27話 極地鱗
鱗翅王トワとの邂逅したタマモ。
その胸中に複雑な想いを宿しながらも、タマモはトワとの友誼を交わした。
そんなタマモをじっと眺めていたのは焦炎王だった。
なにか言うわけでもなく、その目はタマモへの気遣いに満ちている。
そのことを隣にいた土轟王は気づいているものの、あえて口にはせず、やはり焦炎王のようにタマモを見つめていた。
そうしてふたりの竜王に見つめられていたタマモだったが、その視線に気づいたときにはふたりの竜王は穏やかに笑ってタマモを見つめていた。
タマモは「いつから見つめられていたんだろう」と思ったが、あえて気にしていないように振る舞う。ほんのわずかに頬を赤らめつつも。
「タマモさん、かわいいです」
タマモの頬に朱が差したのを見て、ユキナが目ざとく気づき、瞳を輝かせていた。その視線にタマモの頬により朱が差すものの、ユキナの目の輝きが止まることはない。……若干暴走気味ではあるが、某PKKのマスターのようにタマモが身の危険を感じるほどではなかった。
ただ、頬の熱が取れるまでは距離を取りたいなぁと思うタマモ。かといって、いまのユキナでは距離を取った分だけ追随してきそうである。
どうしたものかとタマモが悩んでいると、トワがその美しい紋様の翅を動かしながら、「ところで」とタマモに声を掛けてきた。
『タマモ様はなぜこちらに? まさか、わざわざ私に会いに来るためだけに、はるばるこちらまで来られたというわけではないでしょう?』
トワの疑問にタマモは「あ」と小さく漏らす。それはタマモだけではなく、土轟王とヨルムを除いた全員が同様に呟いた。
土轟王との出会いから始まっていろいろと衝撃が強すぎたため、すっかりと当初の予定を忘れていたのだ。
そもそも焦炎王の元に訪れたのだって、ユキナの装備を作製するために必要な素材を貰いに行ったからだ。そこからどういうわけか、土轟王の元へと向かうことになり、気づけば鱗翅王のトワと、かつての盟友であるクーの妹と出会うことになったのだ。
短い間で紆余曲折ありすぎると思うタマモたちだったが、「古塔」でクリムゾンホワイトタイガーとやり合ったときには、こうなることなど誰も予想できるはずがなかった。
とはいえ、流れに乗るがままだったタマモたちはともかく、タマモたちを土轟王と引き合わせた焦炎王まで当初の予定を忘れるのはいかがなものか。「焦炎王様まで忘れているのはどうなんですか」とぼそりとレンが呟いた。
すると、焦炎王は「なにか文句でも?」とレンに向かって微笑んだ。その微笑みにレンは小さく悲鳴を上げた。
そんなレンに「……なんで、あんたって、わざわざ藪を突っつくの?」と呆れるヒナギク。
いつも通りのやり取りを交わすふたりに、焦炎王は笑っていた。焦炎王の笑みを見て、土轟王はいくらか驚いたように、何度も瞬きをくり返している。それは土轟王だけではなく、ヨルムやトワも同じだった。トワに至っては、「まぁ」と声を出して驚いてもいた。
「トワさん? どうしたんですか?」
トワだけではなく、土轟王とヨルムも驚いているが、すぐ近くにいたのでトワに尋ねるタマモ。その問いかけにトワは「え? まぁ、そうですわね」と動揺を見せつつ、言葉を選びながら続けていく。
『焦炎王様は、お見かけしない間にずいぶんとお変わりになられたなぁと思いまして。以前とはまるで別人のようでしたので、不意を衝かれたと申しますか』
「焦炎王様は、以前からこういうお方でしたけど?」
『……タマモ様にはそうかもしれませんが、私にとっての焦炎王様は、炎を司る方とは思えない方でしたので』
「これ、鱗翅王。余計なことは」
「ははは、いいではありませんか、姐さん。事実、僕も以前お会いしたときとは、姐さんがまるで違うので驚いているところですし」
「そなたもか」
土轟王に窘められて絶句する焦炎王。焦炎王と土轟王のやり取りを聞きつつ、トワは苦笑いをしながら続けた。
『……私にとっての焦炎王様は、炎を司る方とは思えないと言いましたが、正確に言うと少々違うのですよ』
