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26話 鱗翅王の永友

 土轟王に案内されて、土轟王の居城内にある玉座へと向かったタマモたち。


 地中にあるとは思えないほどの美しい緑の園は、地中農場と言うべきほどに様々な農作物に溢れた場所だった。


 その途中でユキナ以外の「フィオーレ」の3人にとって後ろ髪が引かれる光景を見たものの、それでもタマモたちは土轟王の後を着いていった。そしていま──。


「ようこそ、我が弟子よ。ここが僕の玉座さ」


 ──土轟王の案内が終わりを告げた。タマモたちの前には、地中農場の中央に位置する巨木があった。巨木はまるで天を貫かんとばかりに雄々しく聳え立っている。その巨木の根元には古めかしい木製の玉座があった。


「あれが、お師匠様の玉座ですか?」


「あぁ、そうさ。珍しいかい?」


「はい。木製の玉座なんて聞いたことないので」


「まぁ、そうだろうねぇ」


 古めかしい玉座を前にして、タマモは素直に感想を告げると、土轟王はおかしそうに笑いながら頷いた。ただ、その目はほんのわずかに意地の悪そうな目で、もっと言えば、いまにも悪戯を仕掛けてきそうなほどにあくどい光を宿していた。


「……相変わらず、おまえの玉座は見事じゃのぅ」


 そんな土轟王を制するように、焦炎王が呟く。土轟王は「お褒めいただき光栄です」と一礼をするも、その目はタマモに向けていたのとは違い、若干つまらなさそうであるし、雄弁に「悪戯の邪魔をしないでくださいよ」と語っているが、当の焦炎王は一切気にすることなく、土轟王の悪戯をぶち壊した。


「どう見ても人工物にしか見えぬが、これが自然の物だとはな。何度見てもやはり信じられぬのぅ」


「ちょっと姐さん」


「自然の物って、あの玉座がですか?」


 焦炎王が漏らした一言に、タマモは目を見開いて驚いた。


 土轟王は肩を若干落とし、少しふて腐れたように「……そうだよ」と頷くと、自身の玉座についての話をし始める。


「一見すると、人工物に見えるだろう? だが、あれは実際にはあの木の根っこなのさ。複雑に絡み合ってできたもの。奇跡の産物とも言うべきかな? それを僕は玉座としているってことだよ」


 そう言って手招きしながら、土轟王は玉座へと向かっていく。その後を半信半疑で追いかけるタマモたち。ほどなくして土轟王の玉座のすぐそばにまでたどり着くと、土轟王の言葉が真実であったことが証明された。


「うわぁ、本当にこれ根っこだよ」


「……これが本当に自然物なんだ」


「信じられません」


 土轟王の玉座は遠目からでは古めかしい木製の玉座にしか見えなかった。しかし、近付いてみると、じっくりと観察できる距離にまで近付いて見てみると、焦炎王と土轟王の言う通り、人工物ではないことが、伐採した木で作られたのではないことがわかった。


 なにせ、すぐ目の前にある巨木と完全に同化していたのだ。


 ただ、それだけであれば、永い時間を掛けて巨木に玉座が取り込まれただけではとも思うが、それにはしては玉座のそれぞれの部位と部位につなぎ目が一切ないのだ。いや、そもそもつなぎ目自体が存在していない。それぞれの部位となっている根が複雑に絡み合い、それが結果的に玉座のような姿と化していた。


 土轟王が「奇跡の産物」と言ったのも理解できるものだった。


 その「奇跡の産物」たる玉座に「よっこらっしょ」と声を出しながら、土轟王がおもむろに腰掛けた。


 遠目からでは古めかしい木製の玉座だが、近くでじっくりと観察すると、複雑に絡み合ってできた「奇跡の産物」と言える巨木の根。そこに土轟王が腰掛けた瞬間、巨木の根は土轟王の玉座へと成り代わった。いや、土轟王の玉座として完成したという方が正しいだろうか。

 土轟王が腰掛けることで、巨木の根は土轟王の玉座として完全な姿を見せたのだ。その光景にタマモたちは言葉を失っていた。タマモたちの反応に土轟王はとても楽しげに笑っていた。そのとき。


「失礼いたします、我が君。鱗翅王殿をお連れいたしました」


 老執事のヨルムことロマンスグレーという言葉が非常に似合う姿に変化したヨルムンガルドが、タマモたちの後ろ髪を引かれさせた存在である一頭の巨大な蝶を、七色に光る鱗粉を撒く蝶を連れてきたのだ。


 その巨大な蝶の頭上にはいくつもの触覚があった。その触覚は遠目からでも王冠のように見えたが、近くから見ても王冠のようにしか見えないが、複数の触覚が絡み合って生じたものだった。


