32話 2回戦開始
七日後──。
「──ご来場の皆様、お待たせしました! これよりクラン部門エキスパート級の第2回戦を開始いたします!」
実況の声が会場内で響き渡る。その声に呼応して観客席からは怒号にも似た歓声が返ってくる。
クラン部門のエキスパート級の第2回戦。すでに個人部門の両クラスとクラン部門のビギナークラスの第2回戦は終了しており、残るはクラン部門のエキスパート級のみ。
そのクラン部門エキスパート級の第2回戦の第1試合は、前大会のクラン部門の出場クラン同士のぶつかり合いとなった。
「東門は、前大会でも抜群のチームワークを誇った「ブレイズソウル」です!」
舞台へ繋がる東西の門。その東から現れたのは、前大会にて、ローズ率いる「紅華」の前に散りはしたものの、その堅実な戦いと実況の言う通り抜群のチームワークを誇る、ひとりひとりが戦闘における職人の集団とも謳われる「ブレイズソウル」だった。
「前大会では、「紅華」に敗れはしましたが、その堅実な戦闘は今大会でも同じ。いえ、前大会よりも研ぎ澄まされている! その「ブレイズソウル」が第2回戦の第1試合から早速の登場です!」
熱意溢れる実況が会場内に響くものの、「ブレイズソウル」への声援はまばらなものだった。
決して「ブレイズソウル」が嫌われているというわけではない。
むしろ、「ブレイズソウル」の戦闘は、教科書とも言うべきほどに堅実なものだった。その堅実な戦闘には、最前線の攻略組も一目置いているし、中にはアドバイスを教授しようとするプレイヤーもいるほど。
だが、そんな「ブレイズソウル」は、最前線の攻略組というわけではない。彼らの本拠地ははじまりの街であるアルトにあり、その本拠地で日夜新人プレイヤーに対しての教導や新人同士のチームが組めるように斡旋等も行っている。
今大会のクラン、個人部門のビギナー級参加者の中には、「ブレイズソウル」の教え子たちもいる。
「ブレイズソウル」の声援はまばらだが、そのまばらな声援はほぼその教え子たちによるもの。教え子たちは喉を嗄らすほどに精一杯の声援を「ブレイズソウル」に送っていた。その声援に「ブレイズソウル」の面々は穏やかに笑っていた。
だが、笑いつつも、その視線は対面側──西門内で待機している相手クランへと注がれている。
「続きまして西門は、本戦第1試合を彩ったクランにして、今大会におけるダークホースとも謳われ、その人気はうなぎ登り! 運営チームにもファンがいるほどの超人気クラン!」
実況の紹介は「ブレイズソウル」よりも熱が籠もったものだった。その差に「ブレイズソウル」に声援を送る教え子たちの不満の声がいくらか上がるものの、その声はそれ以上の圧倒的声援にかき消されてしまう。
「前大会でも流星のように現れたクランにして、大物食いを行ってきた、まさに奇跡のチーム! さぁ、皆様、ご唱和の準備はよろしいですか!?」
実況がより熱を籠めて、観客を煽った。その煽りを受けて、観客席からは「せぇーの」というかけ声が聞こえた。そして──。
「第2回戦も第1試合からの登場! その名はぁ、「フィオーレ」ぇぇぇぇぇぇ!」
──実況が大きく息を吸いながら渾身の叫びを放つ。その声に負けじと観客席からも再び怒号のごとき声援が響き渡った。
「タマモちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「レン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ヒナギク姐さぁぁぁぁぁぁぁん!」
三者三様の声援が会場内でこだまする中、西門が開き、そこから新装備を身につけた「フィオーレ」の面々が現れた。
「おおーっと!? 「フィオーレ」のお三方の装備が前回とは異なっているぞぉぉぉ!? 前回とは違い、全員の装備のデザインは共通したものです! 少々厳つくはありますが、強者の雰囲気を放っているぅぅぅぅ!」
目ざとく、「フィオーレ」が新装備をしていることに気づいた実況が叫ぶと、観客たちもその装備に対して各々の反応を示していく。だいたいが「カッコいい!」という声だが、中には「(*´Д`)ハァハァ」としている者もいた。その「(*´Д`)ハァハァ」がどういう意味なのかはあえて言うまい。
そんな無数の声援を受けながら、「フィオーレ」は舞台へと向かっていく。その表情はなんとも言えない微妙なものだった。本人たちにしてみれば、「なんで、こんなに人気になったんだろう」と首を傾げるしかないことだった。
そうして首を傾げても、やはり観客席からの声援は止まらない。むしろ、より一層に白熱している有様だった。
「……なんでボクらこんなに人気があるんです?」
「……わかんない」
「……なにかしたっけ?」
その白熱っぷりに若干引き気味になりつつも、タマモたちは「ブレイズソウル」の待つ舞台へと向かった。
すでに「ブレイズソウル」は準備を整えていて、非常に真剣な顔をしていた。その様子に気を引き締めて、タマモたちは舞台へと上がった。
「初めまして、タマモです」
「ヒナギクです」
「レンです」
舞台に上がると同時にタマモたちはそれぞれに名乗る。その名乗りを受けて「ブレイズソウル」たちもまた各々に挨拶を口にしていった。
