35話 紅き進撃
「──辛勝か。まぁ、真っ向勝負ならそうなるのかな?」
公式でアップされている動画。2回戦第1試合である「ブレイズソウル」と「フィオーレ」の試合を視聴し終えたローズが漏らしたのはそんな一言だった。
ローズ率いる「紅華」は、2回戦からの参戦となる。
そして、その初戦はもう間もなく始まろうとしていた。
そんな中で、ローズはひとり「フィオーレ」の試合を視聴していた。
リップ、ヒガン、サクラの3人はそれぞれの装備や魔法、武術の確認を行っている中、エースにしてマスターであるローズだけは、気張ることなく動画の視聴をしている。が、それは「紅華」の面々にとっては、いつも通りだった。
その時々で変わるものの、ローズは試合前にはいつも戦闘には関係のないことをする。直前まで散歩をしていたり、屋台巡りをしたり、寝ていたりと本当に様々である。
このときは、たまたまタマモたちの試合が公式にアップされていたので視聴することにしたのだ。タマモたちの試合のときにはちょうど控え室に詰めていたこともあり、実際に見てはいなかった。ただ、試合結果だけは知っていたが、どういう内容だったのかまでは確認の術がなかった。
しかし、公式がこうしてアップしてくれたことで、これ幸いと視聴をはじめたのだ。
そうして視聴をした結果、ローズが断じたのは辛勝というもの。
ただ、タマモたちが弱いと断定したわけではなく、真っ向勝負だからという注釈付きだった。
「パイセン、タマモちゃんたちの試合ってどうだったんです?」
装備の確認を終えたヒガンがローズに尋ねた。
ローズは「真っ向勝負で叩き潰したね」と言う。
その返答に同じく装備の確認を終えていたサクラが「おぉー」と目を輝かせる。
「アントニオ先生たち相手に、真っ向勝負とかすっげー。さすがはタマモさん」
「いい人たちなうえに、かなり強いもんね、アントニオさんたち」
サクラの言葉にローズは頷きながら、動画を再び再生していく。
特にタマモが映る部分を重点的に再生させていた。
会話しながらも、その目は動画からは決して離さないでいる。
「しっかし、驚いたよね。まさか、「ブレイズソウル」の人たちが、まさかうちらが通っていた学校の先生たちだったなんて」
「そうだねぇ。でも、アントニオさんとエリシアさんが赴任した頃にはあたしら卒業していたけどね。お世話になったのはサクラだけだよね?」
「そうそう。それもこの子ってば、アントニオ先生にお世話になっていたってのに、その先生に気づかないんだもんね」
「いや、だって、まさか先生だとは思わないじゃん、姉ちゃん」
リップのからかいにサクラが肩を落としながら言う。
実を言うと、アントニオは小学生時代のサクラの担任だった。もっともアントニオが担当したのは最後の2年間だけだが。
それでもサクラにとって「小学生の頃の先生といえば」と問いかけたら、答えはアントニオとなるくらいに、サクラはアントニオの世話になり、懐いていたのだ。卒業式のときには号泣してアントニオに慰めれるほど、アントニオとの別れはサクラには辛かったのだ。
サクラにとっての恩師とも言えるアントニオ。そのアントニオに対して前大会で背後から奇襲を掛けたのは他ならぬサクラである。
そしてアントニオこそがその恩師であることを知ったときのサクラの動揺っぷりは、いまなお「紅華」内で語り草になるほどだった。
アントニオたちのことをローズたちが知ったのは、たまたまアルトに戻ったときに、新人の教導をしているクランがいるという話を聞いたからである。顔を出してみようという話になり、ふらりと訪れた先にいたのがアントニオたち「ブレイズソウル」だったのだ。
最初は前大会で倒した相手という認識しかなかったのだが、話をしているうちにアントニオがじっとサクラを見て、「……もしかして桜ちゃん?」と尋ねたのである。なお、「桜」というのはサクラの実名である。
いきなり実名を言われて、「え? なんで」と不思議がっていたサクラだったが、アントニオが「そうだね。君が俺の知っている桜ちゃんであれば、卒業式の日にしがみつかれて号泣されたと言えばわかるかな? あれから3年経ったけど、よく憶えているよ」と言ったとたん、サクラの表情は一変したのだ。
なにせ、普段快活なサクラが半泣きからの「すみませんでしたぁぁぁぁぁ」と叫びながらの土下座へと敢行したのだ。
いきなりの変化にローズとヒガンは唖然とし、サクラの実姉であるリップは「あ、もしかして」とアントニオがサクラの小学生時の最後の担任であることに気づいた。そしてアントニオも「あ、もしかして桜ちゃんのお姉さん?」とリップに言ったのだ。
