Ex-35 師匠
今日から再開します←汗
「──まぁ、そんな感じでいいんじゃない?」
某山中、バルド率いる「フルメタルボディズ」の面々は、バルド含めた全員が地面に仰向けになって転がっていた。
その山は、氷結王の御山とは違い、自然に溢れた場所というにはかけ離れていた。
かといって、焦炎王の座す地底火山のように灼熱の地獄のような様相とも違っている。
バルドたちがいる山は、見渡す限りが岩で構築されていた。
ヒマラヤやエレベストなどの超高層の山々の山頂付近、生い茂る緑がなく、ただ岩肌と積もりに積もった万年雪しかないように、その山にも生い茂る緑はない。
あるのは山を構築する岩と、その岩と岩の隙間から生じた清水くらい。まともな生物の姿などは見受けられない。
いるとすれば、どこからともなく飛翔するハゲワシ型の猛禽類のモンスターくらい。もしやすれば、その辺の岩の隙間にそれらのモンスターが主食とする小型モンスターが潜んでいるのかもしれない。
だが、バルドたちはいまのところ、それらのモンスターの姿を見かけてはいない。
見かけたのがハゲワシ型の猛禽類だけであり、ほかのモンスターの姿はいまだ見つけていない。
そう、モンスターという意味合いであれば、いまこの岩山にいるのは、あのハゲワシだけ。
しかし、こと生物という大きな括りにした場合、この山にはハゲワシ以外の生物はいる。それはバルドたち「フルメタルボディズ」の面々と、そしていましがたバルドたちを戦闘不能にまで追いやった中高生くらいの見た目の少年だった。
(やっぱり敵わねえかぁ)
バルドは上半身をどうにか起こしながら、目の前にいる少年をまじまじと眺める。
少年はどう見ても中高生、年齢で言えば、行ってもせいぜい17、8歳くらいの少年。高校時代の友人で構成されている「フルメタルボディズ」の誰よりも年下の少年である。
「やっぱり、君たちの中ではバルドくんが一番筋がいいね」
少年は退屈そうにあくびを搔きながら、大岩のひとつに腰掛けていた。その足下には無数の足跡があるものの、それらはすべてバルドたちのものであり、少年のものはひとつもない。
「……そうですか」
「なんか気のない返事だね? どうかした? お腹でも痛い?」
「いや、腹は痛くねえーっすよ。まぁ、ほかのところはところどころで痛えっすけど」
「それはそうだろうねぇ? できる限りの手加減はしたけど、僕は手加減とか苦手だし? まぁ、痛い方がいろいろとわかっていいんじゃない? 痛みというのは成長に必要不可欠さ。成長痛ってあるじゃん? あれと同じさ」
少年はニコニコと笑いながら、わずかに舌なめずりをしていた。その様子に「サディストめ」と心の中で愚痴るバルド。もっとも、実際に口にしたところで少年が気にするはずもないことはわかっているので、あえて心の中でだけ愚痴った。
「成長痛って、かなり極端っすね?」
「そうかな? でも、わかりやすいだろう? 成長するからこそ痛みがある。ゆえに痛みなくして成長なしさ。その点バルドくんたちは十分に痛みを知った。だからこそ、いまの君たちはある。特にバルドくんは、だいぶ強くなった。僕も鼻が高いよ」
少年は嬉しそうに笑っている。それが本心ゆえのものなのか、それとも口先だけのものなのかまではバルドにはわからなかった。だが、褒められていることはたしかなので、「どうもです」とだけ頷いておいた。少年は「うんうん」と頷き、非常に満足げである。
「ところで、なんすけど」
「うん?」
「そろそろ、お名前教えてくれませんかね、師匠?」
少年こと師匠を見遣りながら、バルドは言う。
そう、バルドたちは目の前の少年が誰であるのかを知らないでいた。だが、その教えを望んだのはガルドたちだった。
少年との出会いは、ある意味運命的であった。
二度目の武闘大会に向けて、「フルメタルボディズ」の面々は、特訓と称して西の第三都市である「ガウェス」近郊にある岩山に来ていた。
「ガウェス」は砂漠地帯にあった。そして砂漠地帯であるということは、自然と街はオアシスを囲むようにして存在している。「ガウェス」もまた大規模なオアシスを囲むようにして構成された街だった。
NPCの話によると、「ガウェス」以西も広大な砂漠が広がっており、点在する街や村もやはり大なり小なりのオアシスの元成り立っているそうだ。
そして、砂漠地帯でありがちではあるが、水の価値が「ガウェス」からは高騰することになる。一杯の水、いや、わずかに口に含める量だけでも、場所によっては1万シルを平然と超えることになる。
大量の水瓶を持って砂漠地帯を練り歩くだけで、上手くすれば一生分の稼ぎもできるかもしれないというのがNPCの談であった。
もっとも、あくまでも上手くすればであり、そのためには砂漠地帯の凶悪なモンスターたちを返り討ちにできる実力も必要だとも言われたのだが。
砂漠地帯に棲まうモンスターたちは最低でも第二段階。中には第四段階に手が届くほどの強豪モンスターもいるらしいが、「ガウェス」周辺は第二段階のモンスターしかいないため、「ガウェス」周辺で修行すれば砂漠の奥地にまで踏み込めるようになれるとも言われた。
その修行場所として取っておきと言われたのが、現在のバルドたちのいる岩山であった。
生息しているモンスターはハゲワシくらいだが、時折謎の少年が現れて、稽古を付けてくれることがあるとのことだった。
