22話 闘眼
トロルからの素材収拾依頼を受けたタマモたち。
4人はひとつめの素材であるクリムゾンホワイトタイガーの毛皮を求めて、「紅き古塔」に赴き──。
「凍てつく大地」
──クリムゾンホワイトタイガー狩りを行っていた。
左右に展開するのが厳しいほどに狭い通路の「紅き古塔」の1階。「初見殺し」とも言われる「紅き古塔」において、最上階の大ボスであるクリムゾンリザードを除くと、ダンジョン内最強の地位にあるのがクリムゾンホワイトタイガーだった。
かつてはレンもガルドとバディを組んで討伐したモンスターだ。当然そのときとは別個体ではあるが、同じクリムゾンホワイトタイガーであるから一応の指針にすることはできた。そのため、レンは「古塔」に突入する前に、クリムゾンホワイトタイガーの戦闘方法と「古塔」内、特に1階の特徴をレクチャーしていた。
そうして十分に事前知識を持って、いまクリムゾンホワイトタイガーとの戦闘は行われているのだが、その戦闘は一方的と言っていい状況に陥っていた。
「古塔」突入直後に、レンにとっては前回の焼き直しかのように、突入して間もなくクリムゾンホワイトタイガーと遭遇したのだ。
ただ違うのは、クリムゾンホワイトタイガーの様子であった。
前回のクリムゾンホワイトタイガーと見た目はほぼ同じであったが、雰囲気が少々異なっていた。
前回のクリムゾンホワイトタイガーは、圧倒的な強者然としていた。それこそ驕りが見えるほどに。しかし、今回相対するクリムゾンホワイトタイガーも強者然とはしていたが、相対してすぐに襲いかかってくるわけではなく、じっとタマモたちを窺っていたのだ。
加えて、前回のクリムゾンホワイトタイガーは傷を負っていなかったが、今回のクリムゾンホワイトタイガーは体の至るところに傷があった。それこそ顔にまで爪の傷跡らしきものが刻まれていたのだ。
「進化したてって雰囲気じゃないな」
レンは前回相対したクリムゾンホワイトタイガーとは違うとはっきりと告げた。前回のクリムゾンホワイトタイガーは、いわゆる進化したばかりの若い個体。だが、今回の相手は種族は同じであれど、歴戦の強者であると認識したのだ。
厳しい戦いになるかもしれない。そうレンが覚悟を胸に秘めるも、歴戦の強者との戦闘はレンの想定を大幅に超える形でおかしな方向へと向かっていった。
というのも、レンが「ミカヅチ」を構えようとしたのと同時に、タマモが地面に手を突いたのだ。いきなりどうしたのだろうとレンが怪訝に思ってすぐに、タマモは魔法を詠唱していた。発動した魔法こそが「凍てつく大地」だった。
「凍てつく大地」の効果は、氷雪魔法の「凍える視線」と同じく、地面を凍結させるというとても単純なもの。そう、言葉だけを捉えれば「凍てつく大地」と「凍える視線」は同じ効果の魔法だった。
ただ同じ効果の魔法であっても、魔法の格が違っているとなれば、その効果もまた別物と化す。「凍える視線」でみ地面を凍結させることはできる。ただ、凍結させられるのはプレイヤーが指定する箇所でそれなりの速度でだ。
であれば、氷雪魔法の上位にして禁術に数えられる氷結魔法であればどうか。その答えは──。
「……え?」
「っ!?」
──瞬きするよりも早く、まさに刹那と言ってもいい速度でプレイヤーの前方すべての地面を凍結させる、であった。
歴戦の強者である今回のクリムゾンホワイトタイガーにとって、脚を止めて様子を窺うというのは、いままで彼が生きてきた日々において、痛みとともに学習してきたもの。
若い個体のように全能感に酔いしれるなんて時期は、すでに終えていた。だが、今回ばかりはその若い個体のように真っ先に飛びかかるというのが最良であった。
タマモの「凍てつく大地」の効果の余波をもろに受けてしまったのだ。それにより、彼の四肢は地面の凍結の余波を受けて凍結してしまい、その場から動くことができなくなってしまう。
三次元的な動きでの戦闘を得意とするクリムゾンホワイトタイガーにとって、四肢を封じられるということは、武器のすべてを奪われるということ。つまり今回の個体はタマモたちの様子を窺った時点で死に体となったのだ。豊富な戦闘経験が仇となったのだ。
それでも彼のクリムゾンホワイトタイガーは必死に抵抗しようと牙を剥く。討伐が確定しているとしても、強者としてのプライドが彼を突き動かしていた。