「……きれいです」


 目の前に現れた巨大な蝶を前にして、ユキナは感嘆の息を漏らす。ユキナの感想を聞き、当の巨大蝶の翅がやけに大きく揺れ動く。まるで喜んでいるかのようだと誰もが思った、そのとき。


『お褒めいただき光栄ですわ、妖狐族のお嬢さん』


 頭の中に声が響いた。それは誰かひとりではなく、その場にいた全員の頭の中で響いたのだ。それが念話と呼ばれるスキルであることを理解していたタマモたちはともかく、感嘆の息を漏らしたユキナにとってみれば、寝耳に水というべきか、非常に驚いたように、周辺を見渡すユキナ。そんなユキナに巨大蝶は一本の触角をゆらゆらと動かしていた。


『こっちよ、お嬢さん。あなたの目の前にいるでしょう?』


「え、目の前って、もしかして、蝶さんですか?」


『ええ、その蝶さんですよ』


「……蝶さんとお話できたんですか」


 声の主が目の前の巨大蝶であることに気づき、あんぐりと口を大きく開くユキナ。その目もまた口同様に大きく見開かれていた。ユキナの反応に巨大蝶は気をよくしたようで、ヨルムの背後からゆっくりと移動し、ユキナの側にたどり着くと、さきほど動かしていた触角をユキナへと伸ばしていく。


『挨拶がまだでしたね。初めまして、お嬢さん。私はエンシェントバタフライ。虫系の魔物の王の一角として謳われております』


「あ、ご丁寧にどうもです。ユキナと申します』


『ユキナさん。かわいらしいお名前ね』


「そ、そうですか?」


『ええ、見た目と同じくらいにかわいらしいですわ』


 ふふふと楽しそうに笑う巨大蝶ことエンシェントバタフライ。そんなエンシェントバタフライが伸ばした触角におずおずと触れるユキナ。エンシェントバタフライにとって、それは握手のようなものなのか、ふたりは軽い会話を交わしていた。


『さて、ご用命とのことでしたが、いかがなされまして、土の君?』


「僕からは特に用事はないよ、鱗翅王」


『あら? ですが、ヨルム様からは土の君からの呼び出しと伺いましたけど?』


「まぁ、呼び出しはしたよ? ただ、重ねて言うが、僕からの用事はない。むしろ、君の方に用事があるのだろう?」


 土轟王がエンシェントバタフライから視線を逸らし、タマモたちを見やる。その視線を追いエンシェントバタフライはタマモたちを、特にタマモを見つめていた。


 エンシェントバタフライの視線を浴びる前から、タマモの視線はエンシェントバタフライにと向けられていた。タマモの目尻には光るものが見えていた。同時に、悔恨の光がその目には宿っていた。


『……白金の狐様ですか。金毛の妖狐様でも久しくお見かけしておりませんでしたけど、さらに上位のお方とは。いったいどれほど振りでしょうか』


 タマモの視線を浴びても、エンシェントバタフライの様子は変わらない。だが、ユキナと握手を交わしていた触覚は、その感情を、揺れ動く感情を現すように頼りなさげにゆらゆらと揺れ動いていた。


「鱗翅王よ。そちらの白金の狐はゆえあって、そなたとは関わり合いがあってのぅ」


『あら、これは焦炎王陛下。お久しゅうございます』


「うむ、久しいな。で、話の続きじゃがな」


『……私と関わり合いがあるとのことでしたが、申し訳ありませんが、私の方からは特に思い当たる節がございませんの。ついいましがた申した通り、金毛の妖狐様でさえも久しくお見かけしておりませんでしたので。なので、そちらの白金の狐様とは今回が初対面であるはずです。……そうですわよね?』


「……ええ。貴女とは初めてお会いいたしました」


 エンシェントバタフライの言葉をタマモは頷いた。が、タマモの言葉にエンシェントバタフライは「私とはということは」と口にした。


『私以外のエンシェントバタフライないしエンシェントクロウラーとお会いしたことがあるということですね?』


「……はい。友人でした」


『……そう。その口振りと先ほどから私を見つめられている目を見る限り、その方はお亡くなりになられたのですね?』


「……少し前に、目の前で」


『……左様、ですか。あなた様からは懐かしい気配を感じておりましたから、久しぶりにお会いしたかったのですが、もう叶いません、か』


 エンシェントバタフライはタマモの言葉を受けて、悲しそうに翅をしおれさせる。その反応にタマモは「もしかして」と呟くと、エンシェントバタフライは頷くと──。


『おそらく、なのですがね。あなたのご友人であった方は、私の姉様です。産まれてすぐに別れてしまった姉と同一個体だと思われます』


「……クーの妹、さん?」


『クー? あぁ、姉様の呼び名ですの?』


「あ、はい。最初はただのクロウラーだと思っていたので、だから、その」


『あぁ、ならやはりその方は姉様ですわね。姉様はお人が悪くて、すぐにただのクロウラーの振りをしながら、相手の観察をなさいますから。それとその方は触覚の使い方が巧みではなくて?』


