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51話 レンの涙

 日が高く昇っていた。


 燦々と照りつける太陽は、鬱蒼とした森を形成する木々さえも明るく照らしている。


 日光でも、照らしきれない森の中。


 わずかな木漏れ日が差し込める中、そぐわない金属音が鳴り続けていた。


 その音を奏でるのは、ふたりの剣士。


 ひとりは黒い長刀を操る男性の剣士。


 もうひとりは黒いフードで顔を隠した小柄な剣士。


 ふたりの剣士が奏でる剣戟。


 薄暗い森の中に、木漏れ日とは異なる光で、ほんのわずかに闇を照らしていく。


 繰り返される剣戟の最中、それぞれが浮かべる表情は対照的だった。


 かたや余裕はなく、どこまでも真剣そのものな顔を浮かべる男性の剣士。


 かたや余裕どころか、つまらなそうな顔をしながら超速の一刀を振り抜く小柄な剣士。


 お互いの表情の違いが、そのままふたりの実力差を表している。


 それでもなお、男性の剣士──レンは、小柄な剣士こと実兄のテンゼンに食らいついていく。


 しかし、どれだけ食らいつこうとしても、実力差がありすぎた。


 剣戟はすでにレンが一方的に攻め込まれるという状況であり、テンゼンの攻撃をレンはどうにか防ぐので精一杯だった。


 レンは肩を大きく動かして呼吸しながら、閃光のような速さのテンゼンの剣を防いでいた。

 それが自身の実力によるものではないことを、テンゼンの剣を防いでいるのではなく、防がせてもらっているということをレンは自覚していた。


 なにせ、テンゼンの剣は、いつもレンの防御の上からか、もしくはレンがどうにか防げる位置かのどちらかに叩き込まれていた。


 いまの状況になってからはその傾向はより顕著だった。


 さすがに当初はわからなかったが、いまやテンゼンなりの気遣いを受けているのだ。


 忸怩たる思いに駆られるレン。


 だが、それでもレンは歯を食いしばっていた。食いしばってテンゼンの攻撃に耐え続けていく。


 そんなレンの様子にテンゼンの表情がわずかに変わる。


 だが、それはほんの一瞬であったがゆえに、レンは兄の変化には気づけなかった。


 気づけないまま、テンゼンがいままでになく踏み込んできたことにより、一種の膠着状態だった状況は終わりを告げた。


 テンゼンの踏み込みは速かった。


 レンが反応できる速度を大きく超過していた。


 気づいたときには、テンゼンの剣はレンの首筋に触れるかどうかの位置にあった。


 レンの防御の隙を搔い潜っての一刀。そのきらめきさえも、レンには見えなかった。


「……負け、ました」


 レンは顔を俯かせながら言う。その言葉にテンゼンは無言で剣を引いた。


 だが、それでレンは気を抜きはしなかった。


 気を抜けばすぐに剣が飛んでくる。


 だから気を抜くことなく、テンゼンの次の一挙手一投足に集中していた。


「……少しは成長したか」


 だが、レンの耳に届いたのは、テンゼンの剣が風を切り裂く音ではなく、テンゼンからの思わぬ言葉だった。


「……え?」


 あまりにも予想してなかった言葉に、レンは呆然となった。テンゼンは薄く口元に笑みを浮かべながら続けた。


「昨日までのおまえであれば、あの状況だったら耐えようとしなかっただろう。それどころか、遮二無二とか、一か八かを狙って無意味に攻撃を仕掛けてきただろう。そこに僕からのカウンターを貰って負けるという展開になっていた」


