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49話 朝の風景にて

引き続き現実編です。

 トントンと規則正しい包丁の音が聞こえてくる。


 その音を耳にしながら香恋はぼんやりとしていた。


 すでに夜の帳は上がっているが、まだ早朝と言える時間帯。休日であれば、まだ香恋が起きるには早い時間である。


 そんな時間であるにもかかわらず、香恋は家のリビングでぼんやりとしながら、目の前のキッチンを見遣っていた。


 そのキッチン内では、香恋の幼なじみである希望と、もうひとり背が高くスレンダーな体型の知的な雰囲気が漂う女性だった。その女性と希望は仲よさそうに談話しながら、共に調理を行っていた。


「──うん、いいんじゃないかな?」


「本当ですか?」


「うんうん、久美さんは嘘を吐きませんから。冗談はいっぱい言うけどね? かわいい子限定で!」


「なんですか、それ?」


「あっはっはっは、久美さんはかわいい子が大好きだからね。かわいい子は文化遺産ですよ、文化遺産」


 力説する女性こと久美に、希望は苦笑いしながらも、共に朝食を作っている。その光景は姉妹を思わせるほどに仲のいいものだった。


「なに朝っぱらから上機嫌になってんだ、久美ぃ~。って、あー、のんちゃん来ていたのか、なるほどなぁ」


「おはよー、毅」


「おはようございます、毅さん」


 そんな穏やかな雰囲気のリビングにと見た目がチーマーないしヤンキーを思わせる金髪頭の男性がふらりと現れた。寝起きのようで、無地のシャツにスエットパンツといういかにもな寝間着姿で、シャツに手を突っ込んで腹部を搔くという、お世辞にもお上品とは言えない姿である。


「おはよ、毅兄貴」


「……珍しいなぁ、休日におまえがこんな時間に起きるなんて。今日は槍でも降るのかねぇ?」


 リビングに現れた男性に声を掛ける香恋。男性は香恋の姿を見つけて、少し驚いたように目を見開くが、すぐに喉の奥を鳴らすようにして笑うと、香恋の視界を遮らない場所、下手側にある座席の内のひとつにと腰を下ろした。


 男性の名前は鈴木毅。香恋の実兄かつ鈴木家の長兄にして、希望と仲良く調理をする久美の夫である24歳。毅は休日には朝遅くまで寝ている妹が、自身よりも早く起きていることに関心しつつも、普段の休日の振る舞いを詰っていた。


「仕方ないだろう? 希望が朝っぱらから突撃かましてきたんだから」


「なぁに不満顔晒してんだ、愚妹。あんなかわいい幼なじみがいて、不満たらたらしていたら、世にいる野郎どもに刺されちまうぜ?」


 そう言って肘掛けに肘を付き、不敵に笑う毅。そんな兄に香恋は「そんなこと言われてもなぁ」と後頭部をがしがしと掻き乱す。そこに再びリビングのドアが開く音が聞こえた。


「……朝っぱらから騒がしいと思ったら、兄貴と香恋か。珍しいな」


 リビングに現れたのは眼鏡をかけた長身の男性。ベリーショートの黒髪に眼鏡、黒いジャケットと白のワイシャツにデニム生地のズボンとという出で立ちのため、どことなく知的な雰囲気をかもち出しているものの、残念なことに頭にナイトキャップを被っているため、せっかくの知的な雰囲気がご臨終してしまっていた。


 その男性の名前は鈴木和樹。香恋の実兄のひとりで、鈴木の次兄にあたり、今年大学を卒業する22歳だった。

 

「おす、和樹。今日も完璧と言いたいところだが、おまえ寝ぼけているのか? 頭の上にキャップ被ったままだぞ?」


「なに? 本当か、香恋?」


「おはよう、和樹兄。ちなみにキャップ被ったままなのは本当だよ?」


「むぅ、そうか。こんなところを家族以外に見られたら堪ったものじゃ──」


「あ、おはようございます、和樹さん」


 自身の失敗に若干顔を赤らめる和樹。動揺していたためか、みずから墓穴を掘ってしまい、そこにちょうどキッチンから顔を出した希望に声を掛けられ、和樹はフリーズした。


「あれ? 和樹さん。ナイトキャップ被ったままですよ?」


「……これは、その、そういう健康法なんだ」


「そうなんですか?」


「……あ、あぁ」


 希望に顔を背けながら頷く和樹に、リビングにそれぞれ席についていた毅と香恋はそれぞれに笑っていた。笑いこける兄と妹を恨めしそうに睨む和樹だが、健康法と言ってしまった手前、ナイトキャップを外すという選択肢がすでに消えていることにはまだ気づいていない。


