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16話 希う想い

「──八日目の試合はすべて終了いたしました。本日もご参加ありがとうございました」


 試合会場にアナウンスが響く。


 会場内はまだ熱気に包まれており、まだ観客たちは席から離れようとせずに、思い思いの感想を口にし合っていた。


 そんな熱気溢れる会場の中で、ユキナはひとりぼんやりと少し前まで試合が行わている舞台を見つめていた。


(……すごかったなぁ)


 ユキナにとってはいままでの予選の試合もすべて見応えがあるものだった。だが、今日行われた本戦は、予選とはまるでレベルが違っていた。


 予選の試合でさえも、ユキナにははるか高みにあるものばかりだったのに、本戦はそれ以上だった。


 しかも、その本戦にはユキナの友人や知人たちが参加しているのだ。


 ゲームを始めたばかりのユキナであって知人たちについては、大会が始まって知り合った人たちは前々から知っている。憧れのタマモと関わり合いがあったからこそではあったが。


 だからこそ、彼らの実力もそれなりに知っているつもりではあったのだ。


 しかし、そのそれなりがどれほどまでに浅いものだったのかを今日痛感させられた。


(バルドさんもガルドさんたちもすごかったです)


 バルドとガルドがそれぞれに率いる「フルメタルボディズ」と「ガルキーパー」の面々は、予選中の屋台で触れ合い、みな優しい人たちであることは知っていた。


 だが、試合中の雰囲気は、屋台のときとはまるで違っていた。


 バルドはどうにも不器用なイメージがあったが、五人のプレイヤーから総攻撃を受けていたというのに鉄壁の防御で一切ダメージを負わず、それどころか、五人のプレイヤーをたった一撃で戦闘不能に追いやった。その姿は不器用で弄られキャラなイメージのある姿とはまるで違い、歴戦の戦士という出で立ちだった。


 対してガルドたちは、屋台のときから完璧なチームワークを見せていたが、それは試合のときでも変わらなかった。お互いのやるべきことを完璧にやり抜きつつも、最後にはマスターでありエースであるガルドを活かしていた。そのやり取りは洗練された軍事行動のようであった。


 バルドもガルドたちもユキナが見知った姿と、試合中の姿はまるで違っていた。


 だが、一番違っていたのは、ほかならぬタマモであった。


(……試合中のタマモさんは、少しだけ、ほんの少しだけ怖かったです)


 ユキナが知るタマモは、いつも優しかった。


 それはゲームを始める前から、叔父であるデントから聞いた話や公式動画での姿を見ても明らかであり、実際にゲームで知り合っても「優しい人」という印象は変わらなかった。


 だが、唯一違っている部分もあった。


 ユキナが知り合ったときには、タマモはすでに陰を背負っていたのだ。


 優しい人であることは変わらなかった。


 そこは叔父の話通りだった。


 だが、時折見せる陰のある表情は、それまでユキナが見聞きしたものとはまるで違っていた。


 というよりも、ユキナにはなんでタマモが陰を背負うなんて想像もしていなかったのだ。


 どんな苦しいときでも笑顔を浮かべ、どれほど逆境に追い込まれようともその意思は折れない。ユキナにとってタマモは、物語のヒーローのように見えていた。


 だから、実際に会えたときは興奮した。


 憧れのヒーローに会えたのだ。興奮しないわけがない。


 実際のタマモは想像通りの人だった。想像通りの人だったのだけど、唯一思っていたとの違うのが、その陰だった。


 タマモを一言で言い表すと、初めて会うまでは「太陽のような人」というのがユキナの抱くタマモの印象だった。


 実際、タマモがいると不思議と場が明るく華やかになる。それはまさに世界を照らす太陽のようだった。でも、太陽も世界のすべてを照らすわけではない。照らす光が強ければ強いほど、影は生じるものだ。それはタマモとて変わらなかった。それがあの陰だということに、知り合ってから少ししてユキナは知った。その理由もまた。


(……アンリさん、ってどんな人だったんだろう)


 ユキナの知るタマモのそばにはアンリというNPCがいたそうだった。


 とても美人な妖狐の少女であり、ヒナギクやレンが言うにはお似合いだったそうだ。


 そのアンリはもういない。


 なんでも、「銀髪の魔王」と称されるアオイにキルされてしまったらしい。


 そのアオイというプレイヤーのことも、ユキナは知っている。クリスマスのイベントのときにタマモと比較的仲がよかったプレイヤーだったはずだ。そのアオイが凶刃を振るい、その犠牲になったのがアンリだったそうだ。


 それ以来、タマモは陰を背負うようになったらしい。


(アオイ、さんはどうしてそんなことをしたんでしょうか?)


 ユキナにはアオイの考えは理解できなかった。


 それはタマモの、いや、「フィオーレ」の試合が終わった後、タマモがアオイに宣戦布告をしたのを見ても変わらない。


 あのときのタマモは普段のタマモではなかった。


 ユキナの知る優しいタマモではなく、まるで別人のようだった。


 どうしてそうなったのか。その理由を知っているだけに、「なんで」とは言えないし、言う気もない。


 そもそも、ユキナはそんなことを言える立場じゃなかった。


 タマモにとってユキナは後輩であり、フレンドという程度の仲だ。あとはせいぜい雇用者と被雇用者というくらいで、深い関係を持っているというわけではない。はっきりと言えば、ただの友人知人でしかない。……ユキナにとっては悲しいことだけど。


(……わかっているのになぁ)


