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2話 初日が終わって

「──今日はありがとうございました」


 武闘大会の初日の試合すべてが終了した。同時に、全屋台の営業終了も意味していた。それはタマモの屋台も同じであった。


 三組の援軍のおかげで、どうにか初日は無事に営業終了することはできた。もし、援軍がいなかったらと思うと、タマモは背中に冷たい汗が流れ落ちるのを止めることはできなかった。


 だからこそのお礼として、まずは深々とお辞儀をしたのだ。すると、快活な笑い声が返事として飛んできた。


「なぁに、いいってことよ! 困ったときはお互い様ってな」


 がははは、と豪快に笑うのはガルド。彼が率いる「ガルキーパー」は前回大会で、予選敗退してしまったために、今大会では予選からの参加となった。その予選はまさかの第一試合からであったが、あっさりと快勝し、そのまま元々の援軍であった「紅華」と「フルメタルボディズ」の面々ととともに協力してくれた。


 しかも、「ガルキーパー」の援軍はほかの二組の協力よりも圧倒的なものだった。なにせ、全員が調理を得意としており、中でも随一の腕を誇るのがガルドだったのだ。特にガルドが得意とするのは揚げ物であり、その揚げ物においてはあのヒナギクでさえも「勝てる気がしない」と言わしめるほど。


 おかげで今回の揚げ物担当は満場一致でガルドということになった。ちなみにユキナはその補助を担当して貰っている。


 調理組の協力者はガルド以外には「紅華」からはヒガンとローズ、「フルメタルボディズ」からはサブリーダーであるロイドがそれぞれ参加してくれていたのだが、そこに「ガルキーパー」の面々が参戦してくれたため、一気に調理戦線は優位を持って行くことができた。


 とはいえ、さすがに「ガルキーパー」全員を調理担当に回すには、スペースの問題があったため、今回調理担当に回って貰ったのは、ガルドとパリスとイースの3人だった。キッカとキースの兄弟コンビは受け渡し組みに回って貰い、意外と不器用であったバルドやほかの面々のフォローもして貰ったのだ。そうしてどうにか初日の営業を終えることができたのだ


「いやぁ、さすがに見積もりが甘すぎました。皆さんに協力して貰わなかったらどうなっていたことやら。だからお礼は当然ですよ」


「まぁ、顔を見せに来ただけのつもりだったのに、がっつりと手伝うことになっちゃったもんねぇ。だってはっきりと「あ、これ、やばいなぁ」って思ったし」


「そうだな。俺でもさすがに「無謀すぎねぇかなぁ」と思うくらいだったんだ。手伝うのは当然だって」


 ガルドの返事を受けて、タマモは協力あってこそだったと告げると、その言葉にローズとバルドがそれぞれに思うところを素直に告げる。その言葉に「う」と言葉を詰まらせるタマモ。


 前大会のときはタマモとヒナギク、そしてアッシリアの3人でどうにか回していたので、今回もタマモとヒナギク、ニューフェイスであるユキナの3人でどうにか回せるだろうと高を括っていたのだ。


 しかし蓋を開ければ、援軍が居なければ確実に破綻していたと言い切れる状況にあっという間に追い込まれたのだ。ふたりの言葉にタマモが声を詰まらせるのも当然だった。


「……見通しが甘すぎましたね」


「うん。前回を基準にしていたから、まさかここまでになるなんて思わなかったよ」


「新メニュー効果、とは言い切れないよね。ネームバリューかなぁ」


「……たぶん、そうだと思います」


 ローズとバルドの言葉に、揃って肩を落とす「フィオーレ」の面々。屋台は今回初参戦であるユキナも交えて、思い思いに感想を告げ合っていく。


 ヒナギクの言うとおり、タマモは前回大会の屋台の繁盛具合を元に想定していたのだが、その想定を大幅に超えることになるとは考えていなかったのである。


 想定超えをしたのは、レンの言うとおりのネームバリューによるもの。前回大会時はまだ名前がそこまで知れていなかったことに加えて、予選の二日間だけの営業だったからこそ、調理組は3人で十分であり、受け渡しや会計もレンひとりで難なく捌くことができた。


 しかし、それが想定を低く見積もることになった原因だった。もっと言えば、二日間だけだったというのがなによりもの問題であったのだ。


 実を言うと、三日目の本戦当日、当時は一部の掲示板で騒動が起きていたのだ。それは初日と二日目で売り上げトップをかっさらっていた新進気鋭の屋台がなくなってしまったことへの悲嘆ゆえのものだった。


