42話 加入
──翌日。
「タマモのごはんやさん」のキッチン内は、普段とは違う、熱気に包まれていた。
その熱気を出しているのは、前日までにはいなかったヒナギクであった。
前日のログイン限界まで間もないときに、合流を果たしたヒナギク。
目標だったクラスチェンジとEKの進化を両方ともに達することができたからのこその合流だった。いろいろと聞きたいことがあるタマモではあったが、ログイン限界も差し迫っていたこともあり、その日はそのまま店を後にし、本拠地で別れたのである。
そうして翌日を迎えた今日、現実時間で言えば、午後のログイン時間になった頃、ヒナギクが「タマモのごはんやさん」へと顔を出したのだ。
本来ならそこでいろいろと話を聞くはずだったのだが、仕込みの時間ということもあり、後でということで話が決まった。
その仕込みをヒナギクも手伝う予定だったが、どうせ仕込むのであれば、ついでに新メニューの開発もしようかとヒナギクが言い、その言葉にタマモとエリセが頷いた結果、ヒナギクは現在新メニューの開発に勤しんでいた。
その新メニューは現在──。
「どうかな?」
「……うん、こっちは問題ないと思いますよ。エリセはどう思いますか?」
「そうどすなぁ。こっちは問題あらへんか思いますえ。コスト的にも問題なさそうどすし」
「ですね。というわけで、こっちは採用ってことで」
「うん、ありがとう」
──タマモとエリセによる試食が行われ、無事にゴーサインが下りたのだった。
なお、今回のヒナギクの開発したメニューは、アゲアゲスイカのフルーツポンチならぬスイカポンチである。本当ならフルーツポンチとしたいところだったのだが、肝心のフルーツがアゲアゲスイカとオニウマメロンくらいしかなかったのだ。
最初はアゲアゲスイカとオニウマメロンを使ったパンケーキでも作ろうとしていたヒナギクだったが、安価なアゲアゲスイカならともかく、オニウマメロンは第二都市どころか第三都市でも種の入手ができない代物。そんな現時点では高級品すぎるフルーツを使うというのは、さすがに現時点ではコストが掛かりすぎるとエリセからのストップが入ったのである。
アゲアゲスイカだけでパンケーキというのは、いくらなんでも見た目的にも寂しいし、味気もない。そもそもスイカとメロンだけのパンケーキでも見た目は寂しいと言えば寂しいが、そこは腕の見せ所と思っていただけに、エリセからのストップはヒナギクにとっては想定外のものだった。
とはいえ、それでヒナギクの料理人魂が冷めるわけもない。むしろ、止められたことでより一層と激しく燃えさかったのである。
アゲアゲスイカだけを使った新メニューとして、ヒナギクが思いついたのはフルーツポンチだった。
もっとも実際のフルーツポンチとは違い、スイカと白玉だけというなんとも寂しい内容ではあるものの、スイカのカットの仕方を工夫したり、白玉にスイカの果汁やオニウマメロンの果汁を混ぜるなどの工夫を施していた。
なお、オニウマメロン自体を使うのはストップを掛けたエリセではあるが、オニウマメロンの在庫が増えつつあることはエリセ自身理解していることであった。その在庫を減らすためにもオニウマメロンを消費することを問題としてはいなかった。
エリセが問題としていたのは、オニウマメロンの果肉をそのまま使うということだ。
オニウマメロンは一般的なサイズのメロンよりも小さめの品種であり、その果肉をふんだんに使うとなれば、コストがどうなるのかは火を見るよりも明らか。
もし最初の通りにアゲアゲスイカとのパンケーキなんて作ったとすれば、一食分で半玉、下手すれば一玉分使うことにもなりかねない。さすがに在庫が増えつつあったとしても、一食分で一玉というのはありえない。
ゆえにエリセがストップしたのは、あくまでもオニウマメロンの果肉をそのまま使うことに対してである。オニウマメロン自体を使うことをストップしたわけではないとヒナギクが料理人魂を燃えさからせた際に、エリセはヒナギクに伝えたのである。
その言葉をヒントに、ヒナギクが出した答えはオニウマメロンの果汁を用いるということだった。
果汁と果肉。どちらがより多く用いることができるのかなんて考えるまでもないし、果汁だけでも十分すぎるほどにオニウマメロンは美味しいのだ。その美味しい果汁も用いた白玉入りのフルーツポンチ。コスト的にも味的に問題はなかった。
