38話 対照的なふたり
「──ふんふふふーん」
なんとも気の抜けた鼻歌を口ずさみながら、ヒナギクの隣でキャベベを収穫しているユキナ。
そんなユキナに若干戸惑いつつも、ヒナギクもユキナの隣でキャベベの収穫に勤しんでいた。
なんだかんだで、タマモの手伝いのために、農業スキルをそれなりに育てているヒナギクにしてみれば、キャベベの収穫は難なく行えるどころか、スキルの習熟度の差もあり、ユキナよりも早く効率的にキャベベの収穫を行えていた。リリースして半年といえど、ほぼ初期の頃から農業に従事していた経験は伊達ではなかった。
「キャベベー、ポテテー、スッイカさん~」
もっとも、そんな経験を誇示する意味はない。そもそも一緒に収穫しているユキナは、ヒナギクと収穫しているだけでも十分と言わんばかりに楽しんでいる様子だった。
正直収穫のどこにそこまで楽しめる要素があるのかと聞きたくなる。
たしかに農作物の収穫はそれなりに楽しめることではある。タマモの手伝いの範疇とはいえ、自身で育てた農作物を収穫するということは、一般的な生活では味わうことのない達成感を与えてくれるし、それをみずから食するということもまたスーパーや青果店で買って食べる野菜と比べると格別に感じられる。
ファーマーたちもその達成感と格別の味ゆえに、現在もファーマーとしての活動を続けているのだろう。タマモという特例があってこそヒナギクも半ばファーマーのような活動をしているが、もしタマモに事情がなかったら、いまのようなプレイスタイルをしているかどうかは怪しいところだ。
そもそも、いまなおこのゲームを続けていたかどうかさえも怪しい。
とはいえ、リリースして半年経っても毎日ログインをしているうえに、つい少し前まで特訓の日々を重ねていた事実は、ヒナギクがこのゲームにのめり込んでいるというなによりもの証拠であった。
そんなヒナギクでもってしても、自分で育てたわけでもない野菜を、つい先ほど会ったばかりのプレイヤーと一緒に収穫することを楽しめるわけではない。
前者であればまだ理解できる部分はなきにしもあらずだ。たとえば、まだタマモの畑で育てられていない農作物だったり、同じキャベベやポテテだったとしても品質に差があるものだったりと、好奇心や後学のためという理由であれば、楽しむほどではなくても、興味を惹かれることはあるだろう。
だが、後者に関しては完全に理解不能である。そもそも、つい先ほど会ったプレイヤーとなぜ農作物の収穫なんてすることになるところから、理解不能となる。
しかし、その理解不能な状況に、現在ヒナギクは陥っていた。
(……なんで、私この子と収穫なんてしているんだろう?)
現状はまさしく理解不能だ。
一周回ってかえって冷静になってしまえるレベルに理解できない状況下である。
それでもなお、こうして収穫を延々と行っているのは、どうしてもユキナという目の前のプレイヤーが悪い人物だと思えなかったからである。
ユキナの話では、今日のタマモの店の営業自体はすでに終わっており、現在タマモは店に残って経理作業をしているらしい。
ユキナが収穫をしているのは、翌日の営業分の材料の確保のためだそうだ。本来ならタマモも一緒に収穫する予定だったが、経理作業で若干甘い部分があったらしく、今日はエリセに付き合って貰っているとのことだ。
タマモの事情を説明していたとき、わずかにユキナの表情が不満げに歪んでいたのをヒナギクは見逃さなかった。それを見てヒナギクが思ったのは、「あのロリっ狐、またやらしかしたのか」ということだった。
タマモ本人的には、やらかしたつもりはないのだろうが、ユキナの言動を見る限り、見え隠れしている感情がある。
タマモとしては、まるでそのつもりがなかったとしても、ユキナの感情がどうなっているのかは火を見るよりも明らかである。
その感情があるからこその不満。言うなれば、独占欲が顔を覗かせているわけだ。そしてその独占欲は現在のタマモにとっては、ある意味地雷のようなもの。そのことをユキナは無意識のうちに感じ取っているようで、地雷を踏みつけないようにしつつ、ゆっくりとだが着実に成果をあげているとヒナギクには感じ取れた。
(……もしかしたら、エリセさんが今日は付き合っているというのも、エリセさんなりの牽制なのかも)
こうして考えてみると、十分にありえる話であった。
端から見れば、姉ないし母親とも見られかねないほどに外見上でも年齢差があるタマモとエリセだが、当のエリセはタマモにぞっこんである。そんなエリセにしてみれば、ユキナの存在は非常に厄介であろう。
タマモから見たユキナは、健気な妹のような存在である。そう、アンリと同じでだ。
特に現在はアンリを喪ったばかり。そんな状況で、アンリと似たような雰囲気のあるユキナが現れた。エリセにしてもアンリは大切な存在であったと同時に、タマモを取り合う恋敵でもあった。
そのアンリがいなくなった以上、エリセにとってはある意味安泰な状況だったのだ。そこにまさかのアンリを思わせるユキナが新たな恋敵として現れたのだ。エリセにしてみれば、非常に面白くはないだろうし、厄介な存在であろう。
なにせ、アンリ同様にユキナもまた人当たりがいいうえに、健気ないい子なのだ。よほど感性が捻くれているか、性根がこじれていない限り、普通はそんな子を嫌えるわけがない。
そしてエリセはかなり特殊な背景を持つ女性ではあるものの、感性は捻くれていないし、性根もこじれているわけでもない。もっと言えば、エリセから見れば、ユキナはアンリ同様に非常に好ましい子である。そんな子をエリセが嫌えるわけもない。
それゆえにエリセにとって、ユキナは非常に厄介な存在であるのは間違いない。アンリを思わせる強力な恋敵であると同時に、エリセ自身でも好ましく感じられる健気ないい子。そんな強敵を前にして、エリセが裏であの手この手を使うのも無理もない話ではある。
実際にどうなのかまでは定かではないものの、少なくともユキナに対して、複雑な感情をエリセが抱いてあるであろうことは間違いない。
その当のユキナとどうして収穫をする羽目になったのか。
そのあたりがいまいちヒナギクは理解できなかった。
気づいたらとしか言いようがない。
ねだられて握手をした。どうして握手をする必要があったのかもさっぱりとわからないものの、百歩譲ってそれはよしとする。そう、よしとしてもなぜ握手の後で「一緒に収穫しましょう」という展開になるのかがどう考えてもわからない。
農作業同様に、タマモの店の手伝いをすること自体、ヒナギクにとっても吝かではない。その手伝いをするのに農作物の収穫が必要なら喜んで行おう。
だが、ほぼ初対面の相手と一緒に収穫をして楽しめるかと言われたら、はっきりとノーと言える。
なのに、ユキナはヒナギクでもノーと断ずる作業を、明らかに楽しんでいるのだ。
いったいどういう理由で楽しめるのだろうか。
ヒナギクにとってユキナはあまりにも未知な存在であった。
未知ではあるものの、危険というわけではない。
それどころか、独特の親しみやすさもあるし、なんとなく放っておけないなにかを感じさせてくれる。そういうところも含めて、やはりアンリとよく似ているとヒナギクには思えてならない。
もしかしたら、そういうところをタマモも感じ取っているがゆえに、ユキナをそばにおいているのかもしれない。
だとしたら、ずいぶんとまぁ因果というか、業が深い話である。少なくともヒナギクにしてみれば、そうとしか思えないことだった。
(……タマちゃんも、まぁ、大変だなぁ)
思うところはないわけじゃない。それでも、今後もタマモはいろいろと大変だなぁとしみじみと感じるヒナギク。
そう、ヒナギクに感じさせているユキナはと言うと、箱推しとも言える「フィオーレ」のメンバーであるヒナギクとの邂逅にテンションが上がりっぱなしであり、なんとなく収穫する農作物をリズミカルに口ずさむという謎の歌もどきを奏でるほどに。
そんな対照的な反応をしながら、ヒナギクとユキナによる収穫作業は予定していた数に達するまで続くことになるのだった。




