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5話 初めてのフレンドさん

 本日二話目となります。

「そうか。そなたはタマモと言うのか、見目と合わさってかわいいの」


「いえいえ、アオイさんもおきれいですよ」


「ほほほ、口がうまいの」


「事実を言ったまでですから」


 所変わって時計塔近くにある噴水広場。まりも、いやタマモは女性プレイヤー──アオイに後ろから抱きかかえられる形で広場脇のベンチにアオイとともに座っていた。


 当然のようにふたりともとろけるような笑顔を浮かべている。


 タマモはアオイの胸を枕にするように頭を埋め、アオイはタマモの頭を優しく撫でている。その姿は仲のいい姉妹のようにも見える。


 すでにふたりともフレンドコードを交換し合っていた。お互いに大してわかっていないのにも関わらずである。それだけタマモとアオイはそれぞれがドストライクな見目をしていたのである。


 もっともそんなふたりの事情を知らない周囲のプレイヤーとこの光景を見守っていた運営チームもふたりが姉妹なのだろうと思い込んでいた。


 それほどまでにふたりは仲がよく見えていたのである。実際は出会って十分もしていないなんてことを誰が思うだろうか。


「ところでタマモや?」


「はい?」


「そなたガチャはなにが出たのかの?」


 アオイは慈しむようにタマモの頭を撫でている。


 特にタマモの頭にある金色の立ち耳を人差し指と中指の腹でこりこりとこすっていた。


 耳をこすられるたびにタマモは「あぅ~」と間延びした声を出していた。そんなタマモの姿にアオイは「かわいいのぅ」と呟いた。


「ん~。ボクですかぁ?」


「そうじゃよ。ああ、ボクっ子なのもかわいい」


 タマモが顏をあげると、アオイはとろけた顔をしていた。


 目もとろけたものなのだが、いくらかその目には怪しい輝きをともしているようだった。


 まりもを愛でつつも同時になにか考えていることもあるようだ。


「ん~。ちょっとお耳を拝借してもいいですか?」


「うん? まぁ、いいが」


 URランクの引換券を手に入れたというのはたやすい。


 しかし人の耳はどこにあるのかわかったものではない。


 幸いなことにこのゲームはPKされても所持しているEKをロストするということはない。


 そもそも引換券にタマモの名前が印字されていることからわかる通り、所有しているEKは所有者のプレイヤーにしか使えない。


 もっとも店売りしている武器やドロップで手に入る武器はその限りではない。


 それでも自分が所有するのは最高ランクのEKだとこんな人通りの多い場所で言うのはどうかとタマモは思ったのだ。


 しかしアオイは少し怪しいところはあるが、いい人のようだし、それに至高の胸の持ち主である。


 秘密にしておきたくないし、これでもっと親しくなれる可能性があるのであれば、伝えても問題はない。


 それにPKされたとしてもEKはロストしない。であれば少し不安はあるが、問題はないはずだ。


 ただ念のために内緒話という風にしよう。それが精いっぱいのタマモなりの妥協点だった。


「実はURランクの引換券を手に入れました」


 小声で言ったが、アオイの耳にはきちんと届いたようだった。


「ほう?」と驚いたような顔をしている。だが、同時にタマモは背筋が寒くなるのを感じた。


「そうか。そのランクか」


 アオイは静かに笑った。喉の奥を鳴らすようにして笑う姿は穏やかそのものなのだが、さきほども感じた怪しい輝きが増したように思えた。


「ふむ。引換券と言ったが、まだ使ってはおらんのじゃな?」


「あ、はい。まだ使ってはいないのです」


 まだ引換券はイベントリに入ったままだった。


 使いたいところだが、アオイとの触れ合いに集中しすぎて忘れてしまっていた。


 どうせならアオイがいる前で使っても面白いかもしれない。


「アオイさんも一緒に」


「いや、我はやめておこうかの」


 アオイは首を振った。それからゆっくりとタマモをベンチに座らせた。


「アオイさん?」


「そろそろ用事があっての。残念じゃが一緒にはいられぬ」


「あ、そうだったんですか」


