15話 立ち塞がりし壁
本戦初日の最終試合は、「ガルキーパー」の圧勝という形で終わりを告げた。
「フルメタルボディズ」の試合もそうだったが、圧勝する試合は大抵試合時間は短い。
だが、「ガルキーパー」の試合ほど短かかった試合はない。
それほどまでに「ガルキーパー」は圧勝していた。
だが、実力差がそれほどまでにあったのかと言われると、素直に頷くプレイヤーは多くなかった。
それはタマモたちも同じであった。
「うわぁ、ガルドさんたち、すごかったですね」
タマモたちとともに試合を観戦していたユキナは、「ガルキーパー」の試合を見て驚きを隠せずにいる。
そんなユキナにタマモは「そうですねぇ」と頷きながらも、補足を口にした。
「ただ、目で見たほど実力差があったわけじゃないですけどね」
「そうだね。ほぼ紙一重って感じかな?」
「まともにやっても多分勝てたとは思うけど、かなりギリギリの戦いになったかもね」
タマモの補足に対して、レンとヒナギクも頷いていた。
それは3人だけではなく、ともに観戦をしていた「フルメタルボディズ」と「紅華」の面々も同じである。
なお、「ザ・ジャスティス」の各チームとは分かれて観戦しているため、ナデシコたちの姿はない。ないのだが、時折タマモは背筋をびくんと震わせるため、どこかしからかナデシコの視線を感じ取っているようである。
もっとも、そのことを知らないプレイヤーは、タマモの体が震えている理由を武者震いと勘違いしてしまう者もいる。
そんな勘違いをさせながら、タマモはいまだ疑問顔を浮かべるユキナに対して、さらなる補足を口にする。
「ユキナちゃんの目から見たら、ガルドさんたちの方が圧倒的に強かったという風に見えましたよね?」
「はい。お相手の皆さんは簡単に負けちゃったなぁって思いました」
「簡単なぁ。あのカーマインがまるで雑魚扱いだなぁ」
「仕方がないってば。ガルドたち、かなり悪辣だったし。まぁ、ルール上はなんの問題もなかったけど」
ユキナの素直な感想に、バルドとローズは苦笑いを浮かべていた。
「赤髪のカーマイン」──。
「ガルキーパー」に敗れた「赤空」のリーダーであり、ベータテスト時で、「銀髪の悪魔」と称されたアオイに次ぐほどの高名なPKだった。
その高い実力も名を広しめた一因だが、PKの中でも柔らかな物腰であることもその名を広しめた理由である。
大抵のPKは野蛮とまではいかないが、若干性格に難があるプレイヤーも多い中、カーマインはとても柔らかな物腰かつ紳士的な態度を取る人物であった。
もっと言えば、PKの中でもかなりの人格者として扱われることの多いカーマイン。
そんな人格者なカーマインが、なぜPKとなったのか。
それは彼がいわゆるダークーヒーローが好きだということが理由である。
悪を以て悪を糺す。
まっとうな正義では糺せぬ悪もいる。そんな悪を糺すためには、自身も悪になる必要がある。ゆえに彼はPKとしてこのゲームに参加していた。まっとうな正義では糺せぬ者でさえも糺すために。
それはまさに彼が愛するダークヒーローそのもの。
そんなカーマインのあり方は、一般のプレイヤーの中でも一定数のファンが生じるほどだった。
そのファンの声を受けて、彼のダークヒーローっぷりはより加速し、PK界の良心ともPK界の人格者とも謳われているのが「赤髪のカーマイン」である。
そんなカーマインが率いる「赤空」は、言葉を失うほどの完敗を喫していたが、実際にはタマモたちが言うほど実力差が生じていたわけではない。
ガルドたち「ガルキーパー」との差はほぼない。せいぜいエースの活かし方に差があるくらいであり、それを踏まえれば、「ガルキーパー」と「赤空」は互角だった。
では、なぜその互角の両者が、ここまではっきりとした勝敗が着いてしまったのか。
それはバルドやローズの言う「悪辣」という言葉が理由である。
「悪辣ってどういうことですか?」
「ん~。さっきも言ったけど、ルール上は問題ないんだよ。ルール上では、試合開始前にバフを掛けちゃいけないってルールはないし、そのバフを重ね掛けしてもなんの問題ないの。そこまではいい?」
ユキナの疑問にヒナギクが答えた。
ヒナギクの説明にユキナは「はい」と頷いた。その頷きに対して「じゃ続きね」とヒナギクは続ける。
「ガルドさんたちは雑談をしている体で、キースさんが密かにバフを掛けていたんだよ。さっきも言ったけど、試合開始前にバフを掛けちゃいけないってルールはないの。だから、その行為自体に問題はない。ただ、その内容がなかなか極悪だったみたいだよ?」
「みたい?」
「詳しくは私にもわからなかったんだけど、タマちゃんが言うには、「あれは反則みたいなもの」だそうだよ」
「反則?」
ユキナが首を傾げながらタマモを見やる。タマモは笑いながら、説明を引き継いだ。
「キースさんが行っていたのは、透明化のバフだったんですよ」
「透明化? そんなバフあったんですか?」
タマモの説明にユキナはまたもや驚いた顔をしていた。その言葉に頷きながらも「まぁ、それだけじゃないんですけどね」と続ける。
