29話 特殊職
ステータスとスキルを追加しました(2022.9.5.23:37)
「──クラスチェンジ可能、って」
いきなり聞こえてきたアナウンスに、ヒナギクは唖然としていた。
目標のひとつであるクラスチェンジが、いきなり可能となったのだ。
トリガーは特殊称号であることは間違いないが、その特殊称号を得られた理由がわからなかった。
「……えっと、とりあえず、称号の確認しようかな?」
ステータスを開くと、職業である治療師の後に「クラスチェンジ可能」という表記がされていた。選択をすれば、すぐさまクラスチェンジが可能となるのだろうが、タマモから聞いていた話や、掲示板の内容とはやや異なるようだ。
「たしか、クラスチェンジが可能となったら、選択画面になるんじゃなかったっけ?」
ヒナギクの知る限り、クラスチェンジが可能となったら、すぐに選択画面がポップアップされるはずだった。
だが、ヒナギクの場合はポップアップはされていない。ステータスの職業欄にクラスチェンジ可能という表記があるだけだ。
この違いはなんなのか。
首を傾げながらも、ヒナギクは取得した特殊称号の確認を先に行うことにした。
クラスチェンジが可能となったのは、どう考えても特殊称号を取得したことがトリガーとなったからだが、その肝心の特殊称号がなぜ手に入ったのかがわからなかった。
クラスチェンジの選択をしたいところだが、まずはその理由となったものを先に知っておきたかった。
ちなみにだが、ヒナギクは称号をほとんど取得していない。隠し称号である「常春の招待状」を含めても、「クロウラーの反省者」、「鬼屠姫」、「物物交換者(水)」の4つのみである。
だが、ほとんどのプレイヤーにしてみれば、4つというのはかえって多い方である。ほとんどのプレイヤーはアンロックされた「理解者」、「反省者」、「敵対者」のどれかの称号を得ているだろうが、それ以外の称号を手に入れられた者はそこまで多くない。
その点、ヒナギクはすでに4つの称号を得ている。ほとんどのプレイヤーがひとつであるのに対しての4つというのは十分に多いのだ。
むしろ、ぽんぽんと称号を取得しまくるタマモがおかしいとしか言いようがない。
(タマちゃんの称号獲得はハイペースすぎるもんねぇ)
いったいどうやったら、あんなにポンポンと称号を得られるのかと、同じクランのメンバーながらも、ヒナギクにも理由がわからなかった。
(まぁ、タマちゃんはタマちゃんだからなぁ)
タマモの称号獲得率の高さの理由を考えたところで答えなど出ない。そんなことを考えるよりも、目先の問題を解決するべきだとヒナギクは思考を切り換えた。
そうして本来なら4つだけだった称号欄を見遣ると、そこには新しい称号が追加されていた。
「「渾身に至りし者」か。タマちゃんの「連理へと至りし者」に似ているなぁ」
タマモの取得した「連理へと至りし者」とヒナギクの得た「渾身に至りし者」は名前の響きが似ていた。特殊称号というものは、なにかしらの熟語が使われるものなのかもしれないと思いつつ、ヒナギクは「渾身に至りし者」についての確認を行った。
「えっと、「すべての力を振り絞って戦う者に与えられる称号」かぁ」
「渾身に至りし者」の説明を口にするヒナギク。その内容はヒナギクが口にしたとおりのもので、「すべての力を振り絞って戦う者に与えられる称号」であり、取得条件は「同一個体の格上相手に規定回数の戦闘を行うこと」とあった。
「つまり、シュトロームさんとの訓練を何度も行っているから得られたってこと? でもこれならここにダンジョンアタックしている人たちも得られそうなんだけどなぁ」
取得条件についてヒナギクは首を傾げた。
現在ヒナギクがいる氷結王の御山こと、プレイヤー間での通称「死の山」にダンジョンアタックするプレイヤーはいまだに存在していた。
というか、この瞬間にもシュトロームたち曰く勝手口である滝裏の洞窟から侵入を試みるプレイヤーは後を絶たない。
正門である崖を攻略しない限りは、第三段階相当のモンスターたちに屠られるだけなのだが、そのことをプレイヤーたちは知らないため、いつも通りにモンスターたちの餌食となっていた。
当初は掲示板でプレイヤーに周知した方がいいんじゃないかと思っていたヒナギクだったが、シュトロームに止められてしまったため、周知はしていなかった。
シュトロームが止めたのは、「運動不足解消にはちょうどよいから」という、なんとも言えない理由からだった。
闖入者に対して、そういう対応はどうなのかとヒナギクは思ったが、よくよく考えてみれば、仮にレッサーヒドラ等の蛇身の巨大モンスターたちのいる滝裏の洞窟を突破し、オーガを始めとした屈強なモンスターの住処である森も抜け出たとしても、最終的にはシュトロームを長とする氷結王の眷属であるスライムたちがいるのだ。
どほれどの手合いだったとしても、スライムたちが登場した瞬間に終わるだろう。なにせここのスライムたちは物理無効に加えて魔法ダメージでさえも減衰させてしまう厄介極まりない連中である。
その長であるシュトロームに至っては、第五段階相当のレベル100超えモンスターだ。リリースして半年ちょっとでは、勝ち目などあるわけがない。プレイヤーたちの必死のアタックも、シュトロームたちにとっての運動不足解消程度でしかないのも無理からぬ話だった。
なので、いまもこの瞬間、御山の事情を知らぬプレイヤーたちによる盛大な死に戻りという名の狂想曲は今日も行われていた。
なお、死に戻っているプレイヤーたちにとって、御山のモンスターたちは格上であることはたしかなのだが、相対するモンスターは日によって個体が異なるため、同一個体との規定回数の戦闘という条件を満たしていないので、「渾身に至りし者」を取得できていないのだが、そちらの事情を知らないヒナギクにとっては、なんで彼らが取得できないのかがわからなかった。
「……まぁ、いっか。さて、条件はわかったけれど、効果はわからないのか」
「渾身に至りし者」の取得条件はわかった。だが、その効果は「不明」とあった。「連理へと至りし者」も効果はわかっていないのと同じようだ。
「……字面だけを見ると、なにかしらのボーナスはあると思うけど……検証がいるか。それは今度にして、次はクラスチェンジかな?」
とりあえず、称号の確認は済んだ。となれば、次はいよいよクラスチェンジである。
タマモから聞いた話と掲示板の情報とは食い違っているが、クラスチェンジできることは確かなのだから、とっと済ませておこう、とヒナギクは職業欄を選択した。すると、目の前に複数のウィンドウに異なる職業とステータスが表示された。そのすべてが特殊職と表記されていた。
「……あぁ、そういえば、複数の特殊職って言っていたっけ?」
あまりにいきなりすぎたため、ほぼ聞き流す形になっていたが、たしか複数の特殊職にクラスチェンジ可能とあった。タマモや掲示板の情報からだと、クラスチェンジが可能となったら、すでに職業が選ばれていたということだった。
だが、ヒナギクの目の前には複数の特殊職の中から選択するようにと表記されている。
つまりタマモたちの場合は、自動的に最適の職業が自動選択されていたが、ヒナギクの場合はそれが複数あるため、この形式になったようである。
(ちょっと面倒だけど、ある意味ではこっちの方がありがたいかも)
自動選択された方が面倒はないが、その分ビルド的に自由がなくなってしまう。今回の選択式は複数から選ぶという面倒はあるものの、ビルドを自由にできるという利点もある。
どちらがいいかどうかはその時々によるものの、今回の場合は選択できるという点が非常にありがたいとヒナギクは思った。
「えっと、聖拳士に修行僧、それにアイドルぅ?」
表示された特殊職は3つあったが、それぞれに特徴があった。
まずは修行僧。
ヒナギク
レベル 20
修行僧
HP 372→446
MP 615→492
STR 40→45
VIT 10→11
AGI 12→15
DEX 12→15
INT 25→20
MET 18→16
LUC 10→10
SKILL 魔闘技(New)、物理耐性(中)(New)、魔法耐性(弱)(New)、武装(拳)限定(NEW)
修行僧はヒナギクのプレイルスタイルである接近格闘に特化しており、STRの伸びが一番高い反面魔法関係の能力が下がっていた。修行僧の名の通り、僧侶であるため治療能力はあるものの、その治療効果自体は低くなるだろう。アンリのような大怪我を治すことはできそうにはない。なによりも長杖であるセミラミスが装備不可となる致命的な欠点があった。
次にヒナギクが声を裏返させたアイドル。
ヒナギク
レベル 20
アイドル
HP 372→298
MP 615→738
STR 40→20
VIT 10→9
AGI 12→15
DEX 12→15
INT 25→35
MET 18→28
LUC 10→10
SKILL 治療魔法・中級(NEW)、付与魔法・中級(NEW) 、歌唱(NEW)、治療強化(NEW)、付与強化(NEW)、舞踊(NEW)
これは現在の治療師の上位互換であり、治療能力だけではなく、バッファーとしても大きく成長が見込めるものだった。その反面、近接格闘の要となるSTRの数値が大幅に低下し、低下したSTRの数値がINTやMENに加算される。ヒナギクのプレイスタイルと致命的に噛み合わないが、セミラミスを装備することは可能だった。
最後に聖拳士。
ヒナギク
レベル 20
聖拳士
HP 372→409
MP 615→677
STR 40→43
VIT 10→12
AGI 12→15
DEX 12→15
INT 25→27
MET 18→20
LUC 10→10
SKILL 聖闘技(New)、物理耐性(弱)(New)、魔法耐性(微)、治療魔法・中級(NEW)、付与魔法・中級(NEW)
これは修行僧とアイドルの中間と言うか、いいとこ取りと言うべきものだった。拳士の名の通り、近接格闘は修行僧ほどではないにしろ秀でているうえに、アイドルのように特化してはいないが、治療能力の向上と各種バフも向上するようだ。ヒナギクのプレイスタイルにも噛み合ううえ、修行僧のようにセミラミスが装備不可となることもないようである。
「……いや、聖拳士しかないじゃん、これ」
修行僧もアイドルも魅力的な部分はあれど、一長一短すぎた。その点聖拳士はどっちつかずという印象はあるが、ヒナギクのプレイスタイルにこれ以上となく合致する職業であった。
ただこれでますます「殴り治療師」という印象が深まることになってしまうが、すでにいまさらだった。
それに回復もできて、守ることもできるというヒナギクの希望と一致するのは聖拳士をおいてほかになかった。
ヒナギクはノータイムで聖拳士を選択した。すると、強い光に一瞬包まれた後、ヒナギクのステータスの職業は治療師から聖拳士へと変化していた。
「……無事にクラスチェンジできたみたい」
いきなりすぎて、いまいち実感はないものの、システム的にはちゃんとクラスチェンジはできたようだった。
とりあえず、これで目標のひとつは叶った。
あとはセミラミスの進化だけである。
「うん、とりあえず、頑張ろう」
まだ先は長いけれど、ひとまずの到着点にはたどり着いた。
だが、油断することなく、もうひとつの目標に邁進しよう。
ヒナギクは改めて、セミラミスの進化を目指すことにしたのだった。




