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27話 わずかに芽生えるもの

「──特殊な進化ですか」


『ええ、数百年にひとり現れるかどうかの、一握りだけが至れる進化ですよ』


「やっぱり、タマモさんはすごいですね」


 五尾に言われた内容を、反芻するように呟いたタマモ。そんなタマモの言葉に、五尾とユキナはそれぞれの反応を示すも、タマモはぼんやりとそれを眺めるだけだった。


 ふたりの反応はそれぞれにらしいものだった。


 五尾はとにかく胸を張って、人の姿であったら、これでもかとドヤ顔をさらしていそうなもの。


 ユキナはと言うと、目をきらきらと輝かせて、タマモへのリスペクトを募らせている。


 どちらも非常にらしい反応であった。


 そんなふたりの姿にタマモは苦笑いしつつも、内心ではあまり喜んではいなかった。


 どれほど「特別」だなんだと嘯かれたとしても、タマモにとっては、その「特別」は大切な人を守ることもできない程度でしかないのだ。


 いまでも憶えている。


 クーとアンリ。


 大切なふたりをそれぞれ腕の中で亡くしたことを。


 ぬくもりが消え、冷たい肉の塊になる感覚。


 大切な人から、大切な人だったモノへと変わっていく。


 その有り様の変化は、思い出すだけで胸を締め付けていく。


 非現実のことだろうと言う人はいるだろう。


 たしかにその通りだ。


 現実では、誰も喪ってなどいないのだ。


 ただ、仮想空間の中で、ゲームという仮想空間の中で起こったこと。


 実際には誰も死んでなどいないのだ。


 わかっている。


 そんなことはもうわかりきっている。


 いまいるのは、パッケージ版でもせいぜい5千円、月額でも数千円で飛び込むことができる、とても作り込まれてはいるものの、現実ではない世界。ゲームの世界でしかない。


 クーもアンリも、いや、ふたりだけじゃない。エリセや氷結王、焦炎王など、この世界で知り合った人の、もともとこの世界で生きてきた人たちはすべてNPCでしかない。現実では存在しないデータだけの存在だ。


 そのデータだけの存在が死んだ。


 古今東西、ゲームの中のキャラクターが死亡することなんてよくあることだ。


 むしろ、ゲーム内で登場キャラクターが死亡しないなんてことの方がありえない。


 どんなゲームでも、死者は必ず存在する。


 RPGであれば、確実に誰かは死んでしまう。


 その誰かは、敵側であるかもしれないし、味方側かもしれない。


 今回の場合で言えば、クーとアンリはタマモにとっての味方側だった。


 その味方側のNPCが二人死んでしまった。


 よくある損失だ。


 大局的に見れば、ふたりの死はよくある損失でしかない。


 だが、タマモにとっては「よくある損失」なんて言葉で片づけられるものじゃなかった。


 特別な進化を果たせた。


 それでも、ふたりを守ることはできなかった。


 それだけの力は得られたはずだったのに、誰も守れなかった。


 守り抜く力は得られていただろうに、守り切れなかった。


 なにが悪かったのかはわからない。


 進化したことで得た力に酔ってしまっていたからだろうか。


 最弱が人並みになった程度で、調子に乗ってしまった。


 だから喪った。


 守れるはずだったふたりを守り抜くことができなかった。


 すべては、タマモの慢心が招いたこと。


 現実であれば、取り返しのつかないことになったかもしれない。


 けれど、これは現実ではない。


 ゲームの世界だ。ゲームの世界だからこそ、まだ取り返しがついた。取り返すことができる。


「回生の青果」──。


 タマモたち、「フィオーレ」がそれぞれで力をつけることを決めた理由。喪われたアンリの命を取り戻すために必要なもの。


 タマモがこうして「タマモのごはんやさん」を開いたのも、すべてはアンリを生き返らせるため。


 そのためだけに、タマモは日夜調理を行っていた。すべては武闘大会で優勝するためであった。「タマモのごはんやさん」が開店して、もうすぐ2週間ほどになる。


(いまのボクは──)


 タマモは試しにステータスを表示させ、現時点での成長を確かめた。



 タマモ LV15


 種族 白金の狐


 職業 双剣闘士、コック、幻覚師、漁師長、予言者


 HP 384


 MP 384


 STR 13


 VIT 13


 DEX 12


 AGI 15


 INT 12


 MEN 12


 LUC 6


(──だいぶ強くなりましたね)


 現在のステータスを見て、タマモはひとまず満足していた。


 クラスチェンジしたことで、レベルアップ時の割り振りポイントが1点増えたことで、ステータスは15も増加することができた。


 それでも、まだ一般プレイヤーの初期能力よりもいくらか強い程度でしかない。


 トッププレイヤーであれば、いまのタマモよりも倍はあってもおかしくはない。


 初期を考えれば、信じられないくらいに強くはなった。


 だが、それは比較対象が初期のタマモであればの話。


 エキスパート級に参加するプレイヤーと比べたら、まだまた頼りない数値でしかない。


(……もう半月でどれだけ強くなれるかですね)


 この2週間と同じように成長できれば、LUC以外のステータスは軒並み15を超えられるはずだ。それでもまだ弱いが、その弱さをスキルでどうにかカバーできるはずだ。実際、以前の武闘大会でもスキルでカバーはできた。


 だが、ローズ率いる「紅華」戦では、対策が取られてしまった。


 いや、その前の「フルメタルボディズ」戦からか。


 それまでは初期組のクランゆえに、甘く見られていた。


 だが、本戦出場してからは、対策を取られるようになった。


 今回の武闘大会ではシード枠として予選を飛ばして、本戦から出場できるものの、その分だけ対策を取られていると考えるべきだ。


 その対策をどれだけ上回れるか、もしくはどれだけ手の内を隠して勝ち進められるか。


 タマモができることは、徹底して経験値を稼ぐこと。


 とにもかくにも、レベルの低さゆえの低ステータスをどれだけ補えるかが勝敗の鍵となっている。


 スキルや称号がここから増えることは望み薄だろうし、職業に至っても、クラスチェンジしたことでセットできる数が5つに増えた上に、一般職だけだったのが、上位にあたる下級職をセットできるようになったが、より上位の中級職はさらなるクラスチェンジが必要となるだろう。


 とはいえ、だいたいのプレイヤーは下級職にようやく手を伸ばせたところだろう。それはトッププレイヤーでも同じはずだ。掲示板でもまだ中級職に至ったという話はなかった。その下級職を5つもセットしていることは相当のアドバンテージになるはずだ。


 現在セットしている職業はもともとセットしていた双剣士、調理師、漁師の上位職をそのままセットした。残りふたつのうち、幻覚師は一般職の幻術師の時点からセットできる一覧に存在してはいたが、枠の関係であえてセットしていなかったものだ。


 幻術師の能力は、幻惑系のスキルの効果上昇というものだったが、調理師や漁師の能力に比べると見劣りがあった。幻惑系のスキルが幻術しかなく、低ステータスゆえに幻術を何度も使うことができないこともあり、セット職業として選んでいなかったのだ。


 最後の予言者に至っては、クラスチェンジをしたことで選べるようになった職業だった。能力は未来視などの予知系のスキルの効果上昇と消費MP減というもの。どうやら予知系のスキルを取得しないと選択できない特殊職のようだった。


 掲示板でも予言者にクラスチェンジを果たせたプレイヤーはいなかった。


 だが、予言者ではなくてもクラスチェンジを果たせたプレイヤーは徐々に増え始めているようだった。


 有名どころで言えば、「紅華」のローズは疾風剣士、「フルメタルボディズ」のバルドは鉄壁戦士、「ガルキーパー」のガルドは獣戦闘士とそれぞれの特徴を伸ばしたクラスチェンジを果たせたようだった。


 それぞれタマモにとっては強敵かつライバルにあたる存在たちだ。


 バルドとガルドのクランには前回勝っているものの、楽勝だったわけではない。


「紅華」に至っては、惜敗した相手だった。


 優勝を果たすにはこの3つのクランにも勝たねばならない。


 それもタマモが成長すればという話ではなく、「フィオーレ」全員が成長しなければならない。


(……ヒナギクさんとレンさんはどうですかね)


 いまのところ、ふたりからの連絡はない。


 だが、ふたりがいまも必死に努力しているはずだ。


(おふたりに負けてはいられませんね)


 ふたりがどういう成長をするかはわからない。


 だが、次に会ったときは、きっと見違えるほどに強くなっているはずだ。


 そのとき、タマモもまた同じように成長していたい。


 だから負けてはいられない。


 だが、いまは一時の休憩だ。


 そうするようにエリセに釘を刺されてしまっている。


(……いまだけは気を抜くべきですかね)


 ちらりと隣を歩くユキナを見遣る。


 ユキナは五尾となにやら話をしている。


 その横顔を見ていると、なぜか心が和らいだ。


 その理由はわからない。


 わからないが、ユキナとの時間は不思議と和むことができた。


(……あと半月。頑張らないとですね)


 次こうして息抜きができるのがいつになるのかはわからない。


 だからこそ、いまはできる限りの息抜きをして、目標に突き進むための英気を養いたかった。


(とりあえず、もう少しだけぶらぶらとしますか)


 ユキナとともに当てもなく、練り歩く。


 それでも、得られるものはたしかにある。


 そう思いながら、タマモはユキナとの何気ない時間を限界まで楽しもうと決めた。


 まだわずかに芽生えた気持ちに気づかぬままに。

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