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28話 素材を携えて

 素材採取を終えたタマモたち。


 あとは一路、トロルの元へと向かうだけと思っていたのだが、そこでふと思い出すことがあった。


「……あれ、そういえば、トロルさんって風系の素材が欲しいって言っていなかったっけ?」


 ヒナギクが何気なく漏らした一言。


 ここまでトンデモアイテムだったり、とんでもない人との邂逅だったりと、いろいろと衝撃的すぎる光景続きだったため、すっかりとトロルが言っていたことを忘れていたことにようやく思い出したのだ。


 ヒナギクの言葉に「……あ」と言葉を漏らすタマモたち。その言葉に「ん?」と不思議そうに首を傾げる土轟王たち。そこに焦炎王が声を掛けた。


「なんじゃ? タマモたちは風系の素材が欲しかったのかの?」


「あ、はい。トロルさんから炎系の素材の他に風系の素材もあったらと言われていたので」


「ほう、トロルがか。……ふむ」


 焦炎王はトロルの名前を聞いて、なにか考え事をするようにしてタマモたちを見やる。主に視線はユキナへと向いていた。ユキナを上から下までじっと眺めた後、「なるほどのぅ」と頷いた。


「……まじまじと眺めるまではわからなんだが、その装備、覚醒ができるものであるな。覚醒のための素材は炎系と風系が相性がいいと見た」


「……わかるんですか、焦炎王様?」


「うむ。いろいろと伝手があるということもあるが、剣士であるから鍛冶関係には自然と詳しくなるのじゃ。とはいえ、実際に打てるわけではないのだが、ユキナの装備が覚醒できるものであることくらいはわかる」


 若干胸を張りつつ、焦炎王が告げる。その言葉に「へぇ」と関心するタマモたち。


「さて、それでは風系の素材をと言いたいところだが、移動する必要はないのぅ」


 焦炎王は風系の素材の採取に引き続き手伝おうと言いかけて、なぜかやめた。というか、移動する必要がないとよくわからないことを言い出した。


 その言葉に「はて」と首を傾げるタマモたち。


 いまタマモたちがいるのは土轟王の居城の地底にある農場だった。


 土轟王とその眷属の長であるヨルムは土属性であることから、この農場に棲むモンスターはほぼ間違いなく土系統のモンスターであろう。風系統のモンスターはいないはずである。だというのに、移動する必要がないとはっきりと口にした焦炎王。


 いったい、どういうことだろうかとタマモたちは揃って首を傾げたのだ。その様子に焦炎王は種明かしと言わんばかりに、鱗翅王のトワを見やった。当のトワは静かに頷いた。


『ところで、タマモ様』


「はい?」


『なにか、瓶のようなものをお持ちではありませんか? ありましたら、ぜひいただきたいのですが』


「ちょっと待ってくださいね。……これでもいいですか?」


 トワから瓶が欲しいとねだられ、タマモはインベントリの中身を探っていく。その結果見つけたのは、ログイン初日に手に入れた下級ポーション、の空き瓶であった。それは初めての戦闘した角ウサギの後に、唐突に襲撃を受けた憎き鷹さんとの戦闘により使用を余儀なくされたうえに、為す術なく敗北を喫した苦い記憶の象徴である。


 とはいえ、いまであれば、憎き鷹さんなど相手取ることなどたやすいもの。タマモどころか、ユキナでも簡単にねじ伏せれる相手でしかない。


 だが、当時のタマモにとってはラスボスと思うほどの強敵だったのだ。そんなかつての記憶を思い出しつつ、タマモは若干震える手でポーションの空き瓶をトワに差し出した。


『……あの、なんで震えておられますの?』


 ポーションの空き瓶を差し出されたトワだったが、タマモの腕でデュアルショックとも言わんばかりに震える様子に、怪訝というか、若干引き気味に尋ねた。まぁ、空き瓶を差し出しながら、腕を震わせていれば、いや、腕を震わせながら、なぜか涙を流されていれば誰だって似たような反応をするものだろう。


 そう、現在タマモは涙を流していた。かつてのほろ苦すぎる思い出が、タマモの涙腺を刺激したためである。だが、それはあくまでも当事者にとってはである。事情を知らない第三者にしてみれば、タマモの現在の姿は「え、なに、この子」でしかない。


 実際、トワどころか、土轟王とヨルムも若干引き気味にタマモを見つめている。だが、中には変わり者もいる。焦炎王とユキナである。焦炎王は「……なにか辛いことでもあったのかえ?」とおろおろと心配をしている。そしてユキナはと言うと──。


「……かわいい」


 ──若干陶酔した顔でぼそりととんでもないことを抜かしていた。しかも、瞳にはハイライトが消えているのに、その頬はほんのりと紅く染まっているのだ。背後にでかでかと「愉悦」と掲げているようにさえ見えるほどだ。


