29話 装備更新
数日後──。
「トロルさん、こんにちは」
「おう、いらっしゃい、マスター」
タマモたちは、トロルの店にとやってきていた。
数日前に手に入れた素材はトロルに無事に納品できた。納品はできたが、納品時のトロルの反応は劇的なものだった。
渡されたアイテムを見て、「……は?」や「……なにこれ」と何度も瞬きをしていた。しまいには、現実かどうかを確かめるために、頬を引っ張ってもいた。
その様子に「気持ちはわかる」としみじみと頷いたタマモたち。ただ焦炎王だけは「そんな驚くことでもあるまいよ」と笑っていたのが、とても印象的ではあった。
かくして、タマモたちは納品を無事に終えることができた。
衝撃を受けていたトロルだったが、最終的には頬を叩き、気合いを入れていた。
「よし、任せてくんな! 最高の装備を拵えて見せるぜ!」
トロルはどんと胸を叩きながら頷いていた。
その際、トロルの脇には、タマモたちの装備していた「不死鳥」シリーズとユキナの「支援者」シリーズが置かれていた。強化のために一時的にトロルに預けることになったのだ。その代わりにとトロルからは装備を貸して貰った。
貸して貰った装備は一式で「冒険者」シリーズ。皮兜に皮鎧で一式とされるもので、店頭には並べてられておらず、トロル曰く「お得意様専用」の装備だったらしい。セット装備だが、発動スキルはない。ただセット装備で全ステータスが+1追加されるという、序盤にしては侮れない高性能装備だった。
だが、高性能装備ではあるのだが、肝心の防御力は「姐さん印」よりもいくらか高い程度であり、完全に序盤用のもの。もっとも「不死鳥」シリーズを強化するまでの繋ぎとしては十分すぎる性能だった。
「とりあえず、マスターたちの「不死鳥」シリーズを強化するには数日ほどだな。ユキナさんの装備の強化も数日あればできるが、「闘衣」に関しては二週間くらい欲しい。クリムゾンホワイトタイガーの毛皮を鞣すのにとちとばっかし時間がいるんでな」
もともとの予定だった「闘衣」には二週間。そればかりは致し方がない。むしろ、他の装備の強化を数日で行って貰えるのだ。文句を言うのは罰当たりであった。
タマモたちはふたつ返事で頷き、それぞれの装備をトロルにと預け、焦炎王に転移で送って貰う形でトロルの店を後にした。
それから数日経った現在、タマモたちはトロルの店にと訪れていた。数日前同様に焦炎王に送って貰っているため、当然のように傍らには焦炎王が控えていた。そして焦炎王に送って貰ったということは、焦炎王がいつものようにトロルの店の前に転移し、トロルからの注意を受けたということでもある。
そのせいか、トロルは若干疲れたような顔をしているが、こればかりはタマモたちにはどうしようもないことでもあった。
ただ、その胸中を思うと、同情せずにはいられない。
タマモたちは揃ってトロルに合掌した。トロルはタマモたちの行為の意味を知っているのか、頬が若干引きつっていた。そして雄弁にその目は語っていた。すなわち「同情するのであれば、この人どうにかしてくんない?」である。
だが、雄弁に物語られたトロルの懇願を、タマモたちは見て見ぬ振りをした。一言で言えばスルーである。
人にはどうしようもないこともある。タマモたちの横顔にはそんな感情がありありと浮かんでおり、その感情を読み取り、トロルは大きく肩を落としたのは言うまでもない。
こうして店に訪れたタマモたちをトロルは歓迎しながら、「できあがっているぜ」と言って店の奥にと招き入れる。トロルの後を追い、タマモたちは店の奥へと向かい──。
「「「「おおー」」」」
──並べられている装備を見て、感嘆の声を上げたのだった。
店の奥に並べられていたのは、元はタマモたちの装備していた「不死鳥」シリーズとユキナの「支援者」シリーズだったが、そこに座していたのは、以前とはまるで異なる装備群だった。
蛇鳥王の闘衣
防御力+45
スキル「蛇鳥王の供宴」付与
蛇鳥王の軽鎧
防御力+75
スキル「蛇鳥王の闘魂」付与
鱗翅鳥王のピアス
