13話 意思を貫くために
更新の日付間違えていました←汗
なので、いまアップします←汗
「──「フルメタルボディズ」対「百刃」試合開始します」
アナウンスが響く。
それと同時に歓声もまた響いていた。
響き渡る歓声の中、「フルメタルボディズ」のマスターであるバルドは、対戦相手である「百刃」──剣士系の職業だけで構成された五人組のクランをじっと見つめていた。
「リーダー。どう動く?」
サブマスターであるロイドがバルドの意思を尋ねた。
具体的な戦術に関してはロイドが担当しているが、基本的なクランの方向性に関してはバルドの意思が優先されている。
それはどんなときでも同じだ。戦闘でも、日常でも、ロイドはバルドを立てるようにしていつも動いていた。
だから、今回もそれは同じだった。
ロイドとしては当たり前の行動を取っていた。
それはバルドも同じように答える。
「いつも通りで」
それがバルドのいつもの答え。
ロイドに全幅の信頼を置くからこその言葉。
マスターでありエースである自分を的確に使えという意思の表れであった。
だからこそ、ロイドはいつものように、それこそ通過儀礼というべきものをこなしたのだ。
あとはバルドがいつも通りに答えるだけで、対戦相手を見てロイドが最適解を導き出す。そんないつも通りの光景がこのときも行われるはずだった。
だが、バルドからの答えはロイドにとって想定外のものだった。
「……おまえらは下がっていてくれ」
「……は?」
バルドが発した答えは、ロイドにとって想定していなかったものだった。
その想定外の答えとともにバルドはゆっくりと「百刃」に向かっていく。
「お、おい、リーダー!?」
ロイドが叫ぶ中、バルドは斧を持つ右手を掲げるだけだった。その背中を見て、ロイドはバルドを止めるのをやめた。
「ロイド、いいのかよ?」
「……もう、なにを言っても無駄だよ。ああなったバルドはもうなにも聞かねえよ」
「……それもそうか」
ゆっくりと遠ざかっていくバルドの背中をロイドはただ見守っていた。
ロイドに見守れる中、バルドはひとり「百刃」たちの元へと向かっていく。
ずしんという重厚感溢れる一歩が、まるで地鳴りのような音の一歩が刻まれるたび、「百刃」は困惑を深めていく。
その困惑顔に対して、バルドは斧を肩に担ぐのみ。
その余裕溢れる態度に、「百刃」は少しずつ萎縮していった。
だが、バルドは構うことなく、舞台のちょうど中央に、当初から踏まえると彼我の距離は半分を過ぎたところで立ち止まった。
「……見合いじゃねえんだ。来いよ」
「百刃」に向かって、バルドは右手の人差し指を動かし挑発した。
その挑発に「百刃」は一瞬唖然とする。が、すぐに全員がその顔を歪めて一斉に駆け込んだ。
「バルド選手、「百刃」に向かって挑発だぁぁぁぁ! その挑発を受けて「百刃」が一斉に特攻! これはバルド選手危うしかぁぁぁ!?」
ノリノリの実況を聞きながら、バルドは左手の大盾を構える。と同時に「百刃」がちょうどバルドへと攻撃を仕掛けてくる。
裂帛の気合いとともに放たれる無数の斬撃。だが、それほどの斬撃を受けてもバルドはゆっくりと右手の斧をBTランクの斧を掲げていく。
「ば、バルド選手、「百刃」の猛攻を受けてもびくともしないぃ! 「百刃」の面々も徐々に焦りを浮かべているぅぅ!」
実況の通り、「百刃」は全力での攻撃を行っていた。それは猛攻という言葉が似合う通りにだ。もし、バルド以外のプレイヤー、たとえタンク系のプレイヤーであっても、五人の剣士系プレイヤーの猛攻を受ければ多少のダメージどころか、致命傷を負わされるだろう。
それほどの猛攻である。
だが、その猛攻を受けてもバルドの動きは止まらない。
バルドが掲げる斧は徐々に上がっていく。
「百刃」にとってそれは死の宣告同様のものだった。
「百刃」はこぞって攻撃を仕掛ける。
しかし、どれほど重い斬撃を放とうと、バルドの防御を崩すことはできない。
崩せぬまま、いたずらに時間だけが過ぎていき、そしてそのときは訪れた。
「……悪いな。もうちょっとマシに相手をしてやってもよかったんだが、あんなのを見せられちまったらさぁ、滾って仕方がねえんだよ!」
バルドは笑っていた。
牙を剥くようにして笑っている。
その笑みはまさに獰猛な獣のようなもの。
その獣の笑みに「百刃」のメンバー全員が萎縮し、攻撃の手が止まってしまう。その隙をバルドは見逃さなかった。
すでに掲げ終わった斧に左手を添えた。それまで要だった大盾を捨てて、右手だけで握っていた斧を両手で握りしめる。斧を頭上に掲げるのはバルドの奥の手である「天雷断」を放つモーション。
しかし、今回のバルドのそれは「天雷断」のそれとはわずかに異なっていた。「天雷断」は片手のみで行うのに対して、今回のバルドは両手で斧を握っている。いままでのバルドのスタイルは鉄壁の防御で耐え忍び、必殺の一撃を放つというものだった。そう、いままでであればだ。
