40話 「1」の違い
ガルドたち「ガルキーパー」とアレン率いる「炎の絆」の試合は、一進一退の攻防となると思われていた。
PKKクラン「ザ・ジャスティス」が誇る最高幹部のひとりであり、バルドと双璧を為すほどの大盾使いであるアレン。
アレンが率いる「炎の絆」はアレンに心酔する面々で構成されている。もっと言えば、アレンの良さを徹底的に往かすことだけを考えている。
オール・フォー・ワン。
「炎の絆」のあり方はまさにそれ。
もろさに繋がることもあるが、大抵の場合はアレンの実力でどうにかなってしまう。
ゆえに、連携もアレンの動きを阻害しないことが前提で組まれている。
他の最高幹部が率いるチームでは決してありえないことだ。
他のチームであれば、もっと幅を利かせる連携が組まれている。
だが、「炎の絆」は単純明快な連携しか組まれていない。
ゆえに意外性などは皆無だ。
対戦相手にしてみれば、これほどまでに情報収集が楽なチームもそうはない。
だが、情報収集は楽であっても、与し易いかと言われたら、ほとんどの者は「そんなわけがあるか」と答えることになる。
意外性は皆無だが、意外性がない分だけ、徹底的に連携を高める。「炎の絆」が選んだ戦術は単純明快だが、単純明快な分だけ打破しづらいものだった。
単純ではあるものの打破しづらい。それは「炎の絆」はタマモたちが戦った「ブレイズソウル」とも通じる。「ブレイズソウル」と「炎の絆」はそういう意味合いにおいて似て非なるチームだった。
各々がそれぞれの仕事を全うすることという点では「ブレイズソウル」と同じ。
違いはワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンかということ。
どちらがどちらであるのかは言うまでもない。
もっとも、エースを活かすということは、「炎の絆」の専売特許というわけではない。それも凄腕のエースを抱えるクランほど、エースを活かすという戦術は当然のものだった。
ただ、「炎の絆」ほど露骨にエースを活かすという戦術を行うクランはいないだけだ。
普通はそこまで徹底的だと、ワンマンを通り越して独裁者然となってしまい、かえってチームワーク的には停滞しかねないものだ。
だが、「炎の絆」はある意味奇跡的なバランスの元、アレンを十全に活かすという方向性に特化しきることができた。そういう意味では奇跡のチームとも言えなくもない。
そんな単純とも奇跡とも言える戦術を誇るために、攻略困難である「炎の絆」とガルドたち「ガルキーパー」の試合。戦前の予想では五分五分という見通しだったのだが、その戦前の予想とは大きく異なり、かなり一方的なものと化していた。
「う、うぉぉぉ!」
アレンが吼えながら、その手にある大盾をガルドの大斧へと勢いよくぶつけていく。だが、当のガルドはぴくりとも動くことなく、アレンの大盾をその手の大斧で受け止めている。
試合開始からすでに十数回は行われている光景。代わり映えのしない光景ではあるものの、当のアレンは真剣だった。真剣だったが、どうにもならないでいるのだ。
なにせ、試合開始してからずっとアレンはガルドの相手を延々とさせられている。いや、正確には試合開始早々にアレンはガルドに特攻し、それからずっとアレンとガルドはお互いに延々とやり合っている。どちらもマスターでありエースである。そのふたりが延々とお互いの得物をぶつけあっていた。
それは見ようによっては「フルメタルボディズ」と「聖剣」の試合のように一騎討ちのように見える。だが、この試合は一騎討ちではない。「炎の絆」も「ガルキーパー」も残る面々はそれぞれにぶつかり合っていた。
だが、ぶつかり合っているものの、優勢であるのは「ガルキーパー」だった。
「炎の絆」と「ガルキーパー」はともに5人組だったが、すでに「炎の絆」はひとりが戦闘不能に追い込まれ、アレン以外の3人もすでにHPバーは半分を切っている。
対して「ガルキーパー」の面々にはほぼ損傷がない。誰の目から見ても、どちらがより優位であるのかは言うまでもない。
そんな劣勢まっただ中にある「炎の絆」だったが、劣勢はより加速することになった。
「みんな! もう少しだ! もう少しだけ耐えてくれ!」
アレンの檄が飛ぶ。その檄に残り3人のメンバーが揃って答えようとした、そのとき。
「おいおい、集中する方向が違うぜ?」
「ガルキーパー」のイースが、この試合における最大の戦果を上げているイースが、その手にあるナイフを煌めかせた。