そこから話はとんとん拍子に進んでいき、あっという間にサクラはアントニオを「先生」とかつてのように呼び慕うようになったのである。アントニオも昔の教え子にかつてのように相対した。
結果、「紅華」と「ブレイズソウル」は前大会の因縁はなくなり、友好を結ぶクランとなったのだ。
そうして友好を結んでから「ブレイズソウル」の評価は変わったのだ。それまでは前大会に勝った相手としか思っていなかったが、それはあくまでも奇襲を仕掛けたがゆえのもの。要は「紅華」の土俵に無理矢理付き合わせた結果だ。
だが、真っ向勝負となると、さしもの「紅華」でも「ブレイズソウル」の洗練されたチームワークには太刀打ちできなかったのだ。勝率はせいぜい4割程度というところであり、真っ正面からのぶつかり合いでは分が悪いことがわかった。それは同時に前大会は薄氷の勝利であったことをローズたちは痛感させられたのだ。
そのことがよりサクラのリスペクトを高める結果になった。当のアントニオたちにとっては苦笑いしていたが。
そんな「ブレイズソウル」相手にタマモたちは真っ向勝負を仕掛けたのだ。辛勝ではあったものの、真っ向勝負で、「ブレイズソウル」が得意とする戦いで打ち破ったのである。
「さすがは、タマモちゃんたちだ。アントニオさんたちと真っ向勝負を、この大舞台でやって、打ち破るなんてねぇ」
ローズの口元が緩んでいた。
緩んでいるものの、その笑みは獣が牙を剥いているかのように、とても獰猛なものだった。
その笑みを見て、リップとヒガンは「パイセンらしいなぁ」と笑い、サクラは「姐さんがめちゃくちゃやる気だぁ」と目を輝かせていた。
そうして「紅華」が戦意が充実していると──。
「「紅華」の方々、舞台へとどうぞ」
──という係員の声が掛かった。
その声にローズは「はーい」と答えると、メンバーひとりひとりを見やると、それぞれの肩を一度ずつ叩いていった。そして──。
「よし、行こっか」
──と笑いかけたのだった。
その笑みは少し前のような獰猛なものではない。
普段通りのローズの笑み。
だが、その目に宿るのは穏やかとは言えないもの。
むき出しになった闘志が宿っている。
ただ、その闘志が向く先は対戦相手ではない。
向いているのはただひとつのクランであり、ただひとりの相手である。
「こんなところで負けちゃいられないからね。さっさと叩き潰そう」
ローズの獲物はただひとり。
前回ぶつかり合い、辛くも降した相手。
だが、ローズ自身は勝ったと思っていない。
前回は大会のルール上降すことはできた。
しかし、もしあれが実際の戦闘であれば。
場外勝ちなんてものがない、通常の戦闘であったら。
勝敗は逆となったかもしれない。
いや、負けていたとローズは思っている。
「タマモちゃんたちが待っているんだ。足踏みなんてしていられないよ」
そう、ローズの獲物はタマモただひとり。
前回の試合は、ともに場外に落ちたが、ローズを捕らえたタマモの尻尾が先に地面に触れたことで勝てた。
だが、もしそんな条件がなかったとしたら。ともに倒れ込んだという事実は変わらないものの、あのときローズは身動きを封じられていた。ともに倒れ込んだとしても、ローズの武器は完全に封じられていた。あそこからの逆転の手段はローズにはなかった。
つまり、前回は試合だから勝てただけ。試合でなかったローズは敗北していたのだ。
しかも相手は初期組の新人であり、ステータス面で圧倒的に勝っている相手だった。
ローズ自身はベータテスターであることに拘りはない。
だが、それでもタマモよりも圧倒的に有利な立場であったことに変わりない。
その圧倒的に有利であったはずなのに、実質敗北にまでおいやられていた。
相手が悪すぎたと言えなくもない。
だが、それでもローズの自尊心は大いに傷ついたが、タマモを嫌いになったわけではない。
むしろ、タマモは好ましい存在である。
だからこそ、今度こそは完膚なきほどに勝ちたいのだ。
前回の敗北を拭いたい。
今度こそは名実ともに勝利という2文字が欲しいのだ。
そのためには、こんなところでつまずくわけにはいかない。
圧倒的な内容で勝ち抜く。
ローズはそれだけを考えていた。
「さぁ、試合だ」
ローズは短く声を懸ける。その声に3人はそれぞれに答えた。
控え室を後にし、ローズたちは舞台へと赴いた。
この日の試合、ローズたち「紅華」は大会中、最速勝利を挙げることになり、3回戦へと駒を進めることになったのだった。




