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1話 出張店

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 丸い舞台だった。


 正確には土がむき出しになった中央は円形状になっていた。


 その円形の中央には正方形で象られた舞台がある。


 その舞台の上にはひとりの女性が立っていた。


 燕尾服を身に付けた男装の麗人とも言うべき女性。


 その女性の姿を見て、観客席からは黄色い声援が沸き上がっていた。


 その女性の名前はエル。


「EKO」のプロデューサーだった。


 そのプロデューサーはよく通る声で、四方にある観客席へ向けての演説をしていた。


 内容は、お決まりの感謝から始まり、前回の大会の反響について。それから今回の大会についての諸説明をしてから今回の武闘大会への大きな期待をしているという言葉で締めくくると、彼女は両腕を広げて、高々に宣言した。


「──これより第二回武闘大会の開催を宣言します」


 その宣言とともに会場の熱気は一気に最高潮へと達した。


 それは伝説の始まりを告げる宣言。いわば伝説の序曲であったが、そのことをこのとき誰もが知る由もない。


 そうして武闘大会は始まりを告げた。


 最初に行われるのは、各部門の予選だった。それもビギナークラスとエキスパートクラスをひとまとめに行われることになった。


 それまで大きな正方形の舞台がひとつだけだったのが、エルプロデューサーが舞台から降りるとすぐに、舞台は4つに別れたのだ。


 これにより、すべての予選が同時に行えることになった。


 その分、ひとつひとつの試合に集中するのは難しいことになってしまったものの、同時に4つの試合が楽しめることでもあった。さすがに四倍楽しめるというわけではいが、迫力自体は四倍であるため、観客席のプレイヤーたちは大いに楽しむことになっていた。


 そんな観客席の傍らにタマモたちはいた。


 正確には観客席の上部にある屋台スペースにいた。


 そしてそこは現在試合中ではないが、別の意味では戦場と化していた。


「14番さんの分、上がりですよ!」 


「14番の番号札の方、調理が終了しましたので、受け取りにどうぞー」


「オーダー入りました! フライドポテテが10個です! 番号は20番になります!」


「オーダー確認です! ユキナちゃん、お願いしますね!」


「承知しました!」


 現在屋台スペースでは「タマモの屋台」改め「タマモのごはんやさん出張店」には行列ができていた。


 その行列は数ある屋台の中でもトップのものだった。


 前回の武闘大会においても、初日と二日目における売り上げトップという記録を打ち立てた伝説の屋台が、再び開店したとあれば、前回大会においてその味に魅了された客はもちろん、「タマモのごはんやさん」の常連客たちもまた挙って訪れていた。


 なお、今回の出張店における最初のお客さんは、「タマモのごはんやさん」においても最初のお客さんであったレンのファンという女性プレイヤーの3人だった。彼女たち曰く、「真のファンとはなにをおいても真っ先に駆けつけるものです」ということだった。


 もっとも駆けつけたところで、今回の出張店におけるメニューは「ごはんやさん」と大して違いはない。


 せいぜい、食べ歩きができるようにと開発していた、潰したポテテと米粉を混ぜたものを串に刺して揚げた「揚げ餅棒」と米粉で作った「みたらし団子」を新規に用意した程度であり、「ごはんやさん」であれば、いつでも食べられるもの用意していなかった。


 だが、その新規で用意したふたつが、現在爆売れ中であった。値段は揃って150シル。「揚げ餅棒」は串とすれば格安で、「みたらし団子」は団子として見たら割高ではある。だが、そのふたつのメニューが現在売れに売れていた。


 というのも件の女性プレイヤー3人組がその場で食べて「美味しい」と絶賛してしまったがゆえにだ。


 前回大会でも「タマモの屋台」の味は抜群であったし、それは現在休業中ではあるものの、「タマモのごはんやさん」でも同じである。ゆえに今回の出張店においても、味の保証はほぼなされたというもの。


 そこに件の女性プレイヤー3人組の絶賛が、文字通り鶴の一声となったのである。


 結果、メインであるキャベベ炒めとその添え物であるフライドポテテよりもはるかに売れていた。


 もともと「揚げ餅棒」も「みたらし団子」も「出てもせいぜいこれくらいだろう」という予測で100本ずつ用意していた。


 しかし、その予測はいい意味で裏切られ、現在タマモはそのふたつの補充に大忙しである。

 もともと武闘大会というお祭り中でもあるため、念には念をと補充用の材料は用意してあった。


 だが、その補充用の材料もそろそろ底が見えてきた。


 タマモとしては「まさか初日でこうなるとは」と想定外な状況だった。


 念のために、それぞれの補充用の材料は1週間分を目安に用意していた。その1週間分の材料が底を尽きかけていた。それも初日の開始数時間ほどでだった。


 もっとも補充用とはいえ、そこまで売り上げが見込めないとしていたふたつの新メニューだから、その材料自体大した量ではない。それぞれ100本作れる分量を1週間分用意していたのだが、その1週間分が真っ先になくなりそうになっているという現状に、タマモは戦慄を憶えていた。


(いったい、どれだけの分量用意すればいいんですかね、これ?)


