Ex-37 再びの栄光を
薄暗い部屋だった。
いつもであれば、灯りで照らされているのに大広間。
その大広間は、現在闇に覆われていた。
その闇の中にアッシリアはいた。
隣にいるのは、「魔弾」の異名を持つベータテスターのデューカス。
ふたりはそれぞれ「明空」と「宵空」という別の名をマスターであるアオイから授かっていた。
曰く、「正体を隠すにはちょうどいい」という理由でだ。
デューカスもそうだが、アッシリア自身、「明空」と名乗る前から別の異名を持っていた。それが「褐色の聖女」である。
もっとも、アッシリア自身にとって見れば、「褐色の聖女」なんて名はあまりにも大それている。「聖女」なんて呼ばれるほどご大層な存在ではないのだが、ベータテスター時代に、なんやかんやとあり、いつのまにかPKKたちのリーダーとして祭り上げられてしまっていた。
その結果、特徴的な褐色の肌だったため、「褐色の聖女」という通り名ができてしまったのだ。決してアッシリア自身が言い出したわけではなく、気づけばその名前が有名になってしまっていた。
ゆえに、アッシリア自身にしてみれば、「褐色の聖女」なんて名前に思い入れなどはない。
むしろ、忘れたいくらいの過去である。
なにせ、当時はタマモとの間にいろいろとあった後だったため、その苛立ちや鬱憤をぶつけるように悪ぶるPKたちを成敗しており、そのことが原因でPKKたちの中でも最強の一角として数えられるようになり、気づけばPKKたちのリーダーとして担がれることになったのだ。
それだけならまだいい。問題なのは、その頃は前述のタマモとの確執のせいで、アッシリア自身でもびっくりするくらいにストレスが溜まっており、「褐色の聖女」と担ぎ出されたばかりの頃は「なんじゃそら」と思いつつも、溜まりに溜まったストレスを解消することに専念していたことに加え、それっぽい態度を取っていた。
要はその名前に相応しいロールプレイをしていたのだ。まぁ、口調自体は変えていなかったが、その有り様は完全にロールプレイそのものだった。現在のPKKたちを纏めるナデシコが「お姉様」と慕ってしまうのも無理もないくらいにはだ。
いわば、「褐色の聖女」と呼ばれていた頃は、アッシリアにとってみれば黒歴史そのもののようなものであり、できることなら忘れていたい過去のひとつである。
ゆえに、ある意味ではアオイ率いる「蒼天」のメンバー入りをしたのは、アッシリアにとっては願ったり叶ったりの状況だった。無論、アオイとリリース当初に再戦し、敗れたがゆえにその軍門に降ったというのも理由ではある。だが、そのほかにも理由を強いてあげるとすれば、「ロールプレイをもうしなくていいから」というのも大きな理由のひとつだった。
ちなみにだが、かつてロールプレイしていた頃のことは、アオイには伝えてある。アオイこと「銀髪の悪魔」と「褐色の聖女」は決して相容れぬ存在であり、宿命的なライバル同士でもあった。
そんなアッシリアがアオイの軍門に降っている。ナデシコたちPKKの面々はもちろんのこと、かつてのベータテスターたちが騒ぎ出すの無理もなく、いまだにナデシコたちがアッシリアのヘッドハンティングを狙っているのもまた。
ただ、どれだけ騒がれようとも、ナデシコたちがどれほど懇願しようとアッシリアは「蒼天」から抜ける気はないし、アオイも手放す気はないようだ。事情を伝えた際に、アオイは一瞬唖然としていたが、すぐに面白おかしそうに笑い出したのだ。
「そなたを放逐するのも一興だが、「かつて」のそなたを欲するだけの愚者共から奪い続けておくのはより一興か」
アオイがアッシリアを手放さない理由は、右腕ということもあるが、それ以上にそっちの方が面白いからであるが、アッシリアの事情をアオイは誰にも語っていない。勘弁してほしい反面、言葉ならざるアオイの厚意に対しての恩義も感じている。
ロールプレイをしなくていいこととアオイへの少なくない恩義。そのふたつがあってこそ、現在のアッシリアは「明空」という「蒼天」内における最高幹部の地位に居続けている。
そしていま大広間にいるのは、同じ最高幹部である「宵空」のデューカス。そして、ふたりが降った相手である「姫」こと「銀髪の魔王」を自称するようになったアオイだけだった。
アッシリアとデューカスは上座に腰を下ろすアオイの左右を固める形で、同じく腰を下ろしていた。
本来なら護衛のPKたちも大勢詰めているのだが、現在そのPKたちはどこにもいない。彼らないし彼女たちもまたそれぞれにチームを組んで、そのときを待っているだろう。
ただ、アッシリアたちのように無言で固まっているわけではなく、それぞれ会議を行っていることだろう。本来ならアッシリアたちも会議を行う予定だった。
しかし、その会議はいまのところ行われていない。ただ、沈黙が真っ暗な大広間の中で続いていた。
だが、その沈黙は不意に破られた。
「明空、宵空よ」
「なにかしら?」
「ご用命ですかな?」
アオイが重たい口を開いたのだ。
アッシリアはデューカスともども返事をすると、アオイはうっすらとまぶたを開けていた。それまではその空のような青い瞳はまぶたによって隠されていた。だが、いまはそのまぶたを薄らとだけ開けているも、視線はアッシリアたちには向いていない。その視線は虚空をぼんやりと眺めているだけだった。
しかし、それでもアオイはふたりを呼んだ。決して忠誠など誓ってはいないが、それでも少なからず恩義はある。デューカスに関してはまるでわからないが、少なくともアオイに従うという点では、アッシリアと同じである。その心中がどのようなものなのかは定かではないが。
