Ex-34 どれ程遅くとも
そこはあまりにも暑かった。
灼熱の溶岩が流れ、見えるすべてが赤熱化しており、どんな時間帯でも明るかった。
もっとも場所が場所であるゆえに、いまの時間なんてわからない。
せいぜい、視界の端に表示させてある時計を見ることくらい。
その時計にしても、そろそろ現実世界においても、日付が変わる頃を指し示していた。
切り上げるには、頃合いだろう。
「おーい、おまえら。そろそろ上がるぞ」
ガルドは、仲間たちに向かってそう叫んだ。
仲間たちはそれぞれに別れて訓練を重ねていた。
パーティーの最大火力である魔導師のキッカとタンクであるキースの兄弟は、上位種であるフレイムドラゴン相手に模擬戦をして貰っていた。もっぱら連敗中ではあるものの、ふたりとも屈した様子はなかった。
剣士のパリスとシーフのイースの裏表コンビはフェニックス相手に近接戦の手解きをして貰っている。かつて、レンがされたようなド鬼畜すぎる訓練に仲間たちの中で一番悲鳴を上げていたが、根を上げた様子はない。
そしてガルド本人は、かつて同様に焦炎王相手に模擬戦を繰り返していた。
やはり仲間たち同様に連敗街道を突っ走っている状況ではあるものの、それでも強くなれたという実感はあった。
特に、パーティーメンバーの中で唯一クラスチェンジができたのが大きい。ガルドのクラスチェンジ先は「獣戦闘士」であり、当然のように特殊職であった。その際に得た称号も「野性とともに在りし者」だった。
称号とクラスチェンジ先の関係から見れば、取得条件は「獣謳無刃」を一定回数使用することだろう。もっと言えば、「獣謳無刃」に慣れることだったのだろう。
クラスチェンジする前まで、「獣謳無刃」を使用しても、合成獣として選べたのは二種類までだった。
だが、いまのガルドであれば、変化できる種類は三種類。主に用いるのは膂力に秀でた熊と速さに特化した狼の二種類だった。いまはそこにもう一種類別の獣の能力を追加できるようになった。
すべて「獣戦闘士」になってからできるようになったのだ。
とはいえ、それで慢心するガルドではなかった。
というか慢心しようにも、新しい合成獣の姿となっても、焦炎王に一矢報いることさえできないでいる。
そもそもの話、ガルドはいまだに焦炎王から一本を取ったことさえないのだ。
かつて一時的にバディを組んでいたレンは、当時焦炎王から一本をもぎ取った。
だが、それから時が経ってもなお、ガルドはまだ一本を取れていない。
別にガルドがレンに劣っているというわけではない。
単純に、一本の条件がレンよりも厳しいからである。
レンの場合は、焦炎王に一撃入れることだった。
表向きはガルドも同じだった。
しかし、実態は違っていた。
ガルドの一本とは、文字通りの一本。つまり焦炎王に勝つことなのだ。
レンの方が条件が優しかったのは、焦炎王がレンを溺愛しているということもあるが、それ以上にガルドの方がレンよりも強かったからである。要は実力に対して条件を変えていたのだ。ただ、レンにはわからないようにあえて表面上では同じ条件として語り、実態は変えていたのだ。
そのため、いまだにガルドは焦炎王から卒業を許されてはいなかった。
いまだ修行中の身であるガルドだが、焦炎王からは武者修行と称されて、いろんな場所で転戦をさせられることもある。
今回の武闘大会もその一環だった。
しかも、今回は「ガルキーパー」の面々も巻き込んでいた。
ガルドだけのパワーアップでは、今回の武闘大会では勝ち残れないと思ったからである。
もっとも、仲間たちには最初非難囂々だったが、いまはそれもない。
あのときも、「夜明けの狼」との戦いだって、当初は非難囂々としたものだ。
だが、最終的にはガルドを含めた5人での討伐を行えたのだ。
すべては諦めが悪かった5人でのトライアンドエラーを繰り返したからだ。
それはいまも同じだ。
トライアンドエラーを繰り返す。
日進月歩という言葉の通り、遅々とした進みではある。それでもたしかに昨日よりも一歩前には進めていた。
焦炎王もそれを認めてくれていた。
「誰も彼もが駆け抜けられるわけではない。中には赤ん坊が這い回るような速度でしか進めぬ者もいる。だが、それでも、それでもたしかに進めてはいるのだ。いまのそなたたちはまさにそれだろう。進む速度を気にする必要はない。進み続けていることを誇りにせよ」
焦炎王は言った。
その言葉をガルドを含めた5人は金言として受け止めたのだ。
どんなに遅かろうとも進み続けること。
それだけは誰にだって負けない。
そうガルドは思っているし、ほかの仲間たちも同じだろう。
地底火山での一か月の特訓の日々は、決して無駄ではなかった。
クラスチェンジまで持っていけたのは、ガルドだけではあるが、全員がたしかな成長を感じ取っていた。
そんな地底火山での日々も、終わりを告げる時が来た。
ガルドの一声に仲間たちの動きと相手をしてくれていたフェニックスとフレイムドラゴンの動きも止まっていた。
全員の動きが止まったのを見届けてから、ガルドは焦炎王を見遣る。焦炎王はいつもの大岩の玉座に腰掛けながら、ガルドを見下ろしている。その目は穏やかな光を宿している。
「焦炎王様。お世話になりました」
「なに、気にするな。おまえもまた我の弟子であるからのぅ。それはおまえの仲間たちも同じこと。ゆえに戦いに赴く弟子どもに我が告げることはひとつのみ」
焦炎王はガルドたちを見据えながら、にこやかに笑いかけた。
「勝て。いまのおまえたちならできるであろう。ゆえに行ってこい」
焦炎王が笑いかける。その笑みにガルドたちは揃って「はい」とだけ頷いた。
こうしてガルド率いる「ガルキーパー」たちの武闘大会への日々は終わりを告げる。そして新たに戦いの日々が始まるのだった。