 だが、そのユキナの姿には誰も気づいていない。タマモの奇行にほぼ全員が引いていたため、ユキナが若干、いや、大いにまずい方向へとばく進していることに誰も気づかなかったのだ。


 だが、状況を見守っている運営チームは、ユキナの大いにアレな姿はばっちりと目撃していた。そのため、運営はユキナにネタ称号のひとつを進呈した。……若干手を震わせながら。


『称号「闇照」を取得いたしました。お、おめでとうございます』


 

 定型文でさえ、言い淀んでしまうようなユキナの現状。しかし、それも長く続くことはなかった。いち早く復帰したトワが、「……では、失礼いたしますね」と言って触覚のひとつで空き瓶を掴むと、器用に自身の背中にと向けたのである。


 なにをしているのだろうとタマモたちが思いつつ、トワの行動を見守っていると、トワはしばらくして「これくらいでいいですわね」と言って、再び触覚を器用に使うと、今度は空き瓶をタマモにと差し出したのだ。


『こちらをどうぞ』


「え、あ、はい。どうも」


 トワから差し出された空き瓶を受け取ったタマモだが、すぐにさきほどとの違いに気づいた。


 さきほどまでは瓶の中身は空だった。


 それがいまは虹色の粉のようなもので満たされていたのだ。


『私の鱗粉です。私たちエンシェントバタフライは、風属性の魔物ですから、タマモ様方がお求めの風系統の素材に合致いたしますので』


「ああ、だから焦炎王様は」


『ええ、そういうことですの』


 焦炎王が移動する必要がないと言った意味がようやく解明された瞬間だった。


 トワの種族であるエンシェントバタフライが風属性のモンスターであれば、風系統の素材を求めて移動する必要はない。フェニックスやヨルムと同じように、トワからも素材を貰えばいいだけなのだ。


『まぁ、事情を話すよりも、こうしてお渡しする方が早いと思ったのですが、やはり事情はお伝えするべきでしたね。今後は気をつけるといたしますわ』


「あ、いえ、お気になさらずに」


 事情を伝えなくて申し訳なかったとトワからの謝罪を受けて、若干慌てるタマモ。


 慌てつつも、空き瓶に詰まったトワの鱗粉に鑑定を行うと──。



 悠久の鱗粉


 レア度25


 品質S


 悠久の時を生きた鱗翅王の鱗粉。常に虹色の輝きを放つ様に、古代の人々はお守りとして重宝したと言われる。



 ──またもやトンデモアイテムだった。「極炎毛」、「極地鱗」に続いてのレア度25という破格にもほどがある貴重品だった。そんな貴重品が下級ポーションの空き瓶に入っているのだ。タマモの手はさきほどとは違う意味で震えていたが、当のトワは今度は引き気味になることなく、おかしそうに笑うだけだった。


『また必要になられましたら、いつでも言ってくださいまし。いつでもお渡しいたしますわ』


「は、はい。ありがとうございます」


 短期間でいまのところ、誰も手にしたことがないであろうレア度25のアイテムを立て続けに手に入れて、若干挙動不審となってしまうタマモ。気持ちはわかるとヒナギクとレン、ユキナもしみじみと頷いていた。


 だが、それはプレイヤーサイドの話。NPCサイドにとってはそうではない。というか、微笑ましそうにタマモを見つめているだけである。


「さて、素材も揃ったことであるし、行くかの」


 ぽんとタマモの頭に手を置く焦炎王。その言葉を聞いて、慌ててタマモと焦炎王の周りに集まるヒナギクたち。


「では、またのぅ、ちび助や」


「ええ。お元気で姐さん。そして我が弟子よ、また来るといい。歓迎しよう」


「はい、ありがとうございます、お師匠様。ヨルムさんもトワさんもありがとうございました」


「お気になさらずに」


『またお会い致しましょう』


 土轟王、ヨルム、トワにそれぞれ会釈するタマモ。それはヒナギクたちも同じだった。そのひとつひとつに大して3人は手ないし触角を振るっていた。


 ほどなくして、一瞬の浮遊感とともにタマモたちの視界は一転し、次に飛び込んできたのはトロルの店の外観だった。


「……はぁ、またですか、焦炎王様」


 転移してきたタマモたちと焦炎王を見た瞬間、トロルが盛大にため息を吐いた。その言葉にあっけらかんと笑いながら「うむ、許せ」と言い放つ焦炎王。トロルは「……もう、本当にやだ、この人」とトロルは顔を覆いながら憂いていた。


 そんなトロルの姿に「……大変だなぁ」としみじみと感じるタマモたちであった。


 こうしてタマモたちは、ようやくトロルの店にとたどり着くことができたのだった。

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