「これより始まる宴。我らの役目はわかっておるかの?」
「もちろんですとも。完璧な勝利それ以外にありえません」
「うむ。では完璧な勝利とはどのようなことじゃ?」
アオイからの問いかけに答えたのはデューカス。その答えに頷きながらも、アオイはまた問いかける。その問いかけにアッシリアは答えた。
「圧倒的な戦力差を以て、相手を蹂躙すること」
「そうさな。では、その結果はどうなるかの?」
定まっていなかった視線がアッシリアとデューカスそれぞれに向く。アッシリアもデューカスもその問いかけに答えた。
「「最強の証明である優勝」」
「よろしい」
息を合わせようとしたわけではなかったが、不思議とデューカスと言葉は重なった。その返答にアオイは満足げに頷いた。
これは前回の武闘大会の際にも行った問答だった。
曰く、結束を高めるだのなんだのとアオイは語っていたが、実際はただの決定事項を諳んじるだけである。
前回の武闘大会における優勝クラン。それがいまここにいる三人にて形成された「三空」であった。
そしてそれは今回もまた同じになる。
ゆえに決定事項だった。
そう断言できるほどの戦力がいま「三空」にはある。
なにせ「三空」全員がクラスチェンジを果たしているのだ。
デューカスは魔術師から闇系統の魔術に特化した闇術士という汎用クラスに。
アッシリアは所持するEK「アルタイル」の能力を向上させる特殊職である「魔毒闘士」に。
そしてアオイもまたクラスチェンジを果たしているそうだが、何度鑑定してもその職業は元の「剣士」のままだった。が、アオイ曰く「クラスチェンジ」はしているそうだ。つまりなんらかの方法で鑑定結果を偽装しているということだった。その方法がなんであるのかはわからないが、少なくともアオイの持つEKの能力だろうなとアッシリアは思っていた。
アオイのEKはへんてこなものであるが、その能力はもはやチートとしか言いようがないものだ。さすがは最高ランク帯であるURランクのEKだけはある。ただその見た目が巨大なしゃもじでなければ、格好はついたのだろうが、持ち主であるアオイはそのあたりはとうに諦めているようだった。
だが、どんなにおかしな見た目であっても、公式チートであることには変わりない。ならば、その能力に相応しい振る舞いをすればいいだけのこと。見た目に問題はあるが、その問題を問題としないようにすればいい。そうアオイはかつて語っていた。そして事実アオイはそのチートすぎる能力に相応しい存在にとなった。ゆえに「銀髪の魔王」であるのだ。
「此度の宴も我らが全勝で終わる。まぁ、多少の余興はあるだろうが、些事と思え」
アオイははっきりと優勝すると言った。
これほどの戦力を持ったクランなどほかに存在しないからだ。
だから優勝は間違いないと。
その断言にデューカスは拍手を以て答えた。デューカス自身は特化型とはいえ、特殊職ではないが、それでも以前よりもはるかに強くなっている。それはアッシリアも同じだし、クラスチェンジしていると申告するアオイもまた同じだろう。
たしかにアオイの言うとおり、現時点で最も優勝する可能性が高いのは「三空」をおいてほかにない。有力クランでもクラスチェンジに至ったものは、エースないしマスターだけ。メンバー全員がクラスチェンジを果たしているクランなんて「三空」以外にはいないだろう。
ゆえにアオイとデューカスの自信は、裏付けするだけの根拠があるゆえのものだった。
それはアッシリアとて同じだ。同じだが、どういうわけか今日に限ってはやけに脳裏に浮かぶ者がいた。
それはアッシリアの親友にして幼なじみであり、つい先日決別を言い渡してきたタマモだった。
なぜ急にタマモの姿が浮かぶのか。
その理由はわからない。
一方的に決別をしたからだろうか。
そうするだけの理由がアッシリアにはあった。
主に後ろめたさとともにだ。
アッシリアはタマモの素性を少しだけ語った。
ただ、すべてを語ったわけじゃない。
せいぜい下の名前を伝えただけだ。
アオイとの決闘で負けて、タマモの素性を語ることになり、アッシリアは苦悩のすえ、下の名前だけを伝えたのだ。
それだけだったとしても、十分すぎるほどにプライバシー関係のことなのだが、なぜか決闘の場にはGMと名乗る女性が立ち合っていたため、アッシリアはタマモの素性を語るしかなかったのだ。
わずかであったとしても、親友を売ったことには変わりない。その自責の念があるからこそ、アッシリアはタマモを遠ざけることにした。加えて、アオイがタマモの嫁という妖狐の少女と友人という謎のクロウラーを手に掛けたことも原因である。
すべてはアッシリアがアオイを止められなかったから。アオイに負けてしまったがゆえのこと。
だからこそ、アッシリアはすべての責任を負うために、親友との関係を断ったのだ。
その親友の笑顔がなぜか脳裏から離れてくれない。
いったいどういうことなんだろう。
そう思いながらも、アオイやデューカスとの会議とも言えぬやり取りに身を投じていた。
やがて「時間じゃな」というアオイの声が聞こえた。
「それでは、勝ちに行くぞ」
アオイが言う。
その言葉に、アッシリアとデューカスは再び揃って頷いた。
こうして第二回武闘大会クラン部門のエキスパートクラスに、アオイ率いる「三空」は参加を果たしたのだった。
驕りではなく、たしかな根拠を胸に、再び優勝の栄光を掴むための日々は始まったのだった。
これにて第八章はおしまいです。次回から第九章となります。




