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36話 貸し借り

「──第3回戦に駒を進めたのは、クラン「紅華」だぁぁぁ!」


 熱狂と言っていいほどの熱意溢れる実況が響いていく。


 その実況につられるように、観客のテンションもうなぎ登りだった。


 それもそのはず。


 ローズたち「紅華」は、今大会最短時間で勝利をあげたのだ。

 

 その内容は、まずローズが先陣を切って、相手クランに突撃し、サクラもまたそれに倣って突撃し、リップとヒガンがそれぞれに詠唱をする、という、いつも通りの「紅華」の戦法だった。


 だが、いつも通りだったのはそこまで。


 そこから先は完全に未見だった。


 ローズが相手クランに肉薄したと同時に、ローズの掌から風が放たれたのだ。


 その風はあまりにも強烈だった。相手クランは「フルメタルボディズ」ほどではないが、全員がそれなりの重装備をしていた。その重装備プレイヤーたちが後退させられるどころか、立っていられないほどの強風だった。


 その強風に相手クランは耐えることはできず、瞬く間に転倒した。そこにリップとヒガンが放った魔法が、上空から放たれた風の塊が相手クランを押し潰した。重装備であっても、その風の塊の前には為す術がなかったのか、対戦クランは身動きひとつ取れずにいた。


 そこにローズの後を追うように突撃していたサクラが訪れ、相手クランに情け容赦ないメイスの一撃をお見舞いしていった。


 その間もリップとヒガンは詠唱を行い、再び風の塊を相手クランにと放っていた。


 身動きも取れないうえに、メイスでの滅多打ちにさらされた結果、相手クランはギブアップを宣言した。

 

 戦闘時間は1分にも満たない。まさに秒殺劇であった。


 その秒殺劇をタマモたちは観客席から眺めていた。


「……あれって、もう完全に虐めですよね」


 あまりにも一方的な試合内容に、ユキナは唖然としながら、舞台を見つめることしかできずにいた。


「そうね。前の大会のときの、あたしらと同じ。いえ、あたしら以上に悲惨ね、相手のクランは」


「ブレイズソウル」のティアナがユキナの隣に腰掛けながら、「紅華」の試合内容についてを口にした。それはティアナだけではなく、他の「ブレイズソウル」の面々も同じであった。


「うちとやったときも秒殺にされてしまったが、同じ秒殺でもまるで違うな。うちのクランが勝つには、やはりローズさんを序盤で抑え込んで、リップさんとヒガンさんに詠唱をさせないようにするしかないな」


「でも、それは散々試しているから、もう通用しないんじゃないかしら?」


「ですが、姉上。そうでもしないと彼女たちは止まらないでありますよ」


「だねぇ。かといって、前回みたいにサクラちゃんに不意を衝かれてしまいそうだから、ローズさんばかりに気を取られるわけにもいかないし」


 ティアナの言葉を皮切りにアントニオたちもそれぞれの意見をぶつけていく。まるで自分たちがこれから戦うかのようなやり取りのようだった。


「先生たち、ローズさんたちとは戦わないんじゃないんですか?」


 こてんと首を傾げるユキナ。その指摘に入りすぎていたことを自覚して、押し黙る「ブレイズソウル」の面々。全員がなんとも言えない顔で視線を逸らしているのを踏まえる限り、ゲーマー魂が刺激されてしまったがゆえの発言のようだった。


「あー、まぁ、それはだな」


「はい?」


 アントニオがなんとも答えづらそうな表情で、言葉を選んでいる。


 しかし、続く言葉が浮かばないでいた。


 教師がゲームに熱中するのが悪いというわけではない。


 だが、「遊んでばかりじゃなく勉強もしっかりと」と生徒に注意を促すことも教師の仕事である。


 その当の教師がゲームに熱中しすぎているうえに、教え子に指摘されてしまっているのだ。返答に窮してしまうのも無理からぬことだ。


 そんなちょっとした窮地に立たされたアントニオたちを見て、タマモたちは苦笑いしつつ、助け船を出した。


「ユキナちゃんは額面通りに受け取ってしまったみたいですね」


「え? どういうことですか?」


「いまのアントニオさんたちの言葉は、たしかに一見ご自分たちを投影しているようでしたが、実際は違うのですよ」


「違うと言いますと?」


 ユキナの視線はアントニオたちからタマモたちへと向いていく。視線が外れたことで、ほっと一息を吐くアントニオたち。その姿に苦笑いしつつ、タマモたちは続けた。


「アントニオさんたち「ブレイズソウル」のスタイルは、王道の究極系と言ってもいい。それすなわちアントニオさんたちの戦い方がこそがスタンダートなローズさんたち対策ってことになるよね」


 タマモの言葉を続けたのはレン。レンの言葉に「たしかにそうですね」とユキナは頷く。その姿を眺めつつ、続いたのはヒナギクだった。


「もっと言えば、アントニオさんたちの戦い方が基準ってこと。つまりはアントニオさんたちは自分たちを基準として、私たちに適した対ローズさんたち対策を考えてみろ、って言ってくれていたってことだよ。要は私たちに対しても教導をしてくれていたってこと」