 その新進気鋭の屋台こそがタマモの屋台だった。


 それは当時の混雑具合を見て、「明日でもいいか」とあえて列に並ばなかったプレイヤーや実食してその味の虜になり、「また食べよう」と思っていたプレイヤーたちにとっては「二日間限定」だったというまさかの事実に打ちのめされたがゆえの悲嘆であった。


 その悲嘆は攻略最前線にいるようなトッププレイヤーたちの間でも広がっていた。中には「なんで武闘大会に参戦していたんだろう」や「どうしてあのとき「明日でもいいか」なんてバカなことを考えたんだ!」などの悲嘆溢れるコメントでスレッドがひとつ消費されることになった。


 それゆえに実店舗である「タマモのごはんやさん」を開くまで、「タマモの屋台」は伝説の屋台として担ぎ上げられるまでに至ってしまったのだ。メニューがキャベベ炒めひとつだけにも関わらずだ。


 そのことを当然タマモたちは知る由もなかったし、店舗を開いたとはいえ、所在地ははじまりの街である「アルト」のみ。攻略最前線にいるトッププレイヤーたちがわざわざ「アルト」に飯を食べに行くという選択肢を取るわけもない。


 なにせ「タマモのごはんやさん」ないし「タマモの屋台」のメニューにはバフ効果はひとつもないのだ。ただ美味しいだけ。その「ただ美味しい」食事のためだけにはじまりの街まで戻るという選択肢を攻略組ほど取りづらかったのだ。


 よって、攻略組の中では「タマモの屋台」ないし「タマモのごはんやさん」の存在はプレミアレベルになっていた。


 そこに1週間限定とはいえ、今大会において「タマモのごはんやさん出張店」が営業するとなれば、くすぶり続けていた攻略組がどういう反応を示すのかなんて、火を見るよりも明らかである。


 それはトッププレイヤーの一角であるローズとバルド、そしてガルドたちにとってははっきりと理解できてしまった。それゆえに彼らないし彼女たちにとって手伝わないという選択肢は存在しなかったのである。


 それはタマモの人柄というのもあるが、なによりも彼ら彼女らにとっては最大の標的であるタマモにこの程度のことで潰れて貰うわけにはいかないという理由からだ。とはいえ、一番の理由は三組の面々全員がタマモたち「フィオーレ」を好んでいるからこそだ。


 好ましい「フィオーレ」の面々が、ほぼ確実に対応に苦慮することになるのがわかっていて、黙ってみていることはできなかった。それが「紅華」、「フルメタルボディズ」、そして「ガルキーパー」の面々が援軍として参戦した最大の理由であった。


 そしてそれは今後も同じであるというのは三組全員の共通した気持ちだった。


「……とにかくです。今日は本当にありがとうございました。明日は──」


「おう、明日は何時から入ればいいんだ? 俺らは三日目まで試合ねえからな」


「……ほえ?」


「明日は、明日こそは完璧な袋詰めを」


「とりあえず、うちのところとバルドのところは1週間全部大丈夫だから」


 明日は大丈夫なはずですので、と締めようとしていたタマモ。そんなタマモにとって三組からの言葉は想定外なものだった。


「え、えっと、明日も手伝ってくださるんですか?」


「あん? 当たり前だろう? なぁ、バルドにローズ?」


「え? あ、あぁ! 今日は情けないところを見せちまったが、明日こそは完璧な仕事ぶりを」


「え? 今日も、じゃないの、バルド?」


「な!? なんてことを言うんだよ、ローズの姉貴ぃ!」


「だって、事実じゃん? ねぇ、ガルド?」


「違ぇねえなぁ」


「あ、兄貴もかよぉぉぉぉぉっ!?」


 バルドの絶叫が響く。あまりにもあんまりすぎるバルドの扱いだが、ローズもガルドも、そしてほかの面々もその表情は穏やかなものだった。その穏やかなやり取りにタマモは頬を綻ばせる。それはヒナギクもレンも、そして新人のユキナもまた同じだった。


 その日タマモの屋台に参戦した全員が笑顔を浮かべる。ほかの屋台では明日の仕込みや買い出しなどに勤しむ中、その一帯だけが笑い声に満ちている。その様子を、近くで屋台を営んでいたひとりのプレイヤーが見つめていた。