そのイースは「炎の絆」の残る3人であり、中衛のレンジャーであるレッドリアの背後で再度仕事を決行し、レッドリアのHPバーが消えてなくなる。
「イース選手のバックスタップがまた決まったぁぁぁぁぁ! レッドリア選手脱落ぅぅぅ!」
白熱した実況が飛び交う仲、アレンはひとり忸怩たる思いに駆られていた。
すなわち、「なぜ、こうなった?」という思いに。
だが、どれほど疑問を抱こうと、どれほど悔恨を抱こうと解決に導かれることはない。それどころか、アレンの気持ちとは裏腹に、「炎の絆」の瓦解は進んでいく。
「ちくしょぉぉぉぉ!」
レッドリアの戦闘不能を見て、「炎の絆」の残る2人のうちの片割れ、アレンと同じくタンクであるフラムがシールドバッシュで「ガルキーパー」の魔術師であるキッカめがけて突っ込んでいった。
「フラム! 待て!」
アレンの制止が掛かるも、すでにフラムの耳にはアレンの声は届かない。その視線はキッカにのみ向けられていた。
「フラム選手、一か八かの特攻! キッカ選手めがけてまっしぐら! これは一矢報いるかぁぁぁ!?」
キッカの周りにはちょうど「ガルキーパー」の他の面々の姿がなかった。それゆえのフラムの特攻だったのだが、アレンが制止したのは、本来守るべきはずの魔術師を放置するという「ガルキーパー」の、あまりにもらしからぬ行為に不穏さを感じたからだった。
そしてその不穏は現実の物となった。
フラムのシールドバッシュがキッカを弾き飛ばした。そう、弾き飛ばしたのだが、弾き飛ばされたはずのキッカの姿は忽然と消え失せたのだ。まるで蜃気楼のように。
「……え?」
フラムは唖然となったが、すでに場外は近いこともあり、どうにか方向転換を行おうとしていた。だが、それよりも早くフラムの背中を衝撃が襲う。
「いくらチャンスとはいえ、闇雲に突っ込んできちゃ危ないぜ?」
そう言ったのは忽然と姿を消したキッカである。キッカは掌をフラムの背中へと向けていた。その先にあるフラムの背中には大きな石の塊が、土魔法の基礎である「ストーン・ブラスト」が直撃していた。
シールドバッシュの勢いと「ストーン・ブラスト」の衝撃が加わり、フラムは制止するどころか、方向転換することも叶わず、そのままの勢いで場外に落ちてしまう。
「フラム選手、場外ぃぃぃ! 「炎の絆」の劣勢が止まりません!」
フラムのHPバーは半分を切っていたが、場外に落ちた時点で失格となるというルールがある以上、フラムの戦線復帰は不可能。「炎の絆」の劣勢はより加速してしまう。
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!」
フラムの絶叫が響く。地面を何度も何度も叩く姿からは、フラムの悔しさがどれほどのものであるのかを如実に現していた。
だが、どれほど悔しがろうと、フラムが失格したという事実は覆ることはない。
それどころか、フラムが失格したことは、残りの剣士であるベルグがひとりで「ガルキーパー」の面々と対峙するということだった。
そのベルグも、「ガルキーパー」のタンクであるキースのシールドバッシュを受けて、体勢を崩し、そこに「ガルキーパー」の剣士であるパリスとイースによる前後からの同時攻撃を受けて倒れ伏した。「炎の絆」はアレンを除いた全員が戦線から離脱するという事態へと陥っていた。残るは「炎の絆」のリーダーであるアレンだけとなっていた。
「アレン、さん。すみま、せん」
ベルグは戦闘不能になる際に、途切れ途切れになりながらアレンへの謝罪を口にして倒れ伏した。アレンは唇を噛み締めながらそれを聞くことしかできなかった。
「「炎の絆」はリーダーであるアレン選手ただひとりになりましたぁぁぁ! ここからの逆転ははたしてあるのでしょうか!?」
実況が述べる事実の前に、アレンは苦々しい表情を浮かべていた。
だが、どれほど苦々しい表情を浮かべても、アレンの状況は変わることはない。
「やれやれ、ようやく片づけてくれたか。まったく、遅えぞ、おめえら!」
試合開始早々に特攻を仕掛けてきたアレン。
そのアレンをガルドはいまのいままでずっと相手取っていたのだ。
ガルドはすでに「獣謳夢刃」で合成獣の姿と化していた。合成獣の姿になってアレンを抑え込んでいたのだ。
それにより「炎の絆」はアレンを軸とした連携を行うことができなくなった。
しかし、それはアレンを抑えているガルドたちも同じこと。
だが、「ガルキーパー」にとっては、ガルドを活かせないことは大して問題ではない。