あえて言えば、スイカはフルーツではなく、野菜だろうと突っ込まれかねないが、スイカは大抵フルーツと一緒くたにされているものなので、正直いまさらである。
スイカポンチのついでとばかりに、オニウマメロンの果汁を用いた贅沢すぎるメロンソーダも開発していた。実際のメロンソーダにはメロン果汁なんて用いることは早々ないわけだが、今回はあえて用いて作ってみたのだが、その味はお察しとしか言いようがなかった。いくら美味しい果汁とはいえ、炭酸水で割れば「そうなるわな」と誰もが思うことだろう。
もし生クリームやら牛乳やらを用いていれば、まだ評価は変わったかもしれないが、あえて炭酸水オンリーにしたのは失敗だったとしか言いようがない。
冒頭のタマモたちが口にした「こっち」というのは、スイカポンチのことであり、メロンソーダのことではない。メロンソーダを作るにはメロン果汁は必要ないというのがありありとわかった瞬間であった。
そんな三人のやりとりをホール側から眺める一対の視線があった。その視線の持ち主は「ほへぇ」となんとも間の抜けた声を上げつつ、三人のやり取りと見つめていた。
「ヒナギクお姉ちゃんは、料理できるんですねぇ。すごいです」
きらきらと目を輝かせながら身を乗り出す勢いでキッチンを見遣るのは、「タマモのごはんさん」の看板娘として地位を確立してあるユキナであった。
ユキナの開店までの担当範囲はすでに終わっているため、現在は開店時間までの、わずかな時間でキッチン内の見学としゃれ込んでいるのである。
その視線を浴びて、キッチン内の三人はおかしそうに笑いながら、それぞれの作業を行っていた。
「ユキナちゃんは料理できないの?」
ヒナギクは笑いながらユキナを見遣ると、ユキナは少し肩を落としつつも「少しだけならできます」と言った。
「簡単なものならできるんです。お父さんとお母さんが忙しいから、簡単なものくらいは作れないと問題ですから」
「なるほどねぇ。まぁ、ここにいるタマちゃんだってレパートリーはそこまで多くないんだけど、その口調だとタマちゃん以上にレパートリーは少なそうだね?」
「……えっと、自信を持って作れるのは目玉焼きとチャーハンくらい、です」
あははは、と力なく笑うユキナ。
ユキナが言うメニューはどちらも非常に単純なものである。
単純ではあるが、単純ゆえに奥深いものである。特にチャーハンに至ってはもろに調理技術が反映する。ユキナの弟妹たちからの評価で言えば、ユキナのそれは「美味しくないとまでは言わないが、一応食べられるもの」というなんとも言えないものだった。
それでもほかにいろいろと手を出したものの中では、明確に「食べられるもの」という評価なのは、目玉焼きとチャーハンだけだった。ゆえに自信を持ってと言うのは、「食べられるもの」を作れるという意味であり、誰であっても美味しいと言えるものを作れるという意味合いではない。
なお、ユキナの調理技術は下手というわけではないが、上手いというわけでもない。言うなれば、下手寄りの普通くらいだろうか。
それゆえに新メニューを開発するヒナギクと、そのメニューの味見をしつつ仕込みを行っているタマモとエリセに憧れの視線を投げ掛けていたのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ手解きしようか?」
「え? いいんですか?」
「うん。開店までの間だから、ほんのちょっとだけどね」
「じ、じゃあ、お願いしてもいいですか」
「うん、もちろん。お姉ちゃんに任せなさい」
ぽんと胸を叩くヒナギク。その言動により一層目を輝かせながらユキナは、いそいそとキッチンへと入っていく。
そんなユキナを見遣りながら、タマモは密かに胸の前で十字を切った。新たな被害者が現れてしまった、とユキナの無事を祈ることしかできなかった。
なお、結果から言うと、ヒナギクによるユキナへの指導はとても穏やかにかつ優しく行われた。そのあまりの落差に「理不尽すぎません?」という小言をタマモが口にするも、「ユキナちゃんとタマちゃんじゃベクトル違うもん」と切り捨てられることになり、タマモがなんとも言えない顔をし、その際にエリセから慰められたことになったのは余談である。
とにかく、こうしてこの日からヒナギクという戦力が加入した「タマモのごはんやさん」であった。