いまのバルドはかつてのバルドとは異なっていた。基本的な部分は変わらない。鉄壁の防御と必殺の一撃というスタイルには変化はない。
では、なにが違うのか。それはただひとつ。必殺の一撃を放つ際、防御をかなぐり捨てて、捨て身の一撃を放つということだ。
それがバルドの得た新しい力。クラスチェンジを果たし、そして「師匠」との特訓を経て得た新しい力。それこそ──。
「さぁ、お披露目と行くぜ! 「轟雷断」!」
──特別スキル「天雷断」の進化した姿である「轟雷断」だった。
「天雷断」以上の威力と速度を誇る新しい奥の手。単純に片手から両手で放つだけ。モーションの変化はそれだけ。しかし、そのわずかが大きな違いとなり、「百刃」に襲いかかった。
「ぶ、舞台が!」
「う、うわぁぁぁぁ!」
「百刃」の悲鳴が響く。バルドの「轟雷断」は舞台どころか、その下の地面さえも完全に砕き、局所的な地割れを発生させてしまう。その余波にバルドを囲むようにして猛攻を仕掛けていた「百刃」は巻き込まれた。
「天雷断」のときでも周囲を巻き込むことはできた。舞台の表面を砕くことはできたが、あくまでも表面だけ。だが、「轟雷断」は表面どころか、その下の地面さえも砕き、局所的な地割れを発生させることはできなかった。
しかし、「轟雷断」は違っていた。「天雷断」を超える威力と速度は、局所的な地割れさえも誘発させてしまった。その地割れに飲み込まれた「百刃」が無事なわけがなく──。
「ば、バルド選手、一撃を以て「百刃」全員をノックアウトぉぉぉ! 「フルメタルボディズ」の圧勝です!」
──「フルメタルボディズ」の一回戦の突破が決まったのだった。
(あーあ、お披露目が早過ぎちまったなぁ)
一回戦の突破が決まってもバルドは喜んではいなかった。
むしろ、奥の手を早々に切ってしまったことに忸怩たる気持ちが沸き起こっていた。
(だが、いいか。あんなものを見せられちまったら、滾って仕方がねえし)
本来ならタマモたち「フィオーレ」とぶつかるまでは、隠し球としておきたかったが、予定を変更せざるをえないものを見てしまったのだ。
(……タマモちゃんにその気はねえってわかっているんだがな)
バルドをその気にさせた理由。それはタマモとアオイのやり取りを見てからだ。
あのとき、ふたりはまるでふたりだけの世界にいるかのようだった。
それこそ他者の介入など許されないような、そう、まるでふたり以外には誰もいないような、あの光景を見てバルドが思ったことは「ふざけんなよ」ということだった。
「勝手に自分たちだけで盛り上がるなっつーの」
あの瞬間、タマモの目にはアオイしか映っていなかった。ほかの対戦相手のことなど目もくれず、アオイだけを見つめていた。それがバルドには気に入らなかった。
タマモ自身、そんなつもりはないというのもわかっている。わかっているが、あのときバルドはタマモに「アオイ以外は問題ない相手だ」と言われたように思えたのだ。
たしかに、これまでのタマモとの戦績を踏まると、バルドは連戦連敗。負け越し続けている。そういう意味であれば格下扱いをされても仕方がないだろう。タマモ自身がそう思っていなかったとしても、だ。
「あれの味方なんざする気はねえけど、一足飛びで「魔王」のところに行くってのはダメだろうが」
バルドは観客席を見回す。そう都合よくとは思っていないが、それでも観客席をぐるりと見回していると、ついにその姿を見つけ、バルドはにやりと口元を歪め、手に持つ斧をすっと突き付けた。
「ラスボスの「魔王」と戦うってんなら、まずは中ボスを退けるっつーのが筋だろう? なぁ、勇者さん?」
観客席の一角に腰掛けていたタマモを見つめながら、バルドは宣戦布告を口にする。ちょうど大型モニターにバルドの様子がアップされていたこともあり、その言葉もきちんと拾われた。その言葉を聞き、視線の先にいたタマモは力強く頷いた。
「いいねぇ。それでこそだ。今回こそ勝たせて貰うぜ?」
バルドは笑う。
アオイの味方になんてなるつもりはない。
だが、それでもタマモの前に立ち塞がろうと決めていた。
タマモが憎いわけでもないし、嫌いというわけでもない。
バルドが立ち塞がるのは単純な理由。
それは意地によるもの。
タマモにとっては多くいるライバルのひとりでしかないだろう。
そんなことはバルド自身が一番わかっている。
だからこそ、だ。
ライバルであるからこそ、「格下」扱いなんてされたくないのだ。
だからこその意地。
その意地のために、バルドはタマモの前に立ち塞がる。
それがバルドの理由。
くだらないと言われるかもしれないけれど、バルドにとっては全身全霊を懸けられる理由でもあった。
「そのときを待っているぜ、勇者さんよ」
バルドは踵を返して、仲間たちの元へと戻っていく。
背中に熱の籠もった視線を感じながら、バルドは歩く。
褒められる理由ではないというのはわかっていても、それでも自分自身の意思を貫くために。
バルドからタマモへの宣戦布告はこうして行われたとともに、「フルメタルボディズ」のい二回戦進出は決定したのだった。