 用事があった人をいままで付き合わせてしまったのかと思うと、タマモは申し訳ない気分になってしまった。


 しかしアオイは笑うだけだった。その笑顔にはさきほどのような妖しさはなくなっていた。見間違えだったのかもしれない。アオイの笑顔は穏やかなままだ。


「ちなみにじゃがの、引き換え券は外ではなく、宿屋で使うことを薦めよう」


「宿屋?」


 なぜ宿屋でわざわざ引換券を使うのか。別にこの場で使っても問題はないのにも関わらず、だ。


「うむ。そのランクは、引き換え時に派手な演出があるのでな。我の知人もまた困り顔をしておった」


 アオイはさきほどから「UR」とは言わずに「そのランク」と言ってくれていた。


 気遣いまでしてくれるのだから、ますますアオイが理想の嫁になっていくのをタマモはしみじみと感じていた。


「アオイさんのお知り合いも?」


 引き換え時に演出があることを知っているということは、アオイの知人もまたURランクの引換券を手に入れたということなのだろう。


「あぁ、困り顔であったな。ゆえに隔離扱いされる宿屋がよかろう。宿屋の部屋に入ったら即ログアウトではないからの。宿屋の部屋でいろいろと考えるがよかろう」


 アオイの言う通り、派手な演出があるというのであれば、こんな道端で引き換えるのは憚れる。


 なら宿屋に泊まって引き換えるのがいいのかもしれない。


 それにせっかくのアオイからのアドバイスを無碍にすることはタマモにはできなかった。


「わかりました。じゃあボク早速宿屋を取ってきます」


「あぁ、そうだ。そなた初期資金のままであろう?」


「え? あ、はい。そうですけど」


「初期資金でも問題なく泊まれる宿屋はこの近くにはない。少し離れた場所にある。場所を教えておこう」


「初期資金でもってことは、初期資金では泊まれない宿屋もあるんですか?」


「うむ。むしろこの周辺は一泊1500シルほどじゃの」


「せ、1500シルですか」


 タマモをはじめとした初期組の初期資金は一律1000シルとなっていた。


 ベータテスターはベータテスト終了時の手持ちの一割が初期資金となっていた。


 ベータテスターにとっては1500シルははした金でしかないが、タマモのような初期組にとっては大金であった。当然1000シルしか手持ちのないタマモではこの周辺の宿屋には泊まれない。


「お、教えてください」


「よかろう。では、マップ画面を開いておくれ。……うむ、このあたりじゃな」


 アオイに言われた通りマップを開くと、アオイはマップ画面のある場所を指差した。


 ちょうど現在地点から見ると真逆であった。これはたしかに教えてもらわなければ散々練り歩く羽目になったことは想像に難くない。


「ありがとうございます、アオイさん」


「ふふふ、なぁに気にするな」


「いえ、アオイさんのおかげで散々練り歩くことがなくなりましたので」


「……別にこのくらいのことは先輩プレイヤーとしては当然なのじゃが。まぁよい。納得できるのであれば、そうさな。またいつかさきほどまでのように抱っこさせてくれればよいぞ?」


「ええ、あれくらいであればいくらでもです!」


 アオイの願いはとてもたやすい内容だった。


 むしろタマモからお願いしたいくらいだ。


 ふたつ返事で頷くと、アオイは嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔はとてもきれいでタマモは胸がどくんと高鳴るのを感じていた。


「じ、じゃあ、ボクはこれで行きます。またお会いしましょう、アオイさん!」


「ああ、いずれな」


 アオイは手をひらひらと振ってくれていた。どうやら見送ってくれるようだ。


(アオイさんは本当に優しい人なのです!)


 タマモは満面の笑みを浮かべてアオイに手を振りながら、アオイと過ごした噴水広場を後にした。


「……これも運命か。かような運命とは面白いのぅ」


 手を振り返しながら、アオイが穏やかな笑顔から一転して、獰猛な獣のような表情を浮かべていたことをタマモは気づくこともなく、アオイに教えられた宿屋へと向かったのだった。

 続きは十二時になります。

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