「え? そう、ですね。触覚をいろんな風に使っていました。器用だなぁと思うくらいには」


『あと、「きゅきゅきゅ」ってかわいらしく鳴かれませんでしたか?』


「はい、鳴いていました」


『そう、なら間違いありませんわ。その方は私の姉様です。あなた様を一目見たとき、姉様のお姿が見えたのです。「まさか」とは思いました。なにせ、別れてから千年は経っております。エンシェントクロウラーから進化できる個体などめったにおりません。仮にエンシェントクロウラーが千体いたとしても、進化できるのはそのうちの一体か二体程度ですから。私が進化できたのは奇跡でしかありません。姉様がご存命である可能性はないと思っておりました』


 エンシェントバタフライは、その大きな目から涙を零しはじめた。


 姉であるクーの生存はとっくに諦めていたのに、その姉が少し前まで生きていた。その事実がエンシェントバタフライの涙腺を刺激したのだろう。タマモはなんて声を掛けるべきかわからず、ただ「エンシェントバタフライさん」とだけ声を掛けた。すると、当のエンシェントバタフライは明かな涙声で笑った。


『お気になさらずに、白金の狐様。それとエンシェントバタフライでは呼びづらいでしょうから、姉様のように専用の呼び名で呼んでくださって構いませんよ』


「あるんですか?」


『いえ、ありません。ですが、姉様のご友人であるあなた様であれば、お好きにお呼びくださいまし』


「いいんですか?」


『ええ、もちろんですわ。白金の狐様』


「ありがとうございます。それとボクはタマモと申します」


『失礼いたしました、タマモ様。では、タマモ様のお好きなように私をお呼びくださいまし。あぁ、もちろん、後ろのおふたりとユキナさんも』


 エンシェントバタフライはタマモだけではなく、「フィオーレ」の面々であれば、タマモの付ける名前で呼ぶことを許可していた。


 だが、当のタマモにとってはかなりの難題を投げ掛けられたものである。


 なにせ、クーのときは、ただのクロウラーだからこそクーという安直な名前を付けたのだ。しかし、相手がただの巨大な蝶のモンスターではないことを知っているいまとなっては、安直な名前など付けられるわけがない。


 かといって、すぐに思いつく名前などもなく、どうしたものかと考えながら、頭を悩ませるタマモ。そんなタマモのように楽しそうに見守るエンシェントバタフライ。姉であるクーを「人が悪い」と言っていたが、タマモにとっては「大して変わらない」としか思えなかった。


(……たしかにクーの妹さんって感じですねぇ)


 種族は違えど、たしかな繋がりをタマモは感じ取った。


 となれば、余計に変な名前を付けることはできない。


 だが、いざ付けようにもどういう名前にすればいいのやら。


 タマモは腕を組み、思案していく。思案するのは「エンシェントバタフライ」という種族名から連想できる単語を足がかりにしていくという、一般的に「KJ法」と呼ばれる情報やアイディアを効率的に整理するための手法であった。


(……バタフライだと、変な方向にぶっ飛びそうですから。となると、エンシェントですか。古代、いにしえ、悠久……)


 ふむと頭の中で「エンシェント」から連想できる単語を頭の中で羅列していくタマモ。その間も当のエンシェントバタフライはもちろん、レンやヒナギクたちも、土轟王やヨルム、焦炎王様も固唾を呑んでそのときを待った。そしてそのときはついに訪れた。


「……じゃあ、トワさん、でいかかがですか? とこしえの時間を生きてきたからのトワさんで」


『……トワ。ふふふ、いい響きですね。気に入りましてよ。では、私は今後鱗翅王のトワと名乗りますわ。以後よしなに、タマモ様』


 エンシェントバタフライことトワはそう言うやいなや両方の翅をしなやかに揺らしていた。それはまるで淑女の行うカーテンシーのような優雅な振る舞いだった。


「ご丁寧にどうもです。ボクは白金の狐のタマモと申します。今後ともよろしくトワさん」


『ええ、こちらこそ』


 トワが触覚を伸ばし、その触覚にタマモが触れた、そのとき。



『おめでとうございます。鱗翅王トワとの友誼を結ぶことができました。「鱗翅王の盟友」がランクアップし、「鱗翅王の永友」を獲得いたしました。これにより特別スキル「瞬動」を自動獲得いたしました』



 またなにかしらのスキルを獲得してしまった。


 いったい、今度はどんなスキルだろうと思いつつも、タマモは「まぁ、後でいいか」と思いながら、新しく友人となったトワとの友誼を交わすのだった。

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