25話 クランの名前
朝食後の早苗とのひと時を堪能したまりもは、早苗と一緒に部屋へと戻った。
ただ食堂へと向かったときのように姫抱きをされてはいなかった。みずからの足で歩いて戻っていた。その後を早苗は付き従う形で歩いていた。
傍から見れば絵に描いたような主とメイドの姿ではあった。が、実際にはだいぶ違っていた。
(はぁ、早苗さんのお胸はやっぱり最高なのですよ。やはり一日一回はああして堪能しないと調子が上がりませんねぇ)
早苗の胸を堪能してまりもは顏をつやつやと輝かせて満足げである。言動が完全にまずい人になっているが、当のまりもはまるで気にしていない。対して早苗はというと──。
(今日のお嬢様はすごく攻め攻めだったなぁ。でもそういうお嬢様も素敵。だけどやっぱりあそこは「んん」じゃなく、「あん」と言った方がよりお嬢様に攻めていただけたかも。失敗したな。あとで「お嬢様ノート」に書きこんでおこうか)
──まりもと負けず劣らずの若干あれなことを考えていた。主従揃って若干性癖がアレである。むしろ若干アレな性癖を持つふたりが主従となったと言うべきか。
どちらにしろ、ふたりとも澄ました顔をしているがその内面はあまり人には言えない内容であることには変わりなかった。
「早苗さん」
「はい、なんでしょうか?」
「このあとちょっと運動をしたいので、付き合ってほしいのです」
「運動、と申しますと?」
「さっき言いましたけれど、同じクランの人と特訓をしているのですが、現実でも同じことをしようと思うのです。だからその付き合いをしてほしいなと」
「……特訓ですか。ちなみにどのような特訓でしょうか?」
「あぁ、そう言えば言っていなかったですね」
特訓とまでは言っていたが、その内容については答えていなかったなと思い出すまりも。失敗したなぁと口ずさみつつ、特訓の内容を教えていく。
(お嬢様のリーチの外の位置で対峙して、より早く相手の体にタッチする、か。……素人にしてはなかなか考えた方法だな)
まりもが語った特訓の内容を聞いて早苗は少し感心していた。本来ならお互いに同じくらいの距離に立ってのタッチのし合いとするべきだろうが、まりもの体は同年代に比べるとだいぶ小柄であり、それはゲーム内でも同じだった。
そのため同じ距離を開けたとしても、まりもの方がはるかに不利な状況になる。そこであえてまりもの距離を近づけて、相手の間合いの一歩外あたりで対峙する。
当然より距離が近づくのだから被弾の確率は高まる。しかし距離が近いというのは必ずしもまりもに不利な展開というわけではない。むしろその位置がまりもにとっての生命線にもなりうるのだ。
(お嬢様が小柄であることを踏まえたうえで、相手の間合い近くに対する。当然相手からの攻撃は被弾しやすいが、逆に出始めであることを踏まえれば、かえって避けやすくもある。その隙を衝いて相手の懐に潜り込みやすくなるってところか。……これ、本当にお嬢様と同年代の奴が考えたことなのか? かなり実戦向きじゃねえか)
そう、距離が近いということは被弾しやすくなる。しかし同時に出始めゆえに相手の行動を制しやすくなるとうことでもある。
相手の行動を制するか、もしくは避けることができれば一足飛びに相手の懐に入り込みやすくなる。
もともと距離を詰めているのだから、より一層懐に入り込みやすくなる。体が小柄であることを活かした配置であり、その位置を定位置にすれば、まりもにとっての生命線となるのだ。
「……お嬢様、ひとつよろしいでしょうか?」
「はい?」
「お嬢さまのクランのお仲間様方は本当に同年代の方々なので?」
「だと思いますよ? わりと話が合いますので、仮に同じ年齢でなかったとしても、±一歳くらいだと思うのです」
「……左様、ですか」
「なんでそんなことを?」
「いや、ちょっと参考程度に」
「参考ですか?」
「はい。なかなか理に適った特訓でしたので。そう言えば、お嬢様」
「はい?」
「お嬢さまのクランはなんというお名前になるのですか?」
「……え?」
早苗の言葉にまりもは固まった。名前。そう言えば、名前なんて決めていなかったなといまさらながらに気付いたのである。
(武闘大会に出るのであれば、名前は付けた方がいいですよね。かと言ってボクが勝手に決めるわけにもいきませんし。どうしましょう?)
「お嬢様?」
「あ、いえ、ちょっと考え事を。そうですね。まだ名前は決めていないのです。とりあえず午後のログインの際におふたりと話し合ってみますので」
「そうですね。お話し合いは大切ですので。決まりましたら、お教えくださいね」
「もちろんですよ」
早苗の言葉に頷きながら、まりもはクランの名前についてを考え始めたが、これと言ったものが思いつくこともなく、早苗とともに部屋へと戻り、早苗に特訓に付き合ってもらうことになった。
特訓の最中も名前について考えていたが、結局思いつくこともなく、午後のログイン解禁時間を迎えることになった。
「まぁ、おふたりとも話してみましょうかね」
いつものようにVRメットを装着してからまりもはゲームの世界へと向かって旅立ったのだった。