たしかにガルドはエースにしてマスターであるため、欠かすことのできない存在だった。
だが、欠かすことができないとはいえ、ガルドがいないと戦えないわけではない。
ガルドが軸であることは事実だ。
しかし、それはあくまでもひとつの軸でしかない。
全員が軸になれるというわけでもないが、ガルドを活かせない状況であっても、問題なく戦闘が行えるように連携を磨いていたのだ。それは焦炎王の元で修行する最中でより顕著なものとなった。
焦炎王の修行によって、「ガルキーパー」はガルド抜きでも「炎の絆」を蹂躙できるほどの力を得た。
対して「炎の絆」はアレンを活かすことのみを軸にしたチーム。エースを活かすと言えば、聞こえはいい。だが、この試合においてエース頼みのチームということが露呈することになった。
エース頼みのためにエースを活かすことしかできない「炎の絆」とエースがいなくても問題なく勝利へと邁進できる「ガルキーパー」は、戦前の予想とは大きく異なる形でその試合を展開させた。
そしていま、「炎の絆」は風前の灯火となっていた。残るはエースであるアレンのみ。その表情には焦りの色がありありと浮かび上がっている。
対する「ガルキーパー」はアレンを抑えるガルドを始めとして、全員が余裕の表情だ。それどころか、1回戦同様にガルドを囃し立て始める。その囃し立てにガルドが吼えるという流れは1回戦となんら変わらなかった。
「こんな簡単にっ!」
アレンが表情を歪めながら、その手の大盾を押し込もうとするも、ガルドの持つ大斧を動かすことはできない。そもそも押し込めるものであれば、とっくにアレンは自身のチームメンバーの救助をしていた。それが全滅するのを見ていることしかできなかったのだから、アレンひとりではどうあっても現状を打破することはできないという証拠である。
「さぁて、そろそろ終わらそうとしようか? 「炎虎」」
ガルドは言う。
そろそろ試合を終わらせようと。
その言葉にアレンは「望むところだ」と言うが、その顔には余裕はない。誰が見てもただの強がりにしか見えない。
それでもアレンは歯を食いしばる。
せめて一太刀。
そう、せめて一矢報いようとアレンは全身全霊でガルドを押し込もうとする。
だが、どれほど力を込めても、ガルドを動かすことはできない。
アレンの怒号が響く。
しかし、どれほどの怒号が響こうとも、現状は変わらなかった。
変わらないまま、試合は終焉へと向かっていく。
「冥土の土産にくれてやらぁ!」
それまでアレンを抑えていただけだったガルドがついに動いた。
その背中が大きく隆起したと思ったときには、アレンは大きく弾かれていた。アレンの体勢はその分だけ崩れている。ガルドはその手の大斧を水平に構えると、くるりと回転する。だが、回転はそれで終わらない。むしろ、何度も何度もガルドはその場でくるくると回転していく。それはまるで駒のようだ。
しかし、駒のように見えたのは回転しているということに対してだけ。実態は、駒ではなく、竜巻と化していた。そう、小型の竜巻を生じさせながらガルドはその場で回転を続けていた。
「み、皆様、ご、ご注意くださぁぁぁぁい! 暴風注意ですぅぅぅぅ!」
いまさならな実況の声に、「知っているわぁぁぁ」という声が返ってくる。実況も返事もどちらも余裕はない。それほどの暴風がガルドを中心にして吹き荒れていた。その暴風にアレンは晒されていた。どうにか大盾を地面に食い込ませながら耐えることしかできずにいる。
なお、「ガルキーパー」の面々には暴風の脅威はなく、やんのやんのと騒ぎ立てているだけである。
そんな対照的な姿をさらしながら、ガルドの一撃は放たれた。
「獣波旋風陣!」
ガルドが吼えながら、その手の大斧を全力でフルスウィングする。同時に、ガルドが生じさせていた竜巻こと獣波旋風陣は、大盾で地面に食い込ませていたアレンをあっさり呑み込んだ。アレンは竜巻により舞い上がり、その風にアレンの体は蹂躙されていった。
やがて竜巻が消えたとき、アレンは舞台の外──観客席真下の壁にとその巨体を埋まらせていた。すでに意識はないうえに、観客席の真下もまた場外の一部であった。ここに勝敗は決した。
「アレン選手の戦闘不能及び場外への落下を確認。これにより「ガルキーパー」の勝利となります!」
「ガルキーパー」の勝ち名乗りが上がる。
2回戦最後の試合を飾った「ガルキーパー」と「炎の絆」への惜しみない拍手が送られていく。
こうして武闘大会の2回戦は無事に終了することになったのだった。