「今日はなんだか賑やかだなぁ、って、どうした、和樹? なんで頭にキャップ被ったままなんだ?」


 すると、またもやリビングのドアが開き、体格のいい中年男性が顔を出す。顔立ちは一言で言えば無骨そのもの。香恋たち鈴木家兄妹とはまるで似ていないが、彼の名前は鈴木剛。鈴木家の大黒柱であり、兄妹の実父である。


 その剛は二番目の息子である和樹が、普段通りのきっちりとした姿であるのにナイトキャップを被ったままという出で立ちに、怪訝そうな顔を浮かべていた。


「お、親父。い、いや、これはだな」


「あ、おはようございます、おじさん。和樹さんのは健康法らしいですよ?」


「おー、のんちゃん、おはようさん。今日も別嬪さんだなぁ。がははは、香恋はいい嫁さんを貰ったなぁ、うんうん」


 和樹から希望にと顔を向ける剛。それから嬉しそうに笑いながらしきりに頷く。そんな剛に希望は唇を尖らせて反論を始める希望。


「で、ですから、私と香恋はただの幼なじみであってですね」


「え? もう香恋ちゃんとは事実婚でしょ?」


 だが、希望にとっては想定外であろう久美からの一言に、希望は硬直する。そこに毅と和樹からの追撃が加わった。


「まぁ、普通はいくら幼なじみだからって、毎朝毎朝甲斐甲斐しく起こしに来ねえわな」


「……そうだな。幼なじみであったとしても、毎朝起こしに来るというのは、定番と言えば定番だが、そういうのは二次元の中の話であって、現実的にはないだろうしな」


「そうそう、いいよなぁ、香恋は。のんちゃんみてぇなかわいくて、家庭的で、締めるところは締めてくれて、そのうえ巨乳な幼なじみがいるんだ。羨ましいって思っている野郎は多いだろうなぁ。俺がその立場だったら、まぁ、嫉妬しまくりだろうなぁ」


「ふむ。気持ちはわかるぞ、兄貴。俺にもそういう幼なじみがいたらいいなと思うしな。たしかに香恋の立場は羨ましいな。総合的に見て、のんちゃんはよくできた子だ。ちゃんと幸せにしないと罰が当たるぞ、香恋?」


 希望に追撃をかましていた兄ふたりの野次を受けて、どう返事するかを迷ってしまう香恋と、追撃されたことでよりフリーズを起こしてしまう希望。そんなふたりの姿に、ふたりを除いた面々から生暖かい視線が送られていく。


「さぁて、のんちゃんをいじるのはそろそろ終わりにするぞ、これ以上はかわいそうだからな。あと時間の問題だしな」


「それもそうか」


「だな」


「時間の問題ってなんですか!?」


 剛が話題を転換させようとするも、当の希望はその一言に顔を真っ赤にして噛みつくも剛は和樹を伴って毅と香恋がいる座席へと向かっていく。


 そこに「お待ちどうさまです」と朝食の載ったトレイを運んでいく久美。希望はなにか言いたげな顔をしているが、あえてそれを飲み込みながら、炊飯器を運ぶ希望。


 炊飯器を運びながらその視線は香恋を見つめているが、その視線はロマンスを感じるものではなく、若干の殺気を帯びたものであり、「あとでちゃんと話をしておいてよね」と言外で言っていた。


 香恋としては「そんなことを言われても」である。が、希望はすでに聞く耳持たずなため、「あとでフォローしないとかぁ」と若干肩を落としていた。


 そんなふたりの姿に剛たちは微笑ましそうにふたりを見つめていた。


「さて、みんな揃ったところで、いただきます」


 配膳が終わり、上座に着いた剛が両手を合わせて食前の挨拶を口にすると、それぞれの席に着いた全員が同じように両手を合わせて挨拶を交わした。ちなみに、希望は香恋の隣に、久美は下手の毅の隣、和樹は香恋の向かい側にそれぞれ腰を下ろしている。剛と和樹の隣には一席ずつ空いているものの、いまはその空いた席に座る者はいなかった。


 空席について誰も口にするどころか、気にもしないまま、鈴木家の朝食は始まりを告げた。

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