防御力+15
※一式装備でセットスキル「鱗翅鳥王の微笑み」発動
鱗翅鳥王の軽鎧
防御力+20
以下同文
鱗翅鳥王の軽袴
防御力+25
以下同文
「不死鳥」シリーズは「蛇鳥王」シリーズに。「支援者」シリーズは「鱗翅鳥王」シリーズにとそれぞれに強化されていた。
防御力の上昇具合も凄まじいが、それぞれのスキルもまた破格のものだった。
蛇鳥王の供宴……戦闘時に全ステータス強化(大)に加え、戦闘不能からの回復時にSTR、VIT、INT、MENに補正(中)
蛇鳥王の闘魂……戦闘時に常時HPMP回復(大)に加え、戦闘不能状態からの回復(回数1)
鱗翅鳥王の微笑み……戦闘時、パーティーメンバー全員に各種支援魔法付与(永続)に加え、一度だけ即死キャンセル効果
それぞれのスキルはまさに破格というか、ぶっ壊れに近いレベルだった。
表示されたそれぞれのスキルを見て、タマモたちはあんぐりと口を大きく開いて、唖然となっていた。
性能自体がぶっ壊れになったが、変化は性能だけではなかった。
それぞれの装備の見た目もまた変化していたのだ。
「不死鳥」シリーズはそれぞれの使用者によって、その姿は異なっていたのだが、「蛇鳥王」シリーズに生まれ変わったことにより、姿はすべて固定された。「闘衣」のオーバージャケット風の見目は変わらないものの、デザインはすべて黒塗りの不死鳥と大蛇が向かいあうものになっていた。「軽鎧」も同じデザインのものでそれぞれの使用者の体に合わせられている。
「蛇鳥王」シリーズの変化もかなりのものではあったが、一番大きな変化は「鱗翅鳥王」シリーズであった。「支援者」シリーズはピアスとブラウスにフレアスカートという構成だったのだが、それがすべて一新されていた。
具体的にはピアスは赤と黄色のツートーンカラーのリングタイプ、ブラウスはスケイルメイルの軽鎧、フレアスカートは軽袴という名のスカートアーマーへと変化していたのだ。軽鎧と軽袴もツートーンカラーにとなっていたのだ。はっきりと言えば、「鱗翅鳥王」シリーズを見て、「支援者」シリーズが元になったとは誰も思わないほどに原型がなくなっていた。
「支援者」シリーズはエプロンを付ければ、看板娘チックな出で立ちだったが、「鱗翅鳥王」シリーズは誰がどう見ても「戦乙女」という感想になるであろう。
「……ユキナちゃんに以外と合っているよね」
「たしかに、そうかも」
「ですねぇ」
「……そう、ですか?」
「「「うん」」」
「……あぅ」
「鱗翅鳥王」シリーズを身につけたユキナを想像し、以外と似合っていると口々に言い合うタマモたち。当のユキナは頬を染めながら恥ずかしがっていたが、悪い気はしないようだった。
「とりあえず、いま渡せるものはこれで全部だ。あとは「闘衣」だが、こればっかりはこの前も言ったけど、二週間待ってくれ」
「十分ですよ、トロルさん」
「そうかい? そう言って貰えるとありがたいぜ、マスター」
申し訳なさそうなトロルにタマモは「十分」と力強く頷いた。トロルは嬉しそうに頷いていた。
ちなみにトロルの言う「マスター」とはタマモの呼び名である。正式に「フィオーレ」専属の鍛冶師となったことで、呼び名を「マスター」にすることを素材納品時に許可を受けたからである。
もっとも、当のタマモは「マスター」呼びはいくらか気後れしているようだったが、トロルはあまり気にせず、遠慮なく「マスター」とタマモを呼んでいる。実際にタマモは「フィオーレ」のマスターであるのだから、間違いではない。
ただ、いままで「マスター」と呼ばれることがなかったので、慣れていないだけ。そのうちに慣れるだろうというのがヒナギクとレンの見解であった。
「これでいまのところの受領は完了だな」
「ええ。ありがとうございます。次も楽しみにしていますね」
「おう、任せてくんな」
タマモはトロルにと手を差し出した。差し出された手をトロルは握り、ふたりは握手を交わした。
こうしてタマモたち「フィオーレ」はそれぞれの装備の更新を無事に終えることができたのだった。