ただ、出没するのは本当に時折であり、運がよければ会える程度とのことだった。
だが、運良く会うことが叶ったのであれば、大きく成長を望むことも可能らしい。
NPC曰く、その少年はかつて隆盛を誇った武術の伝承者であり、岩山で腕を磨いているということらしいが、それ以外に詳しいことはわかっていない。それに岩山で腕を磨いていることはたしからしいが、常に岩山にいるとは限らないそうだ。
それでも、少年に会えれば稽古を付けて貰うことができる。
そんなNPCの話は「ガウェス」近郊でのみ聞ける内容であり、ベータテスト時にはなかったものでもある。
加えて、いままでどのプレイヤーもその少年に会ったことがないとされていたのだ。
ゆえに掲示板では都市伝説のようなものだと語られており、信じる者はほとんどいなかった。
だが、その信じる者のいない情報に、「フルメタルボディズ」の面々は飛びついたのだ。
すべては強くなるためだ。
特にエースであり、マスターでもあるバルドにはその気持ちが人一倍強くあった。
前回の武闘大会において、バルドはタマモとの接戦の末に敗れた。それは兄貴分であるガルドも同じだが、ガルドの場合は奇襲で大きくその力を削減されていたうえに、タマモがダークホースすぎたための敗北である。
だが、バルドはある程度の作戦を立てて、タマモたちを分断し、タマモと一対一でやり合ったうえでの敗北だった。
敗北という意味合いであれば同じだけど、実態はまるで違う。準備ができず、対応できなかったガルドと準備したのにもかかわらず負けたバルドではその意味合いは異なる。少なくともバルド本人はそう思っていた。
そのうえ、風の噂ではタマモはクラスチェンジとEKの進化さえも行えていると聞く。当時よりもはるかに強くなっているということだ。
そんなタマモに当時からそこそこは強くなれた程度で、はたして勝てるのかと問われたら、バルドは自信を持って頷くことはできなかった。
武闘大会でも負け、新年のお正月トライアスロンでもタマモには負けているのだ。だからこそ、次は勝ちたい。いや、次こそは勝つのだとバルドは誓っていた。
だからこそ、わらにもすがる気持ちで、この岩山へと赴いたのだ。
件の少年に会うためだけに。
そしてその願いは届いた。
バルドたちが岩山に訪れたとき、山頂には目の前の少年がいたのだ。
貫頭衣のような服と袴のようなズボンという、どこか簡易な出で立ちでひとり黙々と空手かなにかの型のようなものを延々と行っていた。
少年はバルドたちに気づくと、気さくに話し掛けてきた。フルプレートアーマーを身に付けた集団など、普通に考えれば怪しさ爆発だろうに、少年は身構えることなくフレンドリーであった。
バルドたちも最初は「本当にこいつなのか」と思ったものの、「ガウェス」近郊の岩山でひとり稽古に励む少年が何人もいるものかと思ったのだ。加えて、少年を「鑑定」してもファンブルしたのだ。それはバルドたちよりも少年の方がはるかに格上であることを意味していた。
そしてそれは少年がバルドたちにフレンドリーであった理由でもある。フルプレートアーマーの怪しい集団だろうとも、一蹴できる実力が少年にあるということだ。
その事実に気づき、バルドたちは一斉に少年に頼み込んだ。強くなりたい。だから強くしてほしい、と。
その頼みに少年は快活に頷いた。こうして少年と「フルメタルボディズ」は師弟の間柄となったのだ。
だが、師弟となったものの、少年は自分の名を口にしなかった。加えてなぜ岩山にいるのかさえも。
それらの問いかけに少年は決まってひとつの返事をした。それは──。
「そうだねぇ。もっと強くなったら教えてあげよう」
──であった。
そしてその返事は今回のバルドの問いかけにも同じ内容で返されることになった。
わかりきっていた返事であるが、バルドは「ういっす」とだけ返した。ダメ元で聞いたのだから、ショックはない。ただ、どこまで強くなればいいのやらと先が思いやられる気分にはなったのだが。
「だけど、うん。いい機会だ。僕の名前はまだ教えられない。だが、僕の流派、つまるところ君たちが学んでいる流派の名は教えてあげよう」
若干肩を落としていたバルドだったが、少年こと師匠の思わぬ言葉に唖然となった。
だが、師匠はそんな唖然とするバルドたちを一切無視するようにして流派の名を告げた。
「僕の流派は「轟土流」だ。かつて悉くを粉砕した古武術。君たちが学んでいるのはその走りというところだから、まだ我が流派の一員というわけにはいかない。まぁ、せいぜい見習い、いや、入門候補者というところかな?」
師匠が穏やかに笑った、そのときだった。
「おめでとうございます。「轟土流入門候補者」の称号を獲得致しました」
一斉にポップアップが表示され、「フルメタルボディズ」全員が称号を獲得したのだ。もっとも特殊効果はなく、本当に名だけのものだが、それでも称号の希少性ゆえにバルドたちはそれぞれに喜びを噛み締めていた。
そんなバルドたちの様子に師匠はまた笑いを深めるも、咳払いをして言う。
「僕が名を教えるのは、君たちが我が流派に入門したらだな。そのときは柏手とともに僕の名を教えようじゃないか。そのためにも、武闘大会だったっけ? それに勝っておいで。その暁には君たちの入門を認めよう。そのためにも君たちの健闘を祈っているよ」
師匠は言う。
その言葉にバルドたちは一斉に頷いた。
そんなバルドたちの返事に師匠は満足げに頷いていた。




