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55話 レンの帰還

昨日は更新できず、申し訳ありません。

いまだトラブっていますが、ドライブ自体には保存されているので、そこからデータを持ってきて更新しています。

普段よりも手間がかかって面倒ですが、今後も更新はできそうです。

さて、今回はレンの帰還ですが、まぁ、レンらしい目に遭うとだけ。では、どうぞ

 空が暮れていた。


 現実世界となんら変わらなかった青空は、もう顔を隠してしまっていた。


 いまは沈み行く夕日によって、世界が別の色に染まっている。淡いオレンジ。見ていると不思議と物悲しさを抱いてしまった。


 そんな淡い色の世界を絶景から見渡しながら、レンは御山の山頂にいた。


 御山の山頂、氷結王の住処である凍てついた洞穴の入り口には、人化した氷結王がレンと対峙していた。


 お互いの表情は柔らかい。ともに柔和な笑顔を浮かべている。


 そんな中、レンは静かに氷結王に向かって会釈した。


「お世話になりました」


「いやいや、気にせんでもいい。タマモやテンゼンたっての頼みであったしのぅ。まぁ、ふたりからの頼みがなかったとしても、我個人的にもそなたたちは好ましい。この程度のささやかな願いであれば、いくらでも叶えよう」


 ほっほっほと好々爺然としながら、氷結王はレンに笑いかけていた。


 そんな氷結王の姿を見ていると、レンは不思議とかつての祖父を思い出してしまった。


 レンの祖父もかつては氷結王のような、飄々とした人ではあったが、祖母が鬼籍に入ったことが原因で、認知症を患い、もうかつてのような姿を見ることはできなくなってしまっていた。


 そんな祖父といま目の前にいる氷結王は、まるで似ていない。似ていないのに、どうしてかその姿を重ねてしまいそうになる。


「どうかしたかの? レンよ」


「あ、いえ。お気になさらずに」


「ふむ。そう言われると気になってしまうのが、人の常というもの。我は竜の身であるが、それでも気にはなるのぅ。まぁ、そなたが気にするなというのであれば、語りたくないというのであれば、あえて堪えておこうかのぅ?」


 にやりと口元を歪めて笑う氷結王。その笑みもやはり祖父と重ねてしまいそうになる。


 だが、相手は祖父ではないのだ。


 祖父であれば、甘えてもいい。


 けれど、相手は祖父ではない。甘えていい相手ではない。


「……申し訳ありませんが」


「よいよい、気にするでない。我にとって孫同然のタマモの友とはいえ、そなたは事情が異なるからのぅ。聞けば、あの子には祖父君はおらんという。ゆえに祖父君代わりをしておるが、そなたの祖父君はご存命らしいではないか。その祖父君の代わりをするのは、さすがに無礼すぎるからのぅ」


 ほっほっほと笑う氷結王だが、その一言にレンはなにも言うことができなくなってしまった。ちょうどその祖父のことを考えていたので、見事に核心を突かれてしまったのだ。「神鳴剣士」にクラスチェンジしたのに、まさか逆にクリティカルヒットを食らうことになるとは。ある意味皮肉とも言える状況であった。


「それに、だ。下手にそなたから祖父扱いされると、あやつになんと言われるかわからんからのぅ」


 やれやれとため息交じりにぼやく氷結王。その言葉の意味はなんとなく理解できた。


「……焦炎王様のことですよね?」


「……うむ。あやつのことよ。我がそなたに祖父のように振る舞ったと聞けば、「つまり、我をババアと抜かすつもりか、このくされジジイ?」とか言いかねん。ゆえに下手な言動はできんからのぅ」


 困ったものだと言わんばかりに肩を竦める氷結王。好々爺然としながらも、その実態は四体いる竜王の一角。この世界でもおそらくは最強の存在である。そしてその氷結王と肩を並べる存在である焦炎王は氷結王の妹という話だった。兄妹間の仲は以前ふたりが顔を合わせたときの姿を見る限りは、あまりよろしくないように見える。


 もっとも、それはあくまでも氷結王側から見ればの話。


 実際は、焦炎王が若干ツンデレ気味なだけである。いや、ツンデレというよりもツンギレの方が正しいか。少なくともレンが知る限り焦炎王が、氷結王に対してデレたところを見たことは一度もないし、焦炎王自身の口から聞いた憶えもない。


 ただ、なんとなく。そう、なんとなくだが、氷結王の飄々としたところが原因で現在の不仲に至っているのではないかと思わなくもない。


 たとえば、氷結王が冗談半分に言ったことを、焦炎王が真面目に受け取ったが、氷結王にとっては冗談半分であったため、齟齬が生じてという流れが何度か行われ、いまのようになってしまったのではないかと思える。


