32話 雷剣ミカヅチ
ミカヅチ(進化可能)──。
ステータス欄に表示された内容は何度見ても同じく、進化可能とあった。
進化。
それはレンがテンゼンとの模擬戦を繰り返してきた目的のひとつである。
もうひとつの目的であるクラスチェンジはまだとっかかりさえ掴めていないが、片割れの目的にはどうにかたどり着けたことを意味していた。
「……やった」
声が震えていることを、レンは自覚した。
そう、自覚していた。自覚していたが、それでも震えはどうしても収まってくれなかった。
むしろ、時が経つにつれて声の震えは大きくなっていく。
比例して歓喜もまだ込み上がっていた。
いや、その歓喜が声を震わせる要因なのだろうと思いながらも、レンはその感情のままに天を仰いだ。
「やったぞぉぉぉぉぉ!」
レンは拳を天に向かって振り上げた。
体はとっくに限界を迎えていたが、拳を振り上げる力はそれなりにあった。
このとき、レンは自分の限界を突破していた。
とはいえ、それはあくまでも一時的なものでしかなかったので、振り上げた拳は数秒後には自動的に地面に落ち、それまでのように地面の上で大の字になるレン。
それでも、ようやく目的のひとつを達成できた喜びがレンの胸中を覆っていた。涙こそ出なかったが、いますぐに泣きじゃくったとしてもおかしくはない。それくらいにレンはミカヅチの進化が嬉しかったのだ。
「……やれやれ、進化できるくらいで大げさな奴だな」
大喜びをするレンの姿に、外套のフードをより深く被りながら呆れるテンゼン。「そのくらいで喜びすぎだ」と言わんばかりの様子だった。あくまでも表面上では。その内面がどうなのかは、外套のフードで顔を隠したことが如実に物語っている、のだが、レンはそのことに気づくことなく、はしゃいでいた。
そんなレンを見つめながら、テンゼンはほんのわずかに口角を上げていた。が、やはりそのことにもレンは気づくことなく、ミカヅチの進化を喜んでいた。
「……おい、喜ぶのもいいが、そろそろ進化したらどうなんだ? あくまでも進化可能になっただけで、進化したわけじゃないだろう」
進化可能になってしばらくの間、歓喜に打ち震えていたレンを放置していたテンゼンだったが、いつまで経っても進化させないことに業を煮やしたように、ミカヅチを放置したままであることを指摘した。
テンゼンの指摘に「あ」と小さく漏らし、レンは慌ててミカヅチを見やる。ミカヅチはテンゼンに飛ばされたままの姿で、地面に突き刺さったままの状態で光り輝いていた。……見間違いだろうが、光り輝いているが最初よりも、若干光度が下がっているように見えた。
まるで「喜んでくれるのはいいんですけど、そろそろ自分の方をちゃんと見てくれませんかね?}とミカヅチが拗ねているようにレンには感じられた
タマモの五尾のように、ミカヅチにも意思があるとは思っていないレンではあるが、五尾という前例がある以上、なにかしらの特別な存在には相応の意思があったとしても不思議ではないとも思えていた。
とはいえ、五尾は特別な存在の中でも特別ではある。そもそも五尾とミカヅチでは、存在そのものが違う。五尾は意思を持った尻尾だが、ミカヅチはこのゲームのタイトルにもなるEKという武器群のひとつ。
それぞれ特別な存在ではあるが、片や意思を持った尻尾、片や武器と各々で括りがまるで異なっていた。
もっと言えば、尻尾ではあるが、五尾は一応有機物であり、ミカヅチは武器であるため無機物である。尻尾ではあるものの有機物であるからして、五尾に意思があるというのは百歩譲ってまだ理解できる。
しかしミカヅチは特別とはいえ、しょせん無機物である武器でしかないのだ。いくらなんでも無機物であるミカヅチに意思が宿るというのは、さすがにありえないとレンは思っていた。
ありえないと思う一方で、EKの元ネタとなったであろう作品は、意思ある武器が登場する作品は、いくらか思い浮かぶものはある。それらすべてをレンはテンゼンを始めとした兄たちの影響で知っている。