 タマモたち「フィオーレ」の出番は1週間後の、予選終了後からである。


 今回の武闘大会は部門の中でもクラスも分けられているため、試合数自体が膨大なものになっていた。


 そのため、予選だけでも1週間は掛かってしまう。


「出張店」の営業は予選だけと決めているため、用意した材料は1週間分のみだったのだ。


 タマモたちのシードナンバーは36。33番以降はすべて本戦1回戦からの参加となるため、試合までは1週間ある。その1週間を有意義に過ごすためにも「出張店」の営業を決めたはいいいが、その初日からいい意味でのハプニングが起こるとは予想していなかったのだ。


 タマモのスキルである「先見の邪眼」は戦闘用のスキルであるため、今回のような非戦闘時における突発的ハプニングの対処はできないため、今回のような事態に関しては無力である。


(うぅ、材料は補充ができるからいいですけど、できなかったから恐ろしいことになっていたのですよ)


 前回大会と違うのは、途中で材料の補充が可能ということ。


 前回大会は「闘技場」内から出ることはできなかったが、今回大会は1ヶ月間行われる。さすがに時間加速をしようにも1ヶ月は現行技術では不可能だったため、ゲーム内時間で1ヶ月間行われることになったのだ。


 そして1ヶ月間、「闘技場」内から出られないというのは、さすがに問題だったため、今回大会からは参加者、観戦者問わずに「闘技場」内外への出入りは自由となっていた。ただし、参加者は試合時間までに「闘技場」に現れないと問答無用の失格となってしまうともエルプロデューサーからは改めて説明されていた。


 タマモが1週間限定で営業を決めたのもそれが理由である。


 もし試合開始時間までに行列が途切れなかったら、問答無用で失格となり、「フィオーレ」全員のあの1ヶ月の特訓が無意味と化してしまう。


 ゆえに営業は1週間限定である。


 その限定の初日にハプニングが発生してしまった。偶然か必然かは判断できないが、いまのところそのことを考えている余裕さえタマモにはなかった。


 現在キッチン内と会計ないし受け渡し担当それぞれに「援軍」が三組いるため、どうにかこなせている。ただ、そのうち一組は先ほど試合を快勝してきたばかりなのだが、快く引き受けてくれたため、どうにか行列を捌くことはできていた。


「タマモちゃん、キャベベ炒め、あがったよ!」


「ありがとうございます、ヒガンさん。そのままサクラさんに渡してください」


「了解! サクラ、これ、えっと16番さんのだから、お願いね!」


「うん、リップ姉!」


 オーダー表を一瞥してから受け渡し担当のひとりであるサクラにとキャベベ炒めを渡すヒガン。ヒガンから渡されたキャベベ炒めを受け取り、サクラは大きな声で「16番の番号札の方」と叫んでいた。


 そこに今度は揚げ餅棒の調理中だったガルドが言う。


「タマモの嬢ちゃん、揚げ餅棒10本できたぜ!」


「ありがとうございます、ガルドさん。じゃあ、それをバルドさんに」


「おうよ! おい、バルド、揚げたて10本だ。さっさと包んでくんな」


「ちょっと待ってくれ、兄貴。まだみたらし団子が」


「はぁ!? それ、もう5分前のやつだろうが! おまえ、なにしていたんだよ!?」


「し、仕方ねぇだろ!? こんなことしたことねぇんだから!」


「言い訳してんじゃねぇ! 仕方ねえ奴だなぁ。おーい、キッカ、こいつにもう一度包み方教えてやってくれや」


「あいよ。よぉく見とけよ、バルド」


「す、すんません、キッカの兄貴」


「なぁに、気にすんな。こういうのは経験が物を言うのさ」


「ってわけで、キース。おまえは揚げ餅棒な?」


「はいはい、仕方ねえな」


 ヒガンとサクラのようなスムーズな受け渡しとは違い、バルドとガルド間では、どうにも停滞が発生している。そのフォローにキッカとキースの兄弟が回っている。


 そう、三組の援軍とは「紅華」、「ガルキーパー」、「フルメタルボディズ」の三組である。「ガルキーパー」を除いた全員がシード組であるが、予選開始組である「ガルキーパー」も含めて快く援軍として参加してくれていた。


(みなさんにはバイト代出さないとですね)


 そんなことをぼんやりと考えつつ、タマモは種の仕込みに集中していく。


 調理ができる面々とできない面々でそれぞれに調理組と受け渡し組会計組、そして買い出し班に別れて行動している「出張店」だが、この日の営業は援軍三組のおかげでどうにか最後まで保たせることができるのだが、そのことをこのときのタマモは知る由もないまま、必死に種を作ることに集中し、結果レベルをひとつ上げることができたのだった。

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