 焦炎王自身はとても優しく、理知的な女性だ。だが、氷結王を前にするととたんにスイッチが入ってしまうのは、繊細な女心的なものを無意識に無碍にしてしまった氷結王に問題があったとしか思えない。


 もしくは単純に最初からこうだったかだろうが、さすがに焦炎王の反応を見る限りは、その線は薄い。となると氷結王に問題があったと見るのが妥当だろう。


「あ、あの? 氷結王様」


「うん?」


「焦炎王様とは昔からああなので?」


「……そうさのぅ。いつからかは忘れたが、子供の頃はああではなかったのだ。昔は「兄様、兄様」と我の後を着いて回るかわいい妹だったのだが、いつのまにかああなっていたのだ。どうしてなのかはまるでわからぬ」


 はっきりと氷結王は言い切った。……いまの話を焦炎王が耳にすると、確実にぶち切れそうだとレンは思った。なんというか、氷結王の言葉からは朴念仁のそれを感じ取れたのだ。時折、タマモから感じるそれと同じものが。


(似たもの同士か)


 タマモと氷結王の共通点を理解し、「だから仲良しなのか」と思ったレン。もっとも、当のレン本人も朴念仁なところがあるため、実際には人のことが言える立場ではないが、そのことにはまるで気づいていなかった。


「まぁ、あれのことはよい。どうせなにを言ったところで、文句を言うだけだしのぅ」


「は、はぁ」


 そういうところですよ、と言いたくなるレンだったが、あえて言葉を飲み込んだ。だいぶ拗れている兄妹の関係について、外野から口を出すとろくなことにならない。若干レンの実体験が伴っているが、おおむね間違っていないだろうとレンは思った。


「さて、そろそろタマモたちが起きる頃であろう? そろそろ街に送ろうか」


 氷結王が右手をかざすと、レンの体が白く発光していった。レンは改めて氷結王と向き直り、頭を下げる。


「お世話になりました」


「よい。我もそれなりに楽しめたしな。それにここからはそなたたち次第であろう。悲願が成就することを祈っている」


 悲願の成就。


 その言葉にレンは「はい」と力強く頷いた。


 この一ヶ月の特訓はすべて武闘大会で優勝するため。


 優勝し、アンリの蘇生をするためのもの。


 そのために、レンもヒナギクも、そしてタマモもそれぞれにやるべきことを行ってきたのだ。


 残された時間はもうわずか。


 その時間内でどれだけ自分たちを高められるのかはわからない。


 だが、そのわずかな時間を有効に活用しようとレンは改めて決意を新たにする。


「さらばだ、レンよ。タマモにも息災であれと伝えておいてくれ」


「はい、承知しました」


 そんなやり取りをした後、視界は一瞬で変わった。


 氷漬けの洞穴とその前に立っていた氷結王はいない。


 見えるのは懐かしいコテージと様々な農作物に彩られた畑。そして──。


「──え?」


「……え?」


 なぜかコテージの裏側で全身びしょ濡れになっている青い髪と同じ色の毛並みの耳とふたつの尻尾をした妖狐らしき少女の姿だった。


 全身がびしょ濡れだからか、着ている服が体に張り付き、少女の体のラインがはっきりとわかってしまう。さすがに決定的なものは見えないものの、その姿は十分にセンシティブすぎるものだった。


 そんな光景がいきなり目の前に飛び込んできたレンは硬直する。それは件の少女も同じである。


 むしろ、少女にとってみれば、頭のてっぺんから水浸しになったところに、男性がいきなり現れたという状況である。たとえ、その男性が見覚えのある、というか、タマモとヒナギク同様に「フィオーレ」所属のレンであるとわかっていても、自身の現在のセンシティブすぎる姿を見られてしまったのだ。


 となれば、だ。それはもはや必然であった。


「き」


「ちょ、ちょっとま」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 少女が叫ぶ。絹を裂いたような叫び声に、コテージからドアがバタンと大きな音を立てて開く音がはっきりと聞こえてきた。


 まずい。そう思ったときには、すでに時遅しであった。


「……あんたさぁ。さすがに見境なさすぎない?」


 背後から冷気を伴った、底冷えする声が聞こえてきたのだ。


 ごくりと生唾を飲み込みながら、振り返るとそこには満面の笑顔を浮かべるヒナギクがいた。満面の笑顔であるはずなのに、その笑顔はとても怖くて、レンは堪らず悲鳴をあげた。しかし、その悲鳴を聞いてもヒナギクは笑っていた。笑いながら腕をゆっくりと引き、そして──。


「散れ、のぞき魔野郎」


 ──テンゼンの一振りレベルの凄まじい速さの一撃が飛んできた。その一撃をレンはいなすことも、防ぐことも、避けることもできずに、背後から倒れ込んだのだった。

ラッキースケベは、レンの代名詞←

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