「それだけじゃないってどういうことですか?」
「透明化だけじゃなく、キースさんは幻術も使っていたみたいですね」
「幻術?」
「ええ。透明化のバフを掛けていたら、すぐにわかりますけど、相手さんが気づけなかったのは、幻術のバフも同時に掛けていたからなんです。それからイースさんたちが移動して、相手の後ろを取れたところで試合が開始されたんですよ」
「それって、アリなんですか?」
「ん~。まぁ、アリと言えばアリだ。なにせルール上はどこにも試合開始時には全員が同じ場所にいないといけないなんてことは記載されていねえし、何度も言うけれど、試合開始前のバフを掛けたらアウトっていうことも記載されていねえ。ルール上、兄貴たちのしたことにはなんの問題もねえってことだよ。……まぁ、悪辣っちゃ悪辣なんだが」
バルドが笑っていた。
そんなバルドの背後に影が差した。
「なんだ?」とバルドが振り返ると、そこには「悪辣」と言われたガルドたちが立っており、全員がにやにやと笑いながらバルドを見やっていた。バルドの表情が見るからに凍り付く。
「悪辣ねぇ? 言ってくれるじゃあねぇか?」
「だなぁ。まぁ、ルール上問題はなかったはずなんだけどなぁ?」
「なぁ? なのに、悪辣ねぇ?」
「バルドも言うようになったもんだよなぁ?」
「本当、本当。最初に会ったときは「皆さんのファンなんです!」と言っていた、あの頃のバルドが懐かしいよなぁ?」
ガルドたちはそれぞれににやにやと笑いながら、バルドを見つめている。そんなガルドたちにバルドは「え、えっとですね」と顔を逸らしているが、ガルドたちはにやにやと笑うだけである。笑っているが、バルドに徐々に迫っていく様は、バルドにとっては悪夢以外の何者でもなかった。
「お疲れ様でした、ガルドさん」
劣勢なバルドに助け船を出すように、タマモがガルドたちに声を掛けた。
ガルドたちはその一言でようやく止まり、バルドはほっと一息を吐いているが、キースたちがその隙を衝いて、一斉にバルドに襲いかかり、バルドが声ならぬ悲鳴をあげた。
だが、そんな惨劇が起こる隣では、その光景が見えていないかのようにガルドとタマモのやり取りが行われていく。
「勝ってきたぜ、嬢ちゃん」
「ええ。見てましたよ。お見事です」
「いやいや、バルドの奴が言う通りに悪辣っちゃ悪辣だったしな。正々堂々という観点から見れば、嬢ちゃんのように真っ正面から ぶつかり合ったわけじゃねえ」
「それでも勝ちは勝ちですよ」
「まぁ、そりゃそうさな。相手が相手だったから必勝の策を使ったが、どうやら嬢ちゃんにはバレてたみたいだな? 焦炎王様から教えて貰った取っておきだったんだが」
ガルドは笑っている。笑っているがその目は鋭く細められていた。その目は獲物を見つめる狩人のようであった。その視線にタマモは生唾を飲んだが、すぐに不敵に笑った。その笑みはさも当然であるように「ええ、一目でわかりましたよ」と告げる。
実際のところ、タマモはキースが透明化のバフと幻術を同時に使ったというのは理解できた。ただ、それがどういう方法で行われたのかはわからない。そもそも、透明化のバフなんてものがあることをキースが使ったことで初めて知ったのだ。
ガルドの口振りからして取得方法は焦炎王からの手解きなのだろううが、その効果はあの透明化だけだとはとてもではないが思えない。だが、少なくとも透明化のバフと幻術を同時に、それも複数人数に対して掛けられるということはわかった。そしてそのコストがかなり高いということもまた。
魔術師であるキースがへたり込んだのは、一見ポーズのように見えた。だが、実際はポーズではなかったとしたら、キースの使ったバフ類はコストが非常に掛かるという可能性が高い。
考えてみれば、タマモの手札である「氷結魔法」はそのコストが高すぎるために早々放てるものではなかった。「氷結魔法」ほどではなかったとしても、キースのそれもコスト面が激悪であることは容易に覗えた。
ただ、その手札があの一連のバフだけとは思えない。あまりにもヒントがなさすぎるが、最大火力であろうキースが早々に戦線離脱させることはしないだろうから、あのバフ類を使うとすれば、ここぞという場面だけだろう。
(現状ではそれだけわかっていればいいかな)
今後ガルドたちが同じ戦法を使うとは限らない。
だが、もし使うとすれば、今度は丸裸にするつもりで観戦すればいいだけ。
ただ、それが見せ札である可能性も否めないわけなのだが。
どちらにしろ、今後を見据えての情報戦は早く始まっていることはたしかだった。
「楽しみですよ、ガルドさん」
「あぁ、こっちも楽しみだぜ」
主語を抜かしての会話だったが、それでもガルドには通じていた。
ガルドとタマモは笑っている。
だが、その笑みは獣同士が牙を剥き、威嚇し合っているかのようだった。
乗り越えなければならない壁は多い。
そのことを改めて自覚しつつも、タマモはその心に闘志を抱いた。
大切な笑顔を取り戻すためにも、決して負けられない。
タマモは決意を新たにしながら、大きな壁として立ち塞がるガルドとしばしの間笑い合うのだった。