「ご丁寧にどうも。マスターのアントニオだ」
「サブマスターのエリシアです」
「魔術師ティアナ」
「タンクのゴードンだよ」
「レンジャーのアルスであります」
タマモたちの名乗りを受けて、各々に名乗る「ブレイズソウル」たち。なお、マスターのアントニオは剣闘士、サブマスターのエリシアは治療術師にクラスチェンジしており、今大会のクラン部門参加者の中で数少ないクラスチェンジ到達者が、しかも複数いるクランでもある。
その数少ないクラスチェンジ到達者であり、サブマスターであるエリシアはなぜかじっとタマモを見つめていた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、ごめんなさい、不躾でしたね。どうにもイメージと重ならなくて」
「イメージ?」
エリシアの言う意味がいまひとつ理解できないタマモ。そんなタマモにエリシアはおかしそうに笑いつつ言う。
「ユキナちゃんの語るあなたと1回戦のあなたの姿があまりにも乖離していたんで。もしかしたら怖い人なのかなぁと思っていたんですけど、どうやら杞憂でしたね」
くすくすと笑うエリシア。口調同様にその物腰はとても穏やかだった。なんとなくだが、小学校の先生という風に見えてならない。なお、エリシアは金髪碧眼のエルフにして、いわゆるモデル体型である。マドンナ先生という言葉が非常に似合う優しげな女性プレイヤーだった。
「あ、もしかして、ユキナちゃんもお世話になっています?」
「ブレイズソウル」が新人プレイヤーの教導を行っているという話はわりと有名だった。そのことを思い出したヒナギクがエリシアに尋ねると、エリシアは「ええ」と頷いた。
「ユキナちゃんはヒーラーだから、私が受け持っているの。とはいえ、最近は忙しいみたいだから、あまり来てくれないけれど」
「あ、それはボクのところで看板娘してもらっているので」
「ええ、それも聞いているわ。なにせ、とっても嬉しそうに笑っていたもの。現実でもあんなに嬉しそうなあの子はあまり見たことがないのだけど」
「現実?」
エリシアが思わぬ一言を口にした。その言葉にレンが首を傾げていると、マスターのアントニオが苦笑いしていた。
「あぁ、エリシアは現実でもユキナちゃんの担任なんだよ。というか、うちのクランは全員が同じ学校の教師をしているんだ。ちなみに、ティアナはユキナちゃんが入学した頃の担任で、俺が一昨年までの担任だったよ。ゴードンとアルスは担任ではないけれど、それぞれ入学時と一昨年までは同学年の別クラスの担任だな」
まさかのユキナとの繋がりを口にするアントニオに、タマモたちは驚きのあまり目を見開いていた。その様子にアントニオたちはおかしそうに笑っている。
「現実でもゲーム内でも先生をしているんですか?」
「そうよ。まぁ、現実とは違って言うことを聞かないイケない子には体罰をしても問題ないから、こっちはこっちで気が楽だけどねぇ?」
魔術師のティアナはそう言うと、ぺろりと唇を舐めて妖しく笑っている。見た目は勝ち気そうな赤髪のツインテールのエルフであり、体つきも性格もエルフのテンプレというしかない。どれほど属性を盛り込むのだろうという感想が出そうになる。
「なぁに嘘ぶっこいているでありますか、ティアナ殿。先日も「体罰しちゃったぁぁぁ、どうしよぉぉぉぉ」とエリシア殿に泣きついていたではありませんか」
「そうだよ。しかも体罰と言うけど、実態はデコピン一発だったし。むしろ、相手はティアナちゃんにデコピンされて嬉しがっていたのに」
「うっさい! ばーか、ばーか、ばーかぁ!」
ティアナの発言にタンクのゴードンとレンジャーのアルスが呆れ顔でぶっちゃける。その言葉にティアナは顔を真っ赤にして若干涙目になって罵声を浴びせている。まさにテンプレとしか言いようのない態度である。
「……なんだか、ごめんなさいね?」
「うちのメンバーが申し訳ない」
はぁと小さくため息を吐くアントニオとエリシア。その姿は苦労人という言葉がやけに似合うもので、「いえ、お気になさらずに」としかタマモたちは言えずにいた。
「まぁ、とにかく。俺たちは現実でもユキナちゃんとはそれなりに関係があるんだ。ゴードンとアルス以外は現実でも教え子だからね」
「だから、あなたたちにあの子が任せられるのかが気になっていたの。いまは杞憂だとは思うけど、でも最後の確認はすんでいないのよね」
エリシアの言葉を皮切りに後ろで騒いでいたティアナたち3人がそれぞれの得物を構える。それはアントニオとエリシアもまた同じだった。
タマモたちもそれぞれに構えを取った。それまでの穏やかな会話とはまるで違う、緊迫とした空気が流れていく。
「さぁ、あの子を任せられるのかの最後の確認と行こう。胸を借りさせてもらうよ、タマモさん」
「ええ、アントニオさん」
アントニオが笑う。その笑みに返すようにしてタマモもまた笑みを浮かべる。
そうして双方ともに準備が整ったことを確かめた実況が声を上げる。
「さぁ、クラン部門エキスパート級2回戦第1試合、いま開始です!」
その実況の声と共に試合は始まりを告げた。