 胸を張りつつヒナギクが言うと、ユキナは「え!? そうだったんですか?」と驚きながら、再び「ブレイズソウル」の面々を見やる。その視線を浴びて、内心「いえ、単純にゲームにのめり込んでいただけです」と思いつつも、「その通りだよ」と笑いながら頷くアントニオたち。その様子を眺めつつ、締めとばかりにタマモが告げる。


「一から十を教えるというのが教導の本来の形でしょう。ですが、それだけでは教導とは言い切れないのです。人になにかを教えるには、その時々で状況は大きく異なります。ですが、ある一定のランクにまで教えなければならないのです。つまりその時々の教導の方法も変える必要があるということです。アントニオさんたちはボクたちに合った教導をしてくださっていた。そういうことだったんですよ」


 ニコニコと笑いつつ、タマモは口からの出任せを口にしていく。それはタマモだけではなく、レンとヒナギクも同じである。


 だが、その出任せは一見すると、納得できそうな内容であった。示し合わせたわけでもない、完全なアドリブでここまで出任せをチームプレーでかますタマモたち。その出任せにユキナは完全に騙されていた。


「この子たち、詐欺師になれそうだなぁ」と「ブレイズソウル」の面々が内心驚愕としている中、いまだ騙されていることを知らないユキナは「先生たち、すごいです」と驚愕から尊敬のまなざしを向けるユキナ。


 あまりにも無垢な視線に「ぐぅっ」と唸り声を上げそうになるアントニオたち。しかし、自分たちの矜持のためにもここで屈するわけにはいかなかった。


「……さすがだね、タマモさんたち。俺たちの意図をあっさりと見破るとは」


「いえいえ、アントニオさんたちこそ」


 タマモとアントニオはそれぞれに笑っていた。笑っているが、それぞれの顔にはでかでかと「貸し一にしておきますね」や「……恩に着る」と書かれていた。どちらがどちらであるのかは考えるまでもない。


 それはマスター同士だけではなく、ほかの面々も似たようなやり取りを交わしているが、そのことにユキナは気づく素振りはない。


(ユキナちゃん、ころっと騙されそうで怖いですね)


(純真なのは長所なんだが、もう少し人を疑うことを知ってほしいんだがなぁ)


 あまりにもあっさりと信じてしまうユキナの姿に、なんとも言えない苦々しさを感じるタマモたちとアントニオたち。


 だが、タマモたちはともかくアントニオたちにとっては、もう引くに引けない状況であった。ここで下手に引いてしまうと、せっかくのリスペクトが霧散してしまうし、教師が教え子に嘘を吐いたというレッテルが生じてしまうので、それはそれで問題である。


 ある意味、アントニオたちは「紅華」の試合に熱中してしまった時点で詰んでいたも同然だった。


 それをどうにか理想的な形まで追いやれたのだ。タマモたち様々である。様々であるのだが、同時に必要以上にユキナの中の「ブレイズソウル」像が必要以上に大きくなってしまったということでもある。


 ありがた迷惑とまでは言わない。言わないが、「もう少しフォローの仕方があったんじゃないかなぁ」と若干贅沢なことを考えるアントニオたち。対してタマモたちは「後はどうにかしてくださいね」と若干投げやりである。


 が、当のユキナはそんな水面下のやり取りには気づくことなく、「さすがは先生たちです」とアントニオたちにときらきらと輝く視線を送っていた。その視線を浴びて、再び呻き声を上げそうになるアントニオたちだが、どうにか抑え込み、乾いた笑みを浮かべた。いな、乾いた笑みしかもう浮かべることができずにいた。事実上の針のむしろである。


 そうしてアントニオたちが針のむしろのまっただ中にいた、そのとき。


「あ、いたいた、タマモちゃんたち」


 不意に声を懸けられた。視線の先にはつい先ほどまで戦闘を行っていたローズたちの姿があったのだった。


「あ、ローズさん」


「やっほー、勝ってきたよ」


「ええ、見ていました」


「そっか。まぁ、次とは決まっていないけど、先々でよろしくね?」


「こちらこそですよ」


 ローズとともに笑みを浮かべるタマモ。だが、どちらの笑みも以前のガルドやバルドに向けたものと同じく、獰猛な笑みであった。その笑みをタマモとローズはお互いに向け合っていたのだ。


 マスター同士のやり取りが行われる中、サクラたちはというと、それぞれにリラックスしながら観戦モードに突入していた。


「ほら、姐さん、タマモさんも。そろそろ次の試合だよ」


 いまだ穏やかな睨み合いを続けるふたりにと、サクラが言う。その言葉にお互いを見合ってからそれぞれに苦笑いを浮かべるタマモとローズ。


「じゃあ、一緒に観戦しよっか」


「そうですね」


 まさかのサクラからの掣肘に「熱くなりすぎたなぁ」とお互いに思いつつ、タマモとローズは隣り合うようにして腰を下ろした。


「次はバルドのところか」


「相手はどなたですかね」


 生き残りを懸けた戦いはとっくに始まっている。そのとっくに始まった試合を生き残ってきた強者同士の戦い。どのチームが相手になろうと激戦になることは必至だ。ローズたち「紅華」の試合はまた別物だが。


「──さぁ、両クラン入場となります!」


 実況につられるように観客から声援が沸く。その声援を浴びながらバルド率いる「フルメタルボディズ」は本戦2回戦の舞台へとその姿を現したのだった。

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