その姿はまさに「手負いの獣」であり、下手な手出しをするとかえって危険ではある。もう動くことさえも敵わなくともその眼光は鋭かった。
「……すごい」
ユキナがぽつりと漏らした言葉。それはタマモの魔法の効果によるものなのか、それとも死に体となってもなお鋭く睨み付けてくるクリムゾンホワイトタイガーの有り様によるものなのか。そうレンが思考していた、そのとき。
「……行ってきますね」
タマモが凍てついた地面を踏み締めるようにして、クリムゾンホワイトタイガーへと向かっていく。その背中は手出し無用と書かれているようだった。
「そうだね。任せるよ、タマちゃん。楽にしてあげて」
ヒナギクはタマモの言葉に真っ先に頷いた。「凍てつく大地」の効果時間がどれほどなのかはわからないが、仮に効果から解放されても凍結された体でまともな戦闘など行えるはずがない。
だからこそのヒナギクの言葉であった。その言葉にタマモは静かに頷く。レンもまた「そこまで追い込んだ責任だもんね」と頷いていた。多少、言葉に棘はあったが、それは同じ相手との遭遇戦だというのに、圧倒的と言っていいほどの差が生じていることに対してのものだったが、タマモはレンの言葉を受けても気にすることなく、「はい」とだけ頷き、クリムゾンホワイトタイガーの元へと向かい──。
「……介錯致します」
そう一言呟いてから、タマモは右腕に炎の刃を纏わせた。自身の命を終わらせる致死の刃の顕現に対して、クリムゾンホワイトタイガーはその表情に恐怖を浮かべることはしなかった。それまで牙を剥いて唸っていたのに、不意に唸るのをやめ、神妙な面持ちになったのだ。
それはまるで自分の最期を受け入れたかのように。自身を打倒する強者への賛辞でもあるかのように。鋭かった眼光はとても柔らかく穏やかなものへと変化していた。
タマモは伸ばしていた右腕をゆっくりと引き、同じようにゆっくりと動かし、クリムゾンホワイトタイガーの額を炎の刃によって貫いた。クリムゾンホワイトタイガーは目を見開いたものの、すぐにその目は閉ざされ、その体から力が抜けると同時にその体は一瞬で消えてなくなり、その場には毛皮をはじめとしたドロップアイテムだけが残された。
ドロップアイテムは前回とほぼ同じだった。目的であった毛皮も無事にドロップされていたのだが──。
「これは?」
──レンから聞いていた話にはなかったアイテムがその場に残されていたのだ。
それは紅く半透明な、まるで宝石のようなアイテムだった。
タマモはそれを手に取り、レンを見やるもレンは知らないとばかりに首を振っていた。「なんだろう」と思いながら、タマモがそれを鑑定すると──。
紅白虎の闘眼
レア度7
品質S
歴戦のクリムゾンホワイトタイガーからごく稀に入手できる瞳。その輝きはまるで宝石と見間違うほど。その輝きにより価値が非常に高い。一説には死してもなおその闘志が宿っているとも言われている。
──という鑑定結果になった。
宝石のようではあるが、実際はクリムゾンホワイトタイガーの瞳のようであった。
それも歴戦個体からのみ、ごく稀に入手できるという逸品。
「……これ、加工することできますかね?」
いきなり手に入ってしまったレアアイテムに対して、タマモはこれが加工できるものなのかが気になっていた。
「できるとすれば、トロルさんじゃなくて宝石関係の職人さんじゃないかな?」
「あー」
一般的に鍛治師が宝石を取り扱うことはない。できるとすれば、宝石職人くらい。となると真っ先に思い浮かんだのは宝石職人のアイナである。
現実でも嫌というほど顔を合わせる相手ではあるものの、別に嫌っているわけではない。むしろ良好な関係を築いている相手だが、いろいろと面倒な相手でもある。
「……まぁ、もう一個のアイテムを取ってからですかねぇ」
今回「古塔」に赴いたのはクリムゾンホワイトタイガーの毛皮を求めたため。その毛皮は手に入った。あとはもうひとつのアイテムである「とこしえの産毛」を手に入れるだけ。「闘眼」に関しては「産毛」を手に入れてトロルに預けてからでも十分だろう。
そう判断しながら、タマモは「じゃあ、産毛を貰いに行きましょう」と「古塔」の出口へと、仲間たちの元へと向かい歩いて行った。




