4話 宿命の戦い
予選二日目──。
円形の闘技場の中央にある4つの舞台では、それぞれに死闘が行われていた。
特に顕著なのは、個人部門とクラン部門のエキスパート級である。ビギナー級も接戦が行われているものの、やはり迫力という面ではエキスパート級に及ぶことはない。
エキスパート級は前大会において、予選敗退したクランや前大会に参加はしなかった猛者たちによる血で血を洗うような激しい戦闘が行われている。ただ、その中でもやはり格が違うのは、常に暗闘を繰り広げているPKKたちの存在である。
現在個人部門でもエキスパート部門でも、そのPKKたちによる一方的な蹂躙が行われていた。
「オルタ選手完勝! 梨園四十朗選手もやはりなにもできませんでしたー!」
個人部門の予選では、前大会のクラン部門に出場していた「ヴェスペリア」は、マスターであるオルタを含めてほぼ全員が個人部門に参戦していた。
本大会では予選は個人部門もクラン部門でも3回戦まであり、そのすべてを連勝してようやく本戦参加の権利を得る。全大会ではクラン部門に参戦であったため、オルタは今回予選からの参戦となっているが、その活躍は著しく、予選参加者であるはずなのに、早くも優勝候補のひとりとして数えられていた。
まだ予選二日目、しかもオルタはこれが最初の試合でもあったのだが、同じ試合の参戦者だった4人のプレイヤーはすべてオルタの一撃で戦闘不能に追いやられた。戦闘時間は1分も掛かっておらず、まさに秒殺劇だった。
マスターであるオルタが個人部門に回ったことにより、同じく個人部門に参加している「ヴェスペリア」の面々もそれぞれに勝ち残ってはいるものの、オルタほどではないが快勝しているが、オルタの試合を見た後では、明かな実力差を感じさせられる。
同じPKKという枠組みでもそうなのだから、ほかの参加者とでは雲泥の差があった。その圧倒的実力により、前回優勝者であるテンゼンとオルタ。どちらが優勝するのかというトトカルチョが早くも行われているほどであり、個人部門のエキスパート級は予選だというのにすでに熱気に包まれていた。
「クルス選手のブレイドダンスが決まったー! 「疾風」予選1回戦突破です!」
時を同じくして、クラン部門のエキスパート級でも盛り上がりを見せている。前大会においてバルドスが率いる「聖剣」と予選から早々に当たってしまった双剣士のクルスの「疾風」は今大会は予選からの出場となるが、その実力は他のクランを圧倒していた。
対戦相手だった4つのクランの3つは早々に「疾風」の面々に蹂躙された。最後まで残っていたのは前大会でタマモたち「フィオーレ」とガルドの「ガルキーパー」ともぶつかった「爽騎士の集い」だったが、彼らは前回のレンにされたようにクレスひとりの手で蹂躙されることになってしまった。
なお、クルスが使ったブレイドダンスはソードダンスの上位武術であり、一瞬のうちに12連撃を放つというものだ。その12連撃により、「爽騎士の集い」たちは一瞬で瓦解し、最後に舞台に残ったのは「疾風」だけとなったのだ。
PKKたちの活躍はそれだけは止まらず、やはり前大会で予選落ちした「炎の絆」や「ブリザードヴォルフ」も圧勝していた。それでもクラン部門の熱気は個人部門ほどではない。その理由は単純にすでに優勝クランがわかっているからである。
前回同様に今大会でもクラン部門の優勝は「三空」で間違いない。それが観戦者ないし掲示板内の共通した認識である。そのためか、トトカルチョは現在「三空」のオッズはまさかの1・1倍というダントツのものだった。
そのためか、どれほど圧倒的な実力をPKKたちが見せたところで、クラン部門ほどの盛り上がりはなかった。半ばデキレースとも言うべき結果が待ち受けているのだから、盛り上がりに欠けるのも当然ではある。
とはいえ、それでも迫力あるエキスパート級であるため、それなりには盛り上がりを見せている。
そんな舞台とは別に現在「タマモの屋台」こと「タマモのごはんやさん出張店」は、とても沈痛な空気が流れていた。
「タマモお姉様、お味見をお願い致します」
「……さっきしましたけど?」
「いいえ、先ほどは先ほどです。先ほどのはたしかに上手くできましたが、今回もそうとは限りません。お客様にお出しするものに手など抜けるはずがありませぬ。なので、さぁ、どうかお味見を!」
出張店のキッチン内では、タマモにできたてのキャベベ板目を差し出す女性プレイヤーがいた。
曰く味見をして欲しいということだが、その味見はすでに何度も行われていた。ただ、女性プレイヤーの意見もわからないではない。ゲーム内とはいえ、お客に出す一品を味見しないというのは言語道断であり、オーナー兼料理長の立場にあるタマモに味見を願い出るというのも当然のことではある。
ただ、問題なのはそれを何度も行うということである。いくらタマモが料理長だからとはいえ、料理長によるチェックは一度で十分。あとは作り手本人の味見でいい、はずなのだ。
だが、その女性プレイヤーはキャベベ炒めを作り上げるたびに、タマモに味見を願い出ていた。最初の1回は当然だが、それでもその後の数回まではまだわかる。だが、それ以降は自分で行えばいいだけのこと。
タマモも途中から「あとはお任せしますね」と言っていたのだが、その言葉が彼女には聞こえなかったのか、はたまた都合よくそのときだけ難聴にでもなったのかは定かではないが、その後も注文が入り、彼女が仕上げるたびにタマモは味見をさせられ続けていた。
現在キッチン内には彼女以外の新しい援軍として、「聖剣」のマスターであるバルドスと「ブリザードヴォルフ」のマスターのアントンが参加してくれているが、その顔にはありありと「タマモさん、すみません」とはっきりと書かれていた。
それはふたりだけではなく、ほかの「聖剣」と「ブリザードヴォルフ」の面々だけではなく、臨時のホールチーフこと「炎の絆」のマスターことアレンも同じである。特にアレンの表情はかなり苦々しいものになっており、「本当にごめんなさい」と顔に書いてある。
だが、そんな謝罪を顔にありありと浮かべつつも、誰もが彼女の凶行を止められずにいる。その理由は実に単純なものである。それは彼女──ナデシコがPKKのトップであり、現在の最強のPKKであるからだ。
それゆえに誰もナデシコを止められないでいる。ナデシコと同じく「六星士」であるバルドス、アントン、アレンはもちろん、現時点でこの場にいないオルタとクルスもまたナデシコを止めることはできなかった。特にアレンは諸事情でナデシコに頭が上がらないため、余計に止められない。
なお、アレンの諸事情とはとても単純なもので、アレンはナデシコの実弟であるからだ。普段は聡明な実姉であるナデシコのあまりにも変わり果てた姿に、アレンは見て見ぬ振りをしている。というか、見て見ぬ振りをせざるをえないのだ。なにせナデシコのアレは現実世界でも同じなのだ。そのあまりのアレっぷりに両親が絶句するどころか、項垂れて涙を流すほどだった。
そんなナデシコの姿にアレンも一度は抑えるように言った。言ったが、その後のアレンに起きたことがなんであるのかは語るまでもない。そしてそれがトラウマとなり、アレンはナデシコのアレに対してなんのアクションも起こさないことを決めていた。
ただ、どんなにアクションを起こさないと言っても思うところはあるし、その対象者に対しての申し訳なさはどうしても抱いてしまうものだ。ゆえにアレンはほかの「六星士の面々以上に申し訳なさをその顔に浮かべているのだ。うちの愚姉が本当にごめんなさい。アレンの内心を言葉にするとすれば、そのような言葉となるだろう。
だからこそアレンは臨時のホールチーフとして誰よりも張り切っていた。ナデシコの暴走を止められない謝罪の意も込めて。
タマモとしてはそんなに張り切らないでいいから、この人止めてくださいと言いたいところだが、アレンの耳には届かない。いや届いているが、届いていたとしても、必ずしもそれを受け止めてくれるわけではないのだ。
それはほかの「六星士」も同じだ。同じキッチンスタッフであるバルドスやアントンも見て見ぬ振りをしていた。それはこの後援軍として参加予定であるクルスたちやオルタたちも同じことであろう。
事実上、PKKたちからの援軍は期待できない。いわば孤立無援とも言うべき状態にタマモは追いやられていた。だが、どんなときでも助けの手というものは差し伸べられるものだ。
「タマモさんはお忙しいので、私がしますね、あむ」
「あっ!」
タマモとナデシコの間に割り込むようにして、ユキナがタマモに差し出されていたキャベベ炒めを代わりに味見をした。それもとてもにこやかに笑いながらである。
そんなユキナの行動は想定外だったのか、ナデシコは一瞬呆けた顔をするも、すぐにその表情は苦々しいものへと変わった。
「……ユキナさん、でしたね? 私はタマモお姉様にお願いしていたのですが?」
「もぐもぐ。……ナデシコさんは憶えが悪いみたいですから、もう一度言いますが、タマモさんはお忙しいんです。ナデシコさんの味見ばっかりしていられないんですよ、わかりますか?」
「……ですが、お客様にお出しするものは責任者であるタマモお姉様が確認するべきかと思いますが?」
「それはそうですね。でも、そう何度も何度も行うことでもありません。タマモさんはさきほど「あとはお任せします」と仰っていました。それはつまりもうタマモさんが味見する必要はないということです。つまり、あとはナデシコさん自身がすればいいだけです」
「しかし、それでも念には念を入れるべきではありませんか? 粗末なものをお出してしまったら、お姉様のお店の評判が地に落ちることになります。それを避けるためには念には念を入れるのは当然のことでしょう? 小娘ちゃんは引っ込んでいなさい」
「その小娘でもわかるくらいに、タマモさんは忙しいんですよ? それがわからないんですか? 小娘でもわかるくらいのことを理解できない大人ってどうかと思います」
「……面白いことを抜かされますねぇ、この小娘ちゃんは」
「事実を言ったまでですよ? 行き遅れさん」
ニコニコと笑い合いながらノーガードの殴り合いを行い合うナデシコとユキナ。
そのふたりのやり取りにキッチン内のスタッフ全員は見て見ぬ振りを行っていた。ただひとりふたりの矢面に立っているタマモだけは、見て見ぬ振りなどできなかった。なにせ自分のことなのだから。
「あ、あの、ふたりとも、そろそろ」
「「そうですよね? タマモさん(お姉様)」」
「……えっと、あの、はい」
タマモはふたりを止めようとした。
だが、それはふたりが揃ってタマモに視線を送ったことで、タマモはなにも言うことはできなくなってしまった。
その後、ふたりは再び言いあいを始める。
現在、沈痛な雰囲気が出張店に漂っているのは、この女の戦いが行われ続けているがゆえである。
その女の戦いに挟まれるタマモは、心の中で「ダレカタスケテ」と叫んでいた。
だが、その叫びを誰も聞いてくれない。
事実上の孤立無援。
タマモは見えない涙を流しながら、延々と行われる女の戦いにと巻き込まれていくのだった。