「それは」


 否定できないことだった。


 テンゼンとの模擬戦すべてがその展開になったというわけじゃない。


 だが、大半の決着がその展開になっていたということは否定できない。


 根気負けと言えば、まだ聞こえはいいものの、実際は根気負けではなく、無謀な攻撃を仕掛けて負けたというだけのことだ。


 もっと言えば、テンゼンに負けたというよりかは、自分自身に負けていたと言う方が正しいだろう。


 わかっていたことではあるが、いままでの自分の敗北を改めて突き付けられるとなんとも言えない気分になるレン。


 そんなレンにテンゼンはおかしそうに笑うと、右手でなぜか拱いた。


「えっと?」


 テンゼンの行動がよくわからず、首を傾げるレン。するとテンゼンは少し不機嫌気味に「屈め」と言った。


「え?」


「だから、とっとと屈め。聞こえてねぇのか、おまえは? あぁ?」


 ぶっきらぼう、というか、かなり柄の悪い言葉を投げ掛けてくるテンゼン。レンは慌てて「は、はい」と頷きながら、意味もわからずにテンゼンの前で屈み込む。


 屈みながら「なんなんだよ」と思っていたレンだったが、すぐにテンゼンの意図を身を以て知ることになった。


 ぽんと軽い音が聞こえたのだ。


 その音とともに頭の上に知らないぬくもりを感じた。


 恐る恐ると顔を上げると、そこには微笑むテンゼンがいた。


 レンは小さく「……ぁ」と呟いた。


 その呟きに反応するように、テンゼンは告げた。


「よくやった。偉いぞ、香恋」


 耳朶を打った一言に、レンは言葉を失った。


 脳裏に浮かんだのは、かつての憧憬。


 テンゼンが実家を出る前。まだレンが小学生半ばの頃。テンゼンとの稽古を、テンゼンが化した課題をどうにか乗り越えると、テンゼンはいつもこうやって褒めてくれた。頭を撫でて微笑んでくれた。


 その日々は大変ではあったけれど、レンにとってはかけがえのない思い出だった。その思い出がいま鮮やかに蘇ったのだ。


 だから、それはある意味必然だった。


「……え?」


 レンの頭を撫でていたはずのテンゼンが、いきなり唖然としたのだ。


「ちょ、ちょっと待て。おい、え? ちょ、ちょっと待ってくれ。え? 僕なにかしたか? あれ? 嘘、ちょっと待て。待てってば。あ、あれぇ? なんで? なんでぇ?」


 それから不意に慌て始めるテンゼン。


 いままでの鉄面皮を思わせる姿が嘘のような姿である。


 その姿は冷徹なテンゼンのそれとはまるで違っていた。


 レン自身がよく知る兄の素顔だった。


 その事実がレンの視界を歪ませていった。


「う、打ち所悪かったか? もしかして当たったか? 当ててないはずなんだけど、あれぇ? 悪かった。兄ちゃんが悪かったから、だから、泣かないでくれよ、な?」


 レンの視界が歪むとそれまで以上に慌て、平謝りを始めるテンゼン。そんなテンゼンにレンはなにも言わずに、その双眸から涙を零していった。すると、そこに──。


「プレイ中失礼致します。確認させていただきましたところ、少々問題行為があると判断致しましたので、介入させていただくことになりました。つきましては、プレイヤーテンゼン様にお話を聞くのが一番と判断致しましたので、これよりテンゼン様を別室にご案内させていただきます」


 ──突如、瓶底眼鏡を駆けた白髪の女性が、明らかにGMらしき女性が現れた。GMの女性は口元を大きく歪ませて笑っている。だが、光の加減ゆえか顔がよく見えなかった。だが、テンゼンはGMの登場に大きく体を震わせた。


「あ、あの、これは、ですね。違うんですよ? 本当ナンダヨ?」


「問答無用──でございます」


 にっこりとGMが笑う。その表情には小さく悲鳴を上げたテンゼンだったが、その悲鳴が響き渡るよりも速くテンゼンとGMはふっと姿を消したのだった。


「……えっと」


 あまりにも唐突すぎる展開に、レンは呆然となりながらも、いなくなったテンゼンがいたそこをぼんやりと見つめていたのだった。


 その後、しばらくしてテンゼンは戻ってきたが、その顔にはあまりにも覇気がなく、それどころか、完全に真っ青になっていたのだが、それはまた別の話である。

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