30話 タッチです
書いていたら、なんか楽しくなってしまい、気づいたら時間を大幅にオーバーしていた。……やっちまったぜ←汗
というわけで今回は戦闘メインのお話です。ちょっぴり長めです。
「……準備はいいかな? タマちゃん」
「はい」
「それじゃ始めようか。タマちゃんのタイミングで動いてね」
ヒナギクが笑う。いつもと同じで、ヒナギクの間合いの一歩外の、タマモの定位置からのスタート。タマモはいつにもなく集中した面持ちでヒナギクと対峙していた。
(へぇ。いつもなら怯えているだけなのに)
タマモの表情を見てヒナギクは少しだけ警戒を強めた。ただでやられるつもりなど欠片もないが、いまのタマモを相手だとどうなるのかが想像できない。
(これはいつもよりも白熱したことになりそうかな?)
観戦しているレンもいつもとは様子が異なるタマモの雰囲気に、今回の特訓はいつもとまるで違う内容になることを予見していた。
(……これが終わったら)
ヒナギクとレンに目を見張られている当のタマモは、いままでにない悲壮な決意を抱きながらじっとヒナギクを見つめていた。考えることはただひとつ。今日でこの特訓を終わらせることだけだった。そのためだけにタマモは集中を深めていく。
もう何度目かになる深呼吸を行いながら、タマモはヒナギクをじっと見つめていた。そのとてもな真剣な表情を見て、ヒナギクは少しだけ「憧れの人」を思い浮かべてしまう。
(……やっぱり似ているなぁ。でも姉様はもっとお淑やかだし、タマちゃんみたく情けないところはないしなぁ。やっぱり他人の空似? それにしても似ているけれど)
初めてタマモと会ったときは驚いたものだ。「憧れの人」とそっくりだったからだ。だが話せば話すほど、「憧れの人」とタマモとでは乖離があった。ゆえに同一人物ではないとヒナギクは判断していた。判断していたのだが──。
(……この表情だけを見ると本当にそっくりだよね。もしかしたらタマちゃんが姉様? タマちゃんのアバターはリアルのタマちゃんとほとんど同じってことだけど……まさか、ね)
──どういうわけか、タマモと「憧れの人」が同一人物のように思えてならない。ありえないと思いつつも、心のどこかではそれを認めてしまっている自分がいることにもヒナギクは気づいていた。
(……確かめてみようかな?)
なんとなく、本当になんとなくそう思ったヒナギクだった。対してタマモは相変わらずヒナギクを見つめていた。深呼吸はもう何度めになるのかもわからない。
だが、深呼吸を繰り返すたびに、徐々に集中力が高まっていく。あとはその集中力をどこで爆発させるかだけだった。
(……今回で終わらすのです。そしてボクはっ!)
タマモの目が据わった。その目はヒナギクとレンがいままでに見たことがないほどに研ぎ澄まされていた。
(来る)
(……最初の数手で終わりそうだな、こりゃ)
タマモが変わったことにヒナギクとレンは気づいた。ヒナギクはより一層気を引き締め、レンはこの特訓、いや、勝負がすぐに終わるということを予見していた。
(ふたりとも集中力がすごい。最初の一撃がどうなるかで決着が着くな)
ふたりの様子からレンはそこまで読んでいた。お互いの最初の一撃。それがどういう風に転ぶかで勝負が決まる。一進一退の攻防となることはほぼありえない。超短期決戦になる。それがレンの予想だった。
(ボクなんかじゃヒナギクさんとまともにやり合えるわけがないのです。……ならば、小細工は無用なのです!)
タマモはいままで以上に大きく深呼吸をした。大きく吸った息をゆっくりと吐いていく。そして吐ききる寸前でタマモは一歩踏み出した。
その動き出しに合せてヒナギクは腕を振り抜いていた。タマモに迫る暴風。かするだけで体勢を崩させられる強き風。その暴風の内側を目指すための一歩。その一歩をタマモは力強く踏み込んだ。
「へぇ。勇気あるね」
若干嬉しそうなヒナギクの声。先日までのタマモであれば、恐ろしすぎてできなかったことだった。けれど今日のタマモはいつもとは若干様子が異なっていた。
なにがあったのかはわからない。「フィオーレ」という名前が決まったことはたしかだが、それ以外での変化はない。変化などないはずなのに、タマモにはたしかな変化が生まれている。その変化がどういうものになるのか。ヒナギクは胸を若干高鳴らせながらタマモを見つめていた。
「っ!」
タマモは迫り来るヒナギクの腕を大きく避けずに、あえてすれすれで避けた。それだけで体の体勢が崩れてしまった。
(やっぱりこれ普通じゃない!)
ただ腕が通過しただけの風圧で体勢が崩れる。いったいどれくらいの数値があれば、そんなありえないことになるのか。タマモには理解できなかった。しかし理解できることはある。
(ボクの体勢が崩れれば──やっぱり!)
タマモの体勢は崩れている。ヒナギクほどのプレイヤーが体勢の崩れたところを狙わないというわけがなかった。ヒナギクは右腕を振り上げていた。
(さっきは左だった。となれば、次は右ですよね)
人の腕はふたつ。であれば、すでに片方を使ったのであれば、当然もう片方を使うしかない。そして間合いの一歩外ということは、当然ヒナギクとて踏み込まなければならなかった。その踏み込んだ左は避けられた。
しかしタマモは体勢を崩していた。となれば追撃となる右の使い方は限定される。懐に入らせないために打ち下すか、それとも捕まえるためにまっすぐに伸ばすかのどちらかとなる。
(横に振り回したとしても下に潜り込まれるだけ。かと言って下から掬い上げるには、いまの体勢のままではやりづらいからもう一歩踏み込まなければならない。その間にボクの体勢が立て直されるわけにはいかない。となれば事実上選択肢は二択なのです)
まっすぐか上からか。確率は50パーセント。高くもなければ低くもない微妙な確率だ。
しかしだ。決してゼロではないし、無数に可能性があるよりかは、イチかバチかの賭けに出るよりかははるかにマシな状況になっていた。
(ヒナギクさんもそれはわかっている。でもわかっていてもやらなきゃいけない)
そうヒナギクとて読まれてしまうことはわかっていた。わかっていても手をこまねいているわけにはいかないのだ。手をこまねている間に負けが確定しまうのだから。
(……うっそでしょう? たった一手だよ? たったの一手でここまで追い込まれているの、私?)
自分の動きがこの行動だけとはいえ、タマモにコントロールされてしまっていることに驚きを隠せないヒナギク。
しかしそれでもタマモの想定した通りの動きをするしかないのだ。
右腕を振り上げた時点で左腕を戻してはいるが、それを待っている間にタマモにタッチされかねない。
であれば、右腕でよりタマモの体勢を崩すか、もしくはこれで決めるしかないのだ。
たったの一手だ。そう、たったの一手でヒナギクは追い込まれてしまっていた。
(数手で決まると思ったけれど、まさか一手目で王手かよ)
本来ならありえないことだが、そのありえないことをタマモは為したのだ。このあとの展開は二通りしかない。すなわちヒナギクがしのぐか、タマモが勝つかである。
だが、タマモの体勢が崩れていることには変わりない。しかしタマモにはその体勢でもできることがあった。
(タマちゃんの狙いは「シールドバッシュ」での高速タックル。というかあの状況だとそれしかないよな)
体勢の崩れたタマモができるのはそれくらいだ。しかしそれくらいとはいっても、勝負を決める一手であることには変わりない。
(「シールドバッシュ」を避けられれば、今度は私が優位になれる。ジャイアントキリングなんて早々にさせないもの)
ヒナギクはタマモをじっと見つめていた。次の攻撃はもう捨てる。コントロールされた一撃を放っても勝てるわけがない。ならばタマモの切り札を凌ぐことに集中すればいい。それだけに意識を向ければいいだけだった。
(よし、勝負だよ、タマちゃん!)
ヒナギクは目を大きく見開きながら右腕を振り抜こうとした──。
「「閃光」発動」
──振り抜こうとしたとき、タマモがスキルを発動させた。それはヒナギクもレンも考えていなかったもの。
タマモの口ぶりからしてパッシブスキルではなく、アクティブ系のスキルないし「武術」のようだった。そしてその名が示す通りの光景が、眩い光がヒナギクの視界を覆った。
眩い光とは言っても一時的に目が見えなくなったわけではないし、その名称を聞いた瞬間にヒナギクはとっさにまぶたを閉じたので目が見えなくなったわけではない。
だが、戦闘中に相手から目を反らしてしまったことには違いはなかった。それがどれだけ短い時間であったとしても隙ができたことには変わりなかった。つまり──。
「タッチです、ヒナギクさん」
──つまりタマモにタッチさせられる時間をヒナギク自身で作ってしまったのだった。
まぶたを開いたとき、ヒナギクの肩にタマモの小さな手がそっと添えられていたのだった。
やっぱりアクションは苦手ですねぇ←しみじみ