 胸が痛む。現実世界じゃないというのに、ひどく胸が痛く、苦しかった。


 最初、この痛みに襲われたとき、これがなんであるのかがわからなかった。


 もしかして悪い病気だろうかと怖くなって、仕事中だったが母に相談すると、母は一瞬唖然としたが、すぐにいつもよりも優しく笑って頭を撫でてくれた。


 その場には父もいたが、父は母とは違い愕然とした顔になっていた。まるで「この世の終わり」と言わんばかりの表情になり、その場に両手両膝を突いて項垂れていたのだ。そんな父を常連客たちが慰めていたのがとても印象的だった。


『雪菜。それは病気じゃないの』


 母が笑いながら教えてくれたのは、ユキナにとって想像もしていなかった答えだった。


『雪菜のそれは恋煩いっていうんだよ。つまり、雪菜はその人に恋しちゃっているの』


 母の言葉にユキナは唖然となった。母の言葉が信じられなかったのだ。


 だが、母は「間違いないと思うけどね」とウインクをしていた。


 その向こう側では常連客の奢りという形で酒を呷る父もいたのだが、それはそれである。


『弟妹たちの面倒を看てくれるしっかり者のお姉ちゃんで私らは助かっているけど、もっと自由にしてもいいんだよと前々から思っていたんだけどねぇ。そっかぁ。雪菜も恋しちゃったかぁ』


 母は嬉しそうに笑っていた。嬉しそうなのだけど、どこか寂しそうでもあった。その理由はいまもわかっていない。


『本当に、これが恋なの?』


 ユキナは母に尋ねた。母の言葉を初めて疑ってしまうほどに、母の言葉はユキナにとっては想定外すぎたのだ。まだ重大な病気というほうが納得できるほどだ。


 そんなユキナに母は言った。


『そうだねぇ。……その人のことを考えて、胸が痛くなったり、苦しくなったり、もしくは四六時中その人のことばかり考えていたりしたら、それは立派な恋だとお母さんは思うなぁ』


『……そう、なの?』


『うん。そういうもの。心当たりあるみたいね?』


『……うん』


『じゃあ、間違いないよ。……頑張りなさい、雪菜』


 母はそう言って深酒になりつつある父を止めに行ってしまった。


 残されたのはまだ自分の気持ちを信じられずにいた当時のユキナだけだった。


 あれから一ヶ月近くが経っていた。


 それでもまだユキナは自分が抱く気持ちを完全に納得はしていなかった。


 だが、完全に納得しているわけではないが、タマモへと抱く気持ちの正体は理解することができていた。


 あぁ、これが恋なのか、と。


 タマモの店で働くとき、いつも視界の端でタマモを捉えていたかった。


 ゲーム内でわからないことがあったら、真っ先に尋ねるのはいつもタマモだった。


 ログアウトしても、考えるのはいつもタマモのことばかり。


 ログインするときだって、「タマモさんに会える」と思うとテンションが上がってしまっていた。


 逆にログアウトするときは、「早く明日にならないかなぁ」とばかり考えてしまう。


 その一方で、タマモがエリセと仲良くしているのを見ると胸が騒いだ。


 ユキナにはしない態度でエリセに触れ合うのを見ると、チクチクと胸が痛んだ。


 普段笑顔のタマモが時折陰のある表情を浮かべるのを見ると、自分のことでもないのに悲しくなった。


 そしてそんなタマモをエリセが後ろから抱きしめるようにして包み込むのを見ると、息苦しくなった。


 それらが意味することはひとつしか思い浮かばなかった。


 母の言うとおりだと。タマモに恋をしているのだとしか思えなかった。


 だけど、どれほど希おうと、タマモがユキナを見てくれることはない。


 タマモの目に映っているのはユキナではないのだ。


 それがよりユキナの胸を痛ませてくれる。


 でも、どれほどに胸が痛くなろうと、苦しくなろうとも、胸に宿る気持ちが衰えることはなかった。


 むしろ、痛みと苦しみに比例して想いは大きくなっていく。


 だからこそだろうか。


 試合の後のタマモの姿は、怖く見えてしまったのだ。


 普段とはまるで違う、正反対のタマモ。


 それでもタマモはタマモだと思うのに、「怖い」と思ってしまった。


 情けないと思うけれど、自身の気持ちをごまかすことはできない。


 怖いと思いつつも、その一方でより一層胸の想いは燃えさかっていた。


(……あんなタマモさんはタマモさんらしくないもん。だから。だから、私が)


 らしからぬ姿のタマモを見て、もうあんな姿にさせたくないという想いが沸き起こった。それとともに「私が支えてあげればいいんだ」という想いもまた。


 そんな自分に驚きそうになるも、その想いが決して悪いものじゃないとユキナには思えていた。……あくまでもユキナとしては、だが。


「そろそろ帰ろうか」


 ヒナギクの声が聞こえる。


 その声とともに観戦していた全員が一斉に席を立つ。ユキナも慌てて席を立とうとした、そのとき。


「ほら、ユキナちゃん」


 すっと手が伸びてくる。その手の先には穏やかに笑うタマモがいた。


 その笑みに胸の奥からじんわりと温かくなるのを感じながら、ユキナはその手をそっと掴む。


「ありがとうございます、タマモさん」


「いえいえ、お気になさらずにですよ」


 タマモは笑う。その笑みにつられるようにユキナもまた笑みを浮かべる。


 今日の大会も終わり、次はまた明日になる。


 明日までタマモには会えない。


 それが残念に思えてならない。


 でも、それを口にする資格はまだない。


 だから、ユキナは自身の気持ちをぐっと抑え込んで、タマモの手を借りて立ち上がる。


(いつか、きっと)


 その言葉の先の光景を夢想しながら、ユキナは願う。


(いつか、きっと)


 その想いが成就するかどうかはわからない。


 それでも願わずにはいられない。


 胸に宿る想いが叶うことを希いながら、ユキナはタマモたちとともに会場を後にするのだった。


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