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31話 ミカヅチの進化

 ──数日前。


「──今日はこんなところかな?」


 テンゼンは店売りの刀を納刀しながら、涼しい顔で佇んでいた。


 その前では地面に大の字で横たわるレンがいた。


 テンゼンとは違い、レンの全身は汗に塗れていた。


 それどころか、身に付けている装備はところどころ泥に塗れてもいる。


 その日もレンはテンゼンとの模擬戦に明け暮れていた。


 お互いにログインしてすぐに模擬戦は始まる。


 その模擬戦はそのときちょうど終わった。


 内容がどうだったのかは、ふたりの姿を見れば、考えるまでもない。


 ゲームシステム的に言えば、レベルとステータスはレンの方が上回っているため、レンの方が強いはずだった。


 しかし、そういったゲーム的要素を凌駕するほどに、プレイヤースキルには大きな差が生じている。その結果が、そのときのテンゼンとレンの姿であった。


「……だいぶよくなったとは思うが、それでもまだやるのか?」


「あたり、まえだ!」


 レンはテンゼンの問いかけに胸板を大きく動かしながら答えた。


 そんなレンの返答にテンゼンは、ため息交じりに「そうか」とだけ頷いた。


 テンゼンとの模擬戦は、レンが新しい力を手に入れるために必要なことだった。


 レンが求めているのは、EKであるミカヅチの進化とクラスチェンジである。


 EKに関しては、レベル分×100回本来の用途で使用すればいい。


 現在のレンのレベルは25。つまり2500回使用すればいいということだ。


 そしてミカヅチの本来の用途とは、どう考えても攻撃である。


 現に掲示板を覗けば、一般的な武器の姿をしているEKであれば、その武器の本来の、誰もが考える通りの手段で規定回数攻撃を行えればいい。ヒナギクやタマモのように回復したり、調理を行う必要がないため、とてもシンプルに回数をこなすことはできた。


 ただ、それでも2500回というのは膨大な数だ。


 1回につき1秒で攻撃を行うことができれば、2500秒あれば、40分ちょっとあれば規定回数に達することができる。あくまでも机上の計算だが。


 実際にそれを行おうとしたら、まず相手がいない。


 2500回もの攻撃に耐えられる相手なんて、早々いるわけがない。


 仮にいたとしても、規定回数に達する前に戦闘終了してしまうか、規定回数に達する前にこちらがやられてしまう。それだけの攻撃に耐えられる相手など、どう考えてもはるかに格上の相手なのだから、そんな格上に1秒単位で攻撃しても40分以上悠長に攻撃を仕掛けられるわけもない。


 普通は、規定回数に達するまで幾度となく戦闘を繰り返すものだ。


 だが、今度は何度も戦闘を行おうとしても、別の問題が生じることになる。


 それは経験値の取得。


 先にも挙げたが、EKの進化はレベル×100回分本来の用途で使用することだ。


 本来であれば、レベル25なら、すでにEKは進化していないとおかしいレベル帯である。


 よっぽど特殊な用途でない限り、最初の進化に至るはずのレベル5、つまり500回の使用など、レベル5に上がる頃には、だいたいのプレイヤーであればとうの昔に満たしているはずなのだ。


 中には虎の子として秘匿しているプレイヤーもいれば、他に強力な武器があるからとレベル5になっても規定回数を満たせていないというプレイヤーもいるにはいるが、ほぼ少数である。


 その少数のプレイヤーの中でも、レンは特に少数のプレイヤーにあたるうえに、その背景がかなり独特なのだ。


 結論から言えば、レンがミカヅチを進化できていないのは、レンが中途半端に強いからである。


 レン自身のプレイヤースキルはテンゼンほどではないものの、それなりのものであり、上位プレイヤーの仲間入りできるほどはある。だが、あくまでも仲間入りができる程度。もっと言えば、末席にどうにか座れる程度でしかない。


 テンゼンのように全プレイヤーの中でも、一握り中の一握りではないため、焦炎王のようなはるか格上と延々と戦い続けつつも、生存し続けられるほどに強いわけではない。


 かといって、アルト周辺のフィールドボスに瞬殺されるほどに弱いわけでもない。アルト周辺のフィールドボスは特殊な戦闘方法を行うタイプはいないため、レンがその気になれば一撃で倒すことも可能である。


 現時点での上位プレイヤーは、初期のフィールドボスを単独で瞬殺できることが絶対条件であるが、その条件を満たしているため、レンも一応上位プレイヤーの一端には入ることはできる。できるが、その強さは強すぎるわけでもなく、弱すぎるわけもない。半端な強さでしかない。


 その半端であるがゆえに、レンは伸び悩んでいるのだ。もしテンゼンと同等のプレイヤースキルがあれば、それこそ焦炎王ないし氷結王のような絶対強者との模擬戦か降ったとしてっも、シュトロームのような第5段階のモンスターとの戦闘を何度か行えばいい。


 しかし、レンはそこまでの力量がないため、結局テンゼン以上に数をこなす必要がある。だが、数をこなそうとしても、そこらのモンスターではレンの攻撃に何度も耐えられるわけもない。


 そうなると、1回の戦闘で行える攻撃回数には限りが出てくる。その回数の上限分をベースに戦闘を行うことになるが、そうなると戦闘の回数分だけ経験値を得ることになる。


 仮にその経験値がごく少数でも、塵も積もれば山となるように、経験値は徐々に蓄積されていき、最終的にはレベルアップしてしまう。


 そしてレベルアップしてしまったら。レベルアップしてもまだEKが進化していなった場合、導き出される答えは規定回数の上乗せという無情の答えである。


 その無情の答えを繰り返した結果が、現在のレンが抱える2500回という規定回数であった。

 もっともレンの場合は、攻撃するだけでいいからまだ有情とも言える。これがタマモであれば、目も当てられない状況であったことは間違いない。


 そしてレンの規定回数は、それまでもそれなりに使用していたことに加えて、テンゼンとの模擬戦により圧倒的な速度で回数をこなすことができていた。


 ゆえにそれは必然であった。


「そんな倒れ伏した状態で言われてもねぇ」


「バカに、すんなよ」


「バカにしたわけじゃない。事実を言ったまでだ。いまのおまえは虫同然だ。虫のように地べたを這い蹲っているだけだしな」


 模擬戦をまだ続けるのかというテンゼンの問いかけに、牙を剥く形で答えたレン。そんなレンの返答にテンゼンは呆れたように言う。


 その言葉にレンは倒れ伏した体に鞭を打ち、体を起こした。ただ、体を起こしたと言ってもようやくというところであって、通常の戦闘はもちろん、模擬戦の続きもできそうにはなかった。


 そんなレンの様子を理解してもなお、テンゼンはまるで煽るような口調だった。いや、事実煽っているのだろう。外套に付属しているフードを深く被って顔を隠していることもあるのだろうが、レンにはテンゼンがなにを考えているのかを察することはおろか、現在の心情さえも理解できなかった。だから鞘を深く握りしめたテンゼンの右手に気づくことはできなかった。


 気づけないまま、レンはテンゼンに煽らるがままに行動を起こしていた。ほぼ動かない体を無理矢理起こすと、かろうじて握っていたミカヅチを震える腕で構えたのだ。その構えは八相──顔の脇で垂直に剣を構えるもの──になっていた。


「……ふん。まぁ、そこまでできれば、上出来か。とはいえ、それ以上は無理そうだな。今日はもう終わりだ。ぐっすりと」


「うるせぇ!」


 レンが立ち上がり構えたのを見届けてから、テンゼンは踵を返した。だが、そんなテンゼンに向かってレンは体を震わせながらも駆け込んでいった。


「……無茶ばかりする奴だな、本当に」


 テンゼンは駆け込んでくるレンを見据えながら、またため息を吐いた。テンゼンがため息を吐くと同時にレンは構えていたミカヅチをどうにか振り下ろした。が、その振り下ろしに合わせるようにしてテンゼンが鞘に入ったままの店売りの刀を下から掬いあげるように振り上げた。


 ミカヅチで鞘に納まった店売りの刀はぶつかり合うも、すでに限界だったレンにはその衝撃に耐えることはできず、ミカヅチはレンの手から離れ、レンの背後の地面にと突き刺さった。


「……もう一度言う。今日はもう──おい、レン」


 何度目かのため息とともにテンゼンが今日の模擬戦の終わりを告げようとした。


 だが、テンゼンはとっさにその言葉を引っ込めた。


 体を震わせながら、どうしたのだろうと思っていたレンだったが、テンゼンは驚いているのか、目をわずかに見開いていた。


 兄であるテンゼンの様子にただならぬものを感じて、レンは自身の背後を見遣った。


「え、これって」


 背後にあったのは地面に突き刺さったミカヅチだった。


 だが、いつものミカヅチとは違い、地面に突き刺さったミカヅチは眩い光を放っていた。もしかして、と慌ててステータス欄を開くと、そこには「進化可能」という一文字が表示されていたのだった。

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