掲示板でも、「EKの元ネタとなった作品はなんだろう」という板があり、某和風RPG派と某~のRPGというキャッチフレーズ派ないし某ファンタジー小説派で日夜論争をしているようだった。レン個人的には各々の特徴をかいつまみながらミックスしているんじゃないかとは思っているものの、実際に口にすることはない。
どれが元ネタであるにせよ、こうしてのめり込むほどに楽しめているのだから、それでいいじゃんというのがレンの意見である。論争をしている連中にとっては「元も子もないことを言うな」になることはたしかなので、あえて口を噤んでいる。
というか、大部分のプレイヤーにしてみれば、EKの元ネタがなんなのかはどうでもいいことだ。楽しければそれでいいというのが大部分のプレイヤーの本音である。論争を繰り広げているプレイヤーたちもその民意を理解している。理解していても、論争を日夜繰り広げているのだ。
もっとも白黒はっきりとさせたところで、運営に「それは元ネタじゃないです」と公言されてしまったら、それで終わりなわけだが、それでも自分たちの論を突き通そうとするのは、それもまた彼らなりの楽しみ方ゆえである。
論争プレイヤーたちもなんだかんだで、楽しければそれでいいのだ。彼らもまたこのゲームのプレイヤーであり、その楽しみ方のひとつに日夜の論争が組み込まれているということなのだから。
そんな論争プレイヤーたちの真意にまでは気づいていないレンは、元ネタがなんであるにせよ、進化したらミカヅチにも意思が芽生えないといいなぁと思っていた。
なにせ、進化可能となったことではしゃぎすぎて、その当のミカヅチを放り出していたのだ。
もし、ミカヅチに意思が芽生えようものなら、このことを根に持たないわけがない。むしろ、ことあるごとにネチネチと言われそうな気がしてならないのだ。少なくとも五尾であれば、確実にそうするだろう。
であれば、ミカヅチにも意思が芽生えたのであれば、五尾のような振る舞いをしないという保証などないのだ。なにせ五尾という前例がすでにある以上、否定は誰にもできはしないからである。
(五尾のようになりませんように。五尾のようになりませんように。五尾のようになりませんように!)
あんな面倒くさい彼女みたいな意思を持った存在になりませんように、と必死に祈りつつ、レンはミカヅチの進化を選択した。
するとミカヅチの刀身から眩い光ともに何条ものの黒い雷の奔流が放たれた。
「──レンっ!」
雷が放たれてすぐにテンゼンが慌てたように声を掛けてくる。だが、雷の音が大きすぎてレンの耳にはテンゼンの声は届かなかったし、テンゼンが必死に腕を伸ばす姿さえも見えていなかった。
レンが見ていたのは、駆け上がるようにして天へと昇る何条もの雷だけ。その雷は天を昇るに連れて合わさっていき、最終的には黒い雷の体をした大きな竜のようになっていた。黒い竜は天高く昇ると、狙いを定めていたかのようにまっすぐにレンの元へ舞い降りてくる。
黒い竜はレン、ではなく、傍らのミカヅチの刀身に食らいついた。黒い竜に食らいつかれたミカヅチは黒い雷を再び迸らせ、そして──。
「雷剣ミカヅチへと進化しました」
──そんなポップアップとともにミカヅチは新しい姿へと進化を果たした。新しい姿と言っても変化という変化はほとんど見受けられない。変化があるのは、常に刀身が帯電しているということだけ。黒い雷を常に纏わせた一振りの剣。それがミカヅチの進化した姿である雷剣ミカヅチだった。
名前の変化はただ「雷剣」が付いただけ。見た目同様に大きな変化はない。それでもたしかに進化は果たせたのだ。
レンは限界を迎えた体に鞭を打ち、進化したばかりの相棒に手を伸ばした。
「……これからもよろしくな、ミカヅチ」
新しい姿となったミカヅチにと笑いかけたのだった。