「どういうことでしょうか?」
『タマモ様にとって炎とはどういうものですか?』
「え? 炎、ですか? 熱いものですね。いろんなものを灰にできるほどの熱いものです」
『……そうですか。まぁ、一般的には炎とはそういうものですわね。ですが、以前の焦炎王様は同じ炎でもまるで違うお方でした。すべてを灰にできることは同じですが、そこに熱はありませんでした。淡々と目の前のすべてを燃やし尽くす。そんな冷徹な炎のような方でしたわ』
「こ、これ、鱗翅王。余計なことを」
「ははは、なにを恥ずかしがられておられるので? 実際、以前の姐さんはそういう方だったでしょうに」
「む、むぅ」
トワと土轟王の言葉に焦炎王は顔を赤らめながら沈黙を余儀なくされてしまう。
その様子はトワたちの言葉が事実だと言うかのようである。
タマモにとって、いや、タマモたちにとって焦炎王は、冷徹ではなく、情熱的というイメージだったため、かつての焦炎王の有り様といまの焦炎王はまるで別人のように感じらるという言葉は理解できるものだった。
とはいえ、納得できるというわけではない。そもそも、なぜそこまで大きく印象が変化しているのかがわからない。
タマモたちの疑問は視線に乗っていたのか、焦炎王の頬に少し前までのタマモのような朱が差していく。
というか、もうすでに頬どころか顔全体が真っ赤になっていた。
「姐さんがかわいいとか、解釈違いすぎない?」と土轟王が漏らしたが、その言葉に「うっさいわ、ちび助!」と焦炎王が吼えていた。
だが、焦炎王に吼えられても土轟王はかんらかんらと笑うだけだった。焦炎王は恨めしそうに唸っていたが、土轟王には相手されはしなかった。
「さて、それで? 姐さんに連れてこられた理由ってのなんだい? 我が弟子よ」
「えっと、ヨルムさんにお願いがありまして」
「私にですか? 我が主ではなく」
「ええ。その前にこちらを見ていただきたいのですが」
タマモはインベントリからフェニックスから貰った「とこしえの極炎毛」を取り出した。「極炎毛」を見てヨルムは「ほう?」とわずかに目を見開いた。
「へぇ? いいものを持っているんだね、我が弟子よ。ってことは、なるほど。ヨルムからも同じレベルの素材が欲しいってことだね?」
「はい、その通りです。どうでしょうか? ヨルムさん、土轟王様」
素材元であるヨルムはもちろん、その主である土轟王にも尋ねるタマモ。ヨルムが土轟王を見やる。土轟王は微笑みを浮かべて頷いた。その頷きを見て、ヨルムは「承知いたしました」と頷くやいなや、自身の髪を2本引き抜いた。引き抜かれた髪は見る間に二枚の土色の鱗へと変化した。
「こちらをどうぞ。タマモ殿」
二枚の鱗をヨルムはタマモにと手渡した。手渡された鱗を「ありがとうございます」と受け取りつつ、タマモは渡された鱗を早速「鑑定」した。
いにしえの極地鱗
レア度25
品質S
不滅なる蛇王の極めて良質な鱗。その偉大な大地の力はいまだ鱗の中に息づいている。
「極炎毛」同様のトンデモアイテムだった。
だが、これでどうにか素材は揃ったということになる。
タマモは改めて「ありがとうございました」とヨルムと土轟王に頭を下げる。
ふたりはそれぞれに「お気になさらずに」と「気にしなくていいよ」と笑っていた。
「これで素材は採取完了かの?」
焦炎王が言う。紆余曲折あったものの、どうにか素材は採取できたのだ。タマモは「はい」と頷くと、焦炎王は「そうか」と満足げに頷いた。
その笑みを見やりながら、土轟王たちが言っていた「かつての焦炎王」とはどういう人だったのかと気になったタマモだったが、当の本人に直接聞くのはなんとなく憚れた。
(折りをみて、フェニックスさんに聞いてみますかね)
事情を一番把握しているであろう、焦炎王の眷属の長を思い浮かべながら、手にある素材を見つめるタマモ。
かくしてタマモたちの新装備のための素材採取は無事に終わりを告げるのだった。




