3話 プレゼントと遭遇←
「──ふぅ。いろいろとありがとうございます、ローズさん」
「んーん、気にしなくていいよ」
明日の仕込みを終えたタマモは、現在ローズとユキナを伴って買い出しをしていた。
買い出し先は、いつものアルトとは違い、闘技場内に特別出店しているという問屋で行った。
以前の武闘大会ではなかった問屋だったが、今回の武闘大会では大規模な問屋がいくつも軒を連ねており、そこの一角は完全に問屋街となっていた。その問屋街は野菜や肉などの材料はもちろん、油や塩などの調味料も揃っているうえに、なんと防具まで販売していた。
その防具は一式ものが大半で、中でも目玉となっていたのは、その名も「健闘者」シリーズというもの。兜と皮鎧、そしてレガースで一式となるもので、一式装備で「健闘者」のスキルを発動する。「健闘者」のスキルは常時HPとMP回復(微)の効果が付与される。ただ、スキルはなかなかであるが、防御力自体は一式装備で+20であり、序盤ではお世話になる程度の性能だ。
だが、ビギナー級の参戦者にとっては買い換えも見当するレベルの性能ではある。
もっとも、「健闘者」シリーズ一式では、いくらビギナー級でも最後まで勝ち残れるかどうかはかなり微妙なところではあるが、今後の冒険には役立つ装備であることはたしかだ。
だが、「健闘者」シリーズよりも高性能な「不死鳥」シリーズを装備しているタマモはもちろん、ローズも高性能の装備を身に付けているため、「健闘者」シリーズを見ても、食指が動くことはなかった。
ただ、ユキナは唸りながらも購入するかをだいぶ迷っていたようだった。
ユキナが身に付けているのは、かつてタマモが身に付けていた「姐さん印の巫女服」であり、その防御性能はお世辞でも高いとは言えない。むしろ、最序盤用の装備というところだ。
その最序盤装備でタマモは前回の武闘大会を駆け抜けた。それだけを聞くと、タマモは新手の縛りプレイをしているように感じられる。
実際のところは、タマモ自身もしたくて縛りプレイをしているわけではない。半ば強制的に縛りプレイをしているというだけのこと。
実際、いまだに縛りプレイとしか思えないプレイスタイルのままではあるが、どうにかこうにか最弱からは抜け出すことはできていた。
とはいえ、ステータスだけを見ると、エキスパート級の参戦者の中では最弱であろう。あくまでも素のステータスだけであればの話だが。タマモが取得した数々の称号の特殊効果により、戦闘時であればタマモのステータスはすべて30を超えてくるため、戦闘時であれば、タマモのステータスはエキスパート級でも上位に届く。
素のステータスと戦闘時のステータスにここまで差があるプレイヤーは、タマモ以外には早々見かけることはないだろう。タマモ自身どうしてこうなったのかなと思わなくもないが、これはこれで有用ではあるとも思っている。
そうして自分のことを振り返りながらも、タマモの視線は少し先へと向けられていた。そこには嬉しそうに飛び跳ねるユキナがいる。
現在のユキナは装備を一新していた。
「姐さん印の巫女服」から「健闘者」シリーズと同じく目玉である「支援者」シリーズという一式装備を身に付けている。「支援者」シリーズは頭装備枠であるピアスとブラウス、フレアスカートという女性専用装備だった。
その能力は「健闘者シリーズ」とは違い、バフ効果とデバフ効果上昇(微)となっており、治療師であるユキナにはある意味ぴったりの装備である。防御力も「健闘者」同様に一式で+20となっており、「姐さん印」よりも高性能なものだった。
「ユキナちゃん、嬉しそうだね」
「そうですね」
嬉しそうに飛び跳ねるユキナを見て、タマモとローズは揃って破顔していた。
ちなみに、「支援者」シリーズはユキナが買ったものではなく、タマモからのプレゼントである。
いままで頑張ってくれたお礼兼ボーナスとしてタマモは買ってあげたのだ。
だが、最初ユキナは遠慮していた。
というのも、「健闘者」シリーズ同様に目玉の防具であった「支援者」シリーズは一式購入で3万シルだったのだ。
3万シルは現在のユキナにとってはほぼ全財産であるため、購入にかなり迷っていたのだ。一式装備で発動するスキルや防御力を踏まえても序盤専用の装備であるものの、序盤向けと考えればその性能は破格と言ってもいい。それが3万シルと考えると十分にお値打ち価格ではあったのだ。
だが、どんなにお値打ち価格であってもほぼ全財産をぽんと放出することはユキナにはできず、散々に悩んだものの、最終的には諦めたところに、タマモが代わりに買ってあげたのである。
3万シルは始めたばかりのユキナにとっては高額であるものの、現在のタマモの貯蓄的には大した額ではなかった。ゆえに3万シルであってもぽんと捻出できた。
が、当のユキナは最初遠慮していた。しかし、そこをタマモがボーナスという形で押し切り、ユキナへのプレゼントにしたのだ。
そんなふたりのやり取りを隣で見ていたローズは常時にやにやと笑っていたものの、タマモはローズを見ることはしなかった。誤解されているなぁと思われていたのはわかっていたものの、それでもユキナの普段頑張ってくれていることへのご褒美と思えば当然のことだとタマモは思っていた。
だからこそ、遠慮していたユキナを押し切って「支援者」シリーズを買い与えたのだ。「健闘者」シリーズでもよかったが、ユキナには無骨な鎧よりも普段着でも通用しそうな「支援者」シリーズの方が似合っていたためである。
実際、「支援者」シリーズを身に付けたユキナは、非常にかわいらしかった。実年齢ではまだ小学生であるユキナがピアスを身に付けるというのは、少々問題があるような気はしたが、実際にピアサーで穴を開けたわけではないのだし、ゲーム内のことだからとあえて気にしないことにしたのだ。
実はというと、ユキナは値段もさることながら頭装備がピアスであることもネックとしていた。
が、タマモに「ゲーム内だからいいんじゃない?」と背を押されたため、少しだけ背伸びをすることにしたのである。
そうして「支援者」シリーズを身に付けたユキナは、ちょっと背伸びをしてオシャレをする女の子という出で立ちであり、その見目も相まって衆目を集めているが、いまのところナンパを仕掛けようとするチャラい系の男性プレイヤーはいない。
「しっかし、タマモちゃんもなかなかやるねぇ」
「ほえ?」
「ふたりっきりというのならともかく、私がいるというにも関わらずお嫁さんにプレゼントとか。憎いことをするねぇ」
にやにやと笑みを浮かべるローズ。そんなローズの言葉にタマモは「やっぱりかぁ」と改めてローズが勘違いしていることに苦笑いした。だが、その苦笑いをローズは照れ隠しだと曲解してしまった。それもまたなんとなく察したタマモは、頬を搔きながらもどう説明するべきかを考えながら、誤解を解くために「あのですね」と声を出した、そのときだった。
「あぁ。あぁ! やっと、やっと見つけましたよぉ!」
タマモは背筋が凍り付くような寒気を感じた。
その寒気はとても聞き覚えがあり、そしてできればもう二度と聞きたくない声によるものである。タマモは恐る恐ると声の聞こえた方を見遣ろうとした。
「げふっ!?」
「た、タマモちゃん!?」
「タマモさん!」
声の聞こえてきた方を見遣ろうとしたタマモだったが、それと同時にタマモは数メートル先まで吹っ飛んでしまった。声の主とともにである。
その声の主はタマモと絡み合いながら地面をゴロゴロと転がっていた。その際の声の主の表情を一言で言い現すとすれば、それは見事なほどのメス顔であった。これ以上のメス顔はそうはないのではないかと言いたくなるほどにメス顔であり、そして興奮しているのか、異様なほどに「(*´Д`)ハァハァ」としていた。
見た目は非常に整った美女。それこそ着物が似合いそうな大和撫子という言葉をこれでもかと体現しているような美女であるのにも関わらず、その目にははっきりとハートマークが浮かぶという完全なメスっぷりを見せつけてくれている。
その声の主の後方には彼女の仲間である5人の屈強な戦士たちがいるのだが、彼らは誰も彼もが顔を背けていた。その顔はいまにも「申し訳ありません」と揃って土下座をしかねないほどに苦渋に満ち満ちたものだった。
そんな仲間たちの苦渋さに気づくことなく、メス顔を晒しながらタマモに馬乗りになって、身に付けている弓道着にいまにも手を掛けそうになっている和服美女。その名はナデシコ。現在のPKKたちのリーダーかつ「ザジャスティス」のマスターその人だった。そのナデシコは口元を大きく歪ませながら、陶酔しきった笑みを浮かべると──。
「あぁ、あぁ! 一日千秋の想いでしたが、ようやく、ようっっやく! お会いできましたねぇ、タマモお姉様ぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
──腹の底からタマモへの想いをぶちまけたのであった。
こうしてタマモは過去のみずからへの所業の象徴ともいえるナデシコと再会を果たしてしまったのだった。




