレ」の大ファンでありながら、「フィオーレ」に参入できた妖狐の少女であり、現実でもフィナンたちの学友であり、親友でもある。そのユキナのメールがフィナンに届いたのだ。


「ユキっち、なんだって?」


 レンに身もだえしていたマドレーヌは、ユキナの名前を聞いてすぐに我を取り戻した。そんなマドレーヌに苦笑いしつつ、クッキーもシャドーボクシングをやめて、フィナンを見やっている。


「ん~と、「おめでとう」だって。あと「次も頑張ってね」って。あとは……うっそ、マジで!?」


 ユキナからの短くも激励のメールの内容を読み上げるフィナンだったが、途中でその声が裏返った。その様子に「なにがあった」と首を傾げるマドレーヌとクッキーだったが、フィナンが口にした言葉に同じように動揺を示していく。


「た、タマモさんたちが、あたしたちの試合を見てくれていたって!」


「……え?」


「ま、マジで?」


「マジだよぉ! ユキちゃんと一緒に見ていてくれていたんだって! しかも「紅華」と「フルメタルボディズ」と「ガルキーパー」の人たちも一緒だったって! あとアントニオ先生たちも見てくれていたんだって!」


 フィナンの言葉に口をあんぐりと大きく開けて唖然とするマドレーヌとクッキーだったが、すぐにフィナンのように大いに動揺することになった。


「すごい、すごい、すごぉい! 全員トッププレイヤーばっかりじゃん! あーしたちの試合をそんな人たちが。くぅぅぅ! 燃えてくるぅぅぅ!」


「これは、次の試合も下手なところは見せらんないね! 次の試合は今回の試合以上にすごい試合にしないと!」


「だよねぇ! 次の試合もガンガン行こう! 目指すは優勝だぁぁぁ! 「一滴」ゴー、ファイト!」


「「ゴーゴー、レッツゴー!」」


「一滴」全員のテンションはうなぎ登りに上がっていた。


 いまさらではあるが、現在「一滴」たちがいるのは、3回戦から個別に用意されている控え室内である。2回戦までは全員共通の控え室だったが、3回戦からは個別に控え室が用意されることになっている。


 その控え室内で「一滴」は思い思いの時間を過ごしていた。


 そこにユキナからのこれ以上とない激励のメールが届いたのだ。


 そのメールに「一滴」の面々は、戦意を大いに高めていく。


 その戦意は翌々日のクラン部門のエキスパート級の3回戦でより一層高まることになるのだが、このときの彼女たちにとってはそのことを予見することはできなかった。できないまま、各々戦意を高めていく。


 後に「一滴」は武闘大会を見事に制して、「フィオーレ」公認の妹分的クランとなるのだが、このときの彼女たちはそこまでの活躍を自分たちがするとは思いもせずに、それぞれの思いの丈を募らせるのだった。

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