 そのプレイヤーは糸目で厳つい顔をした、ねじりはちまきに割烹着を身に付けた「おやっさん」というプレイヤーである。


 前回大会において、初日、二日目はトップの座を譲りはしたが、それ以降はすべてトップの売り上げをたたき出した「もつ煮込み屋」という屋台を経営する料理人のプレイヤーだ。


「……ふむ。大丈夫そうだな」


 おやっさんは、タマモの屋台をじっと見遣りながら、わずかに口元を綻ばせた。「もつ煮込み屋」はその名の通りもつ煮込みの専門屋台であり、その味に惚れ込むプレイヤーは「ガルキーパー」のガルドを含めて数多くいる。


 中には厳つい見た目で寡黙なおやっさんの姿に「これこそがハードボイルド」と別の意味で惚れ込むプレイヤーも多くいる。


 だが、おやっさんに惚れ込むプレイヤーたちはもちろん、おやっさんの料理人仲間たちさえも知る由ないことではあるが、実のところおやっさんは別の名前で非常に有名なプレイヤーでもあるのだ。


 その名を掲示板界隈で知らぬ者などいないと言っても過言ではない。それほどに有名すぎる名前。その名は──。


「……狐ちゃん、元気そうですぜ、姐さん、と」


 ──通りすがりの流れ板。


 そう、凄惨板とも噂される生産職による生産職のためのスレッドの住人のひとりであり、一部では生産職三大アレの一角と噂される「通りすがりの流れ板」の正体こそがおやっさんであった。


 もし、この事実をガルドを始めとしたおやっさんに惚れ込むプレイヤーたちが知れば、誰もが衝撃を受けることであろう。それほどに掲示板内と実態のおやっさんとでは乖離が激しすぎた。


 当のおやっさんにしてみれば、隠しているつもりはないのだが、普段の姿と掲示板内のはっちゃけぶりがあまりにも乖離しており、同一人物だというのに、同一人物だと信じる者は誰もいないのだ。


 実際、おやっさんは自身で「自分が通りすがりの流れ板」だと言っているのだが、誰もが新手のジョークだとしか捉えていないため、誰も信じていない。中には「おやっさん、誰かを庇っているのか」という謎の発想に至る者までいる始末である。


 そしてこのときもおやっさんは掲示板への書き込みをわざわざ口にしているのだが、やはりその内容を聞いても「誰かに無理矢理言わされているんだ」という謎の発想に至られてしまっていた。


 おやっさんとしては、「これで少しは信憑性が出てくれるだろう」と思っているのだが、その日が来ることはまだまだ遠い。


 そんなおやっさんだが、書き込みを続けながらも、その目は狐ちゃんことタマモへと向けられている。その目はとても穏やかで優しげであり、おやっさんの見目を踏まえるとまるで「遅くにできた娘を影から見守る父親のようだった」という肯定的に捉えれていた。


 だが、実際は「相変わらず萌えの塊みたい子だなぁ。(*´Д`)ハァハァ」という若干、大いにまずいことを考えているのだが、そのことを知る者は誰もいなかった。


 ただ、おやっさんの名誉のために言うが、「(*´Д`)ハァハァ」はたしかにしているものの、大部分ではタマモを心配しているのだ。そのことだけはたしかである。ただ単に心配しつつも、「(*´Д`)ハァハァ」しているだけということ。そしてそれが寡黙かつ厳つい顔立ちであるからこそわかりづらすぎるだけなのだ。


 実態は通りすがりのファーマーことデントと大差ない。だが、デントとの一番の違いは古き良き日本男児を象徴するような見た目により、そのアレっぷりが非常にわかりづらくなってしまっていることなのだ。


 もし、この場にデントがいれば、「おまえばっかりぃぃぃ」と歯ぎしりをしていることだろう。


 だが、現実としてはデントは諸事情により本日は欠席であるため、おやっさんへの嫉妬を見せることはなかった。


 そしてそれはおやっさんがみずからタマモに「通りすがりの流れ板」であることを告げなかったということもである。


「まぁ、まだ時間はあるしな」


 そう言って、おやっさんは掲示板への書き込みを続けながら、明日以降の仕込みを続ける。


 仕込みを続けながらも、口元がわずかに緩むも、その見た目ゆえにその内心がどのようなものなのかは誰にも気づかれることはなかった。気づかれることもないまま、おやっさんは掲示板への書き込みと明日の仕込みに勤